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冷酷無残な国12 終結
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……不安定で壊れかけの渡り廊下の残骸は、もろくも崩れ去ろうとしており、そこに足を置くことは躊躇われそのまま飛翔して中に入ろうとする。
「っ……!」
「うっ……!!」
我ら二名は空気の塊がぶつかってきたような衝撃を全身に感じ、息を詰めた。
悪臭だ……
凄まじい悪臭に目も開けていられない……
シュウシュウと空気の流れが可視化しているかのように、我らに襲い掛かる悪臭。
なんなのだこれは……
防御壁を張っているのにこれなのか?
涼鱗を見ると、苦しそうに脂汗を垂らしているが、赤い目を光らせ白い髪を靡かせた。
頷き合うと、ゆっくりと目の前にある大きな階段を数段上がり、そして石造りの廊下に出た。
悪臭は今だ続き我らを苦しめるが、足を止めてはいられない。
そのまま前に進むしか……
ガタン
ズン
ズズズ……ズズ
廊下の奥から響く音にハッと身構える。
ズウウウン……ズズズ
腹に響く轟音が辺りの空気を響かせ、さらに悪臭の密度が増す。
思わず額から汗が流れる。
「な……」
奥から漂う悪臭とともに満ちてくるものは黒い禍々しい魔力と……そして黒い影。
ずりずりと、ズズズと、歩くのではなく体を引きずり這うようにしてこちらへ向かってくる。
そして、ほのかに光がさす小さい窓の前ではっきりとそれの顔が見えた。
塗り重ねた白塗りが汗と油で落ちて斑になっている。地の肌はとても黒い。
髪は一握りほどしかないのだが、それを切らず汚れがついたまま固まり細い縄のようになって首に巻き付いている。
もはや崩れ落ちているのか、目は落ち窪み眼球の存在が感じられない。
口はふにふにと不定期に動き、鼻は崩壊していた。
「……う、そだろ」
涼鱗の体が震えるのがわかる。
我は涼鱗の肩を持ち、下がらせようとするが、涼鱗はそれをさせない。
「お前は……阿羅彦なのか?」
やっと絞りだした我の声が陰気な廊下に響く。
化け物はにたりと笑ったままズリズリとなおも距離を詰めてくる。
「……ほほ、真湖紗の子孫よ、おまえ、ここまで、よく来た」
真湖紗?
どうして今その名を……
涼鱗が目で問う。
「約5000年前の王の名だ」
「え?」
涼鱗は何事か言いかけたが口をつぐみ、もう一度阿羅彦を見つめた。
「ああああ……真湖紗が俺をむかえなかったから、俺がこんな目にあわねばならなかった……」
「なに?」
訳が分からないまま気圧され、思わず後ずさった俺たちに阿羅彦はふふと笑いながら目の前まですり寄ってきた。
耐えられない悪臭に顔をそむけたくなるが、必死に耐え、そして睨む。
「ああ、そうだ、俺の国、発展しただろう? 街を作るゲームがね、俺好きだったんだ……」
「は?」
阿羅彦はニヒニヒ笑いぶよぶよに太った体を震わせた。
それに合わせて匂いも散る。
「……んんと……さっきの爆破……勝手に部下の魔術師が薫くんを狙ってやった……みたい……ごめん……ね、でも無事だった……よかった」
「え?どういうことだ? それにどうして薫のことをそのように呼ぶ」
「ああ、ああ……ああ……すっかり忘れていたんだ……もうこの世界で何千年もいきて……そんで、記憶とかもさ、ほら。抜けてね……」
阿羅彦はケタケタと笑う。
腐った鼻がふゆふゆと動き、歯のない口を大きく開けて。
「だまれ!ごまかすな!」
我と涼鱗は同時に水と氷を混ぜた攻撃を仕掛けた。
いや、仕掛けようとしたのだが……
おかしい……
涼鱗も眉根を寄せる。
全く力が出ない……こいつのせいか?
