狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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疑惑

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「兄様!」

後ろから可愛い声が聞こえて、思わず笑みを浮かべて振り向くと、甥の留紗がお付きも付けずに一人で立っていた。

「こら留紗、またお付きの面々を巻いたのか?悪い子だな」

可愛らしい顔を見て微笑むと、甥もにこにこと笑って内緒話をする体勢を取った。
仕方がないので腰を折り耳を貸すと、声を潜めてこしょこしょと話し出す。

「兄様、お嫁様は僕がお迎えしたのですよ、今朝から鳥居辺りで違う風が吹いていたのを感じていたのです。なにかあると思って鳥居の上で監視していたのです」

いつもは幼いながら王族らしく振る舞う甥だが、我の前では普通の幼児のように甘えてくるのが本当に可愛い。

「困った子だね、お付きのものはさぞかし心配したはずだぞ?せめて佐栁だけには話すべきだったよ?……そしておいでになったのが本当にお嫁様だったから良かったものの、他国の間者だったりしたらどうした?そなたは小さくとも王族、もう少し用心してほしいものだ。我も心配するぞ」
「兄様」

留紗はふくふくした丸い頬をほんのり赤らめて恥ずかしそうに微笑んだ。

「はい、兄様、今度から気をつけます。それよりお嫁様はどうなさってます? こちらにお連れする時にお手を繋いだのですが、すごく冷えておられました。体調がお悪いのでは?」

「おや、留紗がお手を? それはありがとう。カオルは突然こちらの世界に来たために少々混乱して、心ここにあらずといった感じであったが、体調を崩すほどではなかったように思うよ。そして今はお嫁様の室にて休んでいる。留紗の心遣い嬉しくおもうよ、お迎えが無かったらお嫁様は森の方へ迷い込んでしまっていたかもしれないのだからね」

「ええ、そうです。僕は食事会の時に兄様からお嫁様の兆しの話を聞いておりましたから、今朝の異変に気づけたのです。空間の異変は王族にしか感じ取れませんから。しかしなぜでしょう、お父上は何も申されませんでした。ですから僕が独断で一人で参ったのです」

「そうか…… まあ、喜紗きしゃ…… 叔父上は色々多忙であるから他のことで頭がいっぱいだったのかもしれぬな」

「ああ、はい! そうでありましょうね! お父上に限って能力が発揮できなかったなどということはございませんでしょう」

留紗はこの世に悪意など無いと信じる幼児なのだ、我が周りにどう思われてもいるかなども知りようも無い。
その可愛らしくまだ小さな頭をゆるゆると撫でてやると、留紗は気が済んだような顔をして一礼をした。

「兄様、お仕事のお邪魔をして申し訳ありませぬ、僕もお勉強に戻りますので、失礼いたします」

「ああ、勉学は励むようにな。留紗には期待しておるのだ」

留紗は嬉しそうに自らの部屋へと駆けて行った。

その後ろ姿を見ながら、なるほどと思う。
叔父の喜紗の事は以前より要心せねばと思っていたが、自分のことならいざ知らず、カオルのことにまでその危険が及ぶとなれば話は別だ。
話をするほかないなと腹を括らねばなるまい。
ちょうどいい、今なら宰相である喜紗も執務室で待っている。
話すなら早い方が良かろう。

重い一歩を踏み出し執務室へと向かった。

執務室の前に護衛がいたので労い、襖を開けさせた。
中では数人の文官と共に、机に向かい何事か作業中の叔父、喜紗がいた。
こちらに気づき、立ち上がり綺麗な臣下の礼をした。
そして、ニコリと綺麗な笑顔をこちらに向けてきた。

「陛下、隣国との交流はどうでございましたか?まぁ元より諍いのない仲でございますから、問題はありませんでしょうが」

喜紗は隣にいた数人の文官に資料を渡しつつ笑顔を絶やさず静かに問うてきた。

「うむ、何事もなくいつも通りだ。多少あちらに昨年の不作による懸念があるようだが、こちらからの援助も申し出ておる。あちらからはこれまで通り三鹿川の警戒には心を砕くとのことだ、追って文書が届くであろう」
「隣国は少数民族にすぎませぬからなぁ、援助は必要不可欠でございましょう」
「ああ、この土地を共に生きるもの同士なのだ、助け合わねばな」

ふむふむと機嫌よく頷く喜紗からは、視線を外さずそのまま真正面に向き合った。

「ところでだ、叔父上」

わざと、名前でも役職でもなく叔父上と呼んでみる。
なんでしょう?と心当たりがなさげに笑顔のままこちらを向く叔父……
表面だけを見れば信頼に値する叔父に見えるのだが……

