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運命に祝福を
メルクードにて ②
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「リリーに会いたい!!」
ウィルが不貞腐れたように大きな声を上げる。
思わず皆がそちらへ呆れたような視線を投げるのだが、ウィルはそれを気にした様子もなく「なんでダメ?」と不満顔を隠さない。
「ウィル、私達はあくまで留学生としてここに来ているのであって遊びに来ている訳ではないのですよ、彼女に会いたいのは分かりますが、それは休みの日に回して今は学ばなければならない時です」
私の返した言葉にウィルは不満顔のまま「そんなの分かってるけど、ついこの間まで兄ちゃん達も惚れた腫れたで大騒ぎしてたじゃん」と、やはり納得がいかない様子だ。
それにしてもウィルが女の子に会いたいだなんてまさに青天の霹靂、そのうち雨の代わりに槍でも降ってくるのではないだろうか。
「分かっているなら今は学びの時ですよ」
それでも私はそう言って辺りを見回す。実を言えば現在私達は自由時間ではない。私達は一応留学生で学ぶ事が本分であり、今の時間はランティスの方々との交流の時間である。
けれど私達は現在何故か彼等に遠巻きにされていて誰もこちらに近寄って来ようとしない。別の場所ではそこそこ交流が進んでいるというのに、私が班長を務めるこの班だけ、まるで珍獣を見るかのような瞳を向けられて交流が捗らない。
今日は騎士団員として、ランティスの若手騎士団員と交流試合をする事になっているのだがこれは一体どういうことだ? 私達が不在の間に何かあったのだろうか?
「カイト、しばらく姿を見かけなかったけど何処に行ってた?」
しばらくしてカイトに声を掛けてきた男が一人、カイトはその男の存在を確認すると思い切り顔を顰めてふいっとそっぽを向いた。
カイトは決して愛想が悪い方ではない、そんなカイトがこんな態度を取る相手は珍しい。けれどそれは彼の今までの言動を見ているともう致し方ないと言わざるを得ない。彼の名前はトーマス・トールマン、イグサルの従兄弟で少し自意識過剰なアルファ男性だ。
「無視はないだろう、カイト」
「貴方と話す口は持ち合わせていませんので」
カイトはつんと横を向いたまま言葉を返すのだが、トーマスはまったくへこたれた様子も見せずにカイトの顔を覗き込む。
どうやらこの男、カイトに懸想をしているらしくしつこいくらいに寄って来てはこうやってカイトに纏わりつくのでカイトも辟易しているようなのだ。
私達はカイトの護衛ではあるものの別段カイトの命を狙っている訳ではない彼を邪険に扱う事はしておらず、けれどカイトがうんざりしている様子なのも見て取れるので、そろそろどうにかしないといけないとは思っていた所だ。
そもそもカイトにはツキノという番相手が既にいる訳で、その辺のことも何度も説明しているのだが、それでも聞く耳を持たない彼はもはやカイトのストーカーと言っても過言ではない。これは本当に看過できない。
「なぁ、トーマス、ちょっといいか?」
イグサルがトーマスに声を掛ける。トーマスはそれには面倒くさそうな表情で「なんだ?」とこちらを見やった。
「先週俺達は少しばかり出掛けていたんだが、その間に何かあったか? 今日はやけに遠巻きにされてこっちもどうしていいか分からない」
「あぁ、別に大した事じゃないさ、この国ではメリア人は嫌われるんだろう? たぶん、そのせいだ」
「……? どういう意味だ?」
嫌な予感が頭を掠める。メリア人が嫌われる、その言葉で予想される回答など数は限られる。
「言っておくが、俺は聞かれたから答えただけだぞ?」
「だから、どういう意味だ?」
イグサルがトーマスを問い詰めると、返ってきた返答は私の頭を掠めた嫌な予感から当たらずとも遠からずな返答が返ってきた。
「この国の騎士団長はデルクマンという姓なのだそうだな、そこのユリウスもデルクマン姓、何か関係があるのか? と聞かれたから俺は知らんと答えたのだが、よく考えたら父親はあのナダール第一騎士団長だという事を思い出してな、ついでに元々ランティス出身だという事も有名な話だし、もしかして血縁かも? という話からユリウスの母親がメリア人だという事をついぽろりとな……」
「原因はお前か!!」
「別に隠している話でもないだろう! この国ではメリア人が嫌われている事を少しばかり失念していただけで、他意はない!」
「他意があったらぶっ飛ばしてるわ!!」
イグサルが呆れたように額に手をあて盛大に溜息を零した。確かに隠している事など何もないが、少し考えればこうなる事は予想できたであろうに、この男は少し思慮が足りない……いや、それだけファルスが平和な証拠でもあるのだから彼を責めるのはお門違いか……
「要するに、原因は私、という事ですね」
「お前じゃねぇよ、こいつが悪い」
「だから俺は聞かれた事に答えただけでな……それに原因はそれだけじゃないぞ、この国の騎士団長にはどうやら少しばかり黒い噂があるみたいでな」
「黒い噂? 奴隷売買の話か?」
「いや、そんな話、俺は知らんぞ。そいつはそんな事までやっているのか?」
「イグサル……」
言わなくてもいい事をポロリと零してしまったイグサルに私はまた内心頭を抱える。彼も自分の失言に気付いたのだろう「今のは聞かなかった事に……」ともごもご言っているが、近くにいた者達には恐らく聞こえてしまった事だろう。更に周囲のこちらに向ける視線が険しくなった。
「それよりも、その黒い噂というのを詳しく聞いても?」
「あ? あぁ、そいつは自分が騎士団長になる為に歴代の騎士団長に罠を仕掛けてその座を奪ったとか、そんな話だな」
