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港町の古城4

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 森の丘に建つ古城から町まで飛翔ですぐだ。
寒い時期の夜なので、侍女たちが用意した着物から綿入りの足まで隠れる冬コートをしっかりと着込んだ。
蘭紗様は部屋着のまま出ようとしているので、僕が町中でも浮かない感じの色合いでコーデして着替えてもらって、同じく綿入りのコートを羽織らせた。
何着てもかっこいいから困る、自慢したくなるよね。

「町のことはご存知なんですか?」
「いや、我はそこまで知らぬが、漁師や外国船などの乗組員なども一時下船するし、とにかくすごい賑わいだぞ」
「そうなんですか?楽しみ!」

港町といえばのアオアイの賑わう様子を頭に思い出して、蘭紗様の手を握った。
扉を開けるとシンとした人のいない空気が新鮮で、人々に囲まれた暮らしに慣れてきたことを実感した。

皆が常にそばにいて、扉をあければ誰かが並んでいて、出かけるときには見送ってくれて。
蘭紗様は当然だけど、僕も本当に大切にされているんだよね。

「さあ」

蘭紗様は二人分の防護壁を張ってくれて、僕の手を握ってスッと浮かび上がった。
空からは少しだけ小さな雪が舞ってくる。
青い月がぼんやりと見えて、その月明かりで照らされた森は薄く輝いてよく見渡せた。
その森を下に見ながら飛んでいくと、やがて町灯りが見えてきた。
町は港を中心に放射線状に発展しているようだ。
まだ夜にしては早い時間なので、人通りもすごく多い。

僕達は建物の影にすっと降りて、身支度を整えた。
そして手をつなぎ直して路地に出る。
民家が立ち並ぶエリアのようで、ゆるやかな階段状になった道の端には鉢植えがたくさん置かれていて、可愛らしい花が咲いている。
上を見上げると3階建が多いようだ。
壁はレンガが多いようだけど、漆喰のようなものもあってヨーロッパ的に思えた。

城の近くにあるのは和風なのに、随分違うんだなと感じた。

住宅街を抜けると大通りに出た。
大勢の人が行き交う中に僕たちもスッと入り込んでお店を物色してみる。
看板は絵で示される物が多いが、どこもお酒の目印が多くて純粋なレストランというよりも、酒場のような気配だ。

「お酒を楽しむところでしょうか?」
「そうだな、上品な料理屋も中にはあるだろう、探してみよう」
「いえ、こういうのもいいじゃないですか!僕も20才になったし!」
「なるほど、日本での成人を迎えてお酒も大丈夫だと言いたいわけだな?」
「んー……まあ、ここ日本じゃないし最初から別に大丈夫だったんでしょうけどね」

僕たちは笑い合って一つの気になるお店に入ってみた。

その店は、赤いレンガ造りで蔦が這う外観で、窓も大きく中の様子がとっても素敵だったからだ。

お店は夜からの営業をはじめたばかりの時間帯らしく、人はまだまばらだった。

店員は蘭紗様を見て一瞬固まったので、「ああバレた」と僕は感じたけど蘭紗様は何も思わなかったらしく、そのまま二人席まで案内させた。

店員の目は終始泳いでいて何度も口ごもり、ようやく今夜のメニューを言い終わるとホッと安堵して魂の抜けたような顔をした。
蘭紗様はその様子を不思議そうに眺めていた。

「えと、僕はじゃあその、店の名物という貝と芋のオムレツと、紗国牛の煮込み、あとは具だくさんスープ、それからサラダは君のおすすめでお願い、好き嫌いはないから大丈夫だよ、分けて食べるから小皿をお願いね」
「ああ、お酒はぶどう酒をお願いする、グラスは2つだ」
「は!はい!わ、わかりました!!」

ギクシャクと動く店員を大丈夫かな?と見つめていると、小さな空間に押し込められたように座る蘭紗様がくすくす笑い出した。

「もしかして、さっそく我らの正体に気づいたのだろうか?」
「あの蘭紗様……そのオーラの仕舞い方は習ってませんか?」
「おーら?なんだって?」
「だからその、にじみ出る只者でない雰囲気ですよ、顔やスタイルが美しすぎるのは仕方ないですけど……」
「雰囲気を隠す?」

蘭紗様は首を捻りながら窓の外に目をやり、人々の往来を眺めた。

「みな普通に歩いていると思うが」

僕は声をあげて笑ってしまった。

「蘭紗様はね、王様でございますって言いながら歩いているような感じなんですって」
「だが……我のどういうところがそうなのかわからねば、隠せぬな。服装……は、そなたが選んだから大丈夫だろうが」
「まあ、それも一つでしょうけど」

僕はさきほど店先で脱いで店員に預けたコートを見た。
店の入口近くに衣紋掛けで掛けてある。

荷物の中から一番地味目のものを選んだつもりだったけど。
あんなに豪華な織りで、しかも軽くて暖かい素晴らしい生地のコートを作る人はこの町にはいないだろうなと思った。

