運命に花束を

矢の字

文字の大きさ
414 / 455
運命に祝福を

メルクードへの道 ①

しおりを挟む
 俺の名前はノエル・カーティス。一昨年前、母との喧嘩をきっかけに家出をして、母に散々心配をかけた事はまだ記憶に新しい。母には『こんな事はもう二度としない』と誓わされたのに、俺は現在人生二度目の家出を敢行している。
 俺はまだ年齢的には子供かもしれない、だけど、それでも何もせずにただ立ち止まっている事なんて俺にはもう出来なかったんだ……

「ノエル~ちょっと速いよ~」
「え? あっ、すみません!」

 色々な事を考えながら歩いていると、無闇に歩みは速くなる。そんな俺の同行者の一人は焦ったように「ごめんね、僕、もう少し速く歩くから」と、頭を下げた。

「いえ、リオさんはそんな事考えなくていいですよ、俺が速すぎるだけなんで」
「そうだぞ、お前はお前のペースで歩けばいい。元々これはそういう旅だからな」
「でも……」

 旅の同行者は2人、僕に申し訳無さそうに頭を下げるのが栗色の髪のリオさん。そして、もう一人、ひたすらリオさんを甘やかすのが黒髪のジェイさんだ。

「でも、そうだな……なんなら次の町で馬を調達するのも有りかもしれないな、のんびり旅はこの辺にして、スピードを上げた方がいいかもしれない。この先は宿を取るのも難しくなってくるだろうからね」
「え? 何でですか?」

 俺が驚いてジェイさんを見やると、彼は少しだけ苦笑した。
 俺達は数日の時間をかけてファルスとランティスの国境近くまでやって来ていた、ここまで普通に旅をして来られたのに、宿が取れなくなるというのはどういう事だろう?

「もしかして、君はファルスから出た事はないのかな?」
「え……あぁ、そうですね。国境を越えるのは初めてです」
「そうか、なら知っておいた方がいいよ、ランティスはとかく差別の激しい国だからね、私のような黒髪も、君のような赤髪もあの国では歓迎されない」
「あ…………」

 そういえばそうだった。そんな事は知識の上で分かっていたはずなのに、ルーンの町を襲った商人達にも散々赤髪で嫌な思いをさせられたのに、そんな事はすっかり忘れていた。

「これでいて、出会った当初にはリオにも散々警戒されて、私なんて口も聞いてもらえなかったくらいなんだよ、ランティス人の私達に対する風当たりはとても強い」
「それは、ごめんって何度も言ったのに……」
「リオを責めている訳じゃない、ランティスはそういう国だって言っているだけだ。それに、リオはただ単に私を怖がっていただけだって事も分かっているよ」

 こんなに仲良しな2人なのに、最初はそんな感じだったんだ? 正直少し意外だよ。しかも、ジェイさんが怖いって、そんな事ある? ジェイさんはユリ兄にも似て温和で柔和な人柄だ、俺なんて出会ってから一度だってそんな風には感じなかったのに。

「ノエル君、不思議そうな顔だね」
「あ、すみません。でも、ジェイさんって怖いってイメージ全然ないので、ちょっと不思議で……」
「あはは、リオは本当に大事に大事に育てられた『箱入り』だから、私に限らず知らない人は全員怖かったってだけの話だよ。しかもこの黒髪だから余計に警戒が強かったみたいでね、最初は目も合わせてくれなかったんだよ」
「だって本当に黒いんだもん! そんな色の人初めて見たんだよ! 黒髪黒目の『山の民』は怖い人達だって教わっていたのに、ジェイの家族は皆黒いんだもん!」
「持って生まれた色は仕方がないなぁ……」
「それはもう分かってるよ!?」

 拗ねたようにリオさんは唇を尖らせる、たぶんジェイさんはからかい半分でそんな事を言っていて、本当に仲良いなぁ……と、羨ましくなってしまう。

「最初は私の母にべったりで……」
「だって叔母様は母様によく似ていたから……」
「マザコン」
「もう、ジェイの意地悪!」

 あ……なんかいちゃつき始めた……別にいいけど、傷心中の俺には些か目に毒だよ……
 幸せそうなカップル、リオさんはジェイさんを撫でるように叩いて、そんな彼を愛おしそうにジェイさんは笑顔で見ている。俺達にだってあったはずの未来、けれど今はもうそれも遠く、またしても傷口に棘が刺さる。

