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とまどい・2

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 実感は湧かないけど……
こうもはっきりと「異世界から渡ってこられた」と言葉をかけられると、体中から力が抜けてくるようだった。

どうすれば帰れるかとか、置いてきた家族とか、これからの事とか、頭がいっぱいになる。
今頃家族は僕のことを探しているんだろうか?
いや……まだわかってないかな……だってまだ一日も経ってないし……

ここでどんなに案じても、『ここにいるよ、怪我とかしてないからね!』と伝えることもできない。

「お嫁様、息子が失礼なことを口走りまして、どうぞお許しください。この息子は蘭紗様の伴侶として決まっておりました、しかし、お嫁様が渡ってこられたなら話は別でございます……王家にとっても国にとってもお嫁様は唯一無二の大切な存在です。息子は元々武官にしてもおかしくないほどの腕前なのですから、それを生かして臣下として蘭紗様のお役に立てばよいのです…… お嫁様のお心もさぞかし揺れておられるでしょうが、息子も混乱しているのです。お察しを」

なんとなくカジャルさんの顔を見ると、またもや目をそらされた……でも今度は苦しそうに下を向いてしまって、なんだか切ない表情を浮かべている。
その時、襖の向こうから声がかけられた。

「陛下のおなりです」

僕はハッとして顔をあげた。

襖を開けられ兵士の身なりの男が見えた。
そしてその兵士が下がると、1人の細身で長身の男性が立っていた。

意思が強そうな切れ長の目も腰まで伸ばした真っ直ぐな髪も銀色だ。
灰色ではない、銀色なのだ。
こんなに光り輝く瞳や髪をこれまで見た事がない。
ちなみに凛々しくピンとした三角のケモ耳もふさふさしっぽも銀色だった。

さきほどの子供と同じで着物と袴だが、こちらは銀色の細かい細工の飾りが随所に施されていて、着物にも袴にも美しい刺繍があった。

白い肌にほんのりとピンク色に頬を上気させ、急いで来たという感じを受ける。

「待たせた、サヌ羅が相手をしてくれていたのか、カジャルもありがとう」
「陛下」
「蘭紗様」

中性的な顔立ちに似合う低すぎない落ちついた声でサヌ羅さんに労わるように話しかけ、カジャルさんにも声がけをしている。
僕は、カジャルさんが王様の顔を見たとたん嬉しそうに微笑んだのを見逃さなかった。
この人は、本当にこの王様のことが好きなんだなと感じた。

「さて……そなたが……我のお嫁様なのか……」

僕はその声に顔を上げ、もう一度その美しい顔をじっと見つめた。
ここまで整っている顔は珍しいというほどの美しさで、まるで芸術品のようだと思った。

僕は魅せられてただ見つめてしまった。

なんだこれ、なんなの!
こんな美しい人がいるの?

胸が苦しくなってくる。
完全に心を待って行かれた……

少しおとなしくなったカジャルさんは、サヌ羅さんに連れられて退室するようだ、最早こちらを見てもいない。
サヌ羅さんが静かに襖を閉め、部屋に2人きりになったところで、王様は僕の横に静かに座った。

ドキリと心臓がはねた。

綺麗なその人は優しげな眼差しを向けて、ゆっくりと息を吐いた。

「まさか我に、お嫁様が渡ってきてくれるとは……」

そう言って身を乗り出し、僕の手を取った。
僕はビクっと体を震わせたが、あたたかなその手の温もりに、ふわっと体が浮いたような不思議な感覚を覚えた。
疲れや怠さや体調の悪さが全部溶けてなくなるかのような、そんな感覚だ。

「迎えにゆけず、心細い思いをさせてしまった、すまない。……数日前からそなたの気配は感じていたのだが、外せない用があり、やむなく隣国へ行ってたのだ、これでも急いで帰ってきたのだが、数刻遅かったようだ……間に合わず心苦しく思う」