「そうですか」
予想通りのその返答、この噂はずいぶん広く流布されているのだろう。イグサルとミヅキは驚いたような顔をしているが、カイトだけは少し心配そうな顔で私を見上げてくる。
「俺はよく知らないが、ランティスでは一昔前、大臣による国の乗っ取り未遂事件があったんだそうだ、今の騎士団長もその時一度は疑われたりもしたらしい。けれど、結局その時には罪には問われなかったが、黒い噂は付き纏ってるとかなんとか……」
「騎士団長がこの国の乗っ取りを狙っていると?」
「噂話だがな。騎士団長はメリア人が多く暮らす貧民街に出入りしているという噂もあるらしくてな、もしかして騎士団長はメリア人と繋がってるんじゃないかとか言われたから、つい、お前の母親の話を漏らしてしまったのだが、本当に血縁だったりしたか?」
まぁ、確かにそこに嘘はない。リク騎士団長と私が血縁である事も間違いがない。私はどういう顔をしていいか分からず苦笑した。
ここで違うと否定したところで嘘などすぐにバレるだろう、それに私達は嘘を吐かなければならないような事は何もしていないのだ、ここは正々堂々胸を張り「騎士団長は私の叔父で間違いない」と首を縦に振った。
「事実なのか?」
「黒い噂の方は知りませんよ? 彼が父の弟である事と、母がメリア人である事はもう間違えようのない事実ですから否定できません。ただ、これだけは言っておきたいのですが、うちの家族はずっとファルスで暮していて、今回私がこのように留学してくるまで叔父との付き合いはほぼ無かったし、ましてや母と叔父の間には一切の交流はなかったと思いますよ。叔父は母の事を嫌っていましたからね」
「そうなのか?」
「これは私達がファルスで暮していた理由のひとつでもありますから間違いないです。叔父はうちの両親の結婚を認めてくれなかった、だから父はファルスでの暮らしを選んだのです」
周りがそれとなく聞き耳を立てているのが分かる。けれど私は何も間違った事は言っていない。
「私にメリア人の血が流れているから交流したくないというのであれば、それはそれでもう仕方がないです、けれど私の仲間は関係ない。彼等は生粋のファルス人で、メリアには一切関係がないのですから、そこはご容赦願いたい」
「ファルスではメリア人はそんなに大手を振って暮しているのか?」
ふいに問われた声にそちらを向くと、1人の若者が悪気も無さそうな顔で首を傾げた。
「ファルスは何者をも受け入れる自由な気風がウリみたいな国ですからね、受け入れられれば皆ファルス人として暮せていますよ。実際うちの母も特別色眼鏡で見られた事もありませんし、5人いる騎士団長の中には元メリア人という方もいらっしゃいます」
「騎士団長の中に……? 国を乗っ取られるぞ!」
「彼はそんな事はしませんし、うちの父も元はランティスの人間ですが騎士団長をしています、ファルスはそういう国なのです」
私達を遠巻きにしていた人の輪が少し縮んで囲まれた。彼等もこういう場に出てくるような人達だ、他国には興味があるのだろう。
ランティスの人間はメリア人を蔑んで最初から交流を持とうとはしないのだ、それが生活に根差していて、そもそも彼等はメリア人を、というか他国の事をあまり知らないのではないかと思う。
「元メリア人というのはどういう事だ? ファルスでは他国の人間でもそんなに簡単に受け入れられるのか?」
「我が国では、ある程度の期間国に留まり、定住の意思も生活基盤もファルスにあると判断されれば、どこの国出身だろうが皆等しくファルス人です」
「見た目が明らかに他国の人間でもか?」
それはたぶんメリア人の赤髪、山の民の黒髪、そしてランティス人の金髪も含まれているのだろう、彼等は興味津々で尋ねてくる。
「ファルスは見た目で人を判断しません。どこの国の出身者でもいい人もいれば悪い人もいます、それは皆個々人で、そこで人を判断する事はあっても、そういう外的要因の大きな括りで人を見るような事はしません」
「だけど、やっぱりメリア人の犯罪はどうせ飛び抜けて多いんだろう?」
「そんな事はありません、犯罪に国籍は関係ない、罪を犯す人はメリア人だろうがファルス人だろうが、ランティス人だろうがやる時はやります」
周囲にわずかな動揺が走る。だがそれもまた事実で嘘ではないのだから仕方がない。
「我が同胞はそんな事はしない!」
「何故そう言い切れるのですか?」
「そんな話は聞いた事がない!」
「ですが、最近の我が国では重大事件を起す内の何割かはランティスの方ですよ」
私の言葉に場が凍りついた。だが交流というのは他者を知ると言うのも学びのひとつだ、綺麗事だけを並べて上っ面の交流だけをしても意味がない。相手が知りたいと言うのであれば耳障りの良い言葉だけを並べて交流するより例え相手にとって苦い事実だとしても知ってもらう事が重要だ。
「ここランティス国内でも犯罪が全くない訳ではないですよね? どこにでも悪い事を考える人間というのはいるものです」
「我が国で犯罪を犯しているのはメリア人がほとんどだ!」
「ランティス国内の詳しい情報は私には分かりません、私はあくまでファルス国内でのお話をしています」
「一体ランティス人が何をしたと……」
「つい最近では首都への爆薬持込みの指示ですかね、ランティスの商人が関わっていた事は間違いないので」
「そんな話、知らないぞ?」
「事件は未然に防がれましたから公にはなっていません、民衆に不安を持たせてはいけないからと情報はある程度伏せられています。けれどその事件は近年ファルス国内で起こった重大事件である事は事実なのです」
ざわざわと皆が顔を見合わせる。
「ランティスの商人というのは利用されただけだろう? きっと裏で手を引いていたのは……」