指先に魔力を纏わせること以上ができない。
「うんうんうんうん、……んんんん……さっき、完全に……思い出した……薫くんのことも……それから……かつてあったことも……ぜんぶ……ね……」
おぞましい姿の阿羅彦は動きを止め、廊下の小さな窓から降る光をじっと見つめた。
その様が、一瞬だけだが……ただの少年のように見えた。
「それから俺、蛇苦手なんだ……これはね……ずっとむかしから……んん」
阿羅彦はくるりとこちらに向きなおすと、涼鱗に向けてふうと息を吐いた、その息は涼鱗にたどり着く前に炎に変わりグワっと巨大化して全身を覆いだす。
涼鱗は必死に全身に冷気を纏わせ、2、3後ずさった。
いつもの涼鱗ならば心配はいらないが、今は魔力が出せない状態だ。
我は咄嗟に涼鱗の横に並び、炎をに水を放った。
涼鱗は氷の塊を出しその炎に投げつけ、なんとか氷の壁を作り出し、我ら二人を覆った。
透き通る氷から歪んで見える阿羅彦は、にやにやしながら我らをじっくり眺め、ほうほうと呟いて、なおもふうふうと火を出し続ける。
特大の火だけではない、心を絶望させるような醜悪な気も同時に吹き付けてくる。
心が苦しさで満ちてゆく。
このままこの苦しさに囚われそうな……そんな……
「……」
涼鱗が我の腕に触れた。
それを合図に我らは同時に空を飛んで人化を解いた。
ギン!
辺りに魔力の迸る音が響き渡る。
我は銀色の光を纏い、体に魔力が満ちるのがわかった。
悪臭に満ちたこの空間であっても、獣化した姿であれば対抗できそうだ。
我は3本の尾を振り、4本の脚で高く飛び上がった、そして魔力で天井を弾く。
キーン……
と、空気が凍るような気配の次に、轟音とともに屋根が吹っ飛ぶ。
ひらけた視界の先に大空が見えた。
大蛇は素早くそこから跳び出ると、阿羅彦めがけてシュルっと尾をやった。
白銀の我は、阿羅彦に呪縛をかけつつ素早く特大の鎌鼬を放った。
一瞬阿羅彦と目が合った……ような気がした。
実際にはもう阿羅彦には朽ちた眼孔しかないのだから、それは不可能なのだが……
阿羅彦は鎌鼬を平然と真正面から受けた。
パァーンと体が半分に割れてどろりと黒い液体が飛び散る。
涼鱗はかまわず阿羅彦を締め上げ全力のとぐろを巻いた。
「蛇、蛇……俺蛇きらい……」
半分しかない顔で黒い液体を垂らしながら、子供のように大蛇を見上げてにやにやする。
「薫くん……君までこんなところにきて、かわいそうに……」
「……!」
大蛇が赤く光る目を我に向けた、冷静になれと言うかのように。
だが、我の体からは特大の威圧が発せられているであろう、押さえきれなかった。
魔力が起こす風に白銀の毛皮がさざなみのように波立ち、苛立ちを前面に出してしまう。
「どういう意味だ……」
半分しかない口をフニャフニャ動かした。
そして、声は我らの頭にインインと直接響いてきた。
『薫くん、やっぱりこっちにきちゃった……息子の予知能力で……俺わかったんだよなあ……ああ、薫くんがくるんだって……だから、蘭紗をその前に殺しておけば……薫くんがこっちこなくて、すむかもって……蘭紗殺害が間に合わなかった……ごめんね、薫くん……んん』
「え?」
我は白銀の狐のまま威圧を解かずに床に降りた。
廊下の床がひんやりと湿っていて、我の頭を冷静にさせた。
『だってさ、勝手すぎだろう?……んん……俺らだって……あっちで生活があってさ……生きてた……勝手に異世界に繋がれて……んん……あああ……戻れない……』
大蛇が赤い目に困惑の色を浮かべた、しかし油断せず力は緩めない、しかし強めてはいない。
だが、阿羅彦の体からは黒い液体がどんどんと垂れ流れ、床に黒い広がりを作っている。
もはや、助かるまいが……
いや、これはもう……生きようとはしてないのか?
そう思えた。
これほどの怪物が……我らなどに後れを取るだろうか……
「これまでのことは、紗国に恨みがあってのことではないのか……」
『あったよー……んん……お嫁様がくることに気づいてから……自分もそうだと気づいて……随分恨んだ……だけど、半面……恋しかった……真湖紗は……俺を待たずに先に……死んだ……俺は、この世界に……いたのに!……愛してくれなかった……』
「いや、待て」
『俺、子供のころから……一緒に遊んだ薫くん……だいすきだったから……その薫くんが……俺と同じように……苦しむかもと思ったら……魂の片割れを呼ぶお前さえ死ねばと……んん……薫くん、こっちこなくて済む……おもった』
「……待って、新人くん」
その声に咄嗟に振り向き、目を見開いた。
薫……愛しい薫がそれを発したのだ。
いつの間にここに来た……
すでにボロボロに傷ついて立っているのも苦しいはずの波羽彦と、波呂に抱かれた薫が現れ、我は動揺した。
今の阿羅彦の言葉が正しければ、この二人は日本で友人だったということなのか?
