狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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バイオリン1

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 粉雪の降る朝、波成様は城の研究所に入院された。
波成様は「阿羅国へ知らせるのは待ってほしい」と蘭紗様にお願いされたようだが、「それでは波羽彦にあまりにも不誠実だ」と言って、蘭紗様は正式な使者をお出しになった。

波成様の気持ちもわかるけど、愛する人が変化しようとしている時に自分が知らないなど、考えただけでも恐ろしい。
何かあるかもしれない可能性があるのなら、せめて知りたかったと後悔するだろう。
波羽彦王に知らせないのは悪手だと僕も思う。

「もう一度、王墓にお参りするのはどうでしょう?よろしければ僕と翠も一緒に」
「薫は王墓には確か2度ほど行ったな」
「ええ、最初はご先祖様にご挨拶と、それからハリル様の棺が入られてからも、一度参りました。やはり、気軽に尋ねるという場所ではないですからね。でも、あそこに行くと不思議と心が安らぐのです。確かにここに僕の知ってるハリル様がいるなと感じました」
「……そうか」

王族であれば、王墓への出入りは自由だ。
しかし侍従長であっても使用人や血縁のないものの出入りはできない。

「そうだな。墓参りでなにかのきっかけがあったとすれば、もう一度行くことで何かの答えが見つかるかもしれないな」

蘭紗様はベッドの中の僕に優しく微笑みながら、僕の伸びてきた髪を指で梳いた。

「これは翠が置いていったのか?」
「はい、僕を心配して学び舎に行く前に」

くすりと笑いながら、枕の横のウサギの縫いぐるみを指でつついた。
蘭紗様はそのウサギのことも優しげに撫でてくれた。

「しかし……昨夜は夜遅く、しかもあのような寒い日に無理をさせた……」

蘭紗様は心配でたまらないといった感じで僕のそばを離れない。
僕はこちらの世界に来て体は健康になったのだが、幼い頃からのあまり動かない生活のせいで、基礎体力がなさすぎるのだ。
今でもこうやって時折起きれない日があるのはそのせいで、特にどこか病気というわけではない。
だから、日本にいた頃のように熱にうなされて苦しむというわけではなく、ただ単に疲れで起き上がるのが辛いという程度だ。

「違うんですよ、僕の体力がなさすぎるのがいけないんです。少しは鍛えなくてはいけませんよね」
「鍛えるなどと、そなたがそのようなことせずとも」
「いえ、せっかく元気な体になったのに、おとなしくしているだけの日々では勿体ないですし」
「しかし……鍛錬はそうやさしいものではないが……」
「んは! 違います」

僕は小さく笑って蘭紗様の手を握った。

「カジャルさんや蘭紗様のように、跳光家の方に鍛えてもらいたいとか、そういうことではないんですよ。ただ、毎朝散歩するとか少し遠出も歩いてしてみるとか、そういうことで足腰を鍛えると同時に心肺機能を高めなくてはということです」
「……そうか……鍛えると言われたら、鍛錬しか思いつかなかったが、そういうことであれば反対はせぬよ。近衛と相談して毎日の日課として取り入れるのもいいな。しかし、秋や冬はなかなかそれも難しいか……」

蘭紗様は窓の外の降りしきる粉雪を見つめた。

「積もった雪の中を歩くのは骨が折れるでしょうが、その分足腰に効きそうですね」
「それはそうだな、雪に足を取られるだろうし。ふむ……では、研究所に行くのを空の門からではなくて、1階から歩いて行くのはどうだ?あの辺りからなら雪かきもしてあるし、研究所までならば何も危険なことはなかろう」
「いいですね!そうしますよ」

僕は蘭紗様の素敵な案に嬉しくなって何度も頷いた。

「ならば、まずは早く体力を回復できるよう、今日は良く休んでくれ、我は執務に戻るが……」
「はい、おとなしくしていますよ。それは慣れてますので」

僕はふふっと笑って、不安そうな蘭紗様のキラキラ光る美しい銀色の髪を触った。
すぐそばに流れていたから。
蘭紗様はそっと抱きしめてくれて、そしてキスをしてくれた。

僕はそのままゆったりとその日を過ごし、うとうとしたりお茶を飲んだりして過ごした。

昼過ぎには学び舎から戻った翠が、そっと障子をあけてこちらを覗いてきた。
僕はちょっと上掛けをめくって「こっちおいで」とトントンしたら、嬉しそうに駆けてきてベッドにポスンと乗ってきた。

「おかえり翠、学び舎は楽しかった?」
「はい!」

翠の小さな手が僕の首に巻き付いてピトッとひっついてくるのが可愛くて仕方ない。

「おかあさま元気になりましたか?」
「うん、もう大丈夫かな?」

僕はあたたかな翠を抱きしめてぽわんと心が弾んできた。

「起きるから、おやつ一緒に食べようか」
「はい!」

僕は仙に頼んで簡単な焼き菓子とお茶を用意してもらった。
大好きなクッキーやマフィンが並ぶところを翠が嬉しそうに見ている。

「薫様、どうぞこれを」

里亜が羽織を羽織らせてくれて、そのままテーブルに付いた。
僕の部屋のテーブルセットには翠用の椅子も用意してあるので、翠もきちんとそこに座ってニコニコだ。

「では、いただきましょう」
「はい!」

翠に暖かいミルクも用意されて、僕はそれにスレイスルウ入りの甘い蜜を入れてあげた。
僕も自分の紅茶にそれを少し垂らす。
今朝、様子を見に来てくれた僑先生からの差し入れなのだ。
主成分はハチミツなのだが、スレイスルウ液が少しだけ混ざっていて、お薬とまではいかないけれど、とても滋養が高いのだという。
仙は「妊婦に送られるものの代表なんですよ」と言っていた。
僕は妊婦ではないけど……香りが高くてすごくおいしい。

「おかあさま、来月おたんじょうびなのですか?」
「え?」

僕はお茶を飲む手を休めてポカンとした。
そう言えばそうだっけ?

「どうして知ってるの?」

ふふと笑う声が聞こえて振り向くと、侍女らが微笑んでいた。

「ん?」
「薫様、王妃様のお誕生日ですから、国民の祝日になりますよ、ここで初めて迎えられる記念すべき日になるのですから、皆が一斉にお祝いに駆けつけることでしょう」
「えええ?」

僕は驚いてカチャンと音を立ててしまって、慌ててカップに傷がつかなかったか確かめた。

「だけど……そんなこと聞いてなかったなあ……」
「ふふ、皆さんそれは楽しみにしてるのです。城下町でも今、薫様にちなむものが多くなってきました」
「僕にちなむもの?」
「はい、黒髪の人形ですとか、薫様が正装の時に付けられる髷を模した飾りなんかも今人気ですよ」
「ええ……ほんと?」
「学び舎は、おかあさまのおたんじょうびをお祝いする日はおやすみです」
「そうなの?じゃあ、一日中一緒にいてね」
「はい!」

翠の微笑む顔を見ながらする午後のお茶は本当に贅沢な時間だった。
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