「そうですね、それは分かりません。まだ全ての事件が解決した訳ではありませんから」
「そらみろ、やっぱり裏で手を引いているのはメリア人なんじゃないか!」
「いえ、そうとは言い切れません。もしメリアの方が裏で手を引いていたとして、その理由が見付からないからです」
「だったらランティス人にはその理由があって、それを仕組んだとお前は言いたいのか!!」
「だから、それはまだ分からないと言っています。関わっていたのは事実、けれどその内情は不明、こちらランティスにも捜査の協力要請はきているはずです、私は事件の一刻も早い解決を願うだけです」
不愉快そうな表情を見せる者、戸惑った様子の者、反応は様々だが皆一様に「まさか」という疑いの表情をこちらへと向ける。
「私達はここへ交流に来たのであって、お互いに不信感を持つ為にやってきた訳ではありません。そして私はランティスを悪い国だと言っている訳でもないのです。そういう事実があった、というそれだけの事で、そこに新たな敵を作ろうとしている訳ではありません」
「メリア人の血を引いている人間の言葉なんて信じられるか! あいつ等は息を吐くように嘘を吐く、こいつだって……!」
暴言を吐いた男に腕を伸ばしたのはイグサルだった。
「こいつは真実を述べているだけだ、俺の親友を貶めるような言動は控えてもらえるかな?」
一見当たり障りなく穏やかそうな表情に見えるイグサル、だが顔は穏やかでも確実に怒っている。男の胸倉掴んだイグサルの腕を、私は慌てて取り押さえた。
「止めてください、イグサル」
「お前の母親を貶すという事は、お前の母親を伴侶に選んだ我が国の第一騎士団長をも侮辱しているのと同じだ、そして引いては騎士団長を任命した我が国の国王を貶しているのと同じなんだよ!」
「どうせファルスの騎士団長は色仕掛けで落とされた口なんだろう! メリア人はそういう手練手管が巧いと聞いている」
「お前!」
拳を振り上げようとしたイグサルの腕を掴んで制止した。私は決して争いを助長するために今の話をした訳ではない、確かに私の話した真実は彼等の知る世界の話とは違うのだろう、けれどそれをまた争いの種にしてしまっては本末転倒だ。私はそんな事は望んでいない。
「止めるな、ユリウス!」
「暴力で解決すれば彼等にファルス人は野蛮な人間だと思われるだけです」
「でも!」
「けれどそれはこちらも同様です、私は今の発言でランティス人の方々は救いようの無いほどに愚かで視野の狭い人間なのだとそう思いましたから」
私の返した言葉にまたその場は凍りついた。けれど私は言葉を続ける、彼等は知らなければいけない、彼等が井の中の蛙のままでいてはこの国は変わらないし争いはいつまで経ってもなくなりはしないのだ。
「貴方の放った言葉はそのまま、貴方に返る、けれどその言葉は貴方だけではなく、貴方が示した清廉潔白なランティス人のイメージも見事にぶち壊した事だけは確かです。下卑た憶測は自身の価値を下げるだけに留まらず、今ここにいる私達ファルス人にランティス人とはこういう人間なのかというイメージを植え付けた、貴方は肝に銘じておくといい、それはひいてはファルス国内においてランティス人のイメージとして定着するのだという事を」
「そうだよなぁ、ユリ兄の父ちゃんと母ちゃんが凄い人達なのオレ知ってるもん、それを思うと、ランティスの人達って皆そんななのかってがっかりだよ」
ウィルがぼそりとそう零すと、その言葉を継ぐように言葉を発したのはトーマスだった。
「確かにナダール第一騎士団長は我が国でも一目置かれる存在だ、彼はランティスの出身で、だからこそランティスのイメージはそこまで悪くはなかったのだが、そんな人が祖国を捨ててまで我が国で暮しているのはこういう土壌があったからだというのがしみじみ分かるな。妻子を守る為に祖国を捨てる、そんな選択しかなかったのだろう? 彼がこの国に留まって暮せるような国だったのならば、彼は我が国にやっては来なかった。ある意味我が国にとっては有益であったが、ここランティスにおいては大きな損失だったのかもしれん。ランティス人にとってはそんな事はどうでもいい事なのだろうがな」
トーマスは偉そうに腕を組んでそんな事を言う。まさか彼が父の事をそこまで認めてくれていたとは思わず驚いた。しかも援護射撃までしてくれるとは予想外だ。
トーマスの事はカイトのストーカーで困った男だとしか思っていなかったが、少しだけ彼を見直してしまいそうだ。
「言わせておけば好き勝手言いやがる、そもそもそいつの父親がどれほどのものだって言うんだ!」
「強さが至上の我が国において最強の名を欲しいままにしている人物だが、常に笑みを絶やさず周りを気遣い人望の厚い人物だ。騎士団長としての功績も数知れず、語りだしたらキリがない。人に優しく自分に厳しい、我が国に暮らす国民達がいかに居心地よく暮せるかを常に模索しているような人物。だからこそ我々ファルス人のランティス人に対するイメージは清廉潔白であったのに、これは国民性ではなく、彼自身の気質でしかなかったという事が証明されたな」
イグサルが胸倉を掴んでいた手を離し、男を放り出すようにして、不機嫌に言葉を重ねた。
「ランティス人というのは自分達以外の人種は全員もれなく下等生物だとでも思っているのだろうか? だとしたら、私達もそれに見合った行動をこれからは取っていかなければならないが……」
ミヅキの顔は無表情で、怒っているのかそうでもないのか全く分からない。
「そちらが無闇にこちらを下に見るのであれば、私達も同じように対応するしかないからな、本意ではないがそちらがそれを望むのであれば仕方があるまい」
あぁ、これやはり怒ってる。というか、呆れているのか?
