狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

文字の大きさ
195 / 317

縁-えにし-1

しおりを挟む
 その日の夜……いつもは夜に出さないバイオリンを里亜に出してきてもらい、手に取り様子を見た。
長い雨の時期に引き続き、雪が降り続く日々で、バイオリンには過酷な環境だったなあと改めて思う。
バイオリン工房の製作家が来ているというのは朗報だ。
しっかりとメンテナンスをしてもらいたい……
この世界には気軽によれる楽器屋もないのだ、この機会をとてもうれしい。

新人くんが残してくれたというこのバイオリンは、僕にしっくりと馴染んでいる。
元々憧れていたのか、もしかして……僕のことを思い出してなのか、自分でも奏でることがあったというのは意外だったけど。
制作にはかなりのエネルギーを割いていたようで、その執念が花開いた結果、この名器を残せるほどの文化を国に根付かせた。

世界からはなにもない僻地とみなされ、しかも、阿羅彦となった新人君の数々の暴挙により評判は芳しくない阿羅国だけど。
このバイオリンはもしかして、阿羅国を助けるかもしれないと思った。
やはり音楽には力があるからね。

「薫様、急ぎのお知らせです」
「え、何?」

僕は仙の静かな声にビクっとして振り向いた。

「先程、跳光家から使者が参られて、お里帰り中の波成様が急に苦しみだされたとかで……」
「え……波成様が?……うそ……」

昼間会ったばかりの、子供のような姿でありながら毅然とした美しい姿を思い出す。
さっきまであんなにお元気だったのに……

「どうして」
「わかりませんが、僑先生他数名の医師が往診に出ておられます、執務室にて蘭紗様がお待ちです」
「わかった」

僕は部屋着だったけれど、その上にガウン代わりに羽織を羽織らせてもらって部屋を出た。
いつも歩く廊下がやけに長く感じる。

なるべく急いで到着した蘭紗様の執務室には、喜紗さんや涼鱗さん、そしてカジャルさん、その他文官が控えていた。

「ああ、薫」
「どうなんです?」
「まだ何もわからぬよ」
「そうですよね……」

僕は俯いて力なく椅子に座った。

「波成様は今、阿羅国の側室ですからね。万が一のことがありでもしたら……」
「それは……そうだが今は、やめてくれ」

蘭紗様は僕を気にしながら喜紗さんを制した。

「まだ、何もわからないんだよ。そもそもあの方は霊獣として獣化せず生きていらっしゃるんだ。不完全な存在なんだろうねえ。体が丈夫ではないということなのでは?」

執務室にある宰相のデスクに座って、涼鱗さんも難しい顔で心配気だ。
その後に守護神のようにカジャルさんが立っているが、その言葉で俯いてしまった。

「ああ、確かに、丈夫な方ではないとは聞いたことがあるが……」
「今、報せが参りました」

隅に控えていたらしい黒ずくめの男がすっと立って、蘭紗様に近寄る。
僕は一瞬身構えた、そこに人がいると気づかなかったのだ。

「申し上げます、波成様は現在意識不明であると……」
「そうか……」
「ハッ」
「では、波呂に伝えよ、我と薫と翠が今から家に向かうと」
「ハッ」

黒ずくめの男はしばらく立ち尽くしていたが、やがて「伝えました。お待ちしておりますとのことです」と言い、また隅に戻った。

もしかしてこれ、跳光の人かな……
血族だけが通じ合う念話があると聞いたことがある。

「では、翠紗は……寝ているだろうが……かわいそうだが連れて行こう、よくわからぬが、連れて行く方が良いような気がするのだ」
「……はい、翠を起こしてきます」

僕は翠の部屋に急いだ。
次の間にいた翠付きの侍女が驚いた顔をしたけれど、僕の様子に身を引き締め何も言わなかった。

「準備をしてほしい、出かけるから。簡単でいいから寒くないようにしてあげて、僕も着替えてくるね」
「かしこまりました」

侍女は頭を下げ、さっと着物を取り出している。
僕はベッドに近寄り、翠の背をトントンして抱き上げ頬にキスをした。

「起きて翠、あのね、ちょっとお出かけなの。蘭紗様と僕も一緒だから大丈夫だよ」
「うん……」

寝ぼけ眼でむにゃむにゃしながらあくびをした翠を侍女に託し、僕も部屋に戻る。
いくらなんでもこの格好では外出は出来ない……

バタバタと戻った僕が着替えをと言うと、何も言わずにすっと用意された着物を着せてくれた。
仙は、真剣な顔で僕を見つめた。

「いってらっしゃいませ」
「うん、行ってくるよ」

部屋に迎えに来てくれた蘭紗様は腕の中に寝ている翠を抱っこしていた。
翠はもこもこの綿入りを着せられている。
僕も仙に薄綿の入った体をすっぽりと包むコートを着せられて、空の門に行く。
雪は降っていないが、月もない。
暗い夜だ。

「翠は……」
「大丈夫だ、我がこのまま飛ぶよ」

蘭紗様は焦る僕の手をそっと握ってくれた。
空の門には衛兵と、喜紗さん、そして涼鱗さんカジャルさんが立っていて、何も言わず頷いてくれた。
僕と蘭紗様それぞれの近衛隊長が2人とも僕たちに頭を下げ、先に飛び立った。
次に僕と蘭紗様が飛び立つと、周りに10人の近衛が一緒に飛んだ。

2重に張られた防護壁のおかげで寒さはないはずなのに、ぶるりと体が震えた。
夜目が効く方ではないので真っ暗な中を飛ぶのは恐怖を伴う。
蘭紗様を見ると、ボウっと薄く光る翠を腕にしっかりと大事そうに抱いている。
光っているのは霊獣だからと聞いたけど、本当にこういう時、安心するあかりだね。

