狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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温室でお茶会を

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 冬晴れの美しい澄んだ空が広がる中、僕達は60階の温室にいた。
そこは普段外部の者は立入禁止で、植物学者とその助手が世話をしている以外は、僕たち王族が時折訪れるだけだ。
波成様は以前からこの温室に興味があったようで、いつか見てみたいと思っていたそうだ。
そう聞いたらお招きするしかないよね!

「わぁ! キラキラしてますねえ!四方八方がガラスだなんて!なんて美しい!」
「ふふ、今は冬ですから雪の乱反射もあって本当にキラキラですよね」
「僕もキラキラだと思います!」

翠は波成様に手を繋いでもらってニコニコしていた。

実は先程、空の門で波成様を待っていると、静かに降り立った波成様が翠を一目見てぎゅっと抱きしめたのだ。
僕は少し驚いたけど、翠はとても喜んでキャッキャとはしゃいだ。

2人が抱き合う姿は兄弟のように見えた。
同じようなくすんだ金色のやわらかな髪に小さな耳、そして巻いた角が少し見えている。
色白なところも似ている。

「ふふ、翠紗様はかわいらしい……」

波成様はふんわりと笑って幸せそうな笑顔を翠紗と僕に向けた。

「それには同意しかありません」

僕も一緒に笑って、上を見上げた。
キラキラとまばゆい冬の日差しが僕たちをガラス越しに照らし、体を温めてくれる。
温室はつねに温度が保たれているのだけど、夏にはむわっと熱く感じた。
それなのに今は心地よく感じる。

「体が冷えているんでしょうねえ、暖かい温室にいるとお風呂にいるようで安心できます、それにこの緑の葉の美しいこと……」
「僕も温室は大好きです。そういえば、世界中から植物を集めてここで育てることになさったのは、過去にいらしたお嫁さまなんですよ」
「え?そうなんですか?」
「はい、植物学を専門になさっていた嫁様がいらしていたのです。その時にこれを作られたとか」
「これがそれほど歴史あるものだったなんて……まるで今作られたかのように美しいままじゃないですか」

波成様は木々の合間から見えるガラスの継ぎ目などをじっと見た。
その瞳の色は翠とは違ってオレンジ色の中に水色が少し混ざったような複雑な色で、見る角度によっても色が違って見える。
翠はペリドットのような瞳だけど、波成様の瞳もまた宝石のようだった。

「保存魔法も使っているようですけど、専門の建築士がいつも丁寧に見回っていると聞きました」
「なるほど……紗国の歴史の重さを感じますね」
「本当に……、あ、そこを曲がると南国の花に囲まれた水辺の広間があります、そこにお茶をご用意しております、休みましょう」
「わあ!この中で!なんだか素敵……」
「おちゃ!」

翠もケーキが出てくるのがうれしくて手をあげて喜ぶ、それを2人で見て微笑みあった。
うっそうと茂る木のトンネルを抜けると美しく整えられた小さな池と南国の花々が咲くエリアに到着した。
地面は土だが、真ん中のエリアは綺麗な絵付けのタイルが貼られて、パラソルが張られてあった。
そこにある籐のテーブルセットの横に侍女が4名待っていてくれて、すっかり用意が整っているようだ。

「おいしそうです!」
「さあ翠、おいで」

僕は翠をちょっと高めの椅子に抱っこして座らせて、侍女から受け取ったナプキンをひざにおいて頭を撫でた。
そして椅子を位置を調整してふと波成様を見ると、唖然とした顔をしてこちらを見ていた。

「まさか……薫様がそこまでなさるのですか?」
「え?」

そうか、僕がこうやって翠の面倒を見るとはじめは驚かれたなあと思い当たる。

「ええ、そうですよ、着替えもさせますし、寝かしつけも、それから食事もはじめは一匙一匙食べさせたものです。今は自分でうまく食べられるようになって、ねえ翠」
「はい!」
「……そう……翠紗様、あなたは本当に幸せな方です。お辛い時もあったでしょうが……今は幸せでしょうね」
「はい、僕、おとうさまとおかあさまが大好きです、まいにちうれしいです」
「ふふ、かわいらしい」

侍女が暖かい紅茶を入れてくれて、良い香りが辺りを漂った。
翠にはミルクを温めたものを用意してもらっている。
子供にカフェインは駄目っていうからね!

「これは、僕が好きな城下町のケーキ屋から取り寄せた新作なんですよ。雪だるまという名前のようです。そしてアオアイから取り寄せた南国のフルーツと、紗国のぶどうがたっぷりの焼き菓子です、どうぞ召し上がってください」
「これ、かわいいですね、ほんとうに雪だるまに似ている……」

