狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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王墓

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 雪が珍しく降りやんでよく晴れた日、僕たちは暖かな冬の日差しの中王墓にお参りした。
雲ひとつ無く晴れているのは珍しいな……と、つい空を見つめてしまうけど、降り積もった雪の乱反射や日差しが強くて眩しい。
これはサングラスが必要ですよ。

「おとうさま、僕も歩きたいの」

雪道で滑ってはいけないと過保護モードの蘭紗様は腕の中の我が子を心配そうにしばらく見つめていたが、僕と波成様がくすくす笑うので、仕方なく雪の上にゆっくりと翠を下ろした。

「だが、雪は滑るから手を離さないようにな」
「はい!」

あの夜、翠ののキスがきっかけで半分だけ獣化した波成様は、僕たちが城に帰った後すぐに人型に戻ったという。
自分で戻ろうとして戻ったわけではないらしいので、そばに翠がいないとなれないのだろうか?と周囲の者は思ったらしい。

その後、城の研究所では、医師らが波成様の体を隅々まで調べたが全く異常がなかった。
だが、以前は循環器系に問題があり、余命は長くはないとされていたが、それは解決されていた。
翼を生やしたことにより魔力の流れがスムーズになったとご自分でもおっしゃったように、体への負担が格段に減ったのが原因だろうと思われた。

それに、押し込められていた力が溢れるように、2日かけて身長も伸びたらしいのだ。
見た感じ15センチは伸びたような気がする。
とはいえ、まだ僕よりもお小さいので、恐らく今155センチぐらいかな。

でも僕も160ちょっとしか無いからね……えへ。

「はぁ……膝が痛いです」
「え?波成様、お休みになりますか?」

僕は慌てて波成様に近寄った。
きゅっきゅっと雪を踏みしめる音がなる。

「いえいえ……これ、成長痛なんです、これだけ一気に伸びたらそりゃ痛みますよね……一応痛み止めを飲んでいるので、大丈夫です」
「本当に身長が高くなられて、それも2日で」
「ふふ……それでもまだ波羽彦様と並んだらチビですが、これで少しは夫婦の見栄えが良くなりましたでしょうか?」

波成様はくすりと笑って膝をさすった。
ご自身がお医者様なのだから大丈夫なはずだ、自分で薬湯を煎じたりもしているそうだし。

「まだ伸びるんでしょうか?」
「いえ、身長の変化はこれで終わりかと。もしも、小さい頃から麒麟になれていたら、体はもっと大きくなれたでしょうが、これが限界だと自分で感じます」
「そうですか」
「でも、大事なのは身長ではありませんものね、寿命が少しは伸びたことを感謝しているのです。完全な麒麟になれなくても翼があるだけで全く違いますから」

そう言って、きゅっきゅっという音を楽しみながらちょこちょこ歩く翠紗を、優しげな眼差しで見つめた。

「翠紗様は大きくなられるでしょう。そしてきっと真湖紗様の麒麟だった『栄』のように、たくましく守護神として国と蘭紗様をお守りになる。私はそう確信していますよ」

歴史上もっとも愚かな王として名を世界中に知られる真湖紗王は、新人君の夫となる人だった。
新人君の来訪に気付き、死ぬまで諦めずに世界中を探してくれた方。
そのために財政難に陥った紗国は当時国民にかなりの無理を強いたという。
そう聞けばやはり愚王となるのだろうけど……

その真湖紗王にはいつも一番そばに、片腕で背には翼の生えた『栄』という軍神を置いていたという言い伝えがある。
戯曲などでは、その栄役を演じる役者はたくましい体付きの大きな男が大きな翼を背負って演じるのだ。

その栄が実は麒麟であったのだろうと推測したのは僑先生だ。
この予想と、森の民が書き残した栄の観察記録とまざりの研究書により、翠と波成様のことが判明した。

「翠は……ここに来てから全く大きくなっていないんですよ」

小さな体で蘭紗様とちょこちょこしている翠を後から眺めて僕は思わず余計なことを口走ってしまった。

「え?そうなのですか?」
「ん……なぜなのかはわからないんです。鳳凰によって体が新しく作り変えられ、健康体ですし、痩せていたのも最近は改善されてきているんですけどね、身長は全くなんです」
「……そうなんですね……ですが、成長にはそれぞれ過程がありますから。それに個人差も、もっと言えば麒麟の成長なんて人に当てはめても意味ないでしょうしね」

