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運命に祝福を
赤髪の少女 ②
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「はぁ~……」
俺はひとつ盛大に溜息を零す。誰もいない、ここには本当に誰もいない……
ユリ兄達がルーンを発ってもう3日、もう彼等はメルクードに着いただろうか? 俺一人だけがここルーンに残されて、俺は本当に溜息しか出てこない。
俺が今いるのはツキノの書斎、ツキノがルーンを離れる事で黒の騎士団の人達も付いて行ってしまい、この家にも誰もいなかった。
好きに出入りして構わないと鍵を預かったのはいいけれど、寂しすぎてやりきれない。
ついこの間までここにはツキノがいて、ロディ様がいて、階下では黒の騎士団のルークさんやサクヤさん、ついでに護衛のダニエルさんがいてとても賑やかだったのに、今はもう誰の気配も感じられない。
「寂しい……」
呟いた所で返事はなく、誰もいない空間に無駄に響くだけ。俺はぱらりと本のページを捲る、誰もいなくて寂しい俺は、ここでひたすらに本を読む事で寂しさを紛らわせている。そうでもしていないと、自分を持て余してしまって仕方がないのだ。
母には「店の手伝いでもしろ」と叱られるが、そんな気分にはとてもなれない。祖父は最近この町で起こった色々な事件にかかりきりで、俺の相手をしてくれない。勉強も剣術体術の指導もとんとほったらかしだ。
俺はランティス関係の資料を漁りメルクードについての記述を探す。俺はまだファルスを出た事は一度もない、一体ランティスってどんな国なんだろう? 差別が多いとは聞いてるし、俺みたいな赤髪はすごく嫌われるらしいけど、行ってみたかったな。
『メルクード、ランティスの首都で芸術の都と呼ばれる。絵画・彫刻・美術・芸術に関する工業がとても盛ん。街は美しく、街中で四季折々に咲く花々は一見の価値あり』
へぇ、メルクードって芸術の都なんだ。でも、俺、芸術ってよく分からないな。
『ランティスは男女の格差が少なく、男性の仕事だと思われるような仕事に女性が就くこともままある、また逆も多い』
んん? そうなんだ? そういう所平等なのに、なんで差別は多いんだろう?
『ランティス人の性格はどちらかといえば排他的』
んん~? これ、矛盾しすぎじゃね? 男女は平等だけど、他者は受け付けないんだ? 身内主義って事? 何でかな?
『これは歴史の観点から他国に裏切られる事が多かった為である』
へぇ、そうなんだ? 歴史、歴史……こっちか。
『ランティスの歴史は裏切りに彩られている。ランティス王家の成り立ちとは、ひとつの大国を兄弟で分け合った事による悲劇から始まった』
あ、これは知ってる! 確か双子の兄弟で分け合ったんだよね? それで、最終的にメリア王国の方の兄王が裏切って侵攻してきたから、そこからメリアとランティスの争いは始まったんだって聞いた事ある。
『遥か神話の時代、この大陸はひとつの大きな大国だった。そこは差別も区別も存在しない地上の楽園であったのだが、その楽園で傲慢になりすぎた人々は神をも恐れず貪欲に自欲を求めた為に神の怒りに触れた。神は怒りの鉄槌を下す、そして大陸を分断する大渓谷を築き上げた……』
んん? これ何だ? 歴史……? じゃないや、神話? こんなの聞いた事ないけど、何の神話だろ?
俺はその本をひっくり返し、その出典を確認する。
「カサバラ大陸神話?」
ここファルスにも宗教というものは存在している、ファルス王国の民が信じる神は自然だ。ありとあらゆる自然に神は宿っていて、人を見守っているから悪い事はしてはいけませんよ、という感じの緩い宗教なのだが、その本はどうやらそれとは違う教えを説いている本のようだ。
自分が知っている神様は、基本的に人に罰は与えない。それは自分がやった行いに対して戻ってくるもので、神は良い行いをした人間に恵みを与えるだけの存在なのだ。だがどうやらこの本を書いた人の考え方と神様は、一般的なファルスの考え方とは違うみたいだ。
ランティスの資料の所に置かれていたから、ランティスの教えなのかな? でも、お話的にはランティス、メリア、ファルス全部の国の話が詰まっている感じもする。
ぱらぱらと捲ってその本を読むのだが、それは物語として面白いと思っても共感ができない。メリアの赤髪は悪さをした狩人の髪を燃やしてそうなった、だとか、ファルスの民の凡庸さは神に選ばれなかった者達の末裔だからとか、悪口ばかりが続いている。
そう思うとランティスは太陽の国として褒められているから、これはやっぱりランティスの宗教なのかな?