「俺、良かったら先に行って、馬の調達しておきますよ!」
「だったらお願いしようか……いや、ちょっと待って」

 満面の笑みを浮かべていたジェイさんが俄かに厳しい顔付きで周りを見渡し、荷物をおろした。

「どう……」
「しっ!」

 旅の道筋、周りに人影は見えない。けれどジェイさんは何かを感じ取るように耳を澄ましている。人が隠れられそうな岩や木がない事はないけれど……

「1人……2人…………」

 ジェイさんの呟きに誰かいるのかと俺も周りを見渡すのだけど、やはり人影は見えなくて戸惑う。リオさんが怯えたようにジェイさんの服の裾を掴むと「いい子だから、ノエル君と一緒にいて」と、彼は睨んだままの瞳は逸らさずにその手を撫で、やんわりとその掴んだ指を外した。
 俺もジェイさんに倣って荷をおろし、剣に手をかけようとした刹那、ジェイさんが俺に向かってリオさんを突き飛ばし、自身は木立ちへと駆けていく。これは俺にリオさんを守れという事だと瞬時に判断した俺は、リオさんの腕を引いて後方へと下がった。
 誰もいないと思われた木立ちの間から人影が躍り出た。ジェイさんの呟いた人数。けれど、それが確かな数だと断定出来ない俺は周りを警戒しながらリオさんの肩を抱く。
 彼の肩は可哀想なくらいに震えていて、血の気の引いた顔色は青を通り越して真っ白だ。けれどリオさんは瞳だけはジェイさんから逸らそうとしない。

「リオさん、こっち!」
「でもジャンがっ!」

 ジャン……? 俺が首を傾げると、リオさんははっとしたように口元を隠す。
 いや、今はそんな些細なことに気を取られている場合じゃない。

「リオさん達を狙っているって言うのはあの人達ですか!?」
「う……ん、たぶん。雇われている人達だと思うから、顔を見ても分からないけど……」
「え? そうなんですか?」
「うん、実際ジェイは今までも何人も捕まえて牢に放り込んでくれているんだよ、でも雇っている人が誰だか分からないものだからキリがなくて……」

 木陰に身を隠しながらそんな事を話している間に、ジェイさんは1人目の刺客を打ち倒し、2人目の相手に取り掛かる。っていうか、ジェイさん強い! 相手もそこまで弱い相手ではないのはその身のこなしを見ていれば分かる、けれどそんな相手に全く怯む様子を見せない彼はものの数分で襲撃者を撃退してしまった。
 それを確認したリオさんは「ジェイ!」と、彼の元に駆けて行きその身体に抱きついた。先程までの鋭い目つきを引っ込めて、愛しげな眼差しに変わったジェイさんは「よしよし、無事だな」とリオさんの頭を撫でた。

「この人達、どうします?」
「次の町まで連れて行って役人に引き渡してもいいけど、連れて行くのも面倒だね。ここに縛って転がしておこうか。夜には獣も出るみたいだし、もし襲われたら運がなかったって事で」

 にっこり笑顔のままで恐ろしい事をさらりと言ってのけたジェイさんが襲撃者の腹を、やはり笑顔のままで蹴り上げた。
 あれ? ジェイさん、もしかして本当は怖い人……?

「この人達雇われているんですよね? 雇い主聞かなくていいんですか?」
「どうせ聞いた所で答えないし答えられないよ」
「そうなんですか?」
「今までの奴らもそうだったけど、間に仲介の人間が何人も入っているんだ、大元に辿り着くのには相当時間がかかりそうだから、今は放置でいいと思っている。どのみちこいつ等程度なら私1人で充分撃退可能だしね」

 そう言って、ジェイさんは置き去りにした荷物を拾い上げ肩に担ぎ上げた。

「それよりも問題はランティスに入った後だ……」
「え……?」
「向こうにはリオを本気で殺しにかかっている人間がいる。私の目的はリオの両親に挨拶に行く、というのも勿論だが、一番はその悪党の成敗なんだよ。そいつを倒さない事には、リオとおちおち子作りもできないからね」
「ちょ……ジェイ!」
「なんだよ、本当の事だろう?」

