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断罪編

血燃ゆる家族

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 辺境の要塞エンルーダ城のバルコニーから、イグザムが飛び出すのを、ウイルザードが唖然としながらも続こうとするものの、領主アースロに止められていた頃。

 エンルーダ城内は緊急体制を引き、エンルーダ領民は城内へと避難させられる。

 其の中、避難時の領民として名を連ねていないニアは、グリーグに入れられた石板下の空間を進んでいた。

 ニアが考えている以上に、石板の下は広い空間だった。というのは語弊がある。

「ここって、穴ではなくて、、通路なの?」

 グリーグに石板を外から閉められてしまえば、一時は暗黒の世界となった。

 一瞬ニアの気持ちが怯んだが、目が闇に慣れると意外に光が上から差し込んでいる事に、ニアは気がついた。
 要するに床下の石畳みの組み方に空気孔が出来る仕様となっているのだ。

「もともと脱出用の隠し通路ってことなのね。」

 何より、直ぐにグリーグが此の先の場所で待っているに違いないと思えば、進む事に心配はないはず。

 ただ床板のすぐ下ではなく、床からもかなり地下を掘られた通路なのだろう、地上の様子は全く伺えなかった。

 壁伝えに歩いて行く内に、ゆっくりと道が勾配になって上がっていくのが解る。

「もしかして、エンルーダ山脈側に向かっているのかしら。、、城に?」

 確かに、エンルーダ領民の避難場所は、城だと教えられている。

(隠し通路の先が城だとしても、可怪しくはないわ。)

 そう思っているニアの視界にほのかな明かりが見えて来た。

「!!もしかしたら外に出られるのかもしれない。」

 グリーグを信じてはいるが、ニアにとっては、やはり闇は怖い。

 僅かな期待を胸に歩みを進めれば、其処には外への出口は無く、生憎今度は一段と狭くなった通路だった。

 ただ、先程の通路とは違い上からの光ではなく、横からの光が隙間から入り込んでいる。

「もしかして、あの野壁の中が隠し通路になっているの?」

  ふと、ニアは予想した自分の考えに驚く。

 野壁はエンルーダのところ何処に張り巡らされた小高い莇地の様なもの。まさか、その中が通れる様に作られているとは、エンルーダを自領とするニアも知らなかったのだ。

 思いつくに、領主一族でも限られた者だけが使える非常通路のだろう。

 「待って!!あ、れは、、グリーグ?」

 その野壁の処処が意図的に、隙間を開けた構造になっている。
 外を伺えるようにした空気孔といえば、いいのだが。

「考えようによっては死界からの攻撃穴だわ。で、グリーグが 。」


 (戦闘を舞っている、、、)

 目の前の穴から見えるのは、間違えるはずないグリーグの姿。
 墓守りの建屋は、ニアの知らない無数の敵に襲撃されていた。
 が、複数の敵を前にしても圧倒的な強さで応戦するグリーグの姿に、ニアは見惚れる。

「あんなにも強いなんて、、まるで闘神。」

 たった独りで、上下に大きな鎌をつけた武器と、
靴にも反り返った歯が付いた武器を装着し、竜巻のように旋回しながら、暗殺部隊と思われる敵の首を
一振りで狩切っていくのだ。
 
 辺りは鮮血が花が開くが如く飛び散っていく。

 (初めて、、見た、、)

 何より、ニアが驚いたのはグリーグの瞳。

 『真っ赤に光る瞳孔は、エンルーダ一純血族の証。』

 普段のグリーグは前髪を長く垂らして髭も蓄えている為、顔の形でさえ認識出来ないのだ。今グリーグは、長い前髪を、後ろの髪と一緒に、一見似合わないリボンて纏めている。

(、、あれは、女性物の髪飾りよね。)

 ニアはグリーグが狩りをする姿さえ、普段は見たことが無かった。さぞかし、髪が邪魔な具合で仕事をしているのだと思っていたが、長い前髪も後ろに一緒に纏めている。

「、、、奥様の、、だ、ね。」

 ニアの母親は乳母として迎えられ、のちにアースロの後妻となった。其の連れ子とはいえ、エンルーダに迎えられた際に、ニアは厳しい教育を受けている。
 その中で聞いたのは、かつての領主には妻であったのにも関わらず、側妃にと皇族に無理矢理召し上げられた悲劇。

 グリーグが先ぶれに、『エンルーダ―卿』と呼ばれた瞬間に、ニアには其の悲劇の領主が『グリーグ・エンルーダ―』なのだと悟った。

(くわしくは聞いた事は無かったけれど、髪飾りを付けているなら、今でもグリーグの心を占めている人だってことだよね。)

 小さな穴の向こうで、まるで絵物語のように凄惨な戦闘を繰り広げる元領主は圧倒的な力で襲撃者達を制圧していく。

 仮初めの父であり、兄にも思う。もしかすれば、其れよりも違う気持ちが、自分の中に生まれていた、そう思えた。

瞬間。

 ニアの視界の隅に大砲の様な機材が並ぶのが見え、

『ドドガーーー―――――――ンッ・・』
     『ドガガーーー―――――――ンッ・・』
          『ドガーーー―――――――ンンッ・・』

 一斉に咆哮が閃光を放つ様が展開される!!