ユリ兄の金髪はきらきら日に輝いて確かにすごく綺麗だけど、神様がそういうえこひいきするのはどうかと思うよね。しかもこの教えでは神様は1人しかいないみたいだ、ただ1人で全部を考えるとなると、それはやっぱり神様にだって好き嫌い出るよね、って感じ。
「これ考えた人、何を思ってこんな本書いたんだろう? これってランティスでは普通の教えなのかな……?」
他国の宗教事情まで俺には分からない、けれどそれはとかく気持ちが悪くて、俺はその本を棚に戻した。
「あぁ~あ、何だか気が滅入る」
こんな窓はあっても薄暗い屋根裏部屋に1人で籠っているせいか? と俺はひとつ伸びをした。
その時、ふと階下でがたん! と物音がした気がして、俺は首を傾げる。今、この家には誰もいないし、戻ってくるはずもないからだ。
そういえばリビングの窓を開け放しだ、猫でも入り込んだのかもしれない、部屋を荒らされたら困るな……と俺は階下へと向かう。ついでに少し喉も渇いたし、お茶でもいただこうと無造作にリビングの扉を開けたら、そこには大きな男が立っていて、俺はびくっ! と身を強張らせた。
そこに居た男の方も驚いたのか、慌てたように振り替える。
「……え? あれ? ダニエルさん?」
「これは、ノエル殿……」
そこにいたのは自警団の集会所で意識不明で昏睡状態のはずのダニエルさんだ。
「目が覚めたんですか? 身体は? 大怪我だって聞いてますけど」
「そんな事より、王子がどこにもいないのです、何処に行かれたのですか?」
「ツキノなら……」
メルクードに行った、と言おうとして思い止まった。だってこの人、ここにいるのおかしくない?
「じいちゃんから聞いてないですか? 集会所にいたはずですけど……?」
「それは、その……」
「ダニエルさん、何か隠し事がありますよね? 俺は、ダニエルさんは悪い人じゃないって思っていますけど、何だかおかしな事ばかりが続いていて、そんな状態じゃ俺はツキノの事を話せない」
ダニエルさんは困ったようにうろたえる。でもやっぱりこの人悪い人には見えないんだよなぁ……見た目だけで判断しちゃ駄目だって分かってはいるんだけど。
「何か隠し事をしているなら、まずは先に教えてもらえませんか?」
「いや、でも、しかし……」
「話してくれなければ、こちらも何も話せませよ。ただでさえ、色々と疑われていた所に、貴方のお仲間も全員亡くなってしまいましたし、こっちだって訳が分からないんだ」
「死んだ? 全員?」
「知らなかったんですか?」
「王子は! 王子はご無事なのですか!?」
こちらの質問には答えずにダニエルさんが俺に縋る。
「ツキノは無事ですよ」
「さようでございましたか、それならばまだ……」
多少の安堵と憔悴の表情、彼はへなへなと座り込んだ。
「しかし、私は仲間の誰一人として守る事ができなかったのですな……」
「それは……急な襲撃だったようで、うちの自警団も誰も気付けなかった。ダニエルさんは犯人に心当たりはないのですか?」
彼は力なく首を振る。
「メリア人はとかく嫌われがちで、憎悪を向けられる事には慣れております、けれど、殺されるほどに憎まれているという事はないと思っておりますぞ」
「ダニエルさんは犯人に遭っていない……?」
「どういう事ですかな?」
俺が経緯を説明すると、ダニエルさんは「それはきっと私が集会所を脱走した前後で行われた惨劇だったという事でございましょうな……」と瞳を伏せた。
「なんでダニエルさんは脱走なんて考えたんです?」
「ただ王子が心配で、一目会えたら戻ろうと思っておりました。ただその途中で領主様のご子息に見付かり、襲撃を受け、その後の事はもうさっぱりですぞ」
「それで目が覚めて、また脱走?」
「私が襲われたという事は王子の身は尚一層危ないという事です、居ても立ってもおられずに、王子を探しに出てしまったのですが……」
「そういう行動のひとつひとつが疑惑を生みますよ?」
「面目ない事ですぞ……」
しゅんとうな垂れてしまったダニエルさんはまるで叱られた大型犬のようで、なんだかこちらの心が痛む。