光を集めたようなサラサラの髪を揺らし首を傾げ、すまなそうな顔をした。

「甥の留紗が『空間の割れ目の気配を感じてお迎えにあがった』と、そう報告があったが」
「あ、あの」

僕は手を握られたまま、ぽーっとする頭のままふんわりと尋ねた。

「あなたは僕が本当にお嫁だと思ってるんですか?」

美形のその人は微かに目を伏せて、そしてもう一度僕を見つめてきた。

「確信したよ、手を取り感じたのだ。そなたの魔力に触れ我は穏やかで強い力を感じている、そなたも我と手を繋ぐと何か感じているのではあるまいか?」
「はい、あのなんだかふわっと体が浮くような、暖かいような」

それを聞いて嬉しそうに破顔した。

「そうであろう、そなたがそばにいてくれるなら、我はこれまで以上の力が出せるだろう、百人力と言ったところだな。……本当に渡って来てくれてありがとう」

その優し気な笑みと落ち着いた声を聞いていると、まるで長い間そうしていたかのような心地よさを覚える。
この人と僕は初対面のはずなのに。

「ところで、名を教えてくれまいか? 我は紗国の王、蘭紗だ」
「僕は、宮下薫と言います。……日本から来ました、19才の大学生です」
「ミヤシタカオル、美しい響きだ。そして19とは…… 私の2つ年下なのだな、15くらいに見えるぞ、可愛らしくも愛らしく美しい姿であるな。……ニホンという国にはもう帰れぬが、我がそなたを大切にする、どうか我の嫁としてここにいてはくれまいか?」
「…… 帰れないのは、決定ですか?」

一番聞きたかったけど、怖くて聞けなかったそこを、この人はさりげなく言葉にした。

「すまないが……渡ってくる方法も渡らせる方法も、我々は知り得ぬのだ……神の采配と言われ、数百年に一度くらいの頻度でこの国の王家にお嫁様が来られるのだ。お嫁様を得た王は能力が安定し高まり、その代はとても栄える。……しかし大半の王はお嫁様をお迎えできていない、我の父も祖父もお嫁様を得られず、やむなく自身の魔力に近いものを伴侶としたのだよ」
「しかし、僕は男です。王ともなれば後継問題とか、あるでしょう?僕はあなたの子を産めませんよ」

目の前の綺麗な顔の王様はぽかんとした顔をして、それからくしゃりと少し幼く見える笑顔になった。

「我が国の後継について、渡ったばかりの今すでに考えておるとは、なんと堅実で賢い方であろうか」
「あ、い、いえ、賢いとかそういう事ではなくて、王家の問題と言えば古今東西いつもそこでしょう?僕の住んでいた国でもその話題はいつも上がっていて。……それともあれですか?この世界では男子でも妊娠できるとか?」

蘭紗様は深く頷き、僕の手を握り直した。

「紗国の王は代々男を伴侶としておるのだ。それは魔力を安定させる為になるべく質の似た者を選ぶとなると、男になるという理由からだ。……しかしこの世界でもニホンと同じで女からしか子は生まれぬ。子を儲けるときには女性が王の第二夫人となるのだ。……ちなみに私は第三夫人の子だ」

第三夫人?
んーと、なんだか複雑そうだから、これは今深く聞けない!

「では、お嫁様とは魔力のために必要ということですか?」

優しく溶けるような眼差しで僕を見つめてくる。

「伴侶とは違い、お嫁様とは……王が王である為の完全なる力を得る存在と文献にも書かれているし、そう伝えられている。……王と魂を分かち合い世界のどこかに出現し、二人が出会えれば完全になるということだ。……しかしその魂の片割れが同じ世界に生まれることは無いそうだ。必ず異世界に生まれるのだ、それが王のお嫁様なのだ。……そして、その方が王の望み通り異世界からこちらへ渡ってくるかどうかは時の運、神のみぞ知るというところかな」