「っつ!対魔獣器?!!!ですって!!」

 四方八方から、空中を戦風の如く舞うグリーグへと、対魔獣器の咆哮口が向けられ、

 グリーグの屈強な体をクモの巣状に滅多刺しにした!!

「う、」

 そして留めとばかりにグリーグの額に向け、太い魔獣矢が貫かれる。
 その余りの威力でグリーグの身体が野壁に向かって吹っ飛ばされた。

「何、グ、、グリ、、グ」

 否、飛ばされたのか、飛んできたのか、、
 
 ニアが覗き見る穴に、グリーグの瞳が覗いたのだ。

「あ、、グ、、、あ、、」

 声を出せば、ニアが見つかる。

 ニアは絶叫しそうな己が口を、両手で必死に抑えた。が、歯が手を傷つける程に、喉から嗚咽が止まらない。

(嘘でしょ、またなの?)

 5回。

  5回の人生を死んでは他者となって生き戻ってきたとて、愛情溢れる生き様からは程遠いニアの生だった。

 たとえ公爵令嬢になったとしても、王女となっても、両親からも婚約者からも、兄弟からも愛を受け取った覚えが全く無かった。

 それが、、偽の毒杯を
 5回目の人生の様な今の生活で、グリーグに出会って初めて家族愛らしきものを、他人にも関わらず、寡黙な言葉で示してくれた。

( 口が きけなくても、、充分 過ぎるくらい、、に。)

 穴の向こうのグリーグに意識があるのかは分からない。
 開ききった真っ赤な瞳孔にニアは、いつもの口読みの形で伝える。

(だから、、おいて、、いかない、、でよ。)

 野壁越しに、グリーグの冷たい体温が伝わる気がして、ニアは声を殺し涙を流す。グリーグの瞳は全く動かない。

 ニアは再び縋る様にグリーグを見つめる。本当なら直ぐにでも此の場を離れて、野壁の中を逃げ切るべきだ。でも、それが出来ない。

 「グ、う、う、」

 と、グリーグの瞳に映る自分が何かを口読みで言っている。

(!!!)

 合わせ鏡の様に映るはずの瞳のニアは明らかに、

『儀式を。』

 そうニア自身に叫んでいるのだ!!

「ぎ、し、き」

 ニアが考えあぐねていると、グリーグの目や口から血が吹き出る。

(!!!、グリーグの核石?!!)

 グリーグの背中に心の蔵へ向けて敵の刃が抉られた故に、臓器から血が溢れたのだと気が付きニアは、拳を握りしめた。

(魔獣の様に殺して、さらに人体から核石を取り出すだなんて、人を人と思っていない所業!!)

 「ぎ、し、き、、わかった。グリーグの魂は今すぐわたしが送る。」

 グリーグの核石を略奪される前に、ニアが墓守りの儀式で送る。それがグリーグの核石を守る唯一の方法となる。
 本来は骸に触りながら行う秘儀を、ニアはおずおずと指を伸ばしてグリーグの動かぬ瞳に触る。

 塗るりとした感触がする目玉は、もはや血で真っ赤に塗られている。

『ニア、、』

「、、な、、大丈夫。精霊に呼びかけるわ。」
 
 まるでグリーグの声が聞こえた気がして、ニアはいつもの様に声にする。

 エンルーダに戻り、墓守りのグリーグを手伝ってきた。

(お腹の赤ちゃん、、わたしに勇気をちょうだい。)

 ニアが精霊への詠唱を始める。あたりの空気が揺らめき、目の前に光り輝く物体と、、

『モールだな。』

「ええ、それに、、ノームス?」

 両手を胸で組んだまま、祈るように精霊にグリーグの身体を、精霊界に運び入れる事を願い出る。

 すると今度はまるでグリーグが儀式を行う時に現れる緑の光と、輝くと大木の様な核石から陣形が開き光森が広がれば、
『パ―――――――――ン!!』


 土から吹き出る泉のような柱が立ち上る。


「あ、、」

グリーグの瞳が、身体が、粒子になって消えてい
そして光となって打ちあがったのは

(グリーグの核石が、、狼煙になった、、)


『美しい核石だな。』

「いつもと同じように、浄化はグリーグがする?」

『そうしよう。』

 在りし日の記憶を読みながら、ニアは空に消えたグリーグの核石を思う。

 人間の魔法コアになる核石には、其の人物の記憶が蓄積される。浄化は、記憶や意識を解して、解き放つ。

 ニアは野壁の中で両手を掲げ挙げる。

 (グリーグは、、奥様も送ったの?、、なら、、その記憶は、、)

 グリーグは愛する人の最後の記憶を読んだのだろうか。

「わたしは、 目の前で ちゃんと見届けたよ、、天へ帰れた?」

 エンルーダの上空に、かつての領主が核石が弾ける。

 それを見たエンルーダ―領民の、ある者は戦いながら、ある者は身を隠しながら、虫の息になる者も

祈った。





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