間もなく森を抜け、町の明かりが見え始めた頃に、一際大きな屋敷が見えてきた。
どこからどこまで続いているの?と思うほどの大きさだ。
その屋敷はどの部屋も明かりがついていて、屋敷の中を人が右往左往するのがちらちらと見えた。

「あそこだ」

蘭紗様は静かに優しく伝えてくれた。
僕は軽く頷いて、蘭紗様と同時に地に降りた。
翠を確認すると、飛んでいたのに気づいてないようにぐっすりと寝ている。

僕の手をしっかりと握って蘭紗様は歩き出し、家の前に控えていた門番が道案内をしてくれた。

足元には飛び石があり、左右に生け垣があった、よく見ると椿の花が咲いている。
門から玄関までが遠く、早く屋敷に入りたいと焦ってしまう。

やがて見えてきた玄関には、跳光家の家長・波呂さんが頭を下げて待っていた。

「波呂、こんな時だ、そういうのはいいから、早く寝所へ」
「ハッ……ありがたく存じます」

波呂さんは憔悴仕切った顔で僕たちを案内してくれて、何も言わずに大きな障子を開けた。
大きな畳の部屋には布団が敷かれ、そこに小さな波成様が眠っているのが見えた。
枕元には僑先生がいた。


しおりを挟む
感想 39

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

牛獣人の僕のお乳で育った子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!!

ほじにほじほじ
BL
牛獣人のモノアの一族は代々牛乳売りの仕事を生業としてきた。 牛乳には2種類ある、家畜の牛から出る牛乳と牛獣人から出る牛乳だ。 牛獣人の女性は一定の年齢になると自らの意思てお乳を出すことが出来る。 そして、僕たち家族普段は家畜の牛の牛乳を売っているが母と姉達の牛乳は濃厚で喉越しや舌触りが良いお貴族様に高値で売っていた。 ある日僕たち一家を呼んだお貴族様のご子息様がお乳を呑まないと相談を受けたのが全ての始まりー 母や姉達の牛乳を詰めた哺乳瓶を与えてみても、母や姉達のお乳を直接与えてみても飲んでくれない赤子。 そんな時ふと赤子と目が合うと僕を見て何かを訴えてくるー 「え?僕のお乳が飲みたいの?」 「僕はまだ子供でしかも男だからでないよ。」 「え?何言ってるの姉さん達!僕のお乳に牛乳を垂らして飲ませてみろだなんて!そんなの上手くいくわけ…え、飲んでるよ?え?」 そんなこんなで、お乳を呑まない赤子が飲んだ噂は広がり他のお貴族様達にもうちの子がお乳を飲んでくれないの!と言う相談を受けて、他のほとんどの子は母や姉達のお乳で飲んでくれる子だったけど何故か数人には僕のお乳がお気に召したようでー 昔お乳をあたえた子達が僕のお乳が忘れられないと迫ってきます!! 「僕はお乳を貸しただけで牛乳は母さんと姉さん達のなのに!どうしてこうなった!?」 * 総受けで、固定カプを決めるかはまだまだ不明です。 いいね♡やお気に入り登録☆をしてくださいますと励みになります(><) 誤字脱字、言葉使いが変な所がありましたら脳内変換して頂けますと幸いです。

公爵家の末っ子に転生しました〜出来損ないなので潔く退場しようとしたらうっかり溺愛されてしまった件について〜

上総啓
BL
公爵家の末っ子に転生したシルビオ。 体が弱く生まれて早々ぶっ倒れ、家族は見事に過保護ルートへと突き進んでしまった。 両親はめちゃくちゃ溺愛してくるし、超強い兄様はブラコンに育ち弟絶対守るマンに……。 せっかくファンタジーの世界に転生したんだから魔法も使えたり?と思ったら、我が家に代々伝わる上位氷魔法が俺にだけ使えない? しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……? どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに? 偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも? ……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない?? ――― 病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。 ※別名義で連載していた作品になります。 (名義を統合しこちらに移動することになりました)

この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜

COCO
BL
「ミミルがいないの……?」 涙目でそうつぶやいた僕を見て、 騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。 前世は政治家の家に生まれたけど、 愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。 最後はストーカーの担任に殺された。 でも今世では…… 「ルカは、僕らの宝物だよ」 目を覚ました僕は、 最強の父と美しい母に全力で愛されていた。 全員190cm超えの“男しかいない世界”で、 小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。 魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは── 「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」 これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。

臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式の話

八億児
BL
架空の国と儀式の、真面目騎士×どスケベビッチ王。 古代アイルランドには臣下が王の乳首を吸って服従の意を示す儀式があったそうで、それはよいものだと思いましたので古代アイルランドとは特に関係なく王の乳首を吸ってもらいました。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

助けたドS皇子がヤンデレになって俺を追いかけてきます!

夜刀神さつき
BL
医者である内藤 賢吾は、過労死した。しかし、死んだことに気がつかないまま異世界転生する。転生先で、急性虫垂炎のセドリック皇子を見つけた彼は、手術をしたくてたまらなくなる。「彼を解剖させてください」と告げ、周囲をドン引きさせる。その後、賢吾はセドリックを手術して助ける。命を助けられたセドリックは、賢吾に惹かれていく。賢吾は、セドリックの告白を断るが、セドリックは、諦めの悪いヤンデレ腹黒男だった。セドリックは、賢吾に助ける代わりに何でも言うことを聞くという約束をする。しかし、賢吾は約束を破り逃げ出し……。ほとんどコメディです。  ヤンデレ腹黒ドS皇子×頭のおかしい主人公

処理中です...