狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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支度

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 もう少ししたら紗国に新しい年が来る。
この世界でもお正月というものがあるのだ。
日本にいた頃はその前にクリスマスシーズンがあって賑やかになったものだけど、さすがにこちらにはハッピーホリデイはないみたい。
お正月も王族皆で御本尊にお祈りを捧げるぐらいしか行事がなく、静かにお迎えするのだという。

残念だな……せっかく空飛ぶソリは実現してるのに……と、天馬たちを思い浮かべる。
自分がサンタになることが出来る素敵なチャンスだったと思うんだよね。

「薫様、来週のご宿泊のお着物ですけど」

里亜と真野と仙があれこれを一生懸命用意してくれている、サヨはお茶を淹れて運んできてくれた。
サヨはまだ見習いなので、こういう時は一歩下がっていることが多いと最近気づいた。

そして旅支度だけど……アオアイ旅行の時は侍女が一緒だったので、荷物の心配を自分ですることは無かった。
でも、来週から僕と蘭紗様は二人きりの旅行を予定しているのだ。
旅行といっても国内で、港に近い小さな町にある古い城に泊まるのだ。
僕の要望でそこには侍女も来ない。
だから、何が入っているのか何が必要かを自分で把握しておく必要があると思うんだよね。

「うん、着物って……あちらで着るのと、帰ってくるときに着るのと、寝間着ぐらいでしょ?」
「それは違います。王妃様なのですから、何かあった時の為に一応正装一式と……」
「ちょっとまって……さすがにそれは……今度は外国じゃないんだよ?国内なんだしお忍びなんだし」
「ですけど、王妃様なんですよ?何事があろうとも品位を損ねるようなことのないように……」
「えっと……夜会のお誘いなんてあるわけないし、あっても行かないし、僕と蘭紗様は二人きりになるためだけに行くの。これが前代未聞のことだってのも理解してるから、みんながどうしたらいいかわからないのも理解できるけど……ちょっと落ち着いて、僕の話をもう一度聞いてくれる?」
「はい……」

3人は神妙な顔で跪いた。

「いい?僕と蘭紗様はお互いのお誕生日をお祝いするために二人きりになりたいの。社交に出かけるのではないんだよ。それから、僕はこちらの世界のことはまだまだわからないことはあるけどね、突発的に夜会が催されることも国家行事がたまたまぶつかるってことも無いってことぐらいわかるよ、そういう可能性のない日を二人で選んだからなんだよ。だから正装はいらないの。二人でゆっくりしたいの。わかってくれないかな?」

3人はしばらく頭を下げていたが、ゆっくりと顔をあげて「お許しください」と呟いた。

「薫様の真意を推し量れずに、こちらの独断でお荷物を増やすようなことばかり……ごゆるりとなさるのに最適なゆったりした暖かいものを中心に選び直します」
「そうだね、ありがとう……それからなんだけど」
「はい」

3人は同時に僕の顔を見つめた。

「僕と蘭紗様のいない3日間、あなた達に休暇を与えます。それぞれ里に帰り、子供に会ったり親孝行してほしい。この事が異例のことで『どうしてお嫁様がいるのに帰ってきたのか?』と責められたいしないように、僕から君たちの家族あてに一筆書いてあるからね。後で渡すので、それを携えて里に帰ってきてほしい」
「え?」

皆が目を見開いて驚く中、とまどい気味にサヨが一言呟いた。

「私もですか?」
「そうだよ、みんなだよ……あのね、こういうのちゃんとしてほしいの。僕のために子供に会える時間が持てないとか本当はもっと改善してほしいけど、それもこの国の伝統だというのならそこはもう何も言わない。だけど、たまにお里帰りするぐらい良いじゃない?僕が翠を可愛がるように、あなた達にも子供がいるのならちゃんと抱きしめてあげてほしい」
「薫様……」

驚きながらも徐々に落ち着いてきた3人の顔を順番に見た。

「ねえ、サヨ以外は皆お母さんなんでしょ?ちゃんと子供にも向き合ってあげて。僕にとっては、数日ぐらい身の回りのことを自分ですることは何でも無いことだから。だけど帰ってきたらまたよろしくね……それからこれは毎年この時期恒例として行事に組み込むからね。こうやって一年に一度は里帰りしてほしい」
「はい……ありがとうございます」

戸惑いつつもなんとなく飲み込めてきたらしい皆に笑顔で頷いて、着物の選択をお願いして僕は翠を迎えに行くことにした。

翠は僕たちが二人で旅行に行く間、涼鱗さんとカジャルさんちにお泊りになっている。
とっても楽しみにしているんだよね。
うきうきするよね、はじめてのお泊まりって。
でも初めて自宅を離れて違う家に宿泊するのだから、それまではいつも以上に一緒にいて甘やかしてあげたいなとも思ってる。

近衛と一緒に学び舎に行くと、教師が慌てて出てきた。

「薫様、翠紗様は研究棟におられます」
「研究棟?」
「はい、絵画や雅楽、踊りのお稽古をする建物です。本日は絵の製作に熱心に取り組んでおられて、時間ギリギリまで描いていたいとのことでして」
「なるほど……見学は良いのかな?」
「もちろんですよ、こちらでございます」
「ありがとう」

僕は若い教師の案内で研究棟の2階に上がり、広い教室の中で一人絵を描く翠を見つめた。たすき掛けをして、エプロンを付けている。

横には見守る美術教師がいるようだ。
廊下から窓越しに見つめているのだけど、翠は集中しているので僕には気づかない。
一生懸命に描いている。
小さな背中が丸まって、床に置いた木のパネルに乗りかかるようにして絵の具を置いていく。
絵皿には色とりどりの絵の具があって、足りなくなりそうな色を横の美術教師が継ぎ足したりしていたが、やがてその美術教師が僕を見つけて、ギョッっとした顔で静かにゆっくりと歩き、廊下に出てきてくれた。

「これは……王妃様ではないですか!お迎えにいらしたのですね、では、翠紗様にそうお伝えして」
「いえ、待ってください。翠がせっかく集中して描いているのです、どうかもう少しこのままで。先生にはご迷惑でしょうが」
「いえ!迷惑だなんて!翠紗様の類まれなる美しい色使いを近くで拝見できるだけで……私のような平民には幸せな時でございますよ」
「平民だなんて……身分の上下で人の価値が決まるわけではないですから、どうかそんな言い方はなさらないでください。先生は翠の恩師なんですから……それで……いつもこんな風に根気強くお付き合いくださっているのでしょうか?」
「翠紗様は、一度絵筆をお取りになりますと素晴らしい集中力で描かれます。お小さいので大きな絵を描くのは大変なはずなのですが……今回の絵は、実は両陛下への贈り物として描かれているのです。まあ、内緒というか……ああ、言ってしまった……」
「え……そうなの……じゃあ……」

僕はフフッと笑ってもう一度翠の背中を見てから美術教師に頭を下げた。

「先生、どうか翠のことをよろしくおねがいします。僕が今日ここで見たことは無かったことにしてください。このまま下がりますので」
「王妃様……はい……仰せの通りに」

美術教師は素晴らしい笑顔で嬉しそうに言うと、礼をしてからまた教室に戻って行った。
夕方のゆるやかな日差しの入るその教室は、翠の為にあるアトリエのようで、美しい空間に思えた。
あの子が僕達のために絵を描いてくれている……
胸が熱くなって涙が出そうだった。

僕は翠のその姿を目に焼き付けて、そっとその場を離れた。
近衛達も何も言わず僕の後を静かに歩いてくれている。

今日見た我が子の姿は、一生の宝物になりそうだと……そう感じた。

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