 真っ赤になったリオさんがまたしてもジェイさんの胸を撫でるように叩いていて、話している内容は相当物騒な話なのに、この2人、やっぱりいちゃついているようにしか見えないんだよな……

「リオさんは、なんでそんなに命を狙われているんですか?」
「ん? あぁ……別に単純な話だよ。リオの家は結構大きな家でね、その跡目を狙っている人間が何人もいるってそれだけの話。リオはそもそも次男だし、リオの兄を狙えばいいものを、リオの兄は意外と強かで、なかなか奴等にとっても手強い相手みたいなんだよね。だから相手も、だったら先に身体の弱いリオをやってしまおうって腹みたいだね」
「そんな……」
「まぁ、実際問題その兄だって疑ってかからないといけないと、私は思っているのだけどね」
「え……?」
「だっておかしいだろう? 跡目争いで何故リオばかりが狙われなければならない? それこそ狙われるのならばリオの兄も同等にというのが普通だろう? そもそもリオの父親はまだ正式に跡目を誰にするか明言していない。言ってはなんだが、リオの兄は少し性格に難のある人間だと聞いている、万が一がないとは言い切れない」
「ジェイ! 何度も言ったけど兄さまはそんな事をする人ではないよ! 兄さまはとても優しい方です!」

 リオさんの反応に「でもなぁ……」と、ジェイさんは苦虫を噛み潰したような表情だ。

「私だって疑いたくはないのだよ、だが今は何もかもが疑わしくて、私だって自分の兄を信じる事すら難しい状況だ」
「? ジェイさんのお兄さん? 何故そこでジェイさんのお兄さんまで出てくるんですか?」

 俺の問いにジェイさんは困ったな、という表情で髪を掻き上げる。

「私とリオは実を言えば従弟同士でね、母親同士が姉妹なんだよ。兄はそういう跡目争いみたいなものに興味のない人ではあるんだけど、奥さんにはベタ惚れで、奥さんの為なら命だってかけられる人だって私達は知っているわけさ。で、その件の奥さんが実はリオの兄弟なんだよね……しかも、その人は昔リオの両親に捨てられた過去がある」
「え……」
「ランティスには双子は忌み子という古い因習があってね、双子で生まれた兄の片割れが捨てられたんだよ、それが私の兄の奥さんだ。疑いたくはないけれど、その人がリオの家族を恨んでいる可能性を私は否定出来ない」
「兄さまは2人共そんな事をする人ではないです……実際、僕をジェイに会わせてくれたのは兄さまなんだよ!」
「そんなのはあくまで偶然の産物に過ぎないだろう? 実際リオはファルスでも何度も命を狙われた」
「それは……」

 しょんぼりと瞳を伏せてしまうリオさん、どうやらそこには深い因縁があるみたいで、俺にはその事情を計り知る事はできない。

「それに理由はソレばかりではない、私の弟が何者かに襲われたという話もしたと思うけど、その『何者か』というのがリオの生き別れの方の兄の親友の子だという情報が入ってきている。もうそれを聞いたら疑うなって方が難しい話だと思わないか? リオを守ろうとする私達が邪魔になったと、そう考えるのが妥当だと私は思うのだよ」

 俺は言葉が出ない。複雑に絡み合った糸はもつれ合って、どこから解いていっていいかも分からない。

「まぁ、そんな諸々の事情もあって私はリオを攫う為にランティスに行くのだけどね。リオのご両親に挨拶が済んでしまえば、あとはもう二度とリオをランティスへと返す気はないよ」

 笑顔のジェイさんはそう言ってリオさんの肩を抱くのだけど、当のリオさんは複雑そうな表情だ。実はちょっと困ってたりするのかな?

「リオさんはそれでいいんですか?」
「え……? えっと……」
「何か少しでも不安があるのなら、先に解消しておいた方がいいと思いますけど?」

 俺の言葉にリオさんはちらりとジェイさんを見上げた。ここまで一緒に旅をしてきてなんとなく分かった2人の力関係。リオさんがジェイさんを好いている事は間違いないと思うし、ジェイさんもリオさんに良かれと思って動いている、けれどそれは少し強引で、リオさんの戸惑いが俺には伝わってくるのだ。

「僕の家は危ないから……本当はあんまりジェイを巻き込みたくない……かも」

 リオさんの言葉にジェイさんは「そんな事を気にかける必要は無い」と、眦を下げる。でも本当にそれだけ?
 じっとリオさんの顔を見詰めていると、彼は困惑したように瞳をそらした。う~ん、何か隠してそうな気がするんだけど、俺の気のせいなのかなぁ?

