狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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 黄金色に輝く宝石にしか見えないそれは、僕の顔ほどの大きさだ。
僕がこの世界に渡ってきたことと、翠が僕たちの子になったことへのお祝いだと言ってヴァヴェル王国から頂いたのだけど。

涼鱗さんまでが「ちょっと直視できない」と言うほどのものらしくて。
よくわからない僕と翠だけが「ふーん」って感じで観察しているのだ。

「きれー」
「きれいだね」

翠は輝く宝石のような鱗をうっとり眺めている。
かわいい。

ちなみにアイデン王の立ち居振る舞いに物申したそうだった仙は、鱗のプレゼントにいたく感動し、もう彼に対する不平不満は口にしなくなった。
というより、ニコニコである。

やっぱり、人の心を掌握するには適切な贈り物……なのかな。

「蘭紗様がお戻りです」
「え?今夜は戻らないと思ってたのに!先にお風呂に入られるかな?」
「いえ、ヴァヴェル王国の件のご報告を受けられたので、まっすぐこちらへ」

侍従が言い終わらないうちに勢いよく開いた扉の向こうに、難しい顔をした蘭紗様と焦るカジャルさんがいた。

「薫」

まっすぐに僕に向かって歩いてきた蘭紗様は、僕を膝の上の翠ごと抱きしめた。
しっかりと優しく。

「おうさま、おかえりなさい」
「おかえりなさいませ蘭紗様、今夜はお戻りじゃないと聞いていたのに、うれしい」
「そなたを一人にすると何が起こるか全く予想がつかないからな」

蘭紗様の吐息まじりのつぶやきに胸をえぐられる。

「ごめんなさい……」
「いやいや違うんだよ薫、顔を上げて。そなたのことをほっといてくれるほど世間は甘くないと、またもや痛感したのだ、そなたのせいではないぞ」
「はい……しかしアイデン王は今回、お祝いに来てくださったのです、敵の襲来とかではないのですし」
「そうだよ蘭紗、あっちは薫と翠のことをきちんと理解しているから大丈夫だ。アイデンも考えがあったのだろう……このお宝をポーンとくれたよ、友好の印にという言葉付きでねえ……しかも蘭紗に頼みもあるそうだよ」

涼鱗さんも溜息をつく。

「涼鱗も、龍族が苦手なのに、すまなかったな」
「ほんとだよねえ……二度と会いたくなかったのに……あの威圧が研究所まで震わせたものだから、ほっとけなくて」
「ありがとう」

涼鱗さんはフフッと笑って、横に座ったカジャルさんを抱き寄せた。

「いいさ……それより……どの国とも友好など結んでいない我が道を行く国がね、紗国と友好条約を結びたいなどとねえ、どういうつもりなんだか」
「この前アオアイでは世界平和の誓いも遅ればせながら立てていたしな。アイデン王の御世になってからは変化していくという兆候なのかもしれないな」
「しかし、もう少しでまた睡眠の時期が来るんだろう?あれはまだ幼体なんだ」
「そうだな……おそらくあと2、30年後にはまた200年ぐらい眠るだろうな」
「わけがわからない時間の使い方だよねえ」

3人の話を聞いているうちに、翠はあくびをし始めた。
僕は翠を抱っこしたまま立ち上がって「先に寝かせてくるね」と言って一旦部屋から出た。
廊下を歩いていると、翠はじっと僕の顔を見ている。

「おうひさま、僕一人で寝る」
「え……」

僕は驚いて翠の顔を見つめた。

「あのね、起きた時に、おうひさまもおうさまもいなくても、僕もう泣かないから」
「……翠」

僕は翠の部屋に入って翠をギュッと抱きしめた。

「無理しないでいいんだよ。翠はずっと……赤ちゃんのときはどうだったかわからないけど、一人だったんだよ。寂しさをうめないと、翠のここが空いちゃってるでしょ?ここをあったかいものでたくさんにしないと」

翠の胸あたりを優しくポンポンして話しかけた。

「おうひさまは……僕のおかあさん?」
「……っ」

突然の問いに何と答えたらいいか悩んだ。

「そうだね、この世に翠を産んだお母さんは、僕とは違う人だけど……僕は翠のお母さん。翠は僕の子だからね」
「産むって何?」
「……産むっていうのは……そうだね、お腹の中に赤ちゃんができて……お母さんはお腹で赤ちゃんが大きくなるまで育てて、それで生み出すんだよ。それが誕生なんだ……えと、家畜小屋にいたなら、動物が子を産むのを知ってるんじゃないかな?」
「うん……見たことある。怖かった……小さな赤ちゃんがずるっと出てくるの……じゃあ僕もあんなふうに誰かから生まれたの?おうひさまからじゃなくて?」
「うん……どこかに翠を産んだお母さんがいるかも……しれないね。会いたいの?」
「僕はおうひさまがお母さんが良い」
「……」
「るしゃも僕のことうらやましいって。おうひさまがおかあさんなんて良いなって」
「……翠もそう思うの?」
「うん、お迎えに来てくれてうれしかった、僕のおかあさんになってくれて……あの……ありがとう、おうひさま」

