運命に花束を

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運命に祝福を

メルクードにて ③

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「さて、今日はどうしようか、ツキノ?」
「あ? 別にどこへなりと好きに観光にでも行って来たらいいだろう、俺は遠慮するがな」
「1人で行ってもつまらないだろう? 話し相手にくらい、なってくれてもいいじゃないか」

 不平不満を漏らす俺をツキノはちらりと一瞥して無視を決め込む。ホント最近可愛くない。
 可愛くないと言えば、この間からツキノの胸が減ったんだよな。何をどうしてそうなったのかよく分からないのだけど、きっちり押さえ込まれた胸は自己主張を止めて、ツキノは傍目に少しだけ肉付きのいい少年体形になった。あの胸、どこに隠したんだろう?
 そんな疑問を抱いていても、尋ねたら機嫌を損ねるのは目に見えているので聞きはしないが、ちょっと勿体ない。

「なぁ、ツキノ……」
「……俺が付いて行けば、もれなくお前も差別される、1人で行ってこい」

 あれ? 予想外の返答に驚いた、もしかしてツキノ、俺の心配してくれてたんだ? 確かにランティス王国に入国してからこっち、ツキノは散々な目に遭っている、平気だと嘯いていたけどやっぱり気にしてるんだ?

「なんだ、そんな事。ツキノも俺の処世術知ってるだろ? あれって意外と誰にでも有効だから大丈夫だよ。それにツキノもアルファなら、アレくらいの事できるだろ?」
「ふん、俺もユリと同じでな、無闇に人を操るようなマネはするなって親に躾けられてるんだよ、お前と一緒にするな」

 ツキノはそう言ってまた瞳を逸らす、1人で遊びに出てもつまらないんだよな。手紙を届けに行くのはユリウスさん達と一緒に行く事になっているけど、ちょっと下見にでも行ってこようかな……そんな事を思いながら部屋の窓を開けたらどこからともなく歌声が聞こえてきた。
 あれ? この歌、もしかして昨日の……?
 ツキノもそれに気付いたのだろう、ふと顔を上げ窓の外を見やる。

「俺、この曲知らないんだけど、なんでか懐かしい感じがするのなんでなんだろう?」

 俺が窓枠にもたれるようにしてその歌に耳を傾けると、窓の外を見ていたツキノは「この歌知ってる」と呟いた。

「これ、メリアの子守唄だ」
「メリアの? そうか、あの子もメリア人だったもんな……あの子がウィルの『運命』だっていうのにはびっくりだけどそんな偶然ってあるもんなんだな」
「運命の番にはその存在自体に何か不思議な運命の流れを感じる……」
「ん? そうなんだ?」
「って、父さんが俺達に言った事があるけど、正直俺にはよく分からない。俺とカイトは本当に小さい頃から一緒に暮していて、お互いがお互いを『運命』だと理解していた。だからきっと『運命』って言うのはそういうもんなんだろうけど、ウィルは彼女に何を感じたんだろうな?」

 歌声を聞くと同時に駆け出したウィル。彼は何を察知して彼女に『運命』を感じたのだろうか?
 澄んだ綺麗な歌声は耳に心地よく響く。それはどこまでも穏やかな歌声で、先週から続いていた殺伐とした事件の数々が遥か遠くの世界の事のように感じられるほど、それは美しい旋律だった。
 と、ふいに歌声が止む。迎えが来たのかと窓の外を覗けば、そこには柄の悪そうな連中が彼女を取り巻いている。彼女は目が見えないのだ、きっと今、自分の置かれた状況が分かっていない。

「親父さんが呼んでいる、来い」
「パパが? でも、パパはここで待っていろってそう言ったわ」
「つべこべ抜かすな、さっさと来い」

 男の1人が彼女の腕を掴む。俺は思わず窓枠を乗り越え部屋を飛び出し、彼女の元へと駆け寄っていた。

「ちょっと、おじさん達その子をどこへ連れて行く気? 俺には彼女嫌がってるように見えるんだけど?」
「あ? 俺達はこいつの父親に頼まれて……」
「パパはここで待っているようにって言った!」
「彼女はこう言ってる、無理強いは止めろ」
「ちっ、このガキが! 面倒くさい、片付けろ!」

 男達が俺達2人を取り囲む。俺が後ろに彼女を庇って前に出ると、男達の背後から男達の頭上を抜けて、護身用にと持たされた剣が目の前に投げ入れられた。

「こういう時には必須だろ、忘れんな」
「さすがツキノ、ありがとう」

 男達の背後にツキノが立って、俺達は男達を挟み撃ちにした状況になった。男達の間に多少の動揺が走る。

「どっちもガキじゃねぇか、ビビルことはねぇ」

 けれど、それでも反撃に合うとは思っていなかったのだろう男達の動揺は一目瞭然でなんだか可笑しい。こいつ等完全にただの子悪党だな。

「ガキだと思うならそれでいいけど、悪い奴には手加減なしだから」
「その通りだな」

 俺とツキノが同時に踏み込み、一振り二振り剣を振るえば、男達は驚いたように腰を抜かした。ちょっと手応えなさ過ぎじゃない?