考えていたより壮大な話に頭がついて行かなくなりそうだ。

「僕は…… 僕が、あなたの伴侶とかお嫁様とかそんなことまるきり知りませんでした。そして異世界?そんなものがあるなんてのも漫画か小説の世界だけのことであって。……つまり何が言いたいかと言うと、僕は何でここにいるんでしょうか? 僕は大学に行く途中でした。異世界に行こうとして何かしたわけでもなく、気がついたらそこの森にいたんです。ここに来ようとして来たわけでは……」

蘭紗様は、僕がしどろもどろになって思ったことをただそのまま話すのを、静かに聞いてくれた。

「マンガ?というのはよくわからないが、そなたが元の世界で日常を送っていて、こちらのことなど知らずに過ごしていた…… それはそうであろう。ニホンにはお嫁様伝説がないであろうからな……」

蘭紗様はふと目を細めて、僕の前髪に触れ、目にかかる前髪をそっと横に流してくれた。

「魂の片割れが恋しくてそなたを呼んだのは我の方だ。そなたが今ここにいるのは間違いなく我が望んだからであると言えよう。しかしだ、望んだからと言って掴めるものでもないのだ……先程申したように、代々の王がどれほど望んでもお嫁様が渡ってくるのは本当に稀なことなのだ」

僕は望まれた?
この美しい人に……
なんとなく顔に熱が感じられる。
視線がこそばゆい。

「我からも尋ねてよかろうか?」

美しい顔を少し傾けて尋ねる。
僕は恥ずかしくなって視線を逸らして頷いた。

「そなたはあちらの世界にいる時、苦しくはなかったか?」
「苦しい?」
「うむ、体調や、気持ち、そのどちらのこともだが」

それに関しては思い当たることがありすぎた。

「僕は、体が弱くて病気がちでしたし、それが原因で運動も制限されていて体力も筋力もつかず、細くて……男らしい体にはなれませんでしたし、背も伸びず。あ、さっきそういえば15才くらいに見えると言われてしまいましたが、日本でも僕は童顔で子供に見られがちでした」
「我も同じだ。魔力は十分にあるのだが、それを発揮するだけの胆力も体力も足りず、我は中途半端な王であった。そなたと同じように血も足りずめまいを感じることも多かった。……代々、王は皆少々ひ弱であってな。その原因が魂が完全ではないというところなのだ。己の片割れが側におれば完全体となり、強くなると、そう文献には書かれている」
「蘭紗様も僕と同じように体が弱かったということですか?」
「そうだな。しかし今からは二人一緒なのだ、それら全てが解消されていくであろう」

そう言われてみれば、蘭紗様が来る前に感じていためまいが今はない。
本当に僕は健康になれているのだろうか?

「他にも色々話したいのだが、ミヤシタカオル、そなたは少し休むが良い。我と違いここは初めての地、緊張もしておろうし疲れもするだろう。部屋に案内させるから、夕食まで体を横にしていてくれないか?」
「あ、ミヤシタは姓で、カオルが名です。薫という字は草冠に…って、漢字あります?!」

目を丸くして驚かれてしまった、なぜ?

「なんと…… 姓があるとは。尊き身分のお方であったのだな。カンジ……がよくわからぬが、おいおい答え合わせをしよう。まずは休んでくれまいか?少し興奮しすぎのような気がするのだ。倒れたりしないでほしいのだ、カオル」

あ、いや、身分っていうか!

って言おうとしたのだが、そのタイミングで襖の向こうから王を呼ぶ声が聞こえて少し襖が開けられた。

「了解した、今から行く」

名残惜しそうに僕の手をゆっくり撫でて、愛おしそうな視線を向けてにっこりと笑った。

「夕食はカオルの口に合うとよいのだが、あとで料理長を向かわせる、好きなものを頼むとよいぞ。我に好き嫌いはないからカオルに合わせよう。では、用事があるので行くとする。すまないな」

温かなその美しい手が離れる時、寂しいと思ってしまった自分に赤面しつつ見送り、ソファーにハァーと身を預けた。

何がなんだかわからないけど、僕は異世界に来たんだなぁと腹を括るしかなかった。

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