狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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アオアイの町8 王 涼鱗視点

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 ルカリスト王国の第二王子サスラス……だと?

急な報せは最悪なもので、すぐに飛翔しようとした蘭紗の手を掴んでなんとか静める。
このアオアイ本島は前もって許可を取っていない飛翔は禁止されている。
学生のころならまだしも、王になった蘭紗がそれを忘れて飛ぶわけにはいかない。
しかし……

「薫もひとまず落ち着いているようだし、少し待て。取りあえずここは文官たちに任せて、私たちは馬車で移動しよう」
「……ああ、しかし……サスラスとは……最悪だ……」
「ああ……だが、無許可の飛翔とバルコニーからの無断での侵入だぞ……しかも王族が他国の王妃の部屋にだ……サスラスは何重にも法を犯しているんだ、我らは慎重にならねば」
「……そう、だな……その通りだ。では、取りあえず、この資料だけ確認しよう。それから薫の元へ帰るとしよう……」

蘭紗は深呼吸すると、落ち着いた姿で部下とともに確認作業を再開し始めた。

何があっても……例え自分の父が亡くなったと聞いた時でさえも、顔色も変えず冷静に動いていた男がこれだ。
蘭紗にとって薫がどれほど大事かはわかるのだが、それが命取りになりかねないのを私は痛感する。

一時間ほど経ったころ、静かにノックがして会場の扉が開けられた。

アオアイ王の使者が王が執務室にて待っているとの報せを持ってきた。

執務室か……

私は蘭紗を先に帰らせて自分だけが行こうとしたのだが、少し落ち着いてきた蘭紗はそれを拒み、我が行くべきだと主張してきた。
ならばと、一緒にアオアイ王の執務室に来たものの、中に入って唖然とした。

「ああ、紗国王蘭紗殿、そして参謀の涼鱗殿、すまぬな。安全を謳いながら紗国王妃を危険な目に……まさか迎賓館で……あってはならぬことだ」

鹿族のアオアイ王は人の良さそうな褐色の丸顔の、こんじんまりとした姿で心配そうに私たちを迎え入れてくれたのだが……
問題は、その周りだ。
なぜか、私の父ラハーム王と王太子の兄水鱗、そして瀬国の獅子王と軍師マドゥ・サン殿が4人で小さいアオアイ王を囲んでいる。
アオアイ王はいつもより更に小さく見えるし、そして額に汗が浮かんでる。
私の親戚たちが集まって何をしていたのかな?

「おお涼鱗……何というかな、紗国の滞在する館は我々のすぐそばなのでな、門兵らが騒ぎが聞こえたと言って来てな、しかもおかしな魔力も感知したとかでな……それであれだ……コホン……様子を見ていて……ただ事ではないようなので、紗国の衛兵に話を聞いてだな……」
「で、直接アオアイ王にお話を?」

私は思わずジロリと父を睨んだ。
父は慌てて目を逸らした。

「……その方が話が早いだろう?」
「涼鱗、父を責めるでない、そなたらのことを何より心配しておられるのだぞ」

怜悧な視線で私を射貫く兄は溜息をつきながら紅茶を飲んだ。
アオアイ王は人懐っこい丸い顔で私たちを見つめて、座るよう促してくれた。

「我々ラハーム国としてはサスラス王子は捕縛するべしと先ほどから申しているであろうが?」
「それは我々もそう思うぞ、紗国の薫殿は最近誘拐に遭われたのだ、それがまだ癒えぬうちにまたこのようなことに見舞われ、どれほどの心痛を受けられたか」
「それはもう、そうするのが妥当でありましょう。今、ルカリスト王国にも遣いをだしておるので、少々待っていただきたい……そして捕縛と言われるが……目立つことをしては紗国王妃の為にならぬのでは?」

王の横に立っているリス属の執事が見かねて、小さな王の額の汗を丁寧に拭きだした。
アオアイ王は見たことがないぐらい焦っているようだ。
それはそうだろう、こんなこと前代未聞だ。
公の場でないからこそ、余計に遠慮なく詰め寄る二つの大国の王に挟まれ、可哀想なぐらいあたふたしている。