「おじさん達、このまま役所に連行されたい? それとも、もうここで悪さはしないって約束できる?」

 剣を鼻先に突き付けてそう問うと、男達はがくがくと首を縦に振り、俺達が剣を鞘に戻して、肩に担ぐと男達はほうほうの体で逃げて行った。

「大した事無い奴らだったな」
「ホント、弱い者虐めしかできないような奴ら俺は嫌いだな。さて、君、大丈夫? えっと、確か名前リリーだったっけ?」
「え? あら……? もしかして昨日の?」
「そうそう、俺達ウィルの友達」

 彼女は何かを探るように周りを見回す。いや、見回しているというよりは何かを感じようとしているのだろうか?

「あぁ、ごめん、今日はウィルはいないんだ。また週末に来る事にはなってるんだけど」
「あ、そうなのですね。こちらこそ助けていただいたのに、お礼も言わずに、ごめんなさい」
「大丈夫だよ。自己紹介がまだだったね、俺はロディ、もう1人はツキノ、昨日ファルスからここメルクードに着いたばかりなんだ」
「お兄さん達、ファルスの人なんですか?」
「そう、ウィルもそうだよ」
「メルクードへは旅行で?」
「まぁ、そんなもんかな」

 俺が答えると彼女は目に見えてしょぼんとうな垂れた。

「だったらウィル君もそのうちに帰ってしまうのですね」
「え? いや、ウィルはまだ帰らないよ! 彼は留学生なんだ! だから俺達とは別行動なんだ」
「まだしばらくはここに?」
「全然いると思うよ! きっとウィルも君に会いたがってる、昨日もあの後興奮して大変だったんだよ」

 俺の言葉に彼女はぽっと頬を紅に染めた。あぁ、なんだよ、可愛らしいな。

「おい、お前等、うちの娘に何してやがる!」

 突然怒鳴られ肩を掴まれた、振り向けば昨日の男性、リリーの父親だ。いや、父親というには少しばかり若くも見えるのだけど、彼女に『パパ』と呼ばれているからにはたぶん恐らく父親なのだろう。

「パパ、違うの! この人達は私を助けてくれたのよ!」
「助けて……? 何かあったのか!?」
「チンピラみたいな男達に連れて行かれそうだったので、阻止しました」
「な! どこの奴等だ!」
「それを聞かれても俺達には分からないですね」

 でもそういえば先程の男達、メリア人特有の赤髪ではなかったな。

「そうか、悪かった。ありがとう、助かった」
「娘さんを連れまわすのはいいですけど、ここはあまり治安がよく無さそうだ、気を付けた方がいいですよ?」
「そんな事は分かっている」

 父親は苦虫を噛み潰したような表情で瞳を逸らした。彼等にも生活がある、目の見えない幼い娘を家に残して働きに出るのは大変なのだろうな、と俺は考える。
 かといって俺になにかができる訳ではない、そこに口を出すのは出すぎた発言だったかと反省していると、彼は娘を抱き上げ言った。

「礼と言ってはなんだが、そっちの小僧、その黒髪はここでは隠しておいた方が身のためだ、黒髪はどこに行っても珍獣扱い、そんな女みたいな容姿じゃ奴隷商の恰好の餌食だぞ」
「奴隷商……そんなのがいるんですか?」
「あぁ、時折現れては見栄えのいいのを攫っていく、お前達も気を付けろ」

 それだけ言ってリリーとその父親は、去って行った。

「奴隷商、ここに現れるらしいよ、ツキノ?」
「あぁ、そうらしいな。そいつ等捕まえて騎士団長の疑惑を晴らす、な~んて、暇つぶしにはもってこいかもな」

 ツキノはにやりと口角を上げる。そうやって笑っているとホント可愛いのに……いや、今は表情あくどい感じになってるから、あんまり可愛くないかもしれん。

「さて、どうやったら釣れるだろうな?」
「女装!」
「あぁ?」
「ツキノは絶対女装! 絶対可愛いから!!」
「は? マジふざけんな! やりたかったらお前がやれ!」
「俺がやったらツキノもスカート履く?」

 俺の提案にツキノが眉根を寄せた。

「お前、本気か?」
「暇つぶしにはちょうどいいんじゃない?」

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