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断罪編

地下牢

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 ウイルザードがタニアの毒杯死の報告を受ける数時間前 ━━━━━

   タニアが薄暗い牢の中で頭を抱えていると、通路を歩く複数の足音が近付いて来る。

 予想をしていた状況に、タニアの目が氷の様な冷たさを帯びた。
 罪人となったタニアに会いに、城の独房までやって来る客など知れている。

(文句だけ言いに来る家族でしょうね。これまでと同じ。)

   タニアは頭を抱えたまま俯き、汚れた床を見つめる姿のまま。
 そうすれば、この数日の間タニアを舐め回すかに見て来る看守の足元が、檻の前で止まった。

「こちらで。」

「ご苦労。僅かだが受け取りたまえ。」

「どうも。」

   頭の上で聞こえるやり取りに、タニアは辟易する。

 看守に少々の手間賃を袋で渡す音がして、1つの足音が廊下を戻って行った。

(特に独房へ食事を入れるとかも、言わないのね。もう3日、飲まず食わずなのに。)

  思った通りの扱いに、タニアは頭を上げる事なく、軽く絶望を感じた。
 このまま何もしなければ、これまでと同様に、家族は今日の面会を最後に来る事はないはずだ。
 
 うっすらと見える視界から見れば、檻の前に2つの大男の影が長く伸びる。


「・・・・」

「父上、どうやらウイルザード殿下の怒りは相当の様子ですね。辺境伯の令嬢を、貴族牢にも入れないとは。」

  最初に口を開けたのは、赤髪をランプの明かりに照らす前妻の長男・義兄のイグザム。

 そして、隣で腕を組んだまま牢の前で、仁王立ちするのはタニアの父、アースロ・ルー・エンルーダ辺境伯だ。

(どうする、、諦める、、)

  薄い意識でタニアは、この先の選択を占う。

  この生でも、家族としての愛情の薄い環境を生きてきたタニアだった。

 後妻の連れ子としてエンルーダ家に入ってきた自分であるから、父といえど血の繋がりはないのだから。
 ましてや父親の前妻の子供となる、義兄や義姉とも。

(なるべく目立たない様にする為に、家族とも一線を引いていたから、、本物の『愛され令嬢』なら、家族も上手く虜に出来たのかもしれないのにね、、)

「タニア、お前は一体何を仕出かした。犯罪者牢に入れられるとは余程の事だ。本当に殿下の婚約者、将来の王妃を殺めようとしたのならば、正気を疑うぞ。」

 思いの外冷静な言葉を投げ掛けて来る父に、タニアは汚れた頭を力無く上げる。

「しかもお前、聞けば学園で随分ハメを外していたらしいじゃないか。いくら王都の学園に来たからとはいえ、エンルーダの女が情けない。」

(そんな作られた噂にイグザムは、惑わされるのね。)

 父の後ろから面倒だと言わんばかりの義兄の顔が、牢を覗き込むと、タニアの余りの酷い様子にか、その視線を外した。

 もはや虚ろげな眼差ししか出来ないタニアには、そんな2人の会話も、義兄の不躾な視線も、どこか他人事に遠く感じてしまう。

「それにしても、此度の刑は重過ぎる。我らエンルーダが謀反の疑い有とは。せいぜいタニアが王都追放されるぐらいであろう。」

 父アースロが眉間に皺をよせて言う言葉に、タニアは渾身の力で令嬢としての矜持を口に乗せた。

「、、わたくしは、、どの様な処分に、、なりましたか。」

 嘆くでもなく、半狂乱になるでもないタニアの様子に、アースロを押し退けイグザムが告げる。

「お前の処分はまだ決定していない様だが、どうやら最悪の刑になりそうだ。エンルーダとしても身の振り方を考えねばな。そうでしょう父上?」

「子を、、」

「何だ?」

 今際の際になり魔が指したのかと、思わず自分の口から出た言葉に、タニアは呆れつつも、

「殿下の、子が、この身に、、」

 滑り出した口の全てを吐き出した。 

 途端に檻の前まで出張って来たイグザムが、唖然とした顔をする。

「なっ?、「それが妄言か。」」

 重ねてアースロがタニアの言葉を戯言かと揶揄するが、その瞳はタニアを見定める様に眼光鋭い。

「本当、、です、、」

「タニア!!馬鹿な!!殿下の子などと?!信じられるか!!あの殿下の公爵令嬢への寵愛は国中に知れている!あり得ないだろ!」

 牢でなければ、タニアの胸倉を掴み上げる勢いで、イグサムがタニアの眼前にある檻を乱暴に揺さぶる。

(ああ、今だけ、繋がれていて良かったと思うわね。でなければ、この男に顔の1つも叩かれたでしょう。どうでも良い事だけれど。)