キラキラと輝く黄緑色の瞳がランプの光でゆらゆらと揺れて、龍のうろこよりもきれいに見える。

「翠、アイデン王がね、翠の魂の形が。僕と蘭紗様をあわせた形に似ているっていったでしょ?」
「うん」
「アイデン王は何千年も生きることができる龍なんだ。お風呂で見たでしょ?黒い大きな鳥みたいなのが龍だよ。特別な能力があって、魂の形を見ることができるらしいんだけどね」
「たましい」

翠が首をかしげるので、もう一度胸をポンポンした。

「ここにあるのかな……たぶん。僕と蘭紗様は翠の親だから、形が似ているんだって。ちゃんと魂が親子ですよって言ってくれたんだ。翠、君はちゃんと僕たちの大事な子供だからね」

翠は大きな瞳から透明な涙を流して僕の顔をじっと見た。

「あのね、ずっとね、待ってたの、いつかね、おかあさんが迎えにきてくれるって」
「うん……」
「おにいさんとおねえさんたちも、「僕たちに迎えが来たとしても、お前には絶対だれも迎えになんて来ない」って、そう言われてたから……僕が人じゃないから、「お前の母もきっと人じゃない」って」

涙を流しながら静かにゆっくり話す翠の顔が少しずつつ歪んでくる。
僕も泣いてるみたい。
そっと涙を拭って、翠の涙も拭ってあげる。
そのしずくは暖かくて僕の指を湿らせた。

「でも、ぼくのおかあさんは、おうひさまだったんでしょ?」

小さな手で僕の手を握ってうれしそうに笑顔になった。

「だれが僕を産んだのか知らないけど、僕はおうひさまがおかあさんでうれしいの。だから、もう、一人でだいじょうぶになるよ」
「だけどね、無理しないでいいんだから、寝るときは一緒にいてあげるからね……それから泣きたいときは泣いていいの。甘えていいんだからね」

僕はぎゅっと抱っこして小さな頭を撫でた。
ぴったりと胸に顔を寄せて嬉しそうに笑い声をあげる翠を覗き込むと、顔を見上げて言った。

「おうひさまの匂い好き」
「うん……安心して寝てね。朝になったらまた会えるよ、ずっとずっと一緒だから、ね」

僕はゆっくりと翠から離れて用意されていた寝間着に着替えさせ、布団に寝かせた。
もちろん白いうさぎを大事そうに抱っこしている。
側に座って背中をポンポンして子守唄を歌ってやると、すぐに寝息が聞こえてきた。

「おかあさん……か」

僕は独り言ちて、不思議な気持ちに浸った。

まあ、普通男性ならば父になるんだけどね……
僕はあのまま日本にいても、女性と結婚はしなかっただろう。
人に恋するような思いを今までしたことなかったから、ピンと来なかったけど。
僕の心は男性しか愛せないんだと思う。
だからきっと父にはなれなかった。

でも、母にはもっとなれなかったよね、だって男なんだから……

産むことができない僕が、母になったってことは心の奥底では違和感がありすぎてもやもやする、この感覚はしばらく慣れないままだろう。
でも、一方ではこの子を我が子だとしか思えないのも事実。
可哀想な子を引き取ったとか、そういう感じではなくて、『やっと手元にこの子が来た』というしっくりした感じ。
この感覚を信じるなら、翠の『ぼくのおかあさんは、おうひさまだったんでしょ?』という言葉はあたっている。

誰かが僕の代わりに翠を産んでくれた……
この言い方は翠の実母に失礼だし、乱暴かもしれないけど……そう感じる。

翠は蘭紗様をおうさま、僕をおうひさまと呼ぶ。
そのうち、おとうさんおかあさんと呼べる日が来るのだろうか?

この子にそう呼ばれてみたいと欲が出てしまった自分に笑える。
女の付く言葉、妃とか、妻とか そういうことにだんだん慣れてきて、今度は母。
女性になりたかったわけではないから、まだ複雑ではある。
けど、おかあさんは、呼ばれてみたいなとちょっと思った。
この子になら……という条件付きだけどね……

僕はしばらく寝顔を見守ってから、静かに翠の部屋を出て廊下に出て、次の間の侍女に翠のことを頼むと、護衛と一緒に蘭紗様の部屋に向かった。

僕は母になったんだ。
しっかりしなきゃね。

雨の音が静かに聞こえてきた。
また降ってきたようだ。
紗国の秋はまだもうちょっと続くのだ。

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