「お前等、言わせておけば……」
放り出された男が怒りを露に立ち上がろうとしたその時「馬鹿じゃないの? もう止めたら? その人達の言ってること、どこも間違ってないだろ?」と、ぴょこんと現れたのは1人の少年、ランティス特有の金髪碧眼のその少年は何故かどことなく顔立ちがカイトに似ていた。
「これ以上お前が変な事言うと、ランティスのイメージ悪くなるだろ!」
「は? なんだお前!」
「もう止めろ、そいつの言う通りだ」
ここにきてようやく彼の周りの者達も彼を諌めはじめて、悪態を吐いていた男は不機嫌な表情のままなのだが、こちらを一睨みして踵を返した。
「ありがとうございます、助かりました」
少年に頭を下げると、何故かその少年はおもむろに伸びをするようにして私の頭を撫でた。
「そんなに歳変わらないはずなのに、なんでそんなに大きくなったの?」
唐突な言葉とされた事に驚いて私が顔を上げると彼はにこりと笑みを浮かべた。
「やっぱり血筋なのかなぁ? 僕にも同じ血が流れてるはずなのに、僕、全然身長伸びないんだよね……」
「ユリ兄、知り合い?」
「え? いや……どこかでお会いしましたっけ?」
ウィルに問われて私も戸惑う、少なくともこの国の私の知人の中に彼は存在していないはずだから。
「あぁ、ごめん、僕が一方的に知ってるだけ、一応じいちゃんの誕生会にも居たんだけどな」
「誕生会? もしかしてギマールおじい様の?」
「そうそう、僕もじいちゃんの孫。だから僕達従兄弟同士だよ。僕の名前はメル。メル・リングス、よろしくね」
あれ? リングス? リングスと言ったらカイトの、いや、カイトの母親であるカイルさんの姓?
これにはカイトも驚いたようで、不思議そうに首を傾げるのだが、それに気付いたのかメルはカイトにもにこりと笑いかけた。
「そっちの君も僕の従兄弟だよね?」
「え? え? そうなの?」
「だって、君エリオット王子の……」
「わ~ダメ~っっっ!!!」
慌てたようにカイトがメルの口を塞ぐ、まだ周りには人がたくさんいて、今現在どこで誰が聞き耳を立てているかも分からない現状、カイトがエリオット王子の子供だとバレるのはとても困る。
「なんで知ってるの!?」
「え? 母さんから聞いたから」
カイトが戸惑ったように「お母さんって誰?」と困惑の表情で首を傾げた。
「ナディア・リングス、君の生みの親の妹なんだけど、聞いてない?」
「父さんの妹……?」
「あれ? 君の父親ってエリォ……」
またしてもカイトは「だから言っちゃ駄目だってばっ!!」と、慌てたように彼の口を掌で塞いだ。
「分かった、分かったって……とにかく僕は君達の従兄弟なんだよ、僕の父親はマルク・デルクマン、だから僕はユリウスさんとも従兄弟。因みに父さんはリングス家に婿養子に入ったから僕の名前はメル・リングス」
「婿養子?」
「リングス家の跡継ぎが失踪したからね。伯父さんと母さんは2人兄妹で、うちリングス薬局って薬屋やってるんだけど、もう母さんが継ぐしかなくてさ、父さんは元々騎士団員だけど急遽転職して一緒にお店をやってるって訳、父さんも商売は性にあってたみたいで楽しそうに商いしてるよ」
メルはからからと笑みを零す。そういえばカイトの母親であるカイル先生は医者というか、薬の研究をしている研究者なのだ。なるほど、実家は薬屋だったのか……ある意味納得だ。
「それでもメル君は騎士団員なんですね?」
「まぁ、今のところは。まだ将来の事はあんまり考えてないけど騎士団はお給料いいからね。それにデルクマンの家系は騎士団員が多いから一度くらいは経験しておこうかなって、ね。ここには他にも親戚がたくさんいるから気楽だし。最近ちょっと仲悪い親戚も多いけど」
「そうなのですか?」
「ユリウスさんもじいちゃんの誕生会でやられてただろ? あんな感じでさ、メリア容認派と断固拒否派で分かれてる。正直僕はそういうの自体が面倒くさくて仕方がないよ」
苦笑するようにメルは笑う。本当にこの国のメリア人差別は根深いのだと改めて思わずにはいられない。彼等は何故そこまでメリア人を嫌うのだろうか? 確かに彼等がいると治安が悪くなるというのも理由のひとつではあるのだろうが、それにしても酷すぎる。
「うちは完全にメリア容認派だからさ、もし良かったらこっちにいる間に一度うちに遊びに来てよ。街に出て『リングス薬局』ってその辺の人に聞いてもらえば、たぶん場所も分かると思うから」
「リングス薬局、分かりました、今度是非、寄らせていただきます」
私が頷くとメルはまたにこりと笑った。
ウィルが不貞腐れたように大きな声を上げる。
思わず皆がそちらへ呆れたような視線を投げるのだが、ウィルはそれを気にした様子もなく「なんでダメ?」と不満顔を隠さない。
「ウィル、私達はあくまで留学生としてここに来ているのであって遊びに来ている訳ではないのですよ、彼女に会いたいのは分かりますが、それは休みの日に回して今は学ばなければならない時です」
私の返した言葉にウィルは不満顔のまま「そんなの分かってるけど、ついこの間まで兄ちゃん達も惚れた腫れたで大騒ぎしてたじゃん」と、やはり納得がいかない様子だ。
それにしてもウィルが女の子に会いたいだなんてまさに青天の霹靂、そのうち雨の代わりに槍でも降ってくるのではないだろうか。
「分かっているなら今は学びの時ですよ」
それでも私はそう言って辺りを見回す。実を言えば現在私達は自由時間ではない。私達は一応留学生で学ぶ事が本分であり、今の時間はランティスの方々との交流の時間である。
けれど私達は現在何故か彼等に遠巻きにされていて誰もこちらに近寄って来ようとしない。別の場所ではそこそこ交流が進んでいるというのに、私が班長を務めるこの班だけ、まるで珍獣を見るかのような瞳を向けられて交流が捗らない。
今日は騎士団員として、ランティスの若手騎士団員と交流試合をする事になっているのだがこれは一体どういうことだ? 私達が不在の間に何かあったのだろうか?