「まぁ、ジェイさんもこう言っている事ですし、そこは気にしなくても良いんじゃないですか? 完全に家を出てジェイさんの家に入ってしまえば相手だってもう手出しはしてこないと思いますけど」
「うん……そうだね」

 俯いたまま、リオさんは小さく頷いた。う~ん、なんだろう? やっぱり何かが引っかかる。

「リオ、少し疲れたか? 顔色が悪いぞ」
「え……そうかな?」
「あ、馬……俺、調達してきますよ!」

 襲撃者を放ったらかして、俺は近くの町まで駆け出した。リオさんの顔色が悪いのは勿論だけど、早く歩を進めないと日が暮れてしまうと思ったからだ。俺が三頭の馬を用立てて戻ると、そこにはもう襲撃者はいなかった。

「あれ……? あいつ等は?」
「ん? あぁ、リオが可哀想だと言うから逃がしてやった。雇い主に伝言付きでな」
「伝言?」
「逃げも隠れもしないから正々堂々挑んで来い! ってな。あいつ等ほうほうの体で逃げていったよ」

 からからと笑うジェイさん。本当に気さくで優しげな人だけど、正直敵に回すと怖い人なんじゃないか……? と、そんな思いが頭を掠める。
 ふと、リオさんを見やると、疲れた表情の彼は少しだけ困ったように笑みを零した。



 3人いるから三頭の馬を用意した俺だったのだけど、当然のようにジェイさんは一頭に荷物を括り付け、もう一頭にリオさんを抱いて乗馬した。
 うん、本当は俺もリオさんって馬に乗れるのかな? って思ったけどさ、さも当たり前みたいにそういう事するから、まぁ、三頭で正解だったかな。

「この馬、料金吹っかけられたりしなかった?」
「え? あぁ、大丈夫でしたよ」

 俺の赤髪はメリア人の象徴。俺はメリアの人間では無いけれど、間違えられるのは日常茶飯事だからジェイさんも心配してくれたのだろう。

「そっか、やっぱり今じゃ私のような黒髪よりも赤髪の方が市民権を得ているのかな? 私達はここまで何度か吹っかけられたよ、私達、と言うより私が……かな。私は今までイリヤを出る事がほとんどなくて、出掛ける時も護衛が常に付いて回っていたから少し堪えたね」

 苦笑するようにジェイさんが笑う。外出する時は護衛付きって、実はジェイさんも良い家の出身なのかな? そういえばリオさんとは従兄同士なんだっけ? そう考えれば当然ジェイさんの家も名家なのかもしれない。
 そういえば襲われた時、リオさんジェイさんの事「ジャン」って呼んだんだよな……恋人の名前を呼び間違える事なんてないだろうし『ジェイ』ってもしかして偽名? 黒髪のジャンさん……? あれ? おかしいな、何かが引っかかる……

「黒髪差別は聞いていたけど、こんなにあからさまだとは思っていなかったからね。そういう点では私もまだまだ井の中の蛙だなと、改めて思うよ」

 笑顔を見せるジェイさんだけど、確かに黒髪は珍しい、俺もそんな黒髪の人を見たのはイリヤの黒の騎士団くらいなもので……黒の騎士団?
 父親を探しに訪れたイリヤで行われていた武闘会、そこにいた黒髪の人達は黒の騎士団、そして国王陛下……あれ?
 ルークさんの話、ルークさん達が暮らしていた隠れ家は、昔領主様が養父母と暮らしていた家だ、そしてその養父母は現在のファルス国王陛下夫妻。え……待って? ちょっと待って? ジェイさん昔あの家に暮らしていたって言ったよね? 
 『親父に好きに使えと言われた』からと、彼はあの隠れ家を訪ねてきた、そして領主様には会いたくない様子で……