「、、月のモノが、ないです。」

  やたら目ったらな苛立ちを見せるイグザムに、最後の意趣返しだとタニアは汚れた顔で笑って見せる。

「「なっ!!」」

「お前、、。」

  さすがのアースロも言葉を失ったのだろう。

 イグザムなどは顔を強ばらせて身体を震えさせた。
 
 けれどもエンルーダ一族の当主であるアースロは直ぐ策を考えた素振りを見せ、イグザムに片手を出す。

「イグザム、例の薬は用意しておるな。お前の言う通り、やはり使うべきだと分かった。」

「毒杯。で、すか。」

  青ざめたイグザムの表情が、一瞬にして冷静になるのが、床から見上げるタニアには理解できた。

(初めてじゃないもの、、いっそ楽になりたい、、ただ、)

「タニア、これを飲むのだ。イグザム、看守と城医典師呼んで来い。半時もせずにタニアの亡骸を確認させられるだろう。」

  タニアの思いとは別に投げ掛けられる、アースロの台詞に、

(ああ、初めて子を身に宿したとしても、結局また儚い人生だったのが、我ながら哀れだわ。)

  タニアは牢に入れられ初めて、涙を一筋流す。
 それでも今更運命に抗う気持ちは毛頭ない。

  檻越しにアースロから渡された小瓶を、力の入らない手で受け取るとタニアは、開けられた小瓶の口から、何とか自分の口内へと中身を入れ込んだ。

 その姿は何の嘆きもない。

(これで、、)

  タニアの様子を見届けるアースロの元に、バタバタと足音がして、看守と城医典師を連れたイグザムが独房に戻って来る。

「父上、連れて参りましたが、、もう服毒させましたか。」

   連れて来られた看守はもちろん、状況が飲み込めていない城医典師は、アースロの背中から牢の中へと視線を動かすと、肩が揺れた。
 
 檻の床に倒れたタニアの姿に驚きを隠せない。

「、、事は早急が良かろう。殿下の意向もある。これが我がエンルーダ家の総意であると示さねばならん。悪いが毒杯の認めを、医典師殿の手でお願い出来るか?開けてくれ。」

 アースロが看守に牢の解錠を指示すれば、

「これは、、、畏まりました。
まだうら若き令嬢が、お痛わしい事でございます。」

  開けられた出入口より牢に入った城医典師が、タニアの脈を取る。

「亡骸はこちらで扱いましょうか?」

 慣れているのか、城医典師がタニアの死亡確認を進める中で、看守がアースロに問い掛けた。
 途端に、アースロが看守に侮蔑の眼差しを叩き付ける!

「は!悪いが、いくら罪人とは言え元エンルーダ家令嬢の骸ぞ?看守殿に渡して、翫ばれようものならば夢見も悪い。我々で辺境の砂に返すわ。心配無用だ!」

「看守殿の手を煩わせはしませんよ。」

  同時にイグザムも、丁重な物言いではあるが、怒りを露にした雰囲気で看守に警告した。

「し、失礼します、、」

 城医典師から罪人の死亡が確認されれば、生者を失った牢に仕事はないとばかりに、看守はアースロとイグザムに慌てて礼をして飛び出して行く。

「それでは医典師殿、骸を出しますので同行を。出来れば骸袋を頂けると有難い。さすがに『この不浄の物』を野晒しで城内を歩けは出来ないでしょう。」

  アースロが状況を飲み込むに精一杯の医典師に申し付けると、彼も慌てて頷く。

 イグザムは徐にタニアの身体を荷物の如く肩に担ぎ上げた。

  そして薄暗い独房から3人と1つの物は、足音を鳴らしながら闇へと消える。

(また、戻るのね、、)

 彼等は知らない。

 完全に漆黒の闇に飲まれる瞬間、

 タニアは振り出しに戻る覚悟をした事に。



             
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