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それぞれが抱えるもの

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 花の色で彩られる季節になってきた。
見渡す限り真っ白な銀世界なのも水墨画のようで美しかったけれど、やはり山々の木々に黄色や白や桃色の花が咲いていたり、城下町で花が咲き乱れているのは本当に華やかだ。

「薫、疲れていないか?」
「はい、全然疲れてなんていませんよ」

僕は笑顔で蘭紗様に返