「こちらへ来るんじゃない薫……ここはあまりにも阿羅彦の魔力に満ちている……」
我は薫と波羽彦の前にスタと降り立ち、壁を作るように立ちはだかった。
この話が本当ならば……薫に危害は与えないはずだが……でもしかし。
『ねえ、きこえた?……薫くん……ごめんね……結局さ、勝手なやつらに……こっちによばれちゃったね……』
阿羅彦は黒い汁を飛ばしながら少し体をねじった。
大蛇はなおも力を弱めなかった。
「新人くん……く、苦しかったね……ごめんね……新人くん、僕のことを心配してくれて……そんなに苦しかったのに……」
薫は感情を迸らせ、大粒の涙をたくさん流した。
『この二日……薫くんの気配が近くにあって……んん……かつての新人だったころの俺……気持ちと心……よみがえってきてた……俺……最初の日は……まだ朦朧としてて……怖がらせた……ごめんね』
「……波羽彦さんが優しくしてくれたし、僕は……大丈夫だよ……それにね、新人くん……誤解なんだよ、僕は、蘭紗様を愛してるんだよ」
大蛇に巻かれたまま、黒く震える何かの残骸のような阿羅彦は、薫を静かに見つめて、わずかにほほ笑んだ。
『そうなんだね……薫くんの……気持ち……俺が間違ってたんだね、薫くん蘭紗のこと愛してる……んだね……幸せなんだ……ね……んん ……俺もいろいろと酷いこともされたけど、酷いこともしてきて……俺、このまま地獄行きかな』
「新人くん!」
『俺、腐ってるから、生身の人間には……きっとよくない……だから、近寄らないで……最後に……正気……に、んん……ああ……もど、戻れたの、薫くんのおかげ……ありがと……しあわせに……』
「父上!」
波羽彦が叫んだ。
阿羅彦は半分しかない口と落ち窪み眼球の無くなった目からも、からだらだらと黒い液体を大量に流し出した。
『息子よ……ちちを……』
皆が呆然と見る中、阿羅彦はそのまま大蛇のとぐろの中で完全に崩れ去り、黒い液体となり辺りを濡らした。
そして、その黒い液体が集まり、ふわっと空中に浮き、穴の開いた天上から空へ上がろうとする。
宙に浮いていた大蛇はそれを避け、液体が空へあがるのをじっと睨んだ。
空にふわりと浮かんだ黒い液体は自分の国を一望して満足したかのように、パアーンと霧散した。
「っ……!」
「うっ……!!」
我ら二名は空気の塊がぶつかってきたような衝撃を全身に感じ、息を詰めた。
悪臭だ……
凄まじい悪臭に目も開けていられない……
シュウシュウと空気の流れが可視化しているかのように、我らに襲い掛かる悪臭。
なんなのだこれは……
防御壁を張っているのにこれなのか?
涼鱗を見ると、苦しそうに脂汗を垂らしているが、赤い目を光らせ白い髪を靡かせた。
頷き合うと、ゆっくりと目の前にある大きな階段を数段上がり、そして石造りの廊下に出た。
悪臭は今だ続き我らを苦しめるが、足を止めてはいられない。
そのまま前に進むしか……
ガタン
ズン
ズズズ……ズズ
廊下の奥から響く音にハッと身構える。
ズウウウン……ズズズ
腹に響く轟音が辺りの空気を響かせ、さらに悪臭の密度が増す。
思わず額から汗が流れる。
「な……」
奥から漂う悪臭とともに満ちてくるものは黒い禍々しい魔力と……そして黒い影。
ずりずりと、ズズズと、歩くのではなく体を引きずり這うようにしてこちらへ向かってくる。
そして、ほのかに光がさす小さい窓の前ではっきりとそれの顔が見えた。
塗り重ねた白塗りが汗と油で落ちて斑になっている。地の肌はとても黒い。
髪は一握りほどしかないのだが、それを切らず汚れがついたまま固まり細い縄のようになって首に巻き付いている。
もはや崩れ落ちているのか、目は落ち窪み眼球の存在が感じられない。
口はふにふにと不定期に動き、鼻は崩壊していた。
「……う、そだろ」
涼鱗の体が震えるのがわかる。
我は涼鱗の肩を持ち、下がらせようとするが、涼鱗はそれをさせない。
「お前は……阿羅彦なのか?」
やっと絞りだした我の声が陰気な廊下に響く。
化け物はにたりと笑ったままズリズリとなおも距離を詰めてくる。
「……ほほ、真湖紗の子孫よ、おまえ、ここまで、よく来た」
真湖紗?
