狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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ケモ耳幼児の来訪

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 一人になって、案内された部屋をぐるりと見渡してみる。
落ち着いた木目調の調度品が揃えられていて、どれも先ほどと同じで西洋風だ。
与えられた「お嫁様のお部屋」は三つの部屋からなり、まず廊下から入ったらリビングのようなソファーセットのある部屋があった。
そこからさらに奥に衣装部屋があり、僕はそこで繊細な生地で作られたゆったりした着物に着替えさせられた。
さらに、その奥には今いるこの大きなベッドのある部屋がある。
布団はふかふかだ。

それぞれが20畳くらいの広さがありそうで、ゆったりとしていた。

さらにこの寝室から渡り廊下があり、その先に湯があると説明を受けた。
いつでも入れるとのことだが、なんだか今はまだそんな気になれず、とりあえずベッドのフチに座る。

なんと部屋付きの侍女なるものがおり、「なんでも言いつけてください」と部屋の隅に控えていたのだけど……

落ち着かないよね!

「申し訳ないけど一人になりたい」と頼んで一人にしてもらった。
出ていく時には優雅な手つきで麦茶みたいなものを入れてサイドテーブルに置いてくれた。
透き通るグラスは繊細な絵づけがされており、その絵の雰囲気もヨーロッパ風だ。

気になって手に取り飲んでみると、なんとアイスティーの味そのものだった。

氷が入っていたらこれ最高においしいんじゃないの?!

「ふー……」

思わずため息をつきながら、ふわふわな布団にダイブした。

「てか、ほんと、これからどうなるの?」

心が折れそうだ。
僕はどうやら、先ほど会ったばかりの綺麗すぎてドキドキしてしまう蘭紗様のお嫁様になるようだ。
何度も言われたように、元の世界に戻れる術はどうやらない。

「どうしよう……」

なんとなくだが、自分が同性を性の対象と見ていることは子供の頃から感じていた。

告白されて彼女を作ってみたこともあるのだが、相手の気持ちの盛り上がりについていけず、尻込みしてしまいすぐに疎遠になってしまった。
手さえ繋げないまま……思えば彼女には悪いことをしてしまったと思う、心をもてあそんだみたいになってしまって。

だからといって、本気でこの人が好きだと思う同性がいたわけでもない。
……もしかして、心を震わせるような恋はこれがはじめてなのかも?

そう自覚すると、ぽっと顔が熱くなるのを感じる。

「嘘だろー……」

19歳にして初恋、しかも相手は異世界のケモ耳の美形王様……

「んーーーーー」

フワフワの枕に顔を埋め、うーうー唸ってみる。

一目惚れしてしまった。
そしてあちらも僕のことをずっと会いたくて待っていたようだ。
あんなに蕩けるようなまなざしを向けてくれた。
初めての恋で……こんな幸せなことってあるだろうか。

『魂の片割れ』

美形王様はそう言った。
なんとなくストンと来るこの表現。

ずっと体の調子が悪かった。
悪いのが普通になっていて、だるいのがもはや日常であったのだが。
確かに、今ビックリするほど体が軽い。
いつも気怠く眠気を感じることも多かったのだが、このまま工事現場のバイトでもこなせそうな勢いで体の中から力を感じる。

「それにしても魔力か……」

魔法使いなのかな?
どんな魔法が使えるんだろうか?
見せてくれるかな?

そんな想像をひたすらしていると、障子の向こうから控えめな声が聞こえてきた。

「え?」
「起きておいででしょうか?」
「起きているよ、何かあったの?」
「お客様がお見えです。留紗様です」
「るしゃ…… わかった、入ってもらって」
「かしこまりました。では、お嫁さま、客間においでになってくださいませ」

僕は慌ててベッドから立ち上がり、そばにあった大きめの鏡を覗き込んだ。

白地に水色の波のような柄の着物をきた自分が映る。
腰には帯ではなく薄い生地のサッシュベルトのような物が撒かれ、結んだ先が体の横に長く垂らされている。
楽にできるように寝巻なんだろうけど、それにしては生地が素晴らしすぎる。

それにしても……

慣れない。
が、慣れないが元の服は取り上げられてしまった。
このままいくしかない。

はぁとため息を吐き、障子を開けソファーのあった部屋に向かう。

その部屋にはすでに侍女が何人もいて、茶の用意をしているようだ。
開けられた障子からひょいと顔を覗かせると、大きなソファーにちょこんと座る幼児がいた。
その後ろには先ほど案内してくれた男たちのうち二人が立っていて、こちらを見ている。

「お休みのところ、申し訳ありませぬ、我の従者がどうしても謝罪をというので、連れてきたのだ」

幼児はやはり幼児らしくない言葉遣いでかわいい声を響かせる。

「私は佐栁と申します、こちらにいるのは部下でございます」

不思議な響きの名前だよね!

