狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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天津風

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次の日の朝、冬晴れとなった。
昨日まであれほど吹雪いていたのに、儀式が始まろうとする前日の深夜からぴたりと雪がやみ、風も吹かなかった。

それは、佐良紗さまが2度めの禊を行った時刻と同時だったという。

そして今、山や田畑は真っ白の雪景色で、忘れ去られようとしていたお社だけが磨かれて朱色に輝いていた。

「これ、まさか一晩で塗り直したんですか?」
「ああ、そうらしい。話を聞いた村や町の人々が一晩かけて必死になって作業をしたようだ」
「まあ……そうだよねえ……自分らの土地を守る神様からの頼みなんだから」
「これで……皆の気持ちが届くといいな……」

僕と蘭紗様と翠、そして涼鱗さんとカジャルさんは朱を塗り終えたばかりの鳥居、そして、お社を見た。
僕の肩にはクーちゃんが鳳凰の姿で止まっている。
重さは全くないのだけど、大きいので僕の肩に乗っかってるのは見た目がアンバランスなことだろう……

いかにも地方という風情の小さめのお社には、供物が溢れるほど並べられ、美しく盛られている。
冬ではあったが、町の氷室にあった麦や米、そして各季節に取れるたくさんの野菜なども並んでいる。
酒は美しい模様の描かれた樽のまま並べられた。

そして町の人々や周辺の村々から住人が押し寄せ、この地方にこれほどの人数がいたのか?と思うほどの賑わいを見せていた。

その人々は一生懸命お社に向けて手を合わせ祈りを捧げている。

自分達の信心が足りなかったという反省が皆から感じられ、僕は嬉しく思った。
きっとこの様子ならば大丈夫。
何もわからないけど、そんな確信めいたことを感じた。

「両陛下、神殿長のご用意がお済みです。これから儀式をなりますのでどうぞ中央へ」

森の民の案内で、小さなお社の一番前に蘭紗様と僕と翠が立った。
その斜め後にカジャルさんと涼鱗さんが立っている。

住人らは僕たちの姿に驚き目を丸くしていたが、まもなく鈴の音と共に巫女に付き添われ佐良紗様がスっと入場され、あたりが静寂に包まれた。

何度見ても不思議な人だ。
少女のように小さな体でお人形のように可愛らしいのに、溢れ出る威厳がすごいのだ。
そして、佐良紗様が歩かれるだけで空気がピンと張り詰めていくのがわかる。
息が一瞬できなくなるぐらい空気が研ぎ澄まされ、清められていく。
僕には理解できないけど、これは佐良紗様が結界を張っているかららしい。

森の民らが手を引いて祭壇の前に立って佐良紗様は両脇に巫女を従え祝詞をあげ始めた。
巫女らは奉納の舞をする。
各々、手に持った三番叟さんばんそうを鳴らす。
鈴が重なったそれから、きれいな鈴の音がシャラシャラと響き、空気を揺らした。

佐良紗様の透明で美しい声が祈りを捧げ終え、両手をあげて天を仰ぎ見た。

「あ……かみさま」

翠が可愛い声を響かせた、ハッとして翠を見ると、笑顔で空を見上げていた。

「そうなの?もうだいじょうぶなの?よかったね!みんなにあえてうれしいんだよね!」

翠が嬉しそうに僕と蘭紗様を見上げる。

「あのね、かみさまが、元気になってもう手だけじゃないよ。お顔も見えます!とってもきれいな女の人です」
「え?!」

僕は驚いて思わず翠を抱き上げて自分も空を見上げた。
美しい木々の梢からきらめく光がキラキラと輝き、そしてピューっと強めの風が吹いてきた。
キンっという金属音のような音も聞こえた。
そして、僕の肩から、空にパっと鮮やかな色をきらめかせてクーちゃんが羽ばたいた。

