運命に花束を

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運命に祝福を

夜会のその後 ③

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「……ウス……ユリウス! おい、ユリウス!」

 長いまどろみの中、頬の痛みに瞳を開ける。周りは何やら薄暗く、ここが何処だかも分からない。頬を叩くのは誰だ……? えぇ、と……あぁ……幼馴染のセイ兄ちゃんだ。なんで兄ちゃんはこんなに乱暴に僕の頬を叩くのだろう?

「痛、い……」
「目が覚めたか……?」
「僕、寝てた?」

 僕の言葉に彼は瞬間険しい表情を浮かべて顔を上げ、僕の向こう側の誰かをぎりっと睨み付けた。

「これはどういう事だ、アギト!」

 アギト……誰だっけ? そんな名前の人、村の中に居たかなぁ? っていうか、ここ何処だろう? パパは? 仕事? ママは? お出掛け? ねぇねは、何処……?

「どうもこうもない、巫女がそいつを連れて来て、そいつの中に神の力を宿したんだ。その力は俺達のモノなのに、そいつがぐちゃぐちゃとうるさいから、ここに放り込んだだけだろう? 力に自我は必要ないからな。おかげでその力、操るのはとても容易くなったぞ」

 口角を上げて嗤う男、アギトと呼ばれた男の人はちょっと恐い。目の前で僕を抱きかかえる兄ちゃんは「何て事を……」と呟いた。
 何だろう? 自分の記憶があやふやだ。自分の事がよく分からない。自分はまだ小さな幼い子供のつもりだったが、よく考えたら違う気もする。何故なら目の前のセイ兄ちゃんがずいぶん大きく見えるから。元々一回り近く年上のお兄ちゃんだったセイが大きいのは当たり前なのだが、それでも自分の考える彼よりずいぶん老けている気がするのは気のせいか……?

「セイちゃん、ここ何処? ママは?」
「……ママは居ない、ここはスランだ、ユリウス。立てるか?」

 言われて、立ち上がってみると、何やら兄ちゃんの方が僕より小さい。あれ……?

「セイちゃん、僕、変だよ? 僕、なんでこんなに大きいんだろう?」
「それはお前が育ったからだ、ユリウス。お前の今の年齢は19歳、もう幼い子供じゃないんだよ」

 19歳……それってもう大人かな? 掌をまじまじと見てみても思っているより大きくて、変な感じ。

「なんで急に大きくなったの……? 僕、おうちに帰りたい」
「お前はもう、帰れない」

 瞳を逸らすようにセイが言う。帰れない? なんで? 僕はうちに帰りたい! パパとママとねぇねと、それに妹! そうだよ、僕には妹が出来たんだ、僕はお兄ちゃんだから、ちゃんと守ってあげなきゃ駄目なんだ。

「僕、おうちに帰る」
「帰れないんだよ、ユリウス」
「なんでセイちゃんそんな意地悪言うの! 僕はおうちに帰るの! 帰りたい!!」

 僕の叫びと共に、部屋の中にごうっと風が吹き込んだ。それは前触れもなく、建物を揺らし、部屋の中を荒らす。

「止めろ、ユリウス!」
「なに? 僕は帰りたいだけなのに……」

 感情の制御がつかない、今度は悲しくて悲しくて、泣き出しそうになった僕の感情に呼応するように、建物の外からばらばらと屋根に雨粒の当たる雨音が聞こえた。それは次第に強く激しく、外界の音を遮断する。

「まさかと思うが、これが……お前の言う神の力というやつなのか?」
「あぁ、素晴らしいものだろう!」

 アギトと呼ばれた男は高笑う。やっぱりこの人、なんか嫌い。

「セイちゃん帰ろう! セイちゃんのパパとママだってきっと心配してるよ」
「俺は帰らない。それにお前も、もう帰れない」

 セイの言葉の意味が分からず、僕は逃げ出すように部屋を飛び出した。
 ここは何処だ? 僕は一体、なんでこんな所に? 建物の外には何もない。自分達が居た建物だけがぽつんとそこにあるだけで、周りは木々で囲まれている。そしてその木々も嵐のような暴風雨にばさばさと暴れ狂い、まるで化け物のようで恐ろしくて堪らない。
 けれど雨風は唸りを上げているのだが、自分はまるでガラス越しにその映像を見ているように僕には何の影響も与えない。僕の周りだけはとても静かで、なのに、周りはまるで嵐の渦中でもう訳が分からない。

「これ……なに?」
「ユリウス、戻れ!」

 建物の扉を押さえるようにしてセイが叫ぶ。彼にはもろに風雨が襲いかかり、今にも吹き飛ばされそうなのに、僕の周りだけは相変わらずに穏やかで、僕は呆然と彼を見やる。

「セイちゃん、これ、どうなってるの?」

 僕が彼に寄って行くと、次第に彼の周りの風雨が弱まる。まるで自分が台風の目のような状態で、これは自分が起している現象なのか……? と、ようやくそこで思い至った。

「セイちゃん、びしょ濡れ……」

 そんな彼の濡れた髪に手を伸ばすと、今度は触れた場所が乾いていく。髪の毛、頬から服へ……まるで魔法みたいだ。

「これも、お前がやっているのか?」
「そうなのかな? 凄いね、これ魔法かな? パパとママに見せてあげなきゃ。きっとねぇねも驚くよ!」

 自身の両手をまじまじと見やって言う僕に、何故かセイは哀れみの表情を向ける。

「ユリウス、お前はもう両親の元へは帰れない。戻れないんだよ」
「なんで?」

 その瞬間、色々な記憶がぐちゃぐちゃと一気に蘇ってくる。それは幼い頃の両親の結婚式の思い出から始まり、イリヤの街の武闘会の思い出、打ち上げられる花火、闘う父の姿や、母の楽しそうな横顔、それに混じるように自身の体験した幾つもの記憶。霞がかかったように見える少年の面影。

「僕は……あれ? 違う、私は……」

 時系列もばらばらに思い出される記憶のどれが正しい記憶なのか判然としない。

「あれ? セイちゃん……いや、セイ、さん……?」
「ユリウス、正気に戻ったか!」
「えっと、ここは……つっ、頭が」

 割れるように頭が痛い、頭痛はどんどん痛みを増し考えが上手く纏められない。

「ユリウス、これを」

 セイの背後から現れた男が私の前に薬を差し出した。それを見たセイがその薬を奪い取って「やめろと言っているだろう!」とその男に食ってかかった。

「それはただの鎮痛剤だ」
「嘘を吐くな! これはあの麻薬だろう!」
「完全に毒に侵された今となってはもうこれ以上毒になる事もない、ほら、ユリウス飲め。痛みが和らぐぞ」
「アギト!!!」

 私はあまりにも酷い頭の痛みにその薬を受け取り嚥下した。しばらくして痛みが引くと共にすぅーと感情も凪いでくる。そして同時に思考にまた霞がかかるのは何故なのだろう?
 気が付けば先程まで嵐のようになっていた天候自体も凪いでいる。

「こいつの力は強大だが正気に戻せば制御が難しい、こいつはこれでいいんだよ」
「だが、こんなやり方では、ユリウスは!」
「はん、こいつはお前の知り合いだったか。だがもう手遅れだ、この毒をこいつの身体から抜く事はもうできない」

 毒……? 毒物?
 意識が霞む、まるで母の腕の中でまどろむ幼子のような安心感。次第に嵐の音は遠のき静けさが戻る、そして私は意識を手離した。その刹那、セイさんの哀れむような悲しげな表情だけが瞳に映り、私の心に燻ぶるように残り続けた。

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