波成様はお医者さまらしく僕の気持ちに寄り添って的確にアドバイスをしてくれた。
そうだよね、あの子は人の子じゃないから、きっと成長の仕方も違うんだ。

「ありがとうございます。この不安を口にしたのは初めてで、波成様とお話できて本当に、よかった」
「ふふ……ありがとうございます、私なんかでよろしければ、いつでも!」

波成様は雪で真っ白な森を背に、キラキラと輝く笑顔を見せた。

「ああ、見えてきましたね」

前を見ると、蘭紗様と翠の向こうに王墓の屋根が見えてきた。
青い丸い屋根の先端に大きな輝く石がはめられていて、それがまばゆく光っている。
その丸い屋根の王墓はいくつもあり、その一つ一つに紗国王夫妻が一緒に入っているのだ。

「本当に……紗国は1万年の歴史と言いますが、すごいですよね。これだけあると圧巻です」

山の合間にどこまでも果てしなく続くような丸い屋根の連なりは、奥に行くほど昔の王墓となるらしい。

「一番手前にハリル様もいる、そう思うとなんだか……ちょっとうれしいです。ハリル様ともっとお話したかった」
「ええ、僕もお会いしてみたかったです」

その先代の王墓の前でこちらを見ながら手を振る翠に、僕も笑顔で右手をあげて振った。

中に入ると、花が手向けられた美しい祭壇があり、そこに線香が置いてあった。
蘭紗様、僕、翠、波成様の順番で線香を立てると、皆で跪いて祈りを捧げた。
ここを管理しているのは、森の民だ。
森の神殿に付随するものすべてを彼らが毎日こうやって美しく整えている。

「この中は……空気が違って見えますね」
「はい、凛として涼やかななのに、寒くもなく。不思議です」

ふと見ると、翠が蘭紗様の手を離れてトテトテっと祭壇に近づき、花に手をやり一本抜き取った。
「あ」と僕が思うよりも早く、なんと翠はスッと麒麟になってしまった、足元にはらりと着物が落ちた。

「え……」
「翠、どうしたの?」
「もしかして、教えてくれているのでしょうか……」

波成様は真剣な顔で祭壇をじっと見やった。

「作法にないことをしてしまうことをお許しいただけるのなら、私も試したいのですが」

蘭紗様はうんうんと優しげに頷いて、ちいさな麒麟姿の翠を抱き上げ、祭壇の前から僕の横に来た。
僕は小さな麒麟の鼻先にキスをして頭を撫でてあげた。

「では、失礼いたします」

波成様は静かに祭壇の前まで行き、震える手で花を一本取って胸にあて、祈りを捧げた。
そして仄かに光るのが感じられた……が、やはり翠のようには獣化しなかった。

麒麟姿の翠は、蘭紗様の腕の中で小さな声を発した。

「お花、毎日取りにおいでって言ってるよ」
「え?そうなの?」
「うん」
「どなたがそうおっしゃってるんですか?」
「えと、わかりません」

波成様の問いにはうまく答えられなかったけれど、翠はきっと天からの声が聞こえたんだね。
山の神様ともお話できていたからね。

「では、紗国に滞在中、毎日ここに通うことをお許しいただけますか?」

波成様は蘭紗様に笑顔で尋ねた。

「もちろんだ。ここはそなたに縁のある廟なのだ、誰にも遠慮はいらぬよ」
「ありがとうございます」

しばらく4人でそこに滞在して時間を過ごし、またゆっくりと山道を通って城に帰った。
王墓への門の前で僕たちには近衛が、波成様には跳光家の人々が待っていた。

麒麟の姿になって蘭紗様に抱っこされている翠に跳光の人々は一瞬驚いたが、皆にっこりして翠の美しい姿を見つめた。

これからどういう変化が波成様の身に起こるかは誰にもわからないけど。
死してもまだ、この世に影響を残している王の力を見たような気がした。

そして、波成様の寿命が数年しかないという危機は脱したようだけど、その長さが波羽彦王の数倍もの長さだったとしたら、それはまた別の悲しみを産むだろうとも、僕は思ってしまった。

蘭紗様に抱っこされておとなしくしている翠の姿を、僕はいつまでも見つめた。

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