どうして今その名を……
涼鱗が目で問う。
「約5000年前の王の名だ」
「え?」
涼鱗は何事か言いかけたが口をつぐみ、もう一度阿羅彦を見つめた。
「ああああ……真湖紗が俺をむかえなかったから、俺がこんな目にあわねばならなかった……」
「なに?」
訳が分からないまま気圧され、思わず後ずさった俺たちに阿羅彦はふふと笑いながら目の前まですり寄ってきた。
耐えられない悪臭に顔をそむけたくなるが、必死に耐え、そして睨む。
「ああ、そうだ、俺の国、発展しただろう? 街を作るゲームがね、俺好きだったんだ……」
「は?」
阿羅彦はニヒニヒ笑いぶよぶよに太った体を震わせた。
それに合わせて匂いも散る。
「……んんと……さっきの爆破……勝手に部下の魔術師が薫くんを狙ってやった……みたい……ごめん……ね、でも無事だった……よかった」
「え?どういうことだ? それにどうして薫のことをそのように呼ぶ」
「ああ、ああ……ああ……すっかり忘れていたんだ……もうこの世界で何千年もいきて……そんで、記憶とかもさ、ほら。抜けてね……」
阿羅彦はケタケタと笑う。
腐った鼻がふゆふゆと動き、歯のない口を大きく開けて。
「だまれ!ごまかすな!」
我と涼鱗は同時に水と氷を混ぜた攻撃を仕掛けた。
いや、仕掛けようとしたのだが……
おかしい……
涼鱗も眉根を寄せる。
全く力が出ない……こいつのせいか?
指先に魔力を纏わせること以上ができない。
「うんうんうんうん、……んんんん……さっき、完全に……思い出した……薫くんのことも……それから……かつてあったことも……ぜんぶ……ね……」
おぞましい姿の阿羅彦は動きを止め、廊下の小さな窓から降る光をじっと見つめた。
その様が、一瞬だけだが……ただの少年のように見えた。
「それから俺、蛇苦手なんだ……これはね……ずっとむかしから……んん」
阿羅彦はくるりとこちらに向きなおすと、涼鱗に向けてふうと息を吐いた、その息は涼鱗にたどり着く前に炎に変わりグワっと巨大化して全身を覆いだす。
涼鱗は必死に全身に冷気を纏わせ、2、3後ずさった。
いつもの涼鱗ならば心配はいらないが、今は魔力が出せない状態だ。
我は咄嗟に涼鱗の横に並び、炎をに水を放った。
涼鱗は氷の塊を出しその炎に投げつけ、なんとか氷の壁を作り出し、我ら二人を覆った。
透き通る氷から歪んで見える阿羅彦は、にやにやしながら我らをじっくり眺め、ほうほうと呟いて、なおもふうふうと火を出し続ける。
特大の火だけではない、心を絶望させるような醜悪な気も同時に吹き付けてくる。
心が苦しさで満ちてゆく。
このままこの苦しさに囚われそうな……そんな……
「……」
涼鱗が我の腕に触れた。
それを合図に我らは同時に空を飛んで人化を解いた。
ギン!
辺りに魔力の迸る音が響き渡る。
我は銀色の光を纏い、体に魔力が満ちるのがわかった。
悪臭に満ちたこの空間であっても、獣化した姿であれば対抗できそうだ。
我は3本の尾を振り、4本の脚で高く飛び上がった、そして魔力で天井を弾く。
キーン……
と、空気が凍るような気配の次に、轟音とともに屋根が吹っ飛ぶ。
ひらけた視界の先に大空が見えた。
大蛇は素早くそこから跳び出ると、阿羅彦めがけてシュルっと尾をやった。
白銀の我は、阿羅彦に呪縛をかけつつ素早く特大の鎌鼬を放った。
一瞬阿羅彦と目が合った……ような気がした。
実際にはもう阿羅彦には朽ちた眼孔しかないのだから、それは不可能なのだが……
阿羅彦は鎌鼬を平然と真正面から受けた。
パァーンと体が半分に割れてどろりと黒い液体が飛び散る。
涼鱗はかまわず阿羅彦を締め上げ全力のとぐろを巻いた。
「蛇、蛇……俺蛇きらい……」
半分しかない顔で黒い液体を垂らしながら、子供のように大蛇を見上げてにやにやする。
「薫くん……君までこんなところにきて、かわいそうに……」
「……!」
大蛇が赤く光る目を我に向けた、冷静になれと言うかのように。
だが、我の体からは特大の威圧が発せられているであろう、押さえきれなかった。
魔力が起こす風に白銀の毛皮がさざなみのように波立ち、苛立ちを前面に出してしまう。
「どういう意味だ……」
半分しかない口をフニャフニャ動かした。
そして、声は我らの頭にインインと直接響いてきた。
『薫くん、やっぱりこっちにきちゃった……息子の予知能力で……俺わかったんだよなあ……ああ、薫くんがくるんだって……だから、蘭紗をその前に殺しておけば……薫くんがこっちこなくて、すむかもって……蘭紗殺害が間に合わなかった……ごめんね、薫くん……んん』
「え?」
我は白銀の狐のまま威圧を解かずに床に降りた。
廊下の床がひんやりと湿っていて、我の頭を冷静にさせた。
『だってさ、勝手すぎだろう?……んん……俺らだって……あっちで生活があってさ……生きてた……勝手に異世界に繋がれて……んん……あああ……戻れない……』
大蛇が赤い目に困惑の色を浮かべた、しかし油断せず力は緩めない、しかし強めてはいない。
だが、阿羅彦の体からは黒い液体がどんどんと垂れ流れ、床に黒い広がりを作っている。
もはや、助かるまいが……
いや、これはもう……生きようとはしてないのか?
