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冬の最北端へ2 カジャル視点
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玄関にある鈴を鳴らし、しばし待つと、頭の禿げた男が出てきて俺の顔を見て驚いた。
「な……なんと!カジャル様では?」
「……うむ、そうだ。急ぎの案件があり参った。長を務める者に取次願う」
「かしこまりました!」
剥げた男は身なりも良く、品のいい佇まいをしている。
俺のことを一目でわかったことからも、王都に縁のある暮らしをしているのだろうと思われた。
長い廊下を歩き連れてこられた部屋は、地味だが広い応接間だった。
置いてあるものに派手なものは一切ない。
この地方特産の焼き物の類さえも。
「おまたせしました!カジャル様が御自らいらっしゃるなんて!」
慌てて現れた仮の長はまだ若く、俺とさほど変わらない。
「長老が倒れられたと聞いているが、どうなのだ?」
「はっ……義父はもう年も年ですから、寝たり起きたりの生活になってしまいまして、最近では物も忘れてゆく始末で……長を務められるような状態ではないのです」
「そなたは……娘婿と聞いたが」
「はい、私は長老の末娘の婿になります。若輩者ゆえ、すぐにこの町の長とは名乗れておりませんが」
「ふむ……だが……他に成り手がいないのなら、仕方ないではないか。いつまでも仮とせずに、きちんとしたほうが良いと思うがな」
「はい……あ……そんなことより、急な用向きとはなんでございましょうか?」
「ああ、それだが」
俺は背負ってきた荷物から幾つか書類と、それから持たされていた土産を出した。
「これは薫様から長老への見舞いだ。倒れた知らせは城にも届いていたので心配なされていたぞ。それから、薫様が孤児院から子を引き取られ、今王子として育てられているのは、知っているな?」
「はい!それはもう……私も蘭紗様のお誕生日の際には都にまいりましたので」
「なるほど……それで……そのお子が、蘭紗様の瑞兆として現れた霊獣であったということは?」
「はい……それは、各方面へと書面で知らされた折に、私も義父から見せられましたので」
「ならば話は早い」
「はぁ……」
年若い仮の長は腑に落ちない様子で、こちらを観察してきた。
その時ちょうど、お茶が運ばれ菓子とともに出された。
早朝から歩き詰めだった俺は、疲れもあり喉の乾きを急に覚え、その茶を一気に飲み干した。
給仕した女は驚いて、急いでおかわりを用意している。
「あの……」
「ああ、それでな、都の城下町の孤児院をめぐり、すこし騒動があってだな、つまりそこの管理者だった貴族が使い込みをして子らを正当な育成環境に置いていなかったのだ」
「……なんと……」
仮の長は息を呑み、溜息をついた。
「翠紗様の可愛らしさばかりに目を奪われ、そのような事件に巻き込まれていたなどと思いもせずに」
「それでだ、孤児院は廃墟寸前のボロ屋状態であったので、建て替えたり、また孤児院長を変えたりなど色々とな手入れをしたのだ。で……その不幸な孤児院の中でも、翠紗様はさらに非情な仕打ちを受けていた。そのことに心を痛めておいでの薫様は、各孤児院に使いをやり、実際に目で見て情報を集めて、修繕が必要ならすぐに取り掛かるよう号令を出された。
それから……他にかわいそうなまざりの子はいないか?また、まざりを産んで辛い立場に置かれている母はいないか?などを調べたいと思っていらっしゃる」
ポカンとした顔で俺の話を聞いていた仮の長は、手に持っていた湯呑を机に置いて、口元を引き締めた。
「そういうことでありましたか……なにか……貴族が取り立てられたという噂はここにも流れては来ていましたがそういうことだったのですね……であるとすると、うちの町にも小さいながら孤児院はたしかにありますが……あれは今、機能しておりませんので……」
「なに?」
「あぁ……悪い方の意味ではありません。うちの町は結束が固いのですよ。御存知の通り、どの町からも森と山に隔絶されて、自由に行き来もままならない土地柄もありましてね、町の者は現在約1000名ほどですが……小さい町ながら皆助け合いお互いを皆親戚同士のような付き合いをしています。何かの拍子に親を亡くした子がいようものなら、誰もが手を差し伸べるのですよ。一応、一時的に孤児院預かりとなるので、名簿には載せ中央に報告しますのでね、それで、孤児院に子がいると勘違いなさったのでしょうが……実際にはどの子も他家で大事にされ育っております」
「……なんと、すでに養子になっているということか?」
「いえ、養子とは違いますな……孤児院で孤児を集めて親のない子として育てるのではなく、家庭で預かり、家庭の中で見守り育てるのです。預かるという形ですな。ですので、中央から配られる孤児院の維持費は積み立てられ、その子らが学び舎に行ったり、留学したり、結婚の際にそこから出すのですよ、その子らの親が生きていたらしてあげたであろうことを、そのお金でしてやるのです」
優しい語り口調で語られたことは、俺には衝撃的な事実だった。
本来の使い方と違う使い方をしていることを、勘定方の佐佐あたりがどう思うかは別として、このように完全に助け合う精神でやれていることに感動を覚える。
「そうか……この町は……心が暖かいのだな」
「ははっ……そのようなお言葉はもったいのうございますよ」
「では……まざりの子が出たことはないのか?」
その瞬間、柔和だった男の顔が少し歪んだ。
俺はそれを見逃さなかった。
「いるんだな」
「……はい……おりますが、その子は10年ほど前に生まれ、すぐに亡くなったのですよ」
「で、その母は」
「その母は今現在も生きてはおるでしょうが」
