狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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アトリエ

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 ようやく冬が去ろうとしている。
山々はまだ雪を被っているけど、城下町のあたりはもうところどころにしか残っていない。
僕は、蘭紗様が僕のために作ってくれたプールの岩場に座って町を飽きることなく眺めていた。
60階から見渡せる景色はそれはもう素晴らしいものだ。

ここから見るのが一番好きなんだ。

ポカポカと降り注ぐ日差しの中、僕は頭の中を空っぽにして、その岩場にじっと座っていた。

今日は何もない日。
研究所はちょっとした改装をしている。
研究者の人数が増えたのと、涼鱗さんとカジャルさんの居住区の拡張が雪解けに合わせて始まったのだ。

涼鱗さんとカジャルさん夫婦はこの期間を利用してラハーム王国に里帰りしている。
なんでも、涼鱗さんは紗国の宰相になったけれど、ラハームの王子だったことが無かったわけにはならないらしい。
今でも国に足を踏み入れれば「王子」という称号が付いているらしいんだ。
もちろん王位継承権なんかは無いけれど……つまり名誉王子みたいなもんだ……と嫌そうな顔で説明してくれたっけ。

本人は嫌がっていたけど、あの人や蘭紗様ほど王子という言葉が似合う人はいないんだよね。
皆が思う王子様像を具体化したような二人だから。
まあ、蘭紗様は王様なんだけど……

カジャルさんは嫁としてラハーム王国に初めて足を踏み入れるので、とても緊張していた。
だけど、涼鱗さんの家族は見た目はクールな王族なのに、心が温かい人達だ。
きっとカジャルさんだってすぐに馴染めるはず、それにあの人……他国の王妃様たちと過ごす時、すごくスムーズに会話を運ぶんだよね。
小さな頃から蘭紗様の横にいただけあるなと思う。

僕は、涼鱗さんのお母様の凛とした姿の中から見える、母としての暖かさを思い出した。
蘭紗様のご両親はすでに王墓にいらっしゃる。
だから僕にはお母様、お父様とお呼びする方がいない。
それを少しさみしく思った。

僕は足元に置いておいたバイオリンを持ち少し音を出す。
阿羅国のバイオリン製作家達は、波成様たちと一緒に帰らず、1年間逗留することとなった。
修行したいと申し出た紗国の弦楽器製作の男性がとても筋がよかったらしく、僕のバイオリンのあれこれや、これから紗国に輸出されてくるバイオリンのことを一手に引き受けられるよう、教育されているところらしい。

そう言えば先日……跳光家が代々引き継ぐ『武術教室』の名簿が僕の元に届いた。
僑先生の従兄・束さんがまとめてくれていて、それぞれの得意分野が丁寧に書かれてあった。
武術教室が武術や魔術の秀でた子を見出し育てるのなら、それの芸術分野もあっていいのでは?と言うことだ。

蘭紗や喜紗さん、そして涼鱗さんもとても喜んでくれて、協力しようと言ってくれた。
皆それぞれ王族らしく楽器や絵画、そして歌など芸術分野に造詣が深い。

僕は阿羅国のためにもバイオリンを広げようとしていたので良い機会かと思い、子供サイズのバイオリンを各サイズ5挺ずつ発注した。
子供のバイオリンのサイズは細やかに何種類もある。

最高級のものをとかそういうのではなくて、取り敢えず入門させるためのものだからと注釈を付けて。
そうじゃないとまた国宝級のものが送られて来そうだしね……

「薫様、建設担当の設計部の者がお話をお伺いしたいということですが」
「ん?わかった行くよ」

侍女の真野に呼びかけられ、岩場からバイオリンを持ったまま飛翔しプール脇の小道に降りた。
そして真野が差し出す手にバイオリンを預けた。
大事そうに丁寧な仕草で受け取ってくれた。

「応接室かな?」
「はい」

真野はにっこりと微笑んだ。
最近、真野は里に残した娘と文通を始めたらしい。
なかなか会えないのは可哀想だけど、それは彼女達がプライドを持ってこの仕事をしているのだから、そこにはもう何も言わない。
だけど、「子は自分がいなくても育つ」と平気で言い放つような心でいてほしくないと、そう思っていたから、それをとても嬉しく思った。

