童貞のまま40を超えた僕が魔法使いから○○になった話

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第七章

思わぬ再会

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「ここ最近な、魔王がいるって噂を信じて里周辺に冒険者が迷い込む事が増えてきているらしい」
「壁を越えてですか?」

 僕の問いにアルバートさんは頷いて「無法者は壁を破壊して来るらしい」と呆れたように「これだから野蛮な人族は……」と息を吐く。
 確かに「魔の森」と呼ばれていたエルフの里周辺の森のそのまた外に壁を築いたのは僕だ。
 その壁はエルフの里への無用な干渉を防ぐ為のもので、そもそも魔王なんて者は存在していない。巷ではどんな噂が流れているのか知らないけれど、存在していない魔王は存外無害な存在であると思うのだけれど、それでも無謀な冒険者たちは一時の名声を求めて魔王討伐へと向かうらしい。全くご苦労な事だ。
 魔の森と一口で言ってもその土地は広大で、その中の一角にエルフの里と聖樹、そして禁域である聖なる泉は存在している。見当違いな場所へと迷い込み、勝手に自滅するのは構わないのだが、森を荒らされるのは困るとアルバートさんは言う。
 迷い込んでくる冒険者達は魔王領の中にエルフの里が存在しているという認識から攻撃的に里を攻め落とそうとしに来る冒険者もいれば、逆に魔王討伐の為に里に拠点を置かせてもらえないかと言ってくる者もいるらしい。
 それに対しアルバートさんは「エルフの里は魔王に干渉するつもりはないと通達の上で強制・任意の差はあれど全員壁外へとお帰りいただいているけれどな」と言っていて、そう言えば以前アランがエルフは人と魔王の間で完全な中立を貫いていると言っていた事を思い出した。
 なるほど確かにその態度なら、争いを好まず中立を保っているように見えない事もない。実際は魔王なんていない事を知っているから、里に人を招きこまないためにすべて断っているに過ぎないのだけれど。
 そしてアルバートさんが最近ちょくちょく里に呼び戻されている理由にも得心がいった。
 本来そう言った外部との交渉は里長であるアンジェリカ様の仕事であるけれど、恐らくアンジェリカ様は僕と同じで交渉事は得意ではない。
 フレデリカ様ならば、その辺りそつなくこなしたのではないかと思うけれど、アンジェリカ様では適当に冒険者達に丸め込まれてしまいそうだものな。

「そんな訳で最近は私も忙しくてな、一人で里の仕事も商売も、ついでに己の冒険もなんて、いくら転移魔法があっても無理だと悟った」
「はは、でしょうね」
「という訳で商会の立ち上げなんだが、既に何人かに声はかけてある」

 何と言うか手回しの良い事だ。これは提案という名の事後報告なのだろう。

「いいんじゃないですか」
「ふむ、そうと決まれば直ぐに始めなければな」
「ははは、何もそんなに焦る事もないでしょう? 今日は子供達にとって父様との初めてのお出掛けなんじゃないんですか?」

 そんな僕の言葉にアルバートは複雑な表情を見せる。それもそうだろう、父親だと誰もが思っていたとしてもセオドアとカルロはどちらもアルバートの実の子ではないのだから。
 それは勿論子供達にもまだ秘密の話で、ある程度の分別が付くようになるまでは本当の父親の名は明かさないと母親たちは決めたらしい。
 とはいえフレデリカ様の所へはペリトスさんが従者のように侍り、アルバートさんの不在時は母子を守るように暮らしているし、アンジェリカ様の方は昔からアルバートさんに仕えるように後を追いかけていたセルジュさんが執事として家を護っている。
 アンジェリカ様とアルバートさんとセルジュさんは三人で幼馴染なのだということは聞いていた。まあ、そういう事である。
 セルジュさんはハイエルフではなくただのエルフなのだという事も聞いていた僕は色々と納得した。
 セルジュさんは僕のいた時代でもアルバートさんの元で執事として仕え、ルーファウスが実は自分はセルジュさんの子なのでは? と疑う程に面倒を見てもらっていたという話を聞いている。
 ただひとつ疑問なのはあの当時セルジュさんの奥さんはアルバートさんの屋敷のメイド長である女エルフで、アンジェリカ様ではなかったのだよなぁ……
 エルフの生態としては、夫となる者は妻が決めるというのも聞いているので、そこには複雑な事情があるのだろう。知らんけど。
 寿命が長い分だけ、その人生をずっと仲睦まじくというのは難しいのかもしれないなと、とりあえず考えておこう。
 何せエルフの里には腹違い、種違いの兄弟が意外と多いのだ。実際にペリトスさんとアルバートさんだって種違いの兄弟なのだから、特別不思議がるような事もないのかもしれない。
 人としての倫理観からは色々と思う事がない訳ではないけれど、ね。