「先程は……まさか『お嫁様』と思わずあのような無礼な態度を取ってしまい、心よりお詫びいたしまする。我らは留紗さまの従者でございますが、王家に仕える者であります。もうあのような態度はけっして取りませぬゆえ、どうぞご容赦くださいませ」

僕から見たら立派な大人の男たちが深々と頭を下げてきた。
しっぽは元気なく垂れていて、耳もしょんぼりしている。

僕は慌ててしまった。

「いえ、頭をあげてください! 仕方ありません。あの時はどう見たって僕は不審者でしたから」

二人はさっと頭をあげ、ほっと一息つき、笑顔を浮かべた。

二人とも30代半ばという感じかな。
いい人そうだな。
そして背が高くてがっしり体形だ、うらやましい……

「兄様のお嫁様となれば、我の親戚となるのだ、これからは仲良くしてほしいのだ。……お嫁様、名は、ミヤシタカオル」

可愛らしい声で尋ねられた。
そう言えば名乗ったのはドタバタした最中だったと思い返す。

「僕の名前は、宮下薫、ミヤシタが姓でカオルが名で、ちなみに19才ですよ」

僕の名前を聞いて、目を丸くして耳をピコピコさせた留紗は早口で問うてきた。

「なんと、姓をお持ちなのか、つまり貴族なのだな。それはそうであろう、王家のお嫁様なのだからな」

後ろに立つ従者も隅に控える侍女までもが深く頷いている。

あ、しまった、また貴族だと思われている!

「えっと、き……」
「して、そなた字は書けるな? ミヤシタカオルとはどのような字じゃ? ほれ佐栁、我の筆と墨を、それから紙をお嫁様に」
「はっ」

サナギさんが恭しく僕の前に筆を墨を用意し始めた。

書道!!
やってて良かった書道!!

体力がない僕は他の男子のようにサッカーなどはできない。
代わりに書道とバイオリンを習っていたのだ。

「僕たちが書くのは漢字と言いまして、こちらとは違うかもしれません。なぜか言葉は通じてるけど……んーっとなんで通じてるのかな……」
「楽しみじゃ、はよ書くのじゃ」

幼児はウキウキした様子でソファーから立ち上がり、僕の手元を覗いてくる。

こうまで楽しみにされては避けられない。
僕はサナギさんが用意してくれた上等そうな筆を取り、半紙ほど薄くはない厚みのある和紙にするすると筆を滑らせた。

和紙はつるつると書きやすく、さらには墨の馴染みも良かった。
それはそうだ、子供とはいえ王家の物が使う品が上等でないわけがない。

皆が息を飲んで見守る中、無事書き上げ、文鎮を取り紙を留紗に渡した。

「なんと……」

留紗と従者は興味深そうに僕の名前が書かれた紙をじっと見ている。
いや、何か言ってくれ……

「読めますか?」
「もちろんだ、我らはこれをカンジとは呼ばないが、我らの使う字と同じだ。しかし、なんとまあ美しい書だ」
「まことでございます。これほどの腕前をお持ちならば、書家として大成されるやもしれません」
「それに、薫という字はとっても美しい、響きも素晴らしいが。あちらの世界では、薫という名はありふれておるのだろうか? それとも貴族のみが使える名であろうか?」
「あ、いや、貴族だけとかそんなことはなく、普通に名前として使いますが、女子にも使えるので子供の頃は女の子みたいだと笑われたことも」

ヘラっと笑いながら言うと、留紗が嫌そうな顔をして吐き捨てるように言った。

「なんと! このように美しい名を笑う者があろうとは! それも我が兄様の大事なお嫁様の御名だと言うに」

従者もいつの間にか少し近くまで寄って書を見ている侍女たちも、同じように頷き、留紗に同意した。

「お嫁様、この書は我にくれぬか? ぜひ部屋に飾りたいのだ」

ケモ耳の幼児はニコニコだ。
……いやまて。
自分の名前が飾られるってなにその恥ずかしい仕打ち。

「ちょっと待ってください、こんな僕の書でよろしければ、飾る用の書を後でお届けしますから、ただ単に名前のみを書かれた物など、持っていかないでください」
「そうか?」

留紗はかわいらしい口をとがらせていたが、聞き分け良く上品な仕草で紙を返してくれた。

「まあ良い、だが、約束だぞ、我の部屋に飾る書を必ず届けてほしい。必要なものは侍女にでもいえばいくらでも用意してくれよう」

なんとなくほっとした僕は出されたお茶を一息に飲んだ。
やっぱりアイスティー(常温)であった。

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