そう思えた。
これほどの怪物が……我らなどに後れを取るだろうか……
「これまでのことは、紗国に恨みがあってのことではないのか……」
『あったよー……んん……お嫁様がくることに気づいてから……自分もそうだと気づいて……随分恨んだ……だけど、半面……恋しかった……真湖紗は……俺を待たずに先に……死んだ……俺は、この世界に……いたのに!……愛してくれなかった……』
「いや、待て」
『俺、子供のころから……一緒に遊んだ薫くん……だいすきだったから……その薫くんが……俺と同じように……苦しむかもと思ったら……魂の片割れを呼ぶお前さえ死ねばと……んん……薫くん、こっちこなくて済む……おもった』
「……待って、新人くん」
その声に咄嗟に振り向き、目を見開いた。
薫……愛しい薫がそれを発したのだ。
いつの間にここに来た……
すでにボロボロに傷ついて立っているのも苦しいはずの波羽彦と、波呂に抱かれた薫が現れ、我は動揺した。
今の阿羅彦の言葉が正しければ、この二人は日本で友人だったということなのか?
「こちらへ来るんじゃない薫……ここはあまりにも阿羅彦の魔力に満ちている……」
我は薫と波羽彦の前にスタと降り立ち、壁を作るように立ちはだかった。
この話が本当ならば……薫に危害は与えないはずだが……でもしかし。
『ねえ、きこえた?……薫くん……ごめんね……結局さ、勝手なやつらに……こっちによばれちゃったね……』
阿羅彦は黒い汁を飛ばしながら少し体をねじった。
大蛇はなおも力を弱めなかった。
「新人くん……く、苦しかったね……ごめんね……新人くん、僕のことを心配してくれて……そんなに苦しかったのに……」
薫は感情を迸らせ、大粒の涙をたくさん流した。
『この二日……薫くんの気配が近くにあって……んん……かつての新人だったころの俺……気持ちと心……よみがえってきてた……俺……最初の日は……まだ朦朧としてて……怖がらせた……ごめんね』
「……波羽彦さんが優しくしてくれたし、僕は……大丈夫だよ……それにね、新人くん……誤解なんだよ、僕は、蘭紗様を愛してるんだよ」
大蛇に巻かれたまま、黒く震える何かの残骸のような阿羅彦は、薫を静かに見つめて、わずかにほほ笑んだ。
『そうなんだね……薫くんの……気持ち……俺が間違ってたんだね、薫くん蘭紗のこと愛してる……んだね……幸せなんだ……ね……んん ……俺もいろいろと酷いこともされたけど、酷いこともしてきて……俺、このまま地獄行きかな』
「新人くん!」
『俺、腐ってるから、生身の人間には……きっとよくない……だから、近寄らないで……最後に……正気……に、んん……ああ……もど、戻れたの、薫くんのおかげ……ありがと……しあわせに……』
「父上!」
波羽彦が叫んだ。
阿羅彦は半分しかない口と落ち窪み眼球の無くなった目からも、からだらだらと黒い液体を大量に流し出した。
『息子よ……ちちを……』
皆が呆然と見る中、阿羅彦はそのまま大蛇のとぐろの中で完全に崩れ去り、黒い液体となり辺りを濡らした。
そして、その黒い液体が集まり、ふわっと空中に浮き、穴の開いた天上から空へ上がろうとする。
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