「カイト、しばらく姿を見かけなかったけど何処に行ってた?」
しばらくしてカイトに声を掛けてきた男が一人、カイトはその男の存在を確認すると思い切り顔を顰めてふいっとそっぽを向いた。
カイトは決して愛想が悪い方ではない、そんなカイトがこんな態度を取る相手は珍しい。けれどそれは彼の今までの言動を見ているともう致し方ないと言わざるを得ない。彼の名前はトーマス・トールマン、イグサルの従兄弟で少し自意識過剰なアルファ男性だ。
「無視はないだろう、カイト」
「貴方と話す口は持ち合わせていませんので」
カイトはつんと横を向いたまま言葉を返すのだが、トーマスはまったくへこたれた様子も見せずにカイトの顔を覗き込む。
どうやらこの男、カイトに懸想をしているらしくしつこいくらいに寄って来てはこうやってカイトに纏わりつくのでカイトも辟易しているようなのだ。
私達はカイトの護衛ではあるものの別段カイトの命を狙っている訳ではない彼を邪険に扱う事はしておらず、けれどカイトがうんざりしている様子なのも見て取れるので、そろそろどうにかしないといけないとは思っていた所だ。
そもそもカイトにはツキノという番相手が既にいる訳で、その辺のことも何度も説明しているのだが、それでも聞く耳を持たない彼はもはやカイトのストーカーと言っても過言ではない。これは本当に看過できない。
「なぁ、トーマス、ちょっといいか?」
イグサルがトーマスに声を掛ける。トーマスはそれには面倒くさそうな表情で「なんだ?」とこちらを見やった。
「先週俺達は少しばかり出掛けていたんだが、その間に何かあったか? 今日はやけに遠巻きにされてこっちもどうしていいか分からない」
「あぁ、別に大した事じゃないさ、この国ではメリア人は嫌われるんだろう? たぶん、そのせいだ」
「……? どういう意味だ?」
嫌な予感が頭を掠める。メリア人が嫌われる、その言葉で予想される回答など数は限られる。
「言っておくが、俺は聞かれたから答えただけだぞ?」
「だから、どういう意味だ?」
イグサルがトーマスを問い詰めると、返ってきた返答は私の頭を掠めた嫌な予感から当たらずとも遠からずな返答が返ってきた。
「この国の騎士団長はデルクマンという姓なのだそうだな、そこのユリウスもデルクマン姓、何か関係があるのか? と聞かれたから俺は知らんと答えたのだが、よく考えたら父親はあのナダール第一騎士団長だという事を思い出してな、ついでに元々ランティス出身だという事も有名な話だし、もしかして血縁かも? という話からユリウスの母親がメリア人だという事をついぽろりとな……」
「原因はお前か!!」
「別に隠している話でもないだろう! この国ではメリア人が嫌われている事を少しばかり失念していただけで、他意はない!」
「他意があったらぶっ飛ばしてるわ!!」
イグサルが呆れたように額に手をあて盛大に溜息を零した。確かに隠している事など何もないが、少し考えればこうなる事は予想できたであろうに、この男は少し思慮が足りない……いや、それだけファルスが平和な証拠でもあるのだから彼を責めるのはお門違いか……
「要するに、原因は私、という事ですね」
「お前じゃねぇよ、こいつが悪い」
「だから俺は聞かれた事に答えただけでな……それに原因はそれだけじゃないぞ、この国の騎士団長にはどうやら少しばかり黒い噂があるみたいでな」
「黒い噂? 奴隷売買の話か?」
「いや、そんな話、俺は知らんぞ。そいつはそんな事までやっているのか?」
「イグサル……」
言わなくてもいい事をポロリと零してしまったイグサルに私はまた内心頭を抱える。彼も自分の失言に気付いたのだろう「今のは聞かなかった事に……」ともごもご言っているが、近くにいた者達には恐らく聞こえてしまった事だろう。更に周囲のこちらに向ける視線が険しくなった。
「それよりも、その黒い噂というのを詳しく聞いても?」
「あ? あぁ、そいつは自分が騎士団長になる為に歴代の騎士団長に罠を仕掛けてその座を奪ったとか、そんな話だな」
「そうですか」
予想通りのその返答、この噂はずいぶん広く流布されているのだろう。イグサルとミヅキは驚いたような顔をしているが、カイトだけは少し心配そうな顔で私を見上げてくる。
「俺はよく知らないが、ランティスでは一昔前、大臣による国の乗っ取り未遂事件があったんだそうだ、今の騎士団長もその時一度は疑われたりもしたらしい。けれど、結局その時には罪には問われなかったが、黒い噂は付き纏ってるとかなんとか……」
「騎士団長がこの国の乗っ取りを狙っていると?」
「噂話だがな。騎士団長はメリア人が多く暮らす貧民街に出入りしているという噂もあるらしくてな、もしかして騎士団長はメリア人と繋がってるんじゃないかとか言われたから、つい、お前の母親の話を漏らしてしまったのだが、本当に血縁だったりしたか?」
まぁ、確かにそこに嘘はない。リク騎士団長と私が血縁である事も間違いがない。私はどういう顔をしていいか分からず苦笑した。
ここで違うと否定したところで嘘などすぐにバレるだろう、それに私達は嘘を吐かなければならないような事は何もしていないのだ、ここは正々堂々胸を張り「騎士団長は私の叔父で間違いない」と首を縦に振った。