「とりあえずツキノは無事です。ダニエルさんは、今は自分の怪我を治すことに専念してください。それに集会所からまた貴方がいなくなったと分かったら自警団の人達がきっと大騒ぎですよ、一緒に戻りましょう」
「ノエル殿、それはお約束いたしますので、その前に一目王子に会わせていただけませぬか?」
「う~ん、会わせようにもツキノは出かけているので今は会えないですよ」
「お出かけ? どこにお出ましですか?」
「ランティスです」
ダニエルさんの顔から一気に血の気が引いて、目に見えるほどに青褪めた。
「何故そのような場所に王子がお出ましになるのですか! ランティスは敵国ですぞ! 王子の御身が危ない、私はすぐに参らねば!!」
「ツキノにはたくさんの護衛が付いています、大丈夫ですよ」
「しかし……!」
「ダニエルさん、貴方はまず自分の疑いを払拭する所からです。それをしない事にはこちらもツキノの場所は教えられない」
「我が同胞の裏切りの理由なら分かっておりますぞ、信じておったものを裏切られた。あの男はメリア人ではあるが母はランティス人、2国のハーフなのでございます」
メリアとランティスのハーフ、ユリ兄と同じだ。
「母親はランティスを捨てた人間だと聞いておりましたが、その話自体が嘘であった可能性もございます。あやつはきっと裏でランティスと繋がっておったのですぞ」
「では、ツキノを襲ったのはメリア国内のいざこざではなく、ランティスからの何かしらの指示だという事ですか?」
「私はそう考えますぞ」
「けれど、結局その人も貴方の仲間と共に殺された、それはどう考えますか?」
「むむぅ? 単純に口封じではございませぬか?」
「だとしたら、その1人だけを殺せばいい事でダニエルさんのお仲間を全員殺す必要はないですよね? 護衛を任される程です、ダニエルさんの仲間の方は皆それぞれ腕に覚えがある人間だったはずです、それを全員殺すとなるとリスクはとても高いと思うのですが……?」
「それは確かに……」と腕を組んでダニエルさんは考え込む。
「実はダニエルさん達が襲撃を受けた後にもう一度、今度はロディ様が奇妙な仮面を付けた男に襲われているのです」
「奇妙な仮面? それはもしかして山の民ですかな?」
「え……なんで?」
「メリアでは山の民は常に仮面を被っておりますぞ、メリア人は他国に差別をされておりますが、メリアの中では山の民は更に格下扱いをされるのです。これはあまり良くない事ではあるのですが、下には下がいる事で安堵する群集心理のようなものですな。だから彼等は仮面を被り、顔を隠すのですぞ。最初は王家に黒髪のお妃様が入った事にも大きな反発があったのです、その髪色故に山の民などに国を奪われてたまるか、と大騒ぎでございましたな」
驚いた、差別される事の多い赤髪、そんな赤髪の人が多く暮らすメリアでは黒髪は差別の対象なんだ……どこまでも業が深い。
「もしかしてその犯人、本当に山の民でございましたか?」
「逃げられてしまったので、実際の所は分かりませんが、その可能性は高そうです」
「逃げられたのですか? これはますます王子の御身が危ない! 早々に護衛に参らねば!!」
「だから駄目ですって、ダニエルさんはここで留守番です」
「そんな訳には!」
「駄目ったら駄目です! さぁ、じいちゃん達の所に戻りますよ!」
ダニエルさんを引っ張るように彼の腕を引いたら、彼は小さく呻き声を上げた。そう言えばこの人怪我をしているんだったよ。背後に回って、よく見てみたら、背中に血が滲んでいる。
「傷口開いてますよ、無理するから!」
「しかし私の使命は王子の身を守る事で……」
「それで自分が死んだら格好いいとでも思ってるの!? そんな風に守られて、守られてる方だってきっと堪らないよ、自分の為に人が死ぬってどれだけ嫌な事か貴方に分かる!?」
「いや、それは……私だって死に急いでいる訳ではござらんよ」
「だったら今は大人しく治療に専念してください!」
頭ごなしに叱ったら、ダニエルさんは驚いたような顔で「はい」と小さく頷いた。
それにしても『山の民』かぁ、あんまりいい噂聞かないよな。俺自身はあまりその言葉を聞いた事はないけれど、あまりいい意味では使われないと聞いた事がある。ここにはその人達の資料もあるだろうか?