「ルカリスト国王陛下お着きです」

見覚えのある堂々とした体格の王が入室してきて、更に部屋に圧迫感が増したように感じる。

「これは……皆様お集りで……」

ルカリスト王ガンザは縦にも横にも大きな体でノシノシ歩き、遠慮なくソファーに腰掛けた。
……ここは一応他国の王の執務室なのだがな……

「息子がなんでも、紗国から聞こえた演奏に耳を傾けていたところ、無礼だと怒られたそうだが……」
「いやいや、ガンザ……それはあまりにも省略しすぎであろうが……」

溜息をつきながら私の父はルカリスト王を責める。

「そなたの息子は無許可の飛翔でもって、あろうことか紗国の王妃の部屋にバルコニーから侵入し、抱き上げて求婚したというではないか?」

その言葉に蘭紗がビクッと体を震わせたが、手をぎゅっと握りしめたまま平然とした様子を取り繕った。
私はほっとして父に視線を戻す。

「ふむ……しかしのう……飛翔といったって、館同士はほぼ隣り合ってるのだ、どこかの国をまたいだわけでもあるまいに」
「……ルカリスト王よ、よもや、我らの国の決まり事を知らなかったとでも?」

アオアイ王は小さな体で一生懸命話す。
なんだろうね、庇護したくなるよね……

「と、申されますと?」
「ガンザ、正気か?無許可の飛翔は禁じてられておろうが。それに、他国の王族が休む館に土足で踏み込むような真似をするのは、野蛮すぎる」
「ふむ……野蛮か……」

瀬国の獅子王が朗々とルカリスト王に物申した。
己よりも年上の、体が大きく威厳がある獅子王に咎められ、さすがに分が悪いことを感じた様子を見せた。

「ともかくだ……うちの息子が場を荒らしたのは間違いないようだな……紗国王よ」

蘭紗は視線をゆっくりとルカリスト王に向けた。

「すまなかったな。愚息がそなたの愛妻に無許可で触れたようだ……だが、悪気はなかったとのことでな、本当に素晴らしい演奏で、それに惹かれたのだそうだ。できたら音楽会を催したいので、そこで弾いてほしいと」
「……お断りいたします。我が王妃は今だに阿羅国から受けた心の傷を引きずっている。外へ出したり外交に連れ回す予定は組んでいない」
「……ほう、ならばなぜ、連れて参られた。そんなに大事なのなら紗国城という鳥かごに入れて置かれたらよろしかろうに」

ルカリスト王ガンザはフンと鼻を鳴らして軽く笑って紅茶をすすった。
蘭紗は全く動じずに穏やかな笑みを浮かべた。

「今回は、阿羅国のことについての波羽彦の審問や、今後の阿羅国のことについて各国の意見を出し合うという場なのはご理解いただいているかと」
「そうだな」
「しかし、我ら夫婦は結婚式を挙げたばかりで……離れがたく、そして薫には気晴らしも必要であろうとの医師の診断もあって、それならばこの機会にと、結婚の記念の旅と銘打って夫婦で海に出たのです。行く先は世界一平和な国と言われるアオアイですから、まさか薫におかしなことをするような輩もいまいと思いまして、記念の旅に新妻を連れてくるには最適かと思いまして」

ルカリスト王ガンザは目をキラリと光らせた。

「つまり……安全な国だから大事な妻を連れてきたのに、うちの愚息がなにやらやらかしたせいで妻がまたもや傷ついた。その責任はうちにあると言いたいわけだな」
「当然でございましょう。聞けば薫は自室で弦楽器を弾いていただけのようで、よもやその音に引き寄せられ不審者が部屋に入ってこようとは思わなかったでしょうからな」
「だが……そなたの妻は阿羅彦にも誘拐されたというではないか?つまり各国の王族から引く手あまたの魅力あふれる少年ということに……もしかしてそういう催淫効果を醸し出す異能でも持っているのではないのか?」

ルカリスト王の下品な言い回しにハッとしたが遅く、蘭紗から突如強大な魔力がブワリと膨れ上がり私は思わず蘭紗の腕を抱え込み耳元で囁いた。

『今暴れるな……煽ってるだけだ、あちらが分が悪いんだ、ここで下手を討つな』

蘭紗は目だけ私に向けて睨み殺しそうなほどの強い視線を寄越した。
しかしここは他国の王の執務室だ、この魔力を収めねば……

「まあまあ、ガンザ……お前の息子とそう変わらぬ若き王に、意地悪を言い過ぎだ……紗国王もその魔力を収めなされ」

瀬国の獅子王も金髪を揺らし平然と2人を諫める。


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