「カオル、我の嫁のことだが」

あぁ!と今気づいたかのように大げさに手を叩き満面の笑みを浮かべた。
わざとらしいことだ、と冷めた心で思ってしまう。

「カオル様とおっしゃるのですね」
「あぁ、そうだ。姓はミヤシタと言うようだ」
「なんと、姓をお持ちですか」

これには少し目を見開いて見せた。

「うむ、そこでだ、我はお嫁様の気配のことを、先だっての食事会の時とこの度の出立の折と……二度も叔父上に伝えたはずなのだがな。なぜかカオルの迎えには留紗が行ったそうな」
「さて、そのようなお話をされましたかな?万が一にもされておりましたら、この喜紗、いかに耄碌しようともこのような千年に一度のような慶事を疎かにはしませぬぞ…… しかしながら空間の裂け目の風を感じることができませんでした事は私の落ち度でございます。最近はめっきり体力も衰え、色々な感覚も衰えておりますゆえかと……情けないことでございます…… 幸運なことに我が息子がそれを機敏に感じ取り一人参ったという話は佐栁より報告がございましたゆえ、何事もなくお迎えでき良かったと心より思います」

しれっと自分に非はないと言い切った叔父の顔を真っ直ぐに見つめた。

齢40にもなると、衰えを感じる者が多くなると言う。
若い頃とは違い能力も下がってくるのも嘘ではないことも。
しかし、「お嫁様」のことは別だ。
喜紗自らも言ったように、これは何百年かに一度あるかどうか、まさに千年に一度の慶事であり、今を生きる我々にはほとんど夢物語のような伝説だ。
その兆しがあると我が言うたならば、本来なら何を置いてもそれに留意し、少なくとも護衛を鳥居あたりに配備するくらいの事はするものだ。
それくらい待ちわびて当たり前のことなのだ。
国を思うなら。

万が一、カオルを迎えに留紗が鳥居に行かなければ、鳥居をくぐれないままカオルは森を彷徨うしかなかったかもしれない。
それに、我が国のお嫁様を執拗に狙う阿羅国の手のものがカオルを狙ったかもしれないのだ。
それを知る留紗がカオルの手を引いて鳥居を通ったから我が国に無事にお迎えできたというのに。

「思うのだが、叔父上」

笑顔を崩さず穏やかに視線を向けてくる男に向けて声を張った。

「しばらく宰相を休む方がよかろう」

初めて貼り付けた笑顔を剥いで真顔になった喜紗は、は?と言う顔をしている。

「おや? 何故ですかな? 陛下は私のことに何かご不満でも……」

慌てて哀れな男を演じているように見えた。

「叔父上、不満ではない。心配なのだ。王族しか、感じることのできない空間の変化を感じることもできず、王族の希望である『お嫁様』にも無関心で、お迎えもできなかったとなると……。万が一カオルが鳥居をくぐれず森を彷徨うことになっていたならば、保護は難しかった。それがわからないわけでもあるまい。それから、我の言葉を聞いた覚えがないとはっきり叔父上は言ったが、我はきちんと伝えたぞ?それを聞いていた者も多数いるし、またその証拠に留紗はお迎えをしてくれたではないか?」

さすがの喜紗も一歩下がり額に汗を浮かべた。

「城内にある噂を聞いたが……叔父上が嫉妬で我の足を引っ張らんがためにカオルを犠牲にしようとしたのでは?…… などと、我は思いたくないぞ」

喜紗の体は細かく震えているようだ。
今頃後悔しても遅い。

「叔父上、この度のことは見逃せぬよ、お嫁様の問題は国の問題なのだ。我が国が栄えるか否か、それがかかった大事である。それを、体調のせいとはいえ蔑ろにしたそなたをこの国の宰相に置いておくのは難しいと我は考える……」

喜紗はしばらく立ち尽くしていたが……やがてゆっくりと臣下の礼をし、静かに顔を上げた。

「陛下」
「ゆっくりと休むが良い、すでに両親のない我には叔父のそなたは大事な人なのだ。無理をせず、いつまでも元気でいてほしいのだよ」

喜紗は、衝撃を受けて微動だにしない部下を振り返り、あれこれと指示をして最後に鍵を恭しく差し出してきた。

「陛下、今日明日のことは、文官達がわかっておりますゆえ、困ることはなかろうかと、後これは、の鍵でございます。お受け取りを」

「うむ、ご苦労であった。ゆっくりと体を休めよ」

叔父は、静かな笑みを浮かべて執務室をぐるりと見渡し、もう一度机をさらっと触り、そして静かに退室して行った。


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