狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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 小さな手も足も包帯だらけ……顔もガーゼが貼られ、ぶかぶかの着物を着せられた痩せた子は、僕の腕の中ですやすやと寝息を立て始めた。
小さくてかわいい存在……一生懸命一人で生きてきたんだね。

「薫……」

蘭紗様が遠慮がちに声をかけてきたので、ハッとなって振り向く。
僑先生と一緒に扉を少し開けてこちらを見ているので、ふふって微笑んで「今寝たの」って静かに伝えたのだけど、二人の顔は晴れない。

胸が苦しくなって視線を子に戻した。
今は話を聞きたくない。

「ちょっと話を……」
「薫様」

二人はなおも僕も呼ぶので仕方なく振り向くと、困ったような顔をして見つめてくる。
僕はふぅと息をはいて、起こさないように静かに腕の中の子を布団の上に寝かせた。

「……」

何も言わないで近くによると、蘭紗様に手を引かれて隣の部屋に3人で移動した。

「薫様……あの子のことを診た結果をお伝えします、これは本当は明日書面にしてお渡しするつもりだったのですが」
「はい……蘭紗様はもう聞いたのですか?」

見上げて問うと、静かに頷いてくれた。

「まあ結果から言いますと、かなり悪い状態でして、ろくに食べてもいなかったのに、むしろこれで済んだというのは奇跡です。あの子の強さもあるのかもしれませんが……まず、栄養状態がかなり悪く、まともに育っていないため、正確な年齢の推定ができません」
「え?」
「実は孤児院にも彼に関してだけ資料がないのです」
「そんな……」
「孤児の人数に入っておらず、ない者として、裏手の荘園に働きに出されるようになったのは約2年前からだそうで、その頃に院の玄関先に置かれていたと元院長は証言しているものの、その時にはもうだいたいあの体の大きさだったそうです」
「2年前から?成長していない?」
「そうですね、体の大きさで無理やり当てはめると身長だけなら3、4才といったところでしょうが、していた作業の複雑さから言うと、もう少し知能が必要なことをさせられていたので、まあ7、8才?かなと推定はできますが、あの子に聞いてもですね、院に来るまでの記憶がないのですよ、だから本当にわからないのです」
「……」
「それから怪我ですが……荘園での作業時にかなり大きめの鎌などを使ったりしていたようで、それによる切り傷、さらには多くの虫刺され、それから何かの噛み跡もありましたが、聞いても何も答えないのです、牙の痕からしたら犬の類ではないかと思うのですがね、それから問題は、足の裏です」
「足……」

僕の頭に包帯が厳重に巻かれた足先が浮かんだ。
連れてきた時に医師らが顔をしかめながら浄化していた箇所だ。

「悲惨なことに虫に巣食われておりまして、足の裏にですね、穴が開いていてその中に虫が入り込み虫の巣状態になっていたんです、それらをすべて除去し浄化して治療を開始していますが、今後歩くのに支障をきたすかもしれません……」

僕は繋いでいた蘭紗様の手を握り込んで自分の胸に押し当てた。
なんてかわいそうな状態であったのか……

「い、痛みは……」
「痛みは……今まではなかったと思いますよ、あの虫は神経を麻痺させる毒を吐くのです、しかし、これからは落ち着くまでかなり痛みを訴えるかもしれません」
「痛み止めをいただくわけには……」
「それはもちろんお渡ししますが……効くかどうかは正直わかりません」
「では、入院が必要なんですか?」
「そう、ですね……しかし先程の様子を見て、お二方が我が子としてお育てになるというのならば、早めにお二人の元で暮らすのも良いかもしれません、薫様のお顔を見て嬉しそうでしたからね」
「しかし医療の面で心配なことがないだろうか?」

