狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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夜会

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 大きな玉の雪がふる日、その雪に埋もれた紗国に阿羅国からお客様がいらした。
阿羅国王の側室になった波成様とその御一行だ。
御一行といっても、阿羅国の人は1人の侍女とその他5名だけで、大半を占めていたのは波成様の実家である跳光家の面々だ。
彼らは護衛として自ら手を上げ、当主の息子を迎えに行ったのだ。

波成様ははじめてのお里帰りに阿羅国の「建国記」の写しを持参していた。
これは涼鱗さんはじめ僕たちお嫁様研究所メンバーにはなんとも嬉しいことで、諸手を挙げて歓迎となった。

紗国の歓迎式典に現れた波成様は美しい阿羅国風の着物を幾重にも着て多少重たそうにしていた。

僕は以前、波成様には阿羅国で救出された際に看護を受けたことがある。
あとは、アオアイで阿羅国に行かれる際のご挨拶しか記憶にない。
ローティーンのように見える姿から、こういう種族なのだろうと深く考えていなかった。
だけどそれがまざり独特の育たない事情があったとは……今となっては我が子がそうなのでとても気になる存在だ。

「波成様、アオアイでご挨拶して以来ですね」

僕は蘭紗様の次に挨拶を受け、笑顔で礼を返し、話しかけた。
波成様は嬉しそうに顔をあげると恥ずかしそうに微笑んでから頷いた。

「はい、私もこんなことになるなどと思いもせず、まさか様付けで呼ばれるようになるなどと」

そして困ったように首を傾げて後に控える跳光の家長・波呂さんを見つめた。
波呂さんは門前に捨てられた波成様を大事に育て上げた人だ。
波成様を我が子以上に猫かわいがりしているので有名なんだよね。

「ですが、良かったではありませんか、きちんと身分がある方が動きやすい面もございますでしょう?」
「確かにそれはありますね、まだまだ復興途中ですので、やることが満載で」

僕たちは微笑みあって手に持つグラスを傾けた。
そして立食なので、そのまま軽くつまみながら色んなお話を伺うことになった。

「翠紗様はどうですか?」

波成様はゆったりとした話し方でとても優しげだ。
医師として患者を診るときもこんなふうなのかな?

「はい、はじめはかわいそうな状態でしたけど、だんだん落ち着いて、特に麒麟に獣化できるようになってからは体も丈夫になったように思います」
「そうですか……獣化……麒麟におなりになったのですよね」

そこで僕は思い出した。
この方は蘭紗様の父王が即位の際に出現なされた瑞兆なのだ。
時の王に謁見できていたら、霊獣として獣化し麒麟になっていたのだろう。

「色々と、思うところがありますでしょう……翠紗は運が良かったと私も思います」
「ええ、何も思わないことは無いですが、そのことは気にしておりませんよ、私は私の人生を生きているだけです、そして波羽彦様という素晴らしい伴侶を得ました」

明るい声に僕はほっとして頷いた。

「それにしてもハリル様のこと、残念に思います。もう少し生きながらえていただけたら、あるいはお会いできたかもしれませんのに……というよりも、もっと早くお助けしたかったですね」
「……はい」
「しかし、そのことの可能性も、薫様がお気づきになったとか……薫様は本当に紗国にとって得難い方です」

真剣な眼差しで僕をじっと見つめてそうおっしゃる波成様は、ふと雪の降るテラスを眺めた。

「私は薫様のような……波羽彦様にとって立派な、支えられる妻になれるでしょうか」
「もちろんですよ、すでにそうなられているのでは?アオアイから旅立つ際に拝見した波羽彦様は、お顔が以前と違いました。とてもすっきりと何もかも吹っ切ったような顔をされておられて、今思うとあれは隣に波成様がいらしたからでしょう」
「え」
「すでに波成様は波羽彦様にとって大切な唯一無二の奥様でいらっしゃるはずですよ」
「ふふ……薫様は私のほしい言葉をそのままくださるのですね」

波成様はすこし赤らめた顔で微笑んだ。

「紗国はあなたがいれば大丈夫。鳳凰も麒麟もあなたがいてこそ揃いましたから、この生きる神話の世界と言われる紗国が故郷であることを私は誇りに思います」
「ですが……波成様だって麒麟ではありませんか」
「そうでしたね……」

2人で笑い合って紗国酒を飲んだ。

「本日は夜会ですので出席させていませんが、明日にでも翠紗に会っていただけませんか?」
「はい、喜んで……実はそれが私の一番の目的と言っても過言ではありませんよ」
「あは!ほんとにですか?」
「だって、同じまざりで王子になった方なんですからね」
「でももう、まざりという言葉すらなにかおかしい気がしますね。波成様も翠紗も霊獣で麒麟です、『色々混ざった』という意味の言葉があまりにも似合いません、あなた方はもっと神聖なお立場なはずですからね」
「ふふ……本当に、私も長年のつっかえが取れたようですよ、世界が変わろうとしている、それは間違いなくあなたの存在でなのです、それを実感いたしました」

