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港町の古城5

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 港町の美しい古城での休暇はとても過ごしやすかった。
朝起きたら、さり気なく使った部屋やお皿などが片付けてあったりと、メイドさんが朝早くに来てくれているのがわかる。
僕は厨房に行って、彼女達が用意してくれた食材の中から適当に玉ねぎっぽいものや人参らしきもの、そして葉野菜を使ってスープを作った。
日本にいた頃のようにコンソメのキューブなんて無いけど、塩と香辛料でとっても美味しくなった……とする。

城の調理室で魔力操作のコンロの使い方を教えてもらっていたから、ここの設備で使えないものはなかった。

オーブンは温めておいたので、大きな丸いパンを切ってその上に玉子を割ってチーズを振りかけたものを入れた。
焦げないようにハラハラしながら見守って、いい感じになったので嬉しくなって取り出してお皿に並べた。
チーズもとろりだよ!

あとは、昨日町で買ってきたソーセージを焼けばいいかな……。

フライパンに油を引いて少しだけ焦げ目をつけたら、美味しそうな香りが立ってきた。
大満足で盛り付けて、レタスのような葉も彩りで添えた。

「よし!」

僕は大満足でフフンと鼻息荒くそれをワゴンに乗せようと振り向いたら、扉が開いていて蘭紗様が笑いながら僕を眺めていた。

「あれ?起きてらしたんですか?」
「ああ、とても美味しそうな幸せな香りが漂ってきたものだからね」

そう言ってゆっくりと優雅に歩いて僕を抱きしめた。

「本当に薫は……こんなことをする王妃が他にいるだろうか?」
「んー……どうでしょう?でも僕こんなことぐらいしか蘭紗様にしてあげられないし、それからこういうの楽しいって最近目覚めちゃって」
「うむ、見ていて楽しんでいるのは良く伝わってきたぞ」
「ふふ、うまく出来たかどうかはまた違う話ですけどね!まあ、食べられないことはないと思います」
「美味しいに決まってる」

蘭紗様は僕の額にキスをして、ワゴンに料理を乗せるのを手伝ってくれた。
僕はそれを任せてスープ皿にスープをよそって、ワゴンに乗せた。

二人でそれをカラカラと転がしながら食堂に向かった。
冬だけど城全体を蘭紗様が適度な温度にしてくれているらしくて、全く冷えない。
厨房は火を使うから暑いぐらいだった。

この城の一番大きな食堂は、美しいガラス張りのサンルームのようになっており、曇り空で少し粉雪の舞う風景が良く見えた。
「本当に風光明媚ですね。紗国はどこも美しいです」
「そうか……我も一度、薫の故郷を見てみたかったな」
「スマホで見るだけでは足りませんか?」

僕は笑いながらスマホを指差した。

「いや、あれはあれでいいのだが、やはりそこに身をおいてこそ感じるものもあるだろうしな。ああそう言えば、アイデンの研究は上手くいきそうだぞ」
「ええ?携帯電話の解体ですよね?うまくいきそうって、まさか直るってことですか?」

僕は中学生にしか見えない龍族の王を頭に思い描いた。
あの人はとても良い閃きをする、多分とても頭が良いと思うんだよね。

「いや、あの物自体というよりも、あれに近いものを作れそうだということだ。近いうちに試作を持っていくと報告があった」
「……すご」

僕は素直に感心した。
この世界とあちらとでは発展の仕方が違うのだ。
動力の根本が違うということもあるけれど、ああいう精密機器のことは魔力でなんとかできるという問題ではないと思うのだけど。

「これは、パンの上に玉子が乗っているのか?おいしそうだな」
「ふふ……それ、よく読んでいた漫画に出てくるメニューで一度作ってみたかったんですよね。チーズの味だけなので足りなかったらお塩をどうぞ」
「漫画とはあれか、以前話してくれた絵物語だな?」
「はい、そうですよ」

蘭紗様は上品な仕草で目玉焼きの乗ったパンにナイフを入れた。
そしてそれを口に入れて満面の笑みで僕を見つめた。

「これは……おいしいな。サンドイッチとも違うしチーズもまた合う……焼きたての香りもする」
「でしょ!こういうのあんまりお上品ではないから王様にお出しするメニューとしてはおかしいですけどね、二人きりの時に僕が作るのだったら良いかな?って」