二段になった丸いケーキに生クリームがたっぷりと塗られていて、チョコの目が付いている。
それを見て翠が「あ!」とくるくるのお目々を大きくしたのがまたかわいい。

「そうでしょ?冬らしくて素敵ですよね」
「はあ……こういう気遣いも……できるようになっていかなくては……なんですねえ」
「え?」

波成様は溜息をついて僕を見つめた。

「私は男所帯で育てられましたので、どうにもこういうことが苦手です。いえいえ、甘いものは大好きなのですよ?そうではなくて、こういうおもてなしを考えるなんて、私には難しすぎますよ」
「……そうですか?でも、波成様は僕なんかよりも城下町のことをご存知でしょう?町でお暮らしだったんですから」
「ああ、それはそうですね」
「こういう用意を城でするのではなくて、町で見つけた良いものをおもてなしに出すのであれば、常日頃から色んな話を聞いたり取り寄せたりするだけで、自然とできると思いますよ」
「なるほど……」
「阿羅国にも、おいしいもの、名物、庶民の味がありますでしょう?」
「それが……あっちに行ってからは研究に研究で時間があまり取れずにいましてね」
「ああ、それもそうですよねえ、でも波羽彦様もきっとおいしいものを差し入れたらお喜びになりますよ、国の発展というほど大きな功績ではないでしょうが、皆が何を好きでいるのか、皆が今何に興味があるのか……それを知るのはけっこう楽しいし、そしてそこから思うこともあったりしますよ」
「なるほどねえ……」

波成さんは紅茶を飲んで「おいしいです」と侍女に伝えて、ぶどうの焼き菓子を一口食べた。

「薫様はいろんな方とうまくお付き合いなさって、国をしっかりと見つめていらっしゃる。本当に理想的な王妃様ですね」
「そんな……」
「私は王妃というか、側室、しかも医師としての顔もありますのでどこまで薫様のようにできるかわかりませんが、それでも医師として町に出ることも増えてくるでしょうし、薫様のようにおいしいもの探しをしてみようかなと思います」
「ふふ、思わぬ阿羅国名物が発掘されるかもしれませんよ!」
「本当に……楽しみですね、そう言えばなんですが……紗国にいる間私はずっと跳光の家にいたのですけどね、父に紅茶を淹れるのが日課だったんです。父は、私が淹れる紅茶がどこで飲むよりもおいしいといつも言ってくれて……自分でも紅茶を淹れるのは得意だと自負はしてたのですけど。まずは、その紅茶にあうような阿羅国のお菓子を探すことから始めてみます」

波成様は穏やかな笑顔でそう言うと、紗国の紅茶をじっと眺めて「本当にいい香り」とつぶやいた。

「そういえば……阿羅国ではお茶は採れますか?お茶の木などの栽培は?」
「えっと……そういうことは全く聞いたことがないですね」
「もしあればぜひ飲んでみたいので、送ってくださいな」
「いいですね!ぜひ調べてみましょう」

僕は実は……新人君が日本茶をどこかで懐かしく思って緑茶を作っていなかったかな?と期待しているのだ。

新人君が日本で行方不明になったのは、お茶の名産で知られる地だ。
そこに住んでいた新人君のお祖父様は、大規模なお茶畑を所有するお茶農家で、たまにお祖父様手作りのお茶をお土産にもらったのを思い出す。
お手伝いもして、お茶の手もみなんかもしたことがあると言っていた。
新人君なら、それをこの地に持ち込んでるんじゃないだろうか?
もしあれば、阿羅国のお茶をぜひ飲んでみたい、そう思った。


翠は両手で持っていたミルクの入ったカップを慎重に受け皿に置いて、それからナイフとフォークでケーキを食べている。
すっかり上手になって、見ていても安心できる。

「ああ、そう言えば薫様はバイオリンの名手でいらっしゃるとか」
「めっ……名手だなんて……」

僕は危うくお茶を吹くところだった、いつの間に名手なんてことになってるんだろう……
ここに来てからは毎日の日課で朝方少し指を動かす程度にしか練習していないし、名手だなんて恐れ多い……

「いえ……そう伺いましたよ?阿羅彦様は薫様に渡すために過去最高の出来とされるバイオリンを保存されていたとも」
「それは……そうですね、いただきましたよ。毎朝音は出しております」
「今回は最高峰のバイオリン職人を2名連れてきております。現在阿羅国でしかバイオリンは製造されていないので、彼らがこの世界で最高の職人となるでしょう、なにかありましたらお申し付けを……それから、出来たら彼らに薫様の演奏を聞かせてあげたいのですが、どうでしょう?」
「僕でいいんですか?」
「それを皆は望んでいるのですよ」
「僕もおかあさまのバイオリン聞きたいですよ」

翠も口のはしにクリームを付けてニッコリ笑う。
僕は笑って降参した。

「でしたら……弦の張替えもしたいですし、近いうちに昼食会でもいかがでしょうか?」
「うれしいです!」
「以前、この温室で王族の集まりがありましてね、そのときはここで弾いたんですよ。自然の中で弾いているようで、それは気持ちが良かったです」
「なるほどここで……」

波成様は美しい木々や花を見渡した。

「では、楽しみにしておりますね。ご無理を言ってしまってすみません」
「ふふ、無理なんて……僕も頑張ってちょっと練習しないと」
「はは!そんな発表会じゃないんですから」
「いえ、そんなような感じですって」

僕たちはキラキラとした日差しの降る中、いつまでも笑い合って和やかに過ごした。

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