「なんだ?」
お茶のおかわりを用意していた女がそこで口を開いた。
「その女は……私の妹なんですよ」
「な……なんと!カジャル様では?」
「……うむ、そうだ。急ぎの案件があり参った。長を務める者に取次願う」
「かしこまりました!」
剥げた男は身なりも良く、品のいい佇まいをしている。
俺のことを一目でわかったことからも、王都に縁のある暮らしをしているのだろうと思われた。
長い廊下を歩き連れてこられた部屋は、地味だが広い応接間だった。
置いてあるものに派手なものは一切ない。
この地方特産の焼き物の類さえも。
「おまたせしました!カジャル様が御自らいらっしゃるなんて!」
慌てて現れた仮の長はまだ若く、俺とさほど変わらない。
「長老が倒れられたと聞いているが、どうなのだ?」
「はっ……義父はもう年も年ですから、寝たり起きたりの生活になってしまいまして、最近では物も忘れてゆく始末で……長を務められるような状態ではないのです」
「そなたは……娘婿と聞いたが」
「はい、私は長老の末娘の婿になります。若輩者ゆえ、すぐにこの町の長とは名乗れておりませんが」
「ふむ……だが……他に成り手がいないのなら、仕方ないではないか。いつまでも仮とせずに、きちんとしたほうが良いと思うがな」
「はい……あ……そんなことより、急な用向きとはなんでございましょうか?」
「ああ、それだが」
俺は背負ってきた荷物から幾つか書類と、それから持たされていた土産を出した。
「これは薫様から長老への見舞いだ。倒れた知らせは城にも届いていたので心配なされていたぞ。それから、薫様が孤児院から子を引き取られ、今王子として育てられているのは、知っているな?」
「はい!それはもう……私も蘭紗様のお誕生日の際には都にまいりましたので」
「なるほど……それで……そのお子が、蘭紗様の瑞兆として現れた霊獣であったということは?」
「はい……それは、各方面へと書面で知らされた折に、私も義父から見せられましたので」
「ならば話は早い」
「はぁ……」
年若い仮の長は腑に落ちない様子で、こちらを観察してきた。
その時ちょうど、お茶が運ばれ菓子とともに出された。
早朝から歩き詰めだった俺は、疲れもあり喉の乾きを急に覚え、その茶を一気に飲み干した。
給仕した女は驚いて、急いでおかわりを用意している。
「あの……」
「ああ、それでな、都の城下町の孤児院をめぐり、すこし騒動があってだな、つまりそこの管理者だった貴族が使い込みをして子らを正当な育成環境に置いていなかったのだ」
「……なんと……」
仮の長は息を呑み、溜息をついた。
「翠紗様の可愛らしさばかりに目を奪われ、そのような事件に巻き込まれていたなどと思いもせずに」
「それでだ、孤児院は廃墟寸前のボロ屋状態であったので、建て替えたり、また孤児院長を変えたりなど色々とな手入れをしたのだ。で……その不幸な孤児院の中でも、翠紗様はさらに非情な仕打ちを受けていた。そのことに心を痛めておいでの薫様は、各孤児院に使いをやり、実際に目で見て情報を集めて、修繕が必要ならすぐに取り掛かるよう号令を出された。
それから……他にかわいそうなまざりの子はいないか?また、まざりを産んで辛い立場に置かれている母はいないか?などを調べたいと思っていらっしゃる」
ポカンとした顔で俺の話を聞いていた仮の長は、手に持っていた湯呑を机に置いて、口元を引き締めた。
「そういうことでありましたか……なにか……貴族が取り立てられたという噂はここにも流れては来ていましたがそういうことだったのですね……であるとすると、うちの町にも小さいながら孤児院はたしかにありますが……あれは今、機能しておりませんので……」
「なに?」
「あぁ……悪い方の意味ではありません。うちの町は結束が固いのですよ。御存知の通り、どの町からも森と山に隔絶されて、自由に行き来もままならない土地柄もありましてね、町の者は現在約1000名ほどですが……小さい町ながら皆助け合いお互いを皆親戚同士のような付き合いをしています。何かの拍子に親を亡くした子がいようものなら、誰もが手を差し伸べるのですよ。一応、一時的に孤児院預かりとなるので、名簿には載せ中央に報告しますのでね、それで、孤児院に子がいると勘違いなさったのでしょうが……実際にはどの子も他家で大事にされ育っております」
「……なんと、すでに養子になっているということか?」
「いえ、養子とは違いますな……孤児院で孤児を集めて親のない子として育てるのではなく、家庭で預かり、家庭の中で見守り育てるのです。預かるという形ですな。ですので、中央から配られる孤児院の維持費は積み立てられ、その子らが学び舎に行ったり、留学したり、結婚の際にそこから出すのですよ、その子らの親が生きていたらしてあげたであろうことを、そのお金でしてやるのです」
優しい語り口調で語られたことは、俺には衝撃的な事実だった。
本来の使い方と違う使い方をしていることを、勘定方の佐佐あたりがどう思うかは別として、このように完全に助け合う精神でやれていることに感動を覚える。
「そうか……この町は……心が暖かいのだな」
「ははっ……そのようなお言葉はもったいのうございますよ」
「では……まざりの子が出たことはないのか?」
その瞬間、柔和だった男の顔が少し歪んだ。
俺はそれを見逃さなかった。
「いるんだな」
「……はい……おりますが、その子は10年ほど前に生まれ、すぐに亡くなったのですよ」
「で、その母は」
「その母は今現在も生きてはおるでしょうが」
「なんだ?」
お茶のおかわりを用意していた女がそこで口を開いた。
「その女は……私の妹なんですよ」
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