「あの子達はエルフだ、親子の時間はこれからまだ幾らでも作れる」

 僕が色々と考え込んでいたら、複雑な表情のままアルバートさんは「それよりもお前だよ」と、僕を見やる。

「僕がどうかしましたか?」
「エルフ時間で行動していたら、あっという間にお前の寿命は尽きてしまうだろうが」

 呆れたように言葉を放つアルバートさん、その言葉をどう受け止めればいいのか分からない僕は「その心は?」と彼に問う。

「お前、仲間と恋人に会いたいんじゃなかったのか? 探していたタロウについても最近は全く聞いてこないが、元の時代に戻る手段を探るのはもう諦めたのか?」
「それは……」
「まあ、諦めたのならそれでもいいが、最近のお前には覇気がない。この村を開墾する事が楽しくて、ここで暮らしていきたいというのならば私はそれでも構わないと思っている、だがお前はそうじゃないだろう?」

 はっきりと断言されて言葉に詰まる。確かに僕はここ最近少しばかり気持ちが下を向いている自覚があった。そして彼の放った言葉は図星でもある。

「でも、僕には何もできません」
「タケルお前な、お前が何も出来ないなんて言ったらな、この世の中のほとんどの人間が何もできない人間って事になってしまうぞ」

 呆れたように言われたが、それでも僕にだってできない事はあるのだ。
 時空魔法のスキルレベルが10になったら時間移動もできるようになる、というのはあくまでも仮定でしかない。
 そしてそんな僕の現在の時空魔法のスキルレベルは8である。10年かかってようやく8、ルーファウスのスキルレベルも8だった事を考えると10年で8にまで到達できたのは順当な成長、むしろ早いくらいなのではないかと思うのだけど楽観はできない。
 何故なら僕が時空魔法のスキルレベル8に到達したのは既に5年前なのだ。つまり5年間、全くスキルレベルが上がる気配がない。
 スキルのレベルというのは高くなればなるほど上がりにくくなっていく、5年間の間8から9へと上がらないという事は、9から10へと上がるのにも更に時間がかかるという事だ。
 そうなってくると僕が時間を渡る術を身に付けたとして、その時の年齢が一体幾つになるのか、少なくともその時には既に20代ではなくなっているのは確実だ。
 人が歳を取るのは自然の摂理である、それに抗うつもりなどないけれど、それでも僕が向こうの時代に戻ってからの僕の残り時間の事は考えてしまう。
 ルーファウスは僕達人間とは生きる時間の長さが違うのだ、若返った僕はまだまだ長い人生を一緒に歩いて行けるとなんの根拠もなく信じていたけれど、一緒の時を過ごせないまま、もう既に10年が過ぎてしまった。
 もし僕が30代40代で時間を渡る術を身に付け未来へ戻ったとしても、僕の20代は戻ってこない。それこそ前の世界で介護に費やした20代と同じにだ。
 そして全く容姿が変わらないアルバートを見ていて思うのだ、年老いた僕が彼の前に戻れたとして、ルーファウスは僕を受け入れてくれるのだろうか、と。
 エルフは長命で青年期の姿のまま長い生を生きている。見た目だけで言えば今現在の僕の姿はアルバートやルーファウスと同年代に見えるはずだ。
 見た目だけが全てではない、そんな事は頭では分かっている。けれど、それでも僕は考えずにはいられないのだ。