「ジェイさんって、もしかしてジャン第一王子!?」
「あ……バレた」

 突然の俺の言葉に彼は驚いたような表情を見せたのだが、あまり困った風でもなく屈託なく笑みを見せる。

「別に大袈裟に隠していた訳じゃないから、分かる人には分かる程度の偽名だったんだけど、あはは、バレちゃったね」
「え……待って、だったらリオさんって……」

 ジェイさんが名前のジャンの頭文字を取って『J』だったらリオさんは? なんだか物凄く心当たりがある気がするんだよ、だって今までの話を全部合わせたら俺の知っている話になるんだ。

「もしかしてランティスのマリオ王子……?」

 リオさんが少し困ったような表情で微笑んだ。否定も肯定もしないけど、あぁ、これたぶん間違いない。マリオの頭文字を外して『リオ』確かにあんまり隠す気が感じられない。たぶん分かる人にはすぐ分かる、だけど分からない人には分からないって程度の簡単な偽名だ。
 それにしても2人共王子様って……そんな大それたオーラみたいなモノは感じないけど、ビックリだよ。
 ん? でも待てよ、そう言えばツキノとカイトも王子様だっけ、王子という単語に振り回されがちだけど、よく考えたら王子様だって普通の「人」だよね。

「あれ? だったらさっき話していた奥さんにベタ惚れのお兄さんって領主様の事ですか?」
「ビンゴ! 君、意外と頭が回るね。それに意外と情報通だ」
「えぇ……領主様はあんな事考えるような人じゃないですよ、奥方様も、凄くいい人なのに……」
「そんな事は傍からは分からない、念には念を入れるに越した事ないだろう? それに現在、兄の所には弟を襲った人間の姉妹が転がり込んでいるって聞いている、その人達にもあまり会いたくはなかったんだよ」

 そうか、襲われたのはジャック第二王子、襲ったのはユリ兄だ。そして彼の言う通り領主様の館には現在彼の姉や弟妹が暮らしている。でも、それってなんだか酷い。

「ルイさんもヒナちゃんも、悪い事なんて考えてない、みんな凄く良い人達なのに……」
「君はもしかして彼等と仲が良かったのかな?」
「仲はいい方だと思います」
「そうか……疑いたくて疑っている訳じゃない、私だって辛いんだよ。誰が味方なのか分からない、信じられるのは自分とリオだけなんだ」
「でも……」
「そこまで理解しているのなら君も知っているはずだ、弟を襲ったユリウスは私も幼い頃から知っている、幼馴染だと言っても良い、けれど彼は弟を襲った。敵はどこに潜んでいるか分からない、もしかして君だって私の敵になる事だって有り得るんだ」
「……っ! 俺、ジェイさん達を襲ったりはしませんよっ!」
「はは、分かっている。それでも、そのくらい警戒しているという事だよ。覚えておいて、もし万が一君が向こう側に付くのなら、私は君を躊躇なく成敗する」

 表情は笑っているようにも見えるのに、瞳が笑っていない。思わずぞっと背筋に怖気が走った。
 俺はもしかしたら関わってはいけない人に関わってしまったのかもしれない。よく分からない冷や汗が背筋を伝った。

「なんてね。これまでの言動を見ていて、君が私達に悪意を持っていない事は分かっているよ、大丈夫、何もしないから安心して」

 急に空気が弛んだ。あぁ、これアレだ……武闘会でユリ兄がやって見せた『威圧』ってやつだ。俺にはアルファのフェロモンがよく分からない、それでもその纏った空気が変化するのは分かるのだ。あの時俺はユリ兄に守られている状態で、それでも怖いと思ったけれど、それを自分に向けられるとこれほどまでに背筋が凍るのかと血の気が失せた。

「ノエル君、大丈夫? ジェイ、あんまり彼を怖がらせたら可哀想だよ」
「冗談だよ、冗談。リオは本当に優しいな」

 またしてもいちゃつき始めた2人に俺はほっと息を吐く。訳有りだとは思っていたけど、まさかユリ兄の関係者だとは思っていなかった。もし彼等に俺がユリ兄の恋人だったと告げたら一体どうなるのだろう? そして俺の探し人がユリ兄だと知られたら……
 俺は黙っていようと心に決める、言って彼等に不信感を植え付けるのは得策では無い。

「でも、だとしたら、リオさんはファルス王家にお輿入れ、という事なんですか?」

 ファルスの第一王子の番相手という事は、まぁ、そういう事だよな?