僕たちはおいしそうに並ぶ摘めるものをお皿に取り、2人であれこれ言いながら食べ合って、そして「明日の翠との面談にまた」と、その日は僕は早めに切り上げた。

翠がそろそろ寝る時間なので、ベッドに行ってあげたかったからなのだ。
大泣きした夜からは、一瞬赤ちゃん返りみたいになって、それから一人で寝ると自分で決めた翠だけど。
僕は寝入る時は一緒にいてあげたいと思っている。
それが可能な立場なのだし、それぐらいは母としてしたいのだ。

僕は夜会用の豪華な紗国の衣装を纏って頭に冠を乗せたまま、そっと翠の部屋を覗いた。
ちょうど侍女2人に世話されて寝る準備をしているところだった。

「おかあさま!」

袖を片方通して手をぶんぶん振って僕の顔を嬉しげに見る翠がかわいい。

「あらあら翠紗様、先に手をここにお通しくださいね」

侍女は笑いながら翠紗の面倒を見てくれた。

「後はいいよ、僕がするから」
「はい、薫様」

2人は大抵の世話を僕が自分でするのを心得ているので、何も言わずに下がってくれた。

「口はキレイにしたかな?」
「まだ!」
「んじゃ、はい、これね」

サイドテーブルに用意してあったミント味のお水を差し出す。
これでうがいをすると本当にすっきりするのだ。
何か薬液が入っているのか、歯磨きはなんだか必要ないんだよね。
このお水がすべてキレイにしてくれるみたいで、お口くさーいみたいな人もそう言えばいない。
これ、現代日本にも必要な液だよね。

「翠はきちんとお勉強した?」
「はい!宿題もしましたし、今日は留紗といっしょに本も読みました」
「そうなの、良かったね、楽しかった?」
「はい!」

僕はベッドに翠を寝かせると、白いうさぎさんと蘭紗人形を翠の横に並べ、上掛けをかけて背中をぽんぽんと叩いてあげる。
こうすると翠は幸せそうな顔で目を瞑るのだ。

「おやすみ、翠」
「はい、おやすみなさい」

そのままゆっくりと背中をぽんぽんしていると、やがてすやすやと寝息が聞こえてきた。
その寝息をじっと見ているこの時間が大好き。
その寝顔を見ていると、どうしても眠くなってしまって、そのまま僕もベッドに上半身を預けて寝てしまった……ようだ。

目覚めると蘭紗様がくすくす笑ってこちらを見ている顔が目の前にあって驚いた。

「蘭紗様!」
「薫は、すぐに翠と一緒に寝てしまうのだな」
「だって、翠の寝顔はすごく催眠効果があるのですよ」
「それはなんだかわからないでもないな……だが、そなたも着替えをしてきちんと寝ないと疲れが取れぬぞ」
「そうですね、夜会の衣装のままでした」

僕はもう一度翠の寝顔を観察して異常がないことを確認してから、上掛けを少しかけ直して、立ち上がった。

蘭紗様は静かに僕の手を取ってくれて、2人でそっと部屋を出る。
控えていた侍女2名に後をお願いした。

廊下に出ると、しんしんと降る雪がガラス越しに見えた。

「美しいですね、夜の雪は」
「雪は美しいだけではないが、確かに美しいという面もあるな。薫がそう言うから、最近は雪が美しく見えてきたぞ」

蘭紗様が楽しそうに言うので僕は笑った。
王様として国の心配事をたくさん抱えているのだ、キレイだカワイイだばかりじゃいられないよね。

「明日、波成様が翠にお会いしてくださるのです、同じ麒麟として何か感じるものがあるかもしれませんね」
「確かに……それはそうだな」
「波成様との面会に立ち会うのが本当に楽しみなんです、何か知らないことがまだあるかもって、まだまだ母としての自信がありませんから」
「ん……だが、自信がないとはおかしいぞ」
「え?」
「翠のことを何よりも大切にして丁寧な子育てをしているのは薫なのだ。その薫がわからないことならば、波成にだってわからんだろう」
「そうでしょうか」
「うむ」
「まあ、そもそも何がわからないかもわからないんですけどね」
「ふはは!薫らしいな」
「なんですかその、薫らしいとは!」

僕たちの楽しげな会話が響く廊下は静かで少しひんやりとしているけど、心の中はぽかぽかと暖かかった。

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