「事実なのか?」
「黒い噂の方は知りませんよ? 彼が父の弟である事と、母がメリア人である事はもう間違えようのない事実ですから否定できません。ただ、これだけは言っておきたいのですが、うちの家族はずっとファルスで暮していて、今回私がこのように留学してくるまで叔父との付き合いはほぼ無かったし、ましてや母と叔父の間には一切の交流はなかったと思いますよ。叔父は母の事を嫌っていましたからね」
「そうなのか?」
「これは私達がファルスで暮していた理由のひとつでもありますから間違いないです。叔父はうちの両親の結婚を認めてくれなかった、だから父はファルスでの暮らしを選んだのです」
周りがそれとなく聞き耳を立てているのが分かる。けれど私は何も間違った事は言っていない。
「私にメリア人の血が流れているから交流したくないというのであれば、それはそれでもう仕方がないです、けれど私の仲間は関係ない。彼等は生粋のファルス人で、メリアには一切関係がないのですから、そこはご容赦願いたい」
「ファルスではメリア人はそんなに大手を振って暮しているのか?」
ふいに問われた声にそちらを向くと、1人の若者が悪気も無さそうな顔で首を傾げた。
「ファルスは何者をも受け入れる自由な気風がウリみたいな国ですからね、受け入れられれば皆ファルス人として暮せていますよ。実際うちの母も特別色眼鏡で見られた事もありませんし、5人いる騎士団長の中には元メリア人という方もいらっしゃいます」
「騎士団長の中に……? 国を乗っ取られるぞ!」
「彼はそんな事はしませんし、うちの父も元はランティスの人間ですが騎士団長をしています、ファルスはそういう国なのです」
私達を遠巻きにしていた人の輪が少し縮んで囲まれた。彼等もこういう場に出てくるような人達だ、他国には興味があるのだろう。
ランティスの人間はメリア人を蔑んで最初から交流を持とうとはしないのだ、それが生活に根差していて、そもそも彼等はメリア人を、というか他国の事をあまり知らないのではないかと思う。
「元メリア人というのはどういう事だ? ファルスでは他国の人間でもそんなに簡単に受け入れられるのか?」
「我が国では、ある程度の期間国に留まり、定住の意思も生活基盤もファルスにあると判断されれば、どこの国出身だろうが皆等しくファルス人です」
「見た目が明らかに他国の人間でもか?」
それはたぶんメリア人の赤髪、山の民の黒髪、そしてランティス人の金髪も含まれているのだろう、彼等は興味津々で尋ねてくる。
「ファルスは見た目で人を判断しません。どこの国の出身者でもいい人もいれば悪い人もいます、それは皆個々人で、そこで人を判断する事はあっても、そういう外的要因の大きな括りで人を見るような事はしません」
「だけど、やっぱりメリア人の犯罪はどうせ飛び抜けて多いんだろう?」
「そんな事はありません、犯罪に国籍は関係ない、罪を犯す人はメリア人だろうがファルス人だろうが、ランティス人だろうがやる時はやります」
周囲にわずかな動揺が走る。だがそれもまた事実で嘘ではないのだから仕方がない。
「我が同胞はそんな事はしない!」
「何故そう言い切れるのですか?」
「そんな話は聞いた事がない!」
「ですが、最近の我が国では重大事件を起す内の何割かはランティスの方ですよ」
私の言葉に場が凍りついた。だが交流というのは他者を知ると言うのも学びのひとつだ、綺麗事だけを並べて上っ面の交流だけをしても意味がない。相手が知りたいと言うのであれば耳障りの良い言葉だけを並べて交流するより例え相手にとって苦い事実だとしても知ってもらう事が重要だ。
「ここランティス国内でも犯罪が全くない訳ではないですよね? どこにでも悪い事を考える人間というのはいるものです」
「我が国で犯罪を犯しているのはメリア人がほとんどだ!」
「ランティス国内の詳しい情報は私には分かりません、私はあくまでファルス国内でのお話をしています」
「一体ランティス人が何をしたと……」
「つい最近では首都への爆薬持込みの指示ですかね、ランティスの商人が関わっていた事は間違いないので」
「そんな話、知らないぞ?」
「事件は未然に防がれましたから公にはなっていません、民衆に不安を持たせてはいけないからと情報はある程度伏せられています。けれどその事件は近年ファルス国内で起こった重大事件である事は事実なのです」
ざわざわと皆が顔を見合わせる。
「ランティスの商人というのは利用されただけだろう? きっと裏で手を引いていたのは……」
「そうですね、それは分かりません。まだ全ての事件が解決した訳ではありませんから」
「そらみろ、やっぱり裏で手を引いているのはメリア人なんじゃないか!」
「いえ、そうとは言い切れません。もしメリアの方が裏で手を引いていたとして、その理由が見付からないからです」
「だったらランティス人にはその理由があって、それを仕組んだとお前は言いたいのか!!」
「だから、それはまだ分からないと言っています。関わっていたのは事実、けれどその内情は不明、こちらランティスにも捜査の協力要請はきているはずです、私は事件の一刻も早い解決を願うだけです」
