狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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出会い5

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 城へと向かう馬車の中、見たこともない美しい内装に驚いて怖がる『まざり』の子は僕の腕にしがみつくようにして震えた。

「……薫様、本当に申し訳ない……まずはじめに俺が行って、現状把握ぐらいしておくべきだった……」
「なにを言って……」
「気分を悪くしただろう……この世界の暗部を目の当たりにしたんだから……」

僕はなおも縋り付く震える子の背中をさすってやった。

「僕はね、まざりのことを誰からも聞いたことなかったんだけど、それってもしかして……僕が傷つくかもとか……そういう理由で誰も僕に教えなかったのかな……」
「喜紗様の講義では?」

僕はゆるく頭を振った。

「これから話してくださるおつもりだったのかも……しれませんが」
「そうか……だが、蘭紗様や涼鱗、それに僑先生だって、あんな差別意識は持ってないぞ、僕もほとんど無い……だが残念ながら市井では違うようだ」
「僑先生……そうか、僑先生にこの子の体を見てもらわなくては……体中に傷があるし、それにここなんて……ひどくて……」

小さな細い腕の切り傷を見て心が傷んだ、どうしたらこんな傷がつくのか……
そして、順調に治っている様子はなくて、じくじくとしている。

「そうだな……薫様、僑先生の助手でとても小さな男がいたことを覚えているか?阿羅国へ出向することになった医師だが」
「ああ、はい。子供のように見えてはじめ驚きましたが……僕の救助の際も阿羅国に来てくれていましたよね、僑先生の一番弟子とか」
「そうだ、あいつは……その、まざりだ」
「え?」

僕の脳裏に生き生きと働く小さな体のその人が浮かんだ。

「えと……では……まざりの人はああいう扱いを常に受けているわけではないのですね?」

僕は一筋の希望を見出せたような気がした。

「いや……あれは運が良かったとしか。跳光家の門前に捨てられていたのを、跳光家は大事に育てたんだ、とても魔力が高く、そして頭脳明晰だったから、僑先生と同じ道に進んだようだ」
「そうだったんですか。では……国民の皆がこのような考えではないということですね?」
「……俺は、城で育ったからな、本当のところはわからんよ。こういったことを目の当たりにするのも初めてだ……僑先生に聞いてみるのはいいかもしれんな」
「そうですね」

城の地下は、大昔は牢として使われていたらしい。
今は医療の研究のために開かれ、研究者や医師のためのスペースになっている。
そこに小さな手を引いて訪ねていくと、僑先生が目をまんまるにして驚きながら迎えてくれた。

「へー!まさか薫様がまざりの子を連れてくるなんて!あぁ、腕の傷はひどいですね、足も見せてください、ああここに、ここに座るんですよ、そうそう、そして動かないで、足の裏も酷いねこれは……これは……ちょっと助手に何人か呼んで!!」

僑先生までが絶句するほどの足の裏の痛みはすごいようだ。

僕には見せないようにしているが、傷や病気になれているはずの医師らが皆顔を強張らせて洗浄しているところを見ると、よほどのことなんだろう。
なんせ靴を履かせてもらえずに、裸足で農園の仕事をしていたんだから。

「あの……」

震える子の手を握ったまま僕は棒立ちで僑先生に話しかけた。

「ああ、薫様申し訳ございません! おい誰か椅子をお持ちするんだ!」
「はいっ!」

医師らは皆初めて僕がいることに気づいたようで、一瞬固まってから、イソイソと椅子を差し出してくれた。

「ありがとうございます、あの、この子の体は健康でしょうか?」
「……そう、ですね……健康の定義からは、まあかなり外れるでしょうねえ」
「やはりそうですよね……普段なにを食べていたのかもわからないんですが……まずは流動食みたいなのから与えたほうが良いんでしょうか」

その質問に手を止めた僑先生は僕の顔をまじまじと見た。

「まさかとは思いますが薫様……この子を手元に置かれるのです?」
「……」

即答できない僕の顔をじっと見ていた僑先生は軽く溜息をつきながら、助手をしてくれている他の医師らに指示を出して、僕を促して部屋の隅に移動した。

「すみません、薫様、ここにはあなたの立場にふさわしい客間もありませんから、こんなところで……」
「そんな、気になさらないでください」
「聞かれたんですね、うちの実家が引き取って育てたまざりの事を」
「はい、さっき」
「弟は……波成と言います。名付けも父です。特別な子でした。父は一目見て特殊な魔力に気づき、これはうちで育て暗殺部隊に入れたいとそう思ったそうです、しかし実際には体が弱くて、十分な栄養と愛情をかけても、体は未熟なままで強靭な大人の体は手に入れられませんでした……それから、波成の余命はあと4、5年かもしれません、まざりの寿命がだいたいそれぐらいなのです」
「……!」

僕はショックを受けて床にへたり込みそうになった。

「ああ、ここにどうぞお座りください……良いですか?赤子の時から大切に育ててもそうなのです、そしてこの子はどうですか?赤子の時からひどい扱いを受けていたことは見ればわかります。体の中も無事ではないでしょう。これから調べ、化膿している箇所の治療や、栄養失調の改善など、できることはやってみます。でも、あまり希望は持たないでください」
「……希望は……持ちますよ?僕だって、弱い体を引きずって生きてきた人間の一人なんです。人生どう転ぶかわかりません」
「確かに……それは言えますね……波成もどうやら波羽彦王と結ばれたようですし」
「は?」

僕は聞き捨てならない事を耳にした気がして、思わず聞き返した。

「今回の阿羅国に出向の件ですがね。本当は他の研究者が決まっていたんです、それを波成がどうしても自分が行くと言い張りましてね。どうも、阿羅国にいた頃から波羽彦王に懸想していたようなんです……弟は体は弱いですが魔力は底なしですし、それになにより優秀だ。だから彼が行くのは阿羅国にとっても良いことなのですが……」
「なにか、だめなことでも?」
「いえ……うちの父がね……可愛がって育てた末の息子が阿羅国に行ってしまったことがよほど堪えたようで……アハハ……しかも、波羽彦王の妾のような形になったことも許せないようで……」
「妾ですって!」
「僕としては、波成が普通に夜伽ができた事自体が奇跡のようで、あの小さな体ですよ?そこを掘り下げて聞きたいことは山程あったんですがね、ほとんど聞けずじまいで。……ああ、妾というのは仕方ないでしょう。波羽彦王は王なのだから正妃を娶って跡継ぎを作らねばなりませんからね」

僕は力なく差し出された椅子に座り直し、そして出されたお茶をずずっと飲んだ。

「まあ……とにかく……ここは入院できるんでしょうか?」
「ええ、できます。誰でもではありませんが、王族の方々のご希望とあれば。それとこれは私自身の興味もあるので、あの子の体は隅々まで調べてきちんとご報告いたしますからね」
「ええ、お願いします。……あと、お見舞いとかは自由にできます?」
「もちろんでございます。いつでもいらしてください」
「それから……あの子とっても不安がっています、なるべく優しく丁寧に扱ってあげてください……」
「わかりました。薫様も初めてのご視察で、このような事になってお疲れでしょう。後で薬湯を差し入れますので、寝る前に飲んでください。ですが……これは個人的には……さすが薫様と申し上げたいところですよ。こんな風に孤児院から助け出される子がいたのは前代未聞ですよ。あなたの力なくてはできませんでした」
「……もっと早く助けてあげたら」
「それはもう考えても仕方ないことです。後はお任せください、しっかりと休んでくださいよ」


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