「少し疲れているのかもしれません。今日はもう休みます」

 何か言いたげなアルバートに背を向けて僕は踵を返した。
 アルバートの言っている事は真実だ。長命なエルフと同じような感覚で人生を過ごしていたら人間である僕の時間などあっという間に終わってしまう。
 この身体はまだ20代半ばで決して老いている訳ではないけれど、僕は自分が歳を取っていく事に焦燥感を抱いていた。


 ◆  ◆  ◆


 エルフの里にある僕の部屋に戻り、僕は長い長い自身の髪を解く。10年だ。
 いや、伸ばし始めたのはもっと前なのでそれ以上。
 腰より更に下まで伸びた髪は正直邪魔で仕方がない。髪の毛というのはある程度の長さまで伸びると、あまり伸びなくなってくるという事をここまで伸ばして初めて知った。
 自身の手で髪を結うのにもすっかり慣れてしまったなと、僕は自嘲気味に笑みを浮かべた。
 僕の髪はルーファウスに自分が責任を持って手入れするから伸ばして欲しいと言われ伸ばし始めたのだ。けれどそれを言った相手は現在僕の傍にはいない。それでも僕が髪を伸ばし続けているのは何故なのだろう。
 椅子に座って櫛を手に取り髪を梳く。適当にしか手入れをしていない割には綺麗に伸びた髪を周りは褒めてくれるけれど、本当に僕が褒めて欲しい相手は一人だけ。
 ちゃんと切らずに手入れをしていたんだ、偉いだろ、と胸を張って自慢するつもりで結局10年、未だに僕が未来へ帰れるあてはない。
 すくすくと背も伸びて、子供達に「おじさん」と呼ばれる程には歳も取った。
 けれど僕の心は未来に置き去りのまま、過去に囚われもがいている。
 ルーファウスに選んでもらった髪紐は一緒に結うには長さが足りなくなってしまって、ついでに少し痛んでもきてしまったので最近ではアイテムボックスの中に大事にしまってある。
 それはロイドが買ってくれた髪留めも同じで、装飾された魔石に傷が入り、結局魔石に付与魔法をかける事もなく壊れる前にとしまい込んだ。
 マジックバッグの中ではバックを無くしてしまったらそれまでだけど、空間魔法のひとつであるアイテムボックスの中なら絶対に無くすことはないし、これ以上劣化する事もないからな。
 それにしても劣化……劣化か。人が歳を重ねて老化する事を『劣化する』と悪意を込めた言い方をする者がいる。
 人は誰しも歳を取るし、それは言っている本人ですら同じであるだろうに、それでも『あの芸能人もずいぶん劣化したな』なんて、悪びれもなく言っている知人がいた。
 恐らく知人と同年代であるだろうテレビに映るその芸能人は、若かりし頃イケメンで持て囃されていたと思うのだが、現在では面影を残しつつも年相応に老けていた。それでもその言い方はどうかと思ったのだ。
 身内の老いと向き合っていた僕にはその『劣化』という言葉には悪意しか感じられなかったから。
 『そう言う貴方はどうなんですか?』という言葉はもちろん飲み込んだ。
 人は誰しも歳を取る、それは当たり前に当然の事で、僕はそれを受け入れ生きてきた、けれど現在僕の目の前には全く歳を取らず、若さを保ったまま美しく存在し続けている知り合いが何人もいる。
 生きる長さが違うという事はこういう事なのかと、改めて感じずにはいられない。
 ルーファウスからは大事な人を何人も見送ってきたのだという話を聞いている。人の生というのはエルフの一生の長さから考えると本当に短いのだ。
 どうせ元の時代に戻ったとしても僕はルーファウスを置いて逝く事になる、しかも可愛い盛りも綺麗な盛りも過ぎた年寄りが彼の元へ戻って一体何の意味がある?
 若返る事ができた僕は、二人で歩ける時間はまだまだ長いと思い込んでいた、けれどこうなってくると、長いエルフの人生に対して人の一生というのはあまりにも短すぎる。
 僕は部屋の窓から外を見やる。そこには聖樹がただ泰然とある。10年経っても何も変わらない、そしてそこに暮らす人々も。
 僕だけが老い、僕だけが死に向かっている感覚。
 ハーフエルフであるペリトスさんと、大任を負っていたフレデリカ様、そのどちらもがもう長くは生きられないかもしれないとそんな覚悟を見せていたけれど、そんな彼らより僕の方が余程『死』に近い存在なのだ。
 二人は子を儲けた事でこの子が立派に一人立ちするまではと、目に見えて生気を取り戻した。だけど今の僕にはそんな生きる気力のようなものが見付けだせない。

