狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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黒い鳥1

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 今日も激しい雨が降っている。
もうずっとこんな感じだから、外を眺めていても憂鬱だ。
これは……なかなかきついね……

小さな手が僕の手をそっと握ってくる。
下を向くと翠が機嫌を伺うように見上げている。

昨夜、翠が泣き叫んで僕を探していた件で、周りがざわついている。
僕と蘭紗様が気づく前から泣いていた可能性もあるのに、次の間に控えていた侍女が気づかなかったということが問題になったらしいのだ。

僕たち夫婦はアレコレの理由でもって気づくのが遅れてしまったわけで、というのも……実は蘭紗様が空間魔法を使って音を遮断していたらしいのだ。
知らなかったけどいつもしていたんだって。
普通は重要な話の際に、盗聴防止に使うものらしいんだけど……あは。

それで僕たちは、もしかしてずっと泣いていたかもしれない翠の声を、聞き逃していたのかもしれないと気づいた。

そこで乳母をつけてはどうか?と、侍従長に持ちかけられたのだ。
赤子ではないので最初は誰も言わなかったのだが、育ち方のせいで不安定なところがある翠には、ずっと側で見る人が必要なのでは?と。

昨夜、次の間にいた侍女は僕の知らない女性で、かなり若かった。
居眠りをしてしまったと正直に話していたし、僕はその彼女をとくに責めるつもりもなかったのだが……
彼女は王子の世話を放棄したということで暇を出されたらしい。

どうしたらいいのか……正直わからない。
僕だけでできるのか……それとも乳母という名の責任者を雇うべきなのか。
なんとなく嫌な気持ちがするのは、なぜなんだろうと自問しながら翠に微笑みかけて抱きあげた。

うれしそうに笑顔になって僕の胸にくっついてちゅうちゅうと指を吸う翠を見て、笑いかけながら背中をとんとんしてやると目を瞑って体の力を抜いた。

こんな赤ちゃんみたいな癖が出始めたのは昨夜からだ。
翠がいくつなのかわからないのなら、この子を赤ちゃんから育てるつもりでいればいいのかもしれない。

「薫様、衣服研究所から研究員がいらしております」
「ああ、通して」

僕が翠を抱っこしたままテーブルにつこうとすると、仙が翠を受け取ろうとした。
でも僕はやんわり断ってそのまま膝の上に座らせた。
翠は膝の上で僕の胸に体重をかけて目を瞑っている。

寝てはいないけど、離れたくないんだよね。
僕はかわいいくすんだ金色の髪を撫でた。

小さな角は巻いていて羊さんみたいだ、かわいい。
お耳もちっちゃいね。

「薫様、本日はお見せしたいものがございまして……あ……翠紗様……でいらっしゃいますか?」
「うん、ごめんなさい、このままでいいかな?」
「もちろんでございますよ!なんて愛らしい……」

研究員は助手たちにいろんな布を広げさせた。
広い机に広げられた布は試作だ。
研究所と銘打っているだけあって、ここではいろんな布を開発している……らしい。
僕はラハーム王国からのお願い『女性用水着』開発のために動き出しているのだ。
とはいえ、僕は特にそういったことに明るいわけでもなく……
持っていたTシャツを研究してもらうことにした。

日本にいた頃、家庭科で習ったことがあって覚えていたことがあったのだ。

生地には3種類ある、織物と編み物、それから不織布。
水着やスポーツに使われるのはニットの生地だ。
僕がこちらにの世界に渡ってきた時に着ていたTシャツはスポーツタイプの速乾タイプのもので、所謂機能素材だ。

「編地を研究しまして、それからこの素材はなんとも……軽くてそして糸が中空になっており涼しくすぐ乾くという……素晴らしいものでありまして……」
「そうだね……日本の夏は暑いからね」
「そうでございましたか……しかし、この糸に変わるものとしまして、似たものをなんとか探せまして」

そうやって出してきたものを手に取る。
手のひらに乗せているとは思えない軽さの糸の玉だ。

「細い糸ですね」
「はい、それは森で取れる特殊な蝶の繭なのですが、それがこういったことをするには適するのではと思いまして……さっそく編んでみました」

こちらにも編地を組む機械はあったようだ。

「こちらです、どうぞお手にとってくださいませ」
「うん」

僕は広げられた物を手に取り驚く。
もう普通にスポーツ生地にしか見えない。

「これいいね!伸縮性もあるし、そして厚みも色々出せるのがいいね」
「ああ、そうですか……よかった……」

研究員はクタっといったかんじで椅子に座り込む……が、また立ち上がり話し始める。

「そこでこの薫様の絵にあわせて水着を作ってみたのですが……少々問題が」
「どういう?」
「少し胸が透けるのです」
「あ……」

そうかパッド!

「胸とこの股間部には肌色の同じ素材の布で裏から二重にして、それから、胸には胸の膨らみに合わせたパッドを縫い付けてください。パッドはこういうものです」

僕は側に置かれてあった和紙を手でピリピリと破り手のひらサイズにして、丸くなるようダーツを3箇所取って見せた。

「こういうものを2つ、胸の山に沿うように、ちょうどここあたりでしょうか?ここに裏から縫い付けるのです、これの素材は厚みがあったほうが良いでしょうね」

研究員はポカンとしていたが……やがて真っ赤な顔でうんうんと激しく頷き出した。

「なるほど!気になるところは二重三重に覆えばよろしいのですね」
「そうです」

研究員たちは目をキラキラさせながら早口で何かを言い合っていたが、やがて

「今度は衣装部の者と一緒に伺いますので、よろしくおねがいします」

と言い残し、騒がしく帰っていった。
正直……僕が指示したことが合ってるかどうかわからないけど、完成に近づいている気がするから、まあいいか……えへ。

膝の上の翠の様子を見ると、今度こそ本当に寝てしまったようで、口に入っていた親指が外れていた。

「僕も少し休むよ、このまま」
「はい、わかりました」

侍女たちはにこやかに僕の寝室の扉を開けてくれて、ベッドに入りやすいように上掛けを持ち上げてくれた。
僕は翠と一緒に布団にポスンと寝転がると、今度は掛けてくれて、皆が下がって誰もいなくなった。

「翠……ずっと一緒だからね、安心して寝てね」

翠の眠る顔を見ていると自分まで強烈な眠気に襲われてきて、うつらうつらしてくる。
聞こえてくる雨音も子守唄のようだ。
すやすやと幸せそうにくっついて寝ている子と一緒に、僕も眠りについた。

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