蘭紗様が静かに聞いてくれる。

「そうですね、簡単な手当のできる助手を一人常駐させましょう。それから日に一度は私が診察に伺います」
「僑先生のお手間ばかり取らせるようで心苦しいのですが」
「いいえ、私の時間のことなんて良いんですよ、それよりも先程の様子からしてもあの子に一番必要なのは安心できる人の元にいることでしょうからね、それを尊重しましょう……それと、食事はすぐには普通のものは無理です、まず薬湯で体の中の悪いものをすべて出して、それから栄養がとれるように徐々に普通の食事となりますが……」
「え?薬湯だけですか?」
「そうですね、固形のものなどもってのほかです、というのも……内臓に損傷がかなりあるのですよ、家畜と一緒にいたために衛生状態がよろしくありませんでしたのでね、悪いものは吐き出させましたが……かなり難儀しましたよ」
「……薬湯をせめて甘くしてあげてほしいんです、少しでも美味しく感じるように」
「……なるほど……子供のクスリにはそういうの大事かもしれませんね……やってみましょう」

僑先生は手元の資料に羽ペンを走らせた。
今話したことを記述しているようだ。

「まあそれらは侍女たちにも私から説明いたしましょう。ですから明日の朝、60階の方へ移動できるようこちらの手配はいたしますが……えと、急すぎますかね?考えたらそちらの準備も必要ですものね」
「いや、準備は大丈夫だ、あの子に必要なのは今の所、寝具のみだからな。しかし医師が常駐となるとその者の控室なども必要であろうから……侍従長に告げねばな」
「恐れ入ります、よろしくおねがいします」

蘭紗様と僕は僑先生に見送りを受けて、落ち着いて寝ている子の顔を確認してから部屋に戻った。

「薫……大丈夫か?」
「はい。僕がくよくよしたり、悲しんだりしても何も変わりませんから、それよりもこれからのあの子の事を……えと、養子?になるのでしょうか?」
「……そうだな……この事はまだ僑と我と薫の3人しか知らぬことだ、明日にでも喜紗に相談し、まずはうまい取り計らいを頼もう、あとはそうだな……涼鱗とカジャルにも協力を頼まねばな」
「王のもとにあの子が来ることを反対というか……嫌がるような勢力ってこの国にありますか?あの子を邪魔にするような人たちがもしいるとしたら……」
「……難しいところだな……表立っては無いと思うが……それらを黙らせるためにも、正式に王子として引き取るのではないことや、王位継承権などははじめから無いことなどを合わせて発表としようと考えている」

僕は素直に感動して蘭紗様の顔を見つめた。

「そんなにきちんと考えてくださっているなんて」
「それはそうだろう……まだ……実感はないが、これでも我は父親になるのだ」
「そうでした……というか、では僕は母親なんですか?」
「父親が2人というのも……まあありなのか?よくわからんな」

ククっと楽しそうに笑う蘭紗様の顔は本当に素敵なのです……

「まあ……おとうさん、おかあさんという言葉にすごく反応していたので、呼ばせて上げたい気もしますけど」
「そうなのか?」
「そうですね、孤児からすれば、それは憧れの存在でしょうからね」
「……そうだな……これまで孤児院のことを気にかけてやれなくて本当にかわいそうな事をしてしまった。残った子等のことも含め、これからはしっかりと複数の目で子を育てるのに適した環境を作らねばならないな」

僕は言わなくてはいけないことを伝えるためにきちんと座り直した。

「なんだ?」

蘭紗様は不思議そうにしている。

「本当にありがとうございます。無理を通してしまったことは僕でも理解できています。あの子を救えることになって、安心しました……ありがとうございます」
「……」

蘭紗様はそっと抱き寄せてくれた。

「あの子の名前だが……」
「はい」
「翠では、どうか?」
「スイ……ですか?」
「そうだ、翡翠からの一文字だ。『紗』の文字をつけるのが妥当かどうかは、喜紗と相談だな」
「……」

僕は胸が温かい気持ちになって微笑んで蘭紗様を見上げた。

「はい、美しい名前です、あの子の瞳の色が……」
「ああ、あの色は美しいな……あれを見て決めたのだ」
「素敵です!早くその名前で呼んであげたい!」
「そうか……」

蘭紗様はホッとしたように嬉しそうに微笑んだ、もしかして父親として初めての仕事だったのでは……ないかな?

「家族が増えましたね」
「ああ、そうだな」
「あの子のためになることを色々と考えていきましょう」
「そうだな……ではまず、睡眠を取るとしよう……」

僕は思わず声を出して笑いながら2人でベッドに入った。

「おやすみなさい蘭紗様……」
「おやすみ薫……」

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