不愉快そうな表情を見せる者、戸惑った様子の者、反応は様々だが皆一様に「まさか」という疑いの表情をこちらへと向ける。
「私達はここへ交流に来たのであって、お互いに不信感を持つ為にやってきた訳ではありません。そして私はランティスを悪い国だと言っている訳でもないのです。そういう事実があった、というそれだけの事で、そこに新たな敵を作ろうとしている訳ではありません」
「メリア人の血を引いている人間の言葉なんて信じられるか! あいつ等は息を吐くように嘘を吐く、こいつだって……!」
暴言を吐いた男に腕を伸ばしたのはイグサルだった。
「こいつは真実を述べているだけだ、俺の親友を貶めるような言動は控えてもらえるかな?」
一見当たり障りなく穏やかそうな表情に見えるイグサル、だが顔は穏やかでも確実に怒っている。男の胸倉掴んだイグサルの腕を、私は慌てて取り押さえた。
「止めてください、イグサル」
「お前の母親を貶すという事は、お前の母親を伴侶に選んだ我が国の第一騎士団長をも侮辱しているのと同じだ、そして引いては騎士団長を任命した我が国の国王を貶しているのと同じなんだよ!」
「どうせファルスの騎士団長は色仕掛けで落とされた口なんだろう! メリア人はそういう手練手管が巧いと聞いている」
「お前!」
拳を振り上げようとしたイグサルの腕を掴んで制止した。私は決して争いを助長するために今の話をした訳ではない、確かに私の話した真実は彼等の知る世界の話とは違うのだろう、けれどそれをまた争いの種にしてしまっては本末転倒だ。私はそんな事は望んでいない。
「止めるな、ユリウス!」
「暴力で解決すれば彼等にファルス人は野蛮な人間だと思われるだけです」
「でも!」
「けれどそれはこちらも同様です、私は今の発言でランティス人の方々は救いようの無いほどに愚かで視野の狭い人間なのだとそう思いましたから」
私の返した言葉にまたその場は凍りついた。けれど私は言葉を続ける、彼等は知らなければいけない、彼等が井の中の蛙のままでいてはこの国は変わらないし争いはいつまで経ってもなくなりはしないのだ。
「貴方の放った言葉はそのまま、貴方に返る、けれどその言葉は貴方だけではなく、貴方が示した清廉潔白なランティス人のイメージも見事にぶち壊した事だけは確かです。下卑た憶測は自身の価値を下げるだけに留まらず、今ここにいる私達ファルス人にランティス人とはこういう人間なのかというイメージを植え付けた、貴方は肝に銘じておくといい、それはひいてはファルス国内においてランティス人のイメージとして定着するのだという事を」
「そうだよなぁ、ユリ兄の父ちゃんと母ちゃんが凄い人達なのオレ知ってるもん、それを思うと、ランティスの人達って皆そんななのかってがっかりだよ」
ウィルがぼそりとそう零すと、その言葉を継ぐように言葉を発したのはトーマスだった。
「確かにナダール第一騎士団長は我が国でも一目置かれる存在だ、彼はランティスの出身で、だからこそランティスのイメージはそこまで悪くはなかったのだが、そんな人が祖国を捨ててまで我が国で暮しているのはこういう土壌があったからだというのがしみじみ分かるな。妻子を守る為に祖国を捨てる、そんな選択しかなかったのだろう? 彼がこの国に留まって暮せるような国だったのならば、彼は我が国にやっては来なかった。ある意味我が国にとっては有益であったが、ここランティスにおいては大きな損失だったのかもしれん。ランティス人にとってはそんな事はどうでもいい事なのだろうがな」
トーマスは偉そうに腕を組んでそんな事を言う。まさか彼が父の事をそこまで認めてくれていたとは思わず驚いた。しかも援護射撃までしてくれるとは予想外だ。
トーマスの事はカイトのストーカーで困った男だとしか思っていなかったが、少しだけ彼を見直してしまいそうだ。
「言わせておけば好き勝手言いやがる、そもそもそいつの父親がどれほどのものだって言うんだ!」
「強さが至上の我が国において最強の名を欲しいままにしている人物だが、常に笑みを絶やさず周りを気遣い人望の厚い人物だ。騎士団長としての功績も数知れず、語りだしたらキリがない。人に優しく自分に厳しい、我が国に暮らす国民達がいかに居心地よく暮せるかを常に模索しているような人物。だからこそ我々ファルス人のランティス人に対するイメージは清廉潔白であったのに、これは国民性ではなく、彼自身の気質でしかなかったという事が証明されたな」
イグサルが胸倉を掴んでいた手を離し、男を放り出すようにして、不機嫌に言葉を重ねた。
「ランティス人というのは自分達以外の人種は全員もれなく下等生物だとでも思っているのだろうか? だとしたら、私達もそれに見合った行動をこれからは取っていかなければならないが……」
ミヅキの顔は無表情で、怒っているのかそうでもないのか全く分からない。
「そちらが無闇にこちらを下に見るのであれば、私達も同じように対応するしかないからな、本意ではないがそちらがそれを望むのであれば仕方があるまい」
あぁ、これやはり怒ってる。というか、呆れているのか?