帰るのを渋るダニエルさんを急き立てながら、俺はふとそんな事を思っていた。
俺はひとつ盛大に溜息を零す。誰もいない、ここには本当に誰もいない……
ユリ兄達がルーンを発ってもう3日、もう彼等はメルクードに着いただろうか? 俺一人だけがここルーンに残されて、俺は本当に溜息しか出てこない。
俺が今いるのはツキノの書斎、ツキノがルーンを離れる事で黒の騎士団の人達も付いて行ってしまい、この家にも誰もいなかった。
好きに出入りして構わないと鍵を預かったのはいいけれど、寂しすぎてやりきれない。
ついこの間までここにはツキノがいて、ロディ様がいて、階下では黒の騎士団のルークさんやサクヤさん、ついでに護衛のダニエルさんがいてとても賑やかだったのに、今はもう誰の気配も感じられない。
「寂しい……」
呟いた所で返事はなく、誰もいない空間に無駄に響くだけ。俺はぱらりと本のページを捲る、誰もいなくて寂しい俺は、ここでひたすらに本を読む事で寂しさを紛らわせている。そうでもしていないと、自分を持て余してしまって仕方がないのだ。
母には「店の手伝いでもしろ」と叱られるが、そんな気分にはとてもなれない。祖父は最近この町で起こった色々な事件にかかりきりで、俺の相手をしてくれない。勉強も剣術体術の指導もとんとほったらかしだ。
俺はランティス関係の資料を漁りメルクードについての記述を探す。俺はまだファルスを出た事は一度もない、一体ランティスってどんな国なんだろう? 差別が多いとは聞いてるし、俺みたいな赤髪はすごく嫌われるらしいけど、行ってみたかったな。
『メルクード、ランティスの首都で芸術の都と呼ばれる。絵画・彫刻・美術・芸術に関する工業がとても盛ん。街は美しく、街中で四季折々に咲く花々は一見の価値あり』
へぇ、メルクードって芸術の都なんだ。でも、俺、芸術ってよく分からないな。
『ランティスは男女の格差が少なく、男性の仕事だと思われるような仕事に女性が就くこともままある、また逆も多い』
んん? そうなんだ? そういう所平等なのに、なんで差別は多いんだろう?
『ランティス人の性格はどちらかといえば排他的』
んん~? これ、矛盾しすぎじゃね? 男女は平等だけど、他者は受け付けないんだ? 身内主義って事? 何でかな?
『これは歴史の観点から他国に裏切られる事が多かった為である』
へぇ、そうなんだ? 歴史、歴史……こっちか。
『ランティスの歴史は裏切りに彩られている。ランティス王家の成り立ちとは、ひとつの大国を兄弟で分け合った事による悲劇から始まった』
あ、これは知ってる! 確か双子の兄弟で分け合ったんだよね? それで、最終的にメリア王国の方の兄王が裏切って侵攻してきたから、そこからメリアとランティスの争いは始まったんだって聞いた事ある。
『遥か神話の時代、この大陸はひとつの大きな大国だった。そこは差別も区別も存在しない地上の楽園であったのだが、その楽園で傲慢になりすぎた人々は神をも恐れず貪欲に自欲を求めた為に神の怒りに触れた。神は怒りの鉄槌を下す、そして大陸を分断する大渓谷を築き上げた……』
んん? これ何だ? 歴史……? じゃないや、神話? こんなの聞いた事ないけど、何の神話だろ?
俺はその本をひっくり返し、その出典を確認する。
「カサバラ大陸神話?」
ここファルスにも宗教というものは存在している、ファルス王国の民が信じる神は自然だ。ありとあらゆる自然に神は宿っていて、人を見守っているから悪い事はしてはいけませんよ、という感じの緩い宗教なのだが、その本はどうやらそれとは違う教えを説いている本のようだ。
自分が知っている神様は、基本的に人に罰は与えない。それは自分がやった行いに対して戻ってくるもので、神は良い行いをした人間に恵みを与えるだけの存在なのだ。だがどうやらこの本を書いた人の考え方と神様は、一般的なファルスの考え方とは違うみたいだ。
ランティスの資料の所に置かれていたから、ランティスの教えなのかな? でも、お話的にはランティス、メリア、ファルス全部の国の話が詰まっている感じもする。
ぱらぱらと捲ってその本を読むのだが、それは物語として面白いと思っても共感ができない。メリアの赤髪は悪さをした狩人の髪を燃やしてそうなった、だとか、ファルスの民の凡庸さは神に選ばれなかった者達の末裔だからとか、悪口ばかりが続いている。
そう思うとランティスは太陽の国として褒められているから、これはやっぱりランティスの宗教なのかな?