「では、一つ、滞在中にここで街着を求めるのも良いな」
「でもね、服装だけじゃないんですよ……お顔が美しすぎるんですよ、そしてその銀色の髪と耳です、その色は王族の特徴なんですから皆知ってますから」
「そうか……では染めるか」
「やめてくださいよ」

僕がおかしくなって笑ったら、蘭紗様も笑い出した。

「ぶどう酒でございます!」

先程の店員が他の店員とともにやってきて、キレイなグラスを置いて、明るい色のぶどう酒を入れてくれた。
そして、そのままボトルをテーブルに置き、次に控えていた店員がサラダとスープと小皿を置くと、二人共ピューッと厨房に入っていった。

「怖いのだろうか?」
「んー……緊張してるんでしょうね」
「まあ、乾杯だな」

僕達はグラスを手に取り、キンと綺麗な音をたてて乾杯した。

「ふむ……なかなかまろやかな味が良いな」
「はい、飲みやすいですね……でもたくさんは無理そうかな……」

僕は飲みやすいだけに後でヤバいかもとちょっと警戒気味にグラスを見つめる。
江戸切子のような切込みがあって光を反射してとてもキレイだ。

「まあ、万が一そのようなことがあっても我が抱きかかえて古城に帰るから、大丈夫だぞ、遠慮なく飲むが良い」
「あはは! 帰り方の心配じゃないんですって」
「じゃあなんだ?」
「気持ち悪くなったらいやじゃないですか、前みたいに記憶が無いなんてのもいやですし……」
「なるほど……ならば、スレイスルウ液を我はいつも持っている、あれを少し入れてみよう。悪酔いが無くなるはずだ」

蘭紗様は袂からスレイスルウの液が入った小瓶を取り出し、ほんの一滴僕のグラスに入れた。
とたんに溢れ出す芳醇な花の香りに一瞬くらっとしてしまう。
人を酔わせるような素晴らしい香りだ。

「なんでそんなの持ってるんですか……すごく貴重なんでしょう?森のしずくだってわかったんですから……」
「だからこそだよ。万が一薫に何かあっても、これがあれば急場をしのげるだろう?」
「なるほど……って、僕になにかってヒドイですよぉ……」
「ふふ……何事も無いよう、我がそばにいるから大丈夫だ」
「そうですけど」

僕はもう一度グラスを手に取り、ぶどう酒を口に含んだ。
美味しさの中に深みが増し、そして甘みも足され、これはもう……めちゃくちゃおいしい……

「すごくおいしい……」
「そうか、気に入ったのなら、次もこうして飲んだらいいさ」
「スレイスルウって甘いんですね」
「そうだな、甘いな。薫は甘いものが好きだからちょうどいいではないか」
「はい、そうかもしれません!」

神秘的な青い透明な花……スレイスルウ。

それから取れるものが実は『森のしずく』であった。
そのことは先月正式に世界に向けて発表されたらしい。
購入希望者が殺到する中、嬉々として涼鱗さんと僑先生がルールを作りアオアイに提出し、つい先日アオアイで認められた。
二人の作ったルールが世界基準となった。

「元々はエルフの秘薬だったわけですよね?」
「そうだな」
「万能薬として有名みたいですけど、実際そうなんでしょうか?」
「んー、これさえあればなんでもというわけではないだろうが、確かにそういう側面があるのは実証されている」
「そうなんですか、これがあれば助かる命もあるってことなんでしょうかね」
「そうかもしれぬが、瀕死のものには逆に毒になることもある、使い方は注意が必要だ」
「その辺りは僑先生が?」
「そうだ、結局取引は国単位となりそうだが、僑が品を届ける際に取り扱いのことについて色々と教えるそうだ」
「なるほど……」

僕はサラダとスープを取り分け、蘭紗様の前に置き、まもなく来た肉の煮込みとオムレツをまたいそいそと取り分けた。
彩りよく、とっても美味しそうだ。

「なかなか美味だな」
「はい、おいしいですね!」

どれもこれもボリュームたっぷりで二人でシェアにしてちょうどよかった。

グラスが空いたのに気づいて、ボトルを持って蘭紗様のグラスに注ぐと、蘭紗様はにこりと微笑んだ。

「こうやって二人だけで過ごす時間など……考えつかなった。こんな風に心が満たされるものなのだな。薫、素晴らしい案をありがとう」
「え……そんな……」

なんだか恥ずかしくなって俯くと、綺麗な手で頬を撫でられた。

「愛しているよ、薫」
「はい、僕もです」


ふと気づくと……美味しい匂いの漂う店内にはいつの間にか客も増えて賑やかになっていた。
僕たちの座る席は少し角にあって半個室のようになっている。
そのせいで誰も蘭紗様に気づかず、皆自分たちの時間を楽しんでいた。

僕たちはその様子を笑顔で見守りながら、美味しいぶどう酒と美味しい料理で寒い冬の夜を楽しんだ。

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