「お前等、言わせておけば……」
放り出された男が怒りを露に立ち上がろうとしたその時「馬鹿じゃないの? もう止めたら? その人達の言ってること、どこも間違ってないだろ?」と、ぴょこんと現れたのは1人の少年、ランティス特有の金髪碧眼のその少年は何故かどことなく顔立ちがカイトに似ていた。
「これ以上お前が変な事言うと、ランティスのイメージ悪くなるだろ!」
「は? なんだお前!」
「もう止めろ、そいつの言う通りだ」
ここにきてようやく彼の周りの者達も彼を諌めはじめて、悪態を吐いていた男は不機嫌な表情のままなのだが、こちらを一睨みして踵を返した。
「ありがとうございます、助かりました」
少年に頭を下げると、何故かその少年はおもむろに伸びをするようにして私の頭を撫でた。
「そんなに歳変わらないはずなのに、なんでそんなに大きくなったの?」
唐突な言葉とされた事に驚いて私が顔を上げると彼はにこりと笑みを浮かべた。
「やっぱり血筋なのかなぁ? 僕にも同じ血が流れてるはずなのに、僕、全然身長伸びないんだよね……」
「ユリ兄、知り合い?」
「え? いや……どこかでお会いしましたっけ?」
ウィルに問われて私も戸惑う、少なくともこの国の私の知人の中に彼は存在していないはずだから。
「あぁ、ごめん、僕が一方的に知ってるだけ、一応じいちゃんの誕生会にも居たんだけどな」
「誕生会? もしかしてギマールおじい様の?」
「そうそう、僕もじいちゃんの孫。だから僕達従兄弟同士だよ。僕の名前はメル。メル・リングス、よろしくね」
あれ? リングス? リングスと言ったらカイトの、いや、カイトの母親であるカイルさんの姓?
これにはカイトも驚いたようで、不思議そうに首を傾げるのだが、それに気付いたのかメルはカイトにもにこりと笑いかけた。
「そっちの君も僕の従兄弟だよね?」
「え? え? そうなの?」
「だって、君エリオット王子の……」
「わ~ダメ~っっっ!!!」
慌てたようにカイトがメルの口を塞ぐ、まだ周りには人がたくさんいて、今現在どこで誰が聞き耳を立てているかも分からない現状、カイトがエリオット王子の子供だとバレるのはとても困る。
「なんで知ってるの!?」
「え? 母さんから聞いたから」
カイトが戸惑ったように「お母さんって誰?」と困惑の表情で首を傾げた。
「ナディア・リングス、君の生みの親の妹なんだけど、聞いてない?」
「父さんの妹……?」
「あれ? 君の父親ってエリォ……」
またしてもカイトは「だから言っちゃ駄目だってばっ!!」と、慌てたように彼の口を掌で塞いだ。
「分かった、分かったって……とにかく僕は君達の従兄弟なんだよ、僕の父親はマルク・デルクマン、だから僕はユリウスさんとも従兄弟。因みに父さんはリングス家に婿養子に入ったから僕の名前はメル・リングス」
「婿養子?」
「リングス家の跡継ぎが失踪したからね。伯父さんと母さんは2人兄妹で、うちリングス薬局って薬屋やってるんだけど、もう母さんが継ぐしかなくてさ、父さんは元々騎士団員だけど急遽転職して一緒にお店をやってるって訳、父さんも商売は性にあってたみたいで楽しそうに商いしてるよ」
メルはからからと笑みを零す。そういえばカイトの母親であるカイル先生は医者というか、薬の研究をしている研究者なのだ。なるほど、実家は薬屋だったのか……ある意味納得だ。
「それでもメル君は騎士団員なんですね?」
「まぁ、今のところは。まだ将来の事はあんまり考えてないけど騎士団はお給料いいからね。それにデルクマンの家系は騎士団員が多いから一度くらいは経験しておこうかなって、ね。ここには他にも親戚がたくさんいるから気楽だし。最近ちょっと仲悪い親戚も多いけど」
「そうなのですか?」
「ユリウスさんもじいちゃんの誕生会でやられてただろ? あんな感じでさ、メリア容認派と断固拒否派で分かれてる。正直僕はそういうの自体が面倒くさくて仕方がないよ」
苦笑するようにメルは笑う。本当にこの国のメリア人差別は根深いのだと改めて思わずにはいられない。彼等は何故そこまでメリア人を嫌うのだろうか? 確かに彼等がいると治安が悪くなるというのも理由のひとつではあるのだろうが、それにしても酷すぎる。
「うちは完全にメリア容認派だからさ、もし良かったらこっちにいる間に一度うちに遊びに来てよ。街に出て『リングス薬局』ってその辺の人に聞いてもらえば、たぶん場所も分かると思うから」
「リングス薬局、分かりました、今度是非、寄らせていただきます」
私が頷くとメルはまたにこりと笑った。
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