ユリ兄の金髪はきらきら日に輝いて確かにすごく綺麗だけど、神様がそういうえこひいきするのはどうかと思うよね。しかもこの教えでは神様は1人しかいないみたいだ、ただ1人で全部を考えるとなると、それはやっぱり神様にだって好き嫌い出るよね、って感じ。
「これ考えた人、何を思ってこんな本書いたんだろう? これってランティスでは普通の教えなのかな……?」
他国の宗教事情まで俺には分からない、けれどそれはとかく気持ちが悪くて、俺はその本を棚に戻した。
「あぁ~あ、何だか気が滅入る」
こんな窓はあっても薄暗い屋根裏部屋に1人で籠っているせいか? と俺はひとつ伸びをした。
その時、ふと階下でがたん! と物音がした気がして、俺は首を傾げる。今、この家には誰もいないし、戻ってくるはずもないからだ。
そういえばリビングの窓を開け放しだ、猫でも入り込んだのかもしれない、部屋を荒らされたら困るな……と俺は階下へと向かう。ついでに少し喉も渇いたし、お茶でもいただこうと無造作にリビングの扉を開けたら、そこには大きな男が立っていて、俺はびくっ! と身を強張らせた。
そこに居た男の方も驚いたのか、慌てたように振り替える。
「……え? あれ? ダニエルさん?」
「これは、ノエル殿……」
そこにいたのは自警団の集会所で意識不明で昏睡状態のはずのダニエルさんだ。
「目が覚めたんですか? 身体は? 大怪我だって聞いてますけど」
「そんな事より、王子がどこにもいないのです、何処に行かれたのですか?」
「ツキノなら……」
メルクードに行った、と言おうとして思い止まった。だってこの人、ここにいるのおかしくない?
「じいちゃんから聞いてないですか? 集会所にいたはずですけど……?」
「それは、その……」
「ダニエルさん、何か隠し事がありますよね? 俺は、ダニエルさんは悪い人じゃないって思っていますけど、何だかおかしな事ばかりが続いていて、そんな状態じゃ俺はツキノの事を話せない」
ダニエルさんは困ったようにうろたえる。でもやっぱりこの人悪い人には見えないんだよなぁ……見た目だけで判断しちゃ駄目だって分かってはいるんだけど。
「何か隠し事をしているなら、まずは先に教えてもらえませんか?」
「いや、でも、しかし……」
「話してくれなければ、こちらも何も話せませよ。ただでさえ、色々と疑われていた所に、貴方のお仲間も全員亡くなってしまいましたし、こっちだって訳が分からないんだ」
「死んだ? 全員?」
「知らなかったんですか?」
「王子は! 王子はご無事なのですか!?」
こちらの質問には答えずにダニエルさんが俺に縋る。
「ツキノは無事ですよ」
「さようでございましたか、それならばまだ……」
多少の安堵と憔悴の表情、彼はへなへなと座り込んだ。
「しかし、私は仲間の誰一人として守る事ができなかったのですな……」
「それは……急な襲撃だったようで、うちの自警団も誰も気付けなかった。ダニエルさんは犯人に心当たりはないのですか?」
彼は力なく首を振る。
「メリア人はとかく嫌われがちで、憎悪を向けられる事には慣れております、けれど、殺されるほどに憎まれているという事はないと思っておりますぞ」
「ダニエルさんは犯人に遭っていない……?」
「どういう事ですかな?」
俺が経緯を説明すると、ダニエルさんは「それはきっと私が集会所を脱走した前後で行われた惨劇だったという事でございましょうな……」と瞳を伏せた。
「なんでダニエルさんは脱走なんて考えたんです?」
「ただ王子が心配で、一目会えたら戻ろうと思っておりました。ただその途中で領主様のご子息に見付かり、襲撃を受け、その後の事はもうさっぱりですぞ」
「それで目が覚めて、また脱走?」
「私が襲われたという事は王子の身は尚一層危ないという事です、居ても立ってもおられずに、王子を探しに出てしまったのですが……」
「そういう行動のひとつひとつが疑惑を生みますよ?」
「面目ない事ですぞ……」
しゅんとうな垂れてしまったダニエルさんはまるで叱られた大型犬のようで、なんだかこちらの心が痛む。
「とりあえずツキノは無事です。ダニエルさんは、今は自分の怪我を治すことに専念してください。それに集会所からまた貴方がいなくなったと分かったら自警団の人達がきっと大騒ぎですよ、一緒に戻りましょう」