エヘヘと笑って僕はそれを手で持ってぱくついた。
それを見て蘭紗様は「なるほど」と言って真似をして手で持って食べ始めた。
そんな姿もなんかカッコイイから困る。
見ているとちょっと照れちゃうんだよね。

僕は照れ隠しにスープを飲んでみた。
素朴な味だけど、朝ごはんにぴったりの味になっていてホッとする。

「スープは……これも作ったのか?」
「はい、野菜を切って水を入れてコンロで煮るのです」
「まあ……そう言うと簡単に聞こえるが……」
「日本では学校で家庭科の授業がありました、そこで目玉焼きとかスープとか色々作ったんですよ」
「そうなのか……そのようなことを教えるのは意味があってのことなのだろうか?」
「そうですねえ……食べるというのは日常生活に必要なことですから、自分で最低限こなせるように基本的なことをやらせるというのは大事かと、家庭科の授業でやったからといってすぐに身につくものではありませんけどね」

僕は肩をすくめた。
料理の出来ない人は実際日本でも多かったと思うから。

「なるほど、こういうことは一度でも体験しておくのが良いということなのだな……確かに重要かもしれんな」
「他にも、裁縫などもしますよ。糸を針に通すところから」
「そうか……繕い物も生活していれば自分でやらねばならぬことがあるということなのだろうか?」
「そうですねえ、ボタンが取れたりとか、紐が切れたりとか?」
「ふむ……」

蘭紗様は何やら考えながらスープを飲んだ。

「またこれは、おいしい……とても優しい味だ。薫が作ってくれたから特別にそう思うのかもしれない」
「あははっ!そうですよきっと、だって料理長にかなうはずありませんしね!」
「まあ、あれは紗国でも指折りの料理人だからな」
「ええ本当に、料理長のごはんはとっても美味しいです、毎日幸せです」
「うむ……それには同意するが、我はそなたが作る朝食を取ることが出来てこれ以上の幸せはないぞ」
「ありがとうございます」

見つめ合って微笑みあった。

ふと外を見ると、先程までそれほど日が差していなかったのに急に晴れてきた。

「わあ……晴れてきましたねえ」
「ああ、雪はちらついているが、日差しが出てきたな……今日はどうしたい?海が近いと言ってもアオアイのように泳いだりは出来ないがな、寒い冬だ」
「ふふ……泳ぐばかりが海ではないでしょう?」
「では、どうする?」
「そうですねえ……」

僕はぼんやりと外を眺めた。
遠くにうっすらと見える教会の屋根や、見張り台の塔などで、どの方向に町があるのかわかる。

「では……一曲聞いてもらえますか?僕バイオリン持ってきてます」
「そうなのか?製作家に調整に出したと聞いたような気がしたが」
「はい、でも代わりのバイオリンを貸していただいてるのですよ、それも素晴らしいものです」
「そうか、それはいいな。ではお願いしよう」

蘭紗様は嬉しそうに微笑んだ。

僕は朝ごはんの片付けをしようとお皿に手を伸ばしたが、それを制して蘭紗様は部屋を出ようという。

「でも、片付けを」
「メイドが昼過ぎにやってくる。彼女らの仕事を取ってはいけないよ?」
「ん……そうですね」

僕は納得して蘭紗様の差し出す手を取った。
二人で静かに食堂を出て、3階へ向かう。
そこは王が休暇を過ごすのにふさわしい設えの素晴らしい部屋だ。
僕たちはそこで昨日の夜を過ごした。

あまりに居心地が良いので「ここに住むのもいいな」と蘭紗様が呟いたのがおかしくて声を出して笑い合ったり、小さい頃の思い出話を二人で代わりばんこに話して時を過ごした。

「こういう何気ない日常の積み重ねが夫婦なんですね」

僕の言葉に蘭紗様は優しく笑ってキスをしてくれた。
その時ちょうど、朝にしか鳴かないという鳥の美しいさえずりが聞こえた。

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