「ん? そうだよ」
「ジェイ、まだ決定じゃないよ」
「なんで? リオは私の番になると言ってくれただろう?」
「そうだけど……」

 あれ? なんだかまたリオさんの歯切れが悪い。

「僕、身体弱いし、後天性オメガだなんて中途半端なオメガだし、しかも男女の性別的には男だよ? お妃様になる自信なんてない……」
「私の時代にはもう王家なんてなくなっている可能性もあるから、大丈夫だよ」
「……え?」
「おっと、これはまだ内密の話だった。でも大丈夫、リオは全て私に任せて、身ひとつで嫁いでくればそれでいい」

 王政廃止、メリアはそれに向かって動いているとツキノはそう言っていた。そしてもしかしたらファルスもそれに倣うかもしれないと、ちらりとそんな話も聞いていたんだけど、まさか本当に?

「ノエル君、今の話しはまだ公の話ではないからくれぐれも内密にお願いするよ」
「え……あ、はい。分かりました」

 頷きはしたけれど、俺の頭の中は色々な情報でパンク寸前だ。他人事だと思って聞いていた話が急に身近な話になって、俺は戸惑いを隠せない。

「お、町が見えてきた。今日はあそこで宿を取る事にしようか」

 にっこり笑顔のジェイさんは、やはり温和で柔和な雰囲気を醸し出し、先程までの恐ろしさは感じない。人というのは見た目だけでは分からないものだな……と、俺は改めてそう思った。





しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

殿下に婚約終了と言われたので城を出ようとしたら、何かおかしいんですが!?

krm
BL
「俺達の婚約は今日で終わりにする」 突然の婚約終了宣言。心がぐしゃぐしゃになった僕は、荷物を抱えて城を出る決意をした。 なのに、何故か殿下が追いかけてきて――いやいやいや、どういうこと!? 全力すれ違いラブコメファンタジーBL! 支部の企画投稿用に書いたショートショートです。前後編二話完結です。

【完結】利害が一致したクラスメイトと契約番になりましたが、好きなアルファが忘れられません。

亜沙美多郎
BL
 高校に入学して直ぐのバース性検査で『突然変異オメガ』と診断された時田伊央。  密かに想いを寄せている幼馴染の天海叶翔は特殊性アルファで、もう一緒には過ごせないと距離をとる。  そんな折、伊央に声をかけて来たのがクラスメイトの森島海星だった。海星も突然変異でバース性が変わったのだという。  アルファになった海星から「契約番にならないか」と話を持ちかけられ、叶翔とこれからも友達として側にいられるようにと、伊央は海星と番になることを決めた。  しかし避けられていると気付いた叶翔が伊央を図書室へ呼び出した。そこで伊央はヒートを起こしてしまい叶翔に襲われる。  駆けつけた海星に助けられ、その場は収まったが、獣化した叶翔は後遺症と闘う羽目になってしまった。  叶翔と会えない日々を過ごしているうちに、伊央に発情期が訪れる。約束通り、海星と番になった伊央のオメガの香りは叶翔には届かなくなった……はずだったのに……。  あるひ突然、叶翔が「伊央からオメガの匂いがする」を言い出して事態は急変する。 ⭐︎オメガバースの独自設定があります。

女子にモテる極上のイケメンな幼馴染(男)は、ずっと俺に片思いしてたらしいです。

山法師
BL
 南野奏夜(みなみの そうや)、総合大学の一年生。彼には同じ大学に通う同い年の幼馴染がいる。橘圭介(たちばな けいすけ)というイケメンの権化のような幼馴染は、イケメンの権化ゆえに女子にモテ、いつも彼女がいる……が、なぜか彼女と長続きしない男だった。  彼女ができて、付き合って、数ヶ月しないで彼女と別れて泣く圭介を、奏夜が慰める。そして、モテる幼馴染である圭介なので、彼にはまた彼女ができる。  そんな日々の中で、今日もまた「別れた」と連絡を寄越してきた圭介に会いに行くと、こう言われた。 「そーちゃん、キスさせて」  その日を境に、奏夜と圭介の関係は変化していく。

処理中です...