「ノエル殿、それはお約束いたしますので、その前に一目王子に会わせていただけませぬか?」
「う~ん、会わせようにもツキノは出かけているので今は会えないですよ」
「お出かけ? どこにお出ましですか?」
「ランティスです」
ダニエルさんの顔から一気に血の気が引いて、目に見えるほどに青褪めた。
「何故そのような場所に王子がお出ましになるのですか! ランティスは敵国ですぞ! 王子の御身が危ない、私はすぐに参らねば!!」
「ツキノにはたくさんの護衛が付いています、大丈夫ですよ」
「しかし……!」
「ダニエルさん、貴方はまず自分の疑いを払拭する所からです。それをしない事にはこちらもツキノの場所は教えられない」
「我が同胞の裏切りの理由なら分かっておりますぞ、信じておったものを裏切られた。あの男はメリア人ではあるが母はランティス人、2国のハーフなのでございます」
メリアとランティスのハーフ、ユリ兄と同じだ。
「母親はランティスを捨てた人間だと聞いておりましたが、その話自体が嘘であった可能性もございます。あやつはきっと裏でランティスと繋がっておったのですぞ」
「では、ツキノを襲ったのはメリア国内のいざこざではなく、ランティスからの何かしらの指示だという事ですか?」
「私はそう考えますぞ」
「けれど、結局その人も貴方の仲間と共に殺された、それはどう考えますか?」
「むむぅ? 単純に口封じではございませぬか?」
「だとしたら、その1人だけを殺せばいい事でダニエルさんのお仲間を全員殺す必要はないですよね? 護衛を任される程です、ダニエルさんの仲間の方は皆それぞれ腕に覚えがある人間だったはずです、それを全員殺すとなるとリスクはとても高いと思うのですが……?」
「それは確かに……」と腕を組んでダニエルさんは考え込む。
「実はダニエルさん達が襲撃を受けた後にもう一度、今度はロディ様が奇妙な仮面を付けた男に襲われているのです」
「奇妙な仮面? それはもしかして山の民ですかな?」
「え……なんで?」
「メリアでは山の民は常に仮面を被っておりますぞ、メリア人は他国に差別をされておりますが、メリアの中では山の民は更に格下扱いをされるのです。これはあまり良くない事ではあるのですが、下には下がいる事で安堵する群集心理のようなものですな。だから彼等は仮面を被り、顔を隠すのですぞ。最初は王家に黒髪のお妃様が入った事にも大きな反発があったのです、その髪色故に山の民などに国を奪われてたまるか、と大騒ぎでございましたな」
驚いた、差別される事の多い赤髪、そんな赤髪の人が多く暮らすメリアでは黒髪は差別の対象なんだ……どこまでも業が深い。
「もしかしてその犯人、本当に山の民でございましたか?」
「逃げられてしまったので、実際の所は分かりませんが、その可能性は高そうです」
「逃げられたのですか? これはますます王子の御身が危ない! 早々に護衛に参らねば!!」
「だから駄目ですって、ダニエルさんはここで留守番です」
「そんな訳には!」
「駄目ったら駄目です! さぁ、じいちゃん達の所に戻りますよ!」
ダニエルさんを引っ張るように彼の腕を引いたら、彼は小さく呻き声を上げた。そう言えばこの人怪我をしているんだったよ。背後に回って、よく見てみたら、背中に血が滲んでいる。
「傷口開いてますよ、無理するから!」
「しかし私の使命は王子の身を守る事で……」
「それで自分が死んだら格好いいとでも思ってるの!? そんな風に守られて、守られてる方だってきっと堪らないよ、自分の為に人が死ぬってどれだけ嫌な事か貴方に分かる!?」
「いや、それは……私だって死に急いでいる訳ではござらんよ」
「だったら今は大人しく治療に専念してください!」
頭ごなしに叱ったら、ダニエルさんは驚いたような顔で「はい」と小さく頷いた。
それにしても『山の民』かぁ、あんまりいい噂聞かないよな。俺自身はあまりその言葉を聞いた事はないけれど、あまりいい意味では使われないと聞いた事がある。ここにはその人達の資料もあるだろうか?
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