応接室には、痩せた男と背の高い大きな体の男が二人頭を下げて待っていてくれた。

「おまたせしてごめんなさい」
「いえ、とんでもございません」

二人は焦りながらあたふたと僕が勧めるままソファーに腰掛けた。

「翠のアトリエの件だよね?」
「はい、先日蘭紗様よりご依頼がございまして、大作を描かれることもおありかと考えますと、この程度の広さと、絵の具などの画材を収納する準備室も必要であるかと思いまして……」

僕は広げられた設計図を眺めた。
そこに注釈が書いてあるので、なんとなくわかるが、それぞれの大きさがどうなのかとかは頭で組み立てられない。

「ん……設計図を読み解くのは難しいけど……そうだね、僕の祖母は日本画が趣味で書いてたけど、水彩だからパネルを平面に置いて描くんだよね。結構広さがいるよね。あとにかわを溶かしたり温めたり……まあとにかく、火も使うし、それに水場はいるけど、それはどこになる?」
「はい、水場はここでございます。それから膠を湯で温めるのは、魔力熱の小さめのコンロで対応できるかと……それもこの水場の横におつけしましょうか?」
「うん、そうだね……顔料なんかは戸棚で管理できるように棚をお願いね、あと、筆はぶら下げたほうが良いのかな」

僕の思いつく疑問に答えながら帳面にメモしていているのは大きな体の男の方だ。

「あなたは設計者ではなくて?」
「あ……は、はい!私は現場監督です」
「そう、よろしくね、あとね、翠が絵を描くときには専門の助手を付けようと思うの。横で補助が必要だと思うから。その人の選出はもう済んでいて……仙、あの紙を持ってきて」
「はい、かしこまりました」

仙が持ってきてくれた名前の書かれた紙を設計者に渡す。

「絵の描かない僕なんかより、この人に聞いてほしいんだ。この人は市井で有名な画家に師事する若手芸術家なんだけどね、今回この人が翠付きの助手になってくれることになったんだ」
「なるほど……使い勝手の良いものにするためにも、本職の方にお話をお伺いしたほうがよろしいでしょうね」
「うん、お願いするね」

僕は二人にお茶とケーキを勧めながら、翠の美しい色彩の絵を思い出した。

翠は単なる子供ではない……と、あの絵を見てそう感じた。
成長の遅い小さな小さな体で、あれほどの大きさのものを一人で描ききった。
それだけでもすごいことなのに……あの絵のあの完成度は何なのだろうか。
それに、描いている時のあの集中力。
あれが全てを物語っているよね、絵を描いているのが好きだという気持ちがないと、ああはなれない。
だから、思いっきり絵を描かせてあげたい。
そう思ったのだ。

蘭紗様も、そして周りの大人達はみなそう感じたらしく、僕が翠にアトリエをと言ったことに深く頷いて賛成してくれて、カジャルさんは早速「良い助手になるかもしれない」と、一人の芸術家を推薦してくれた。

その人はカジャルさんの遠縁にあたる19歳の青年だ。
なかなか良い絵を描くのだが、家業を継がなかった為に家族から除け者にされてつらい立場なのだという。
だが、城で王子付きの助手を務めるとなればその冷たい目も無くなるだろうと、カジャルさんは少し目を逸しながら紹介文を渡してくれた。

本当に照れ屋さんだよね、人一倍優しい人なのにね。

建設担当の二人は僕に頭を深く下げながら帰っていった。
必ず良いアトリエを造りますと約束してくれて。

「薫様、そろそろ翠様の学び舎からお戻りになる頃ですね」
「そう?もうそんな時間?……じゃあお迎えに行こうかな」
「はい、かしこまりました」

仙は微笑みながら僕に綿入れのコートを着せてくれた。
外の空気はまだまだ冷たいのだ。
風邪を引かないようにと侍女達は気をつけてくれている。

毎朝のウォーキングもしてるし、ほんとはもうそんなに気を使ってくれなくても大丈夫なんだけどな……

僕は近衛を連れて部屋を出た。

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