狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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アラト と カオル

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 阿羅彦が天に召されたので、彼の苦しんだ人生の中でも輝いていたであろう時期の短編を入れます。
 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 俺はサッカーをそのまま続けるか、それともそろそろ本気で勉強に打ち込むべきか、そればかり考えていた。
毎日母親が言うんだ、サッカーがいくらできたって、それで食べていけるわけじゃないでしょって。
そりゃそうかもしれないけどさ。

でも上には上がいて、そのさらに上がいるっていう現実は高校生にもなると身に染みるのは確かだ。

俺がこのままサッカーをやり続けたって、まあ……プロなんて無理だろう。
だったらやっぱり……母親の言う通りなんだろうか。
負けを自分で認めるのは、悔しいもんだな。

俺の住むマンションの裏手には大きい公園があって、そこの木々はちょっとした林っぽくなっている。
シャレた東屋があったりして、そこは俺のお気に入りで良くそこで友だちと過ごすんだ。

……友だちって言ったけど。
ホントは俺の片思いしてるヤツ。
幼稚園のころから一緒にずっと同じ学園に通っている。

名前は宮下薫。
ハーフなの?と声を掛けられるほど、日本人とは思えない白い肌ときれいな顔立ちの持ち主だ。
そして澄んだ黒い瞳で 優しい笑顔を向けてくれる。

今日も、いるかな?
俺の足は逸る気持ちで自然と早くなる。
ほとんどランニング状態で公園に向かうと、入口付近から、バイオリンの美しい旋律が聞こえてきた。

「ああ、あいつもういるのか……」

俺の顔はゆるむ。
東屋を遠くから眺める。

薫は東屋の木製のテーブルに楽譜を置いて、来月のコンクールの課題曲をさらっていた。
背筋がきちんと真っ直ぐで美しい立ち姿……女子みたいだといつも嘆いている身長は163程度で180近い俺の胸ほどしかない。
だが、顔が小さく全体のバランスがいいのでスラリと見え、立ち居振る舞いが優雅なので王子様オーラが漂っていて女子にも人気だ。

あいつの家は上流階級だ。
俺んちみたいな成金とは違う、筋金入りのお坊ちゃま。
おじいちゃんが大臣だったとか、そんなレベルの。
俺の学園には割とさらっとそんなやつが何人もいるものだから、振る舞いには気を付けろと親からも言われてる。

ふいに、薫がこっちを向いた。

「あ、もう!来てるなら見てないで、早くこっちきてよー!」

薫はきれいな顔をくしゃくしゃにして笑った。
ああ、こいつは自分の魅力を全然理解していない。
そんな風に無防備に笑うんじゃないよ……みんながお前を好きになってしまうじゃないか。

「いないかと思った」

俺は照れ隠しに鞄をどんと置いて、ドカっと腰を下ろした。

「ん……ほんとはね、コンクールの強化練習で、今日は自由時間取れそうになかったんだけどね、先生の急用でね、ぽっかり空いたの」

薫はペロッと舌を出す。

薫の髪は校則ぎりぎりの長さまで伸ばしてあり、耳もうなじも隠れている。前髪も最近長いので、それをスッと左手で横に流した。
長い前髪から綺麗な目が見え隠れしてるのも色気がある。

「髪、伸びたなあ、それギリギリじゃない?怒られない?」
「ん……そうなんだけど、母がね、伸ばせってうるさいんだ。あれだよコンクールの時のフォーマルなスーツに合わせてさ、こうやってセットしたいんだって」

そういいながら前髪を七三の形にして、不満気な顔をした。

「いや……似合うじゃん普通に、ハハッ!」
「笑わないでくれる?ねえ」

俺たちはそんな何でもないことで吹きだしてお腹を抱えて笑った。

「新人くん、今日サッカー早かったね、もうちょっとかかると思ってたよ」
「ああ……それなんだけど俺、そろそろやめよっかなって」
「……え?」

薫がきれいな形の目をまん丸にして驚いた。

「いや、そろそろさ、受験考えないとって、親からも言われてて」
「そんな……新人くん、あんなに打ち込んでたのに、ほんとに?」
「うん」
「そう……残念だね……」

まるで自分のことのように落ち込んだ声で溜息をつく。

「ん、まあでも、精一杯やったから、もういいよ……」
「そうなの?」
「ああ」
「新人くんが納得してるなら、それでいいけどね」

薫はいたわるような優しい笑みを浮かべた。

「僕はさ、こんな体だからね、スポーツができる新人くんが、うらやましかったんだ。だからなんとなく自分の夢も新人くんに勝手に重ね合わせてたかも……一緒に夢見てたんだ、小さい頃から」
「なんだよ、それ……俺なんて平凡だろ?」
「ううん、そんなことない……新人くんがサッカーしてる姿を見るのが好きだったよ、でも新しい目標に向かって進むなら、もちろん僕はそれも応援するし、そんな新人くんも悪くない」
「悪くないってなんだよ!」

2人で笑い合って、こんな一時を薫と過ごせて、俺は本当に幸せだった。

「コンクールの曲仕上がりどう?」
「うん、まあまあかな?」
「聞いてやる!」
「んじゃ、先生よろしく」

薫はけらけら笑ったが、一瞬の後……スっと顔を引き締め、いきなり空気を変え課題曲を弾き始めた。
才能ってのはこういうんだろう……って思う。
世界中の空気を全部薫の色に染められるじゃないかと思うぐらい……ぐいぐい引き込まれる。
演奏のうまい下手は俺にはわからない。
でもそこじゃない……
俺の心が震えて泣きそうになってしまう、そんな演奏……他にないだろ?
薫の生きている世界だから、ここはこんなにきれいなんだって、柄にも無く思ってしまうよ。

この気持ちを伝えることは一生ないだろうけど。
薫が将来愛する人に、薫がたくさん愛されて、そして愛して、幸せになってほしい。

そいつは幸せ者だよなあ……
どうせ上流のお嬢様だ……

「ん……良かった、ますます上手くなってるんじゃ?」
「えええ……ありがと」
「明日から、俺ら家族じいちゃんちにいくんだ、お土産買ってくるからな!」
「ほんと?楽しみにしてる!気を付けてね」

薫はバイオリンをケースに置いて、俺の持ってきたサッカーボールをさわる。

「蹴ってみろよ」
「え?」
「ほら、俺があっちにいくからさ、俺に向かって蹴るんだ!」
「ん……」

薫は自信なげに、だけど嬉しそうにしてボールを両手で大事そうに持った。

俺が走って距離を取り手を振って「いいぞ!」と言うと、薫はボールを宙に投げて、右足でボールを上手く捕えて全力で蹴った。
意外とサマになってる。



薫はスポーツが苦手なわけじゃないんだ、体が弱すぎて動けないだけで……
そうだよな……みんなそれぞれ悔しい思いをかかえているんだよな、俺だけじゃない。

ボールは夕日に輝いてきらりとし、なぜか俺の胸は苦しくなった。
チクリと痛む胸がなぜなのか……考えないようにして、俺も足でボールを取る。
そしてリフティングして手に取った。

「わー!まっすぐ飛んだね!気持ちよかった!!!」
「おー!なかなか良かった!」

俺たちは夕暮れの公園で笑顔を交わし合った。
どんなことがあっても、俺はこの瞬間をきっと忘れない。
薫の蹴ったボールの輝きと、薫の笑顔の美しさを。

薫、大好きだよ。

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