『あるじ、しょんぼり? 大丈夫?』

 部屋の中をポムポムと跳ね回っていたライム二号が窓の外をぼんやり眺める僕を心配そうに見上げてくる。

「大丈夫、うん、大丈夫だよ」

 ライムを腕に抱き上げ、もう一度聖樹を見上げる。
 そんな時、僕の部屋に置かれた小さな人形がすっくと立ち上がり『緊急招集・緊急招集』と騒ぎ始めた。
 この人形はペリトスさんが作った魔道具だ。この10年でずいぶん進化して、色々と便利な機能が追加されている。

「緊急招集? なに?」

 僕が慌てて外を見やると、続けて人形は『侵入者・侵入者』と騒ぎ続ける。
 なるほど、どうやら領界壁内にまた誰かが侵入してきたという事か。
 僕はマントを羽織り、杖を持ち、探索サーチで侵入者の居場所を特定するとそのまま転移魔法で領界壁へと飛んだ。
 そこに居たのは幾人かの旅装束の男達。恐らく冒険者だろうと思われる彼等は、突然目の前に現れた僕に驚き身構えた。
 そんな彼等に僕は一言「何用ですか?」と問いかける。

「あんた、何者だ? 魔王の手下か?」
「いいえ。ただ、ここは危険です、引き返してください」

 僕の返答に男達は顔を見合わせ「聞いていたエルフか?」と首を傾げる。

「俺達は怪しい者ではない、冒険者ギルドから正式にこの地の調査を依頼されてきた冒険者だ」
「調査依頼、ですか」

 知らなかった。いつの間にそんな依頼が持ち込まれていたのか。そういえば、最近冒険者ギルドに顔を出していなかった事に僕は気付く。

「ここには何もありませんよ。しいて言うのなら魔物が多くて危険。それだけです」
「だからこその調査だ、協力してくれ」

 彼等の態度は真摯で嘘を言っているようには見えない。だけれどどうしたものかと逡巡していると「タケル、大丈夫か?」と、エルフの里から緊急速報を聞きつけ駆けつけてきた里の者に声をかけられた。

 僕が大丈夫だ、と頷くのと、冒険者の一人が「……タケル?」と呟くのは同時で、冒険者の一人がずかずかと僕の方へと歩み寄り僕の腕を掴み顔を覗き込む。
 その彼の瞳に戸惑った表情の僕が映りこんだと同時に「ああ、本物だ! タケル!」と、男に突然抱きすくめられた。けれど突然の事に僕は言葉が出てこない。
 どうやらこの男は僕を知っているようなのだが、心当たりがまるでない僕は思いきり彼を突き飛ばした。

「あなた誰ですか!?」
「俺だよ、俺、分からないかな。俺もずいぶん育ったからな」

 そう言った男の体躯はがっしりとしていて、腰には剣を佩いている。容姿的には言ってしまえば平凡なのだが、よくよく見ればどこか誰かの面影が垣間見える。

「うそ……なんで?」
「それは俺にも分からないけど、まさかこんな所で再会できるなんてな」
「ロイド、君?」
「当たり」

 そう言って、すっかり美丈夫に育った青年ロイドはにっかりと、少年時代と変わらない笑みを見せた。

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