「はい、さようなら!」

翠は小さな手を振って空に別れを告げている。
クーちゃんは「クルゥ」と短く鳴き、空を旋回した。

僕は呆然として蘭紗様を見上げた。
蘭紗様も感極まったような顔で翠を見つめて、そして優しい笑顔で僕に頷いてくれて、綺麗な礼をした。

僕もそれにならい、儀式は終わった。
これほどの人が集まっていたにもかかわらず、皆が一言も話さずシンと静まったままだ。

ゆっくりと振り向いた佐良紗様は、翠に向かって笑顔をくれた。

「そなたはほんとうに……神からの使いなのだな……美しく光る子よ」
「ん?」

翠はきょとんとして僕の腕の中で首を傾げた。
それを見て苦笑しながら僕も佐良紗様を見つめた。

「山の神はどうやら満足なされたようじゃな。これからは私も定期的に紗国全域をまわろう。そして地方におられる様々な神に祈りを捧げなくてはならぬだろうな」
「姉上……ありがとうございます」
「いや、この度はどう考えてもそなたの息子が救いの主であろうな……」

ふふっと笑って巫女を従え森の民と一緒に退場されていった。
僕たちも一緒にお社を去り、本拠地とさせてもらっている長老の館に戻った。
戻る道中は、人々がさっと開けてくれた参道を歩いたのだけど、皆の視線が柔らかく暖かくて、空気の冷たさを感じないほどだった。

「この地方の被害だが……報告を見たのだが、かなり酷い……尊い人命が失われたのが悔やまれる」
「そのようだねえ……果樹園のあった山肌の村が全滅とはね。本当に悔やまれるね……だけど、その他の村は8割が助かったそうじゃない?……あと果樹園のことは予算をつけて復興を手助けしてあげないとね」
「うむ、助かった人命があっただけ、良かったとせねばならぬだろうが……」
「で、翠は……神様と話をしてた……ようだったねえ……」

涼鱗さんは侍女にいれてもらった紗国茶をアイスで飲みながら翠を見つめた。
翠は地元の人の差し入れの果物をつまんで口に頬張っている。

「んと、かみさまとっても元気になって嬉しそうに皆を見ていました」

僕も、翠の果物の汁で汚れた手を拭いてあげながら頷いた。

「そうなの……良かった……」
「これからも、忘れずにいてくれたらうれしいって言ってました」
「……そうだな」
「この地方の者達は、あの奇跡のような瞬間を見たんだから、これは新しい伝承として受け継がれるだろうよ、それに、もう忘れたりなんてしないと思う」

カジャルさんは翠にそう呟きながら、窓から空を眺めた。

「俺、一生忘れないよ。神様がそこにいらしたとか、それに……神様と話す翠紗様の姿とか……あの風のこと」
「そうだな……私もだ」

涼鱗さんはカジャルさんと見つめ合って微笑んだ。

「見えないものって、難しいですよね。見えないと無いってことになりかねませんから……でも、きっと見えないものが大事なんだろうなって思う時もあります」

僕も思わず呟いた。

「そうだな」
「見えないもの??」

僕の言葉に首をひねる翠の姿が可愛かった。

皆で帰都の準備をしていると、長老を中心とした周辺の村々の長が集まって挨拶に訪れた。

蘭紗様はそれぞれの長に今後の復興に向けての保証を約束し、お社のことをくれぐれも頼むと伝えた。
長達は長々と頭を下げていたが、皆晴れ晴れとした顔で帰っていった。

その日の昼過ぎに僕達は長老の館を後にした。
翠はまだ飛翔が覚束ないようで、ふらふら気味だけど頑張って麒麟の姿でついてくる。
その麒麟を守るように蘭紗様が横にいて、囲むように涼鱗さんとカジャルさんもいる。
クーちゃんは鳳凰の姿のまま優雅に舞うように飛び、僕と翠の間を行き来した。

はじめて空を飛ぶ我が子が心配で蘭紗様の速度はいつもの半分も出ていない。
僕は後からその様子を見て思わず笑った。
皆、翠のことをこんなに可愛がってくれて嬉しいな……

そして、はじめておかあさまって呼んでくれた。
あんな風に自然に……前からそう呼んでいたみたいに。
嬉しくてたまらない。

また少しチラつき出した雪の中、僕たち一行は城へと進んだ。

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