俺が出会ったのは、淫魔だった

真白 桐羽

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第三章  新たなる地

君といた場所

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 痩せて衰えて、動けなくなって。
命が尽きようとするジルをただひたすらそばにいて見守った。

看病とも言えない、ただそばにいる……そんな月日がいったいどれほどの長さだったのか、俺にはわからない。
しなやかだった体に皺ができて干からびていく。
淫魔たちは千年の命が尽きるその時、一気に年を取るのかもしれない。

そんな自分をジルは恥じた。
こんな姿を見せたくないと、何度も泣いた。
覚えていてほしくないと。

だけど俺は首を横に振った。

「ジル、どんな姿でいたって君は君だよ、そばにいたいんだ、それは俺のわがままなのかな」

微笑んでそう囁いた。

優し気に光るジルの黄金の瞳は、いつも濡れたように湿り気があった。
その愛にあふれたまなざしを、俺は決して忘れないと誓って見つめた。

柔らかな髪を何度も撫でる。
痩せた頬にそっと手を添える。
力なく、それでも嬉しそうに微笑むジルに、俺はいったいなにをしてあげたらよかったのだろうか。

「一緒にいてくれてありがとう、ジル、そばにいてくれて、ありがとう」

何度もそう言いながらそばにいた。
ジルは小さな声で、「うん」と返事をしてくれた。



だけど俺は人だ、何かを食べなければ腹もすくし、眠くなれば寝るのだ。

ふと眠気に襲われて、ジルとの別れの予感で苦しい胸を抱えながら横になった。

そして、目を覚ますと、いつも寝かせていた場所から少し出るようにして、ジルは横向きに倒れていた。
どこかに行こうとしたのか?
何をしようとしたのだろうか。

俺は声も出ないまま、ジルのその哀れな最後の姿をただ見下ろして、そして溢れる涙を流した。

最後、一緒にいてあげたらよかった。
なぜ、別の場所で寝てしまったのか。
後悔が押し寄せ苦しくて死にそうだった。

ジル……もう、会えないのか?







 新緑の季節、深い森のこの地にも、春らしくやわらかな風が吹いてくる。
芽吹いたばかりの若葉は艶々として生命力にあふれていた。

いったいどれくらい、俺は一人でここにいたのだろう。

ジルとの別れを孤独に受け止め、そしてジルを埋葬し、墓を作った。
よく一緒に来た泉のそばに、美しいエメラルド色の石を置き、花を添えた。

「そろそろ、森を出るよジル」

俺は微笑みながらジルに報告した。

ジルが俺の願いをかなえてくれたのか、はたまたシモンヌが施した術が功を奏したのか、俺の記憶は抹消されず、別の記憶も埋め込まれなかった。

俺ははっきりとジルを覚えているし、ジルを失った強い悲しみを感じている。

まだ、話せていたころのジルが小さな声でつぶやいたのを覚えている。

「もしも、記憶があったら、アラトは僕たちのことを誰かに話すのかな?僕たちのことは僕たちだけの秘密にしてね、アラト」

ジルの可愛い顔を思い出して、フッと小さく笑った。

嫉妬深いジルは、秘密を知られるのが嫌だったのだろうか。
そうだな、ここでのことは決して誰にも話すまい。

俺は、エメラルド色の石をそっと触り、そのひんやりとした感触を心に刻み込んだ。

「じゃあ、行くよ」

元気だったころのジルが俺に教えてくれたこと。
森での生きて生き方、そして、道具の使い方。
持っていくものは全て彼から与えられたものだ。

自分の胸をそっと押さえた。

最初俺の魂は、引きちぎられたみたいに半分だった。
ジルは確かに、そういった。

なぜ、半分だったのかわからないけど。
それを丸くなるように作り替えたと。

俺の半分は、ジル……君だね。

時折夢の中で、俺は黒髪の大きな瞳のかわいい少年を見る。
少年の名は「薫」俺の幼馴染だ。
はじめての恋をした相手。
俺は嫉妬深いジルを不安にさせないために口には出さなかったが、いまだに薫のことは気にかかる。

「もしかして、あの感じた絶望は、薫くんと関係あるんじゃないかってね、そう思うんだ。もう今はジルに気兼ねすることもなく、調べられる、そうだろ?それぐらい、許してくれよな」

風が吹いて、俺の伸びた髪をさらう。

「じゃあな、ジル」






俺はリュックを背負い、森から出るために歩き出した。



その足が向かう先が希望なのか絶望なのか……俺にはわからない。
だけど生きている限り、俺は前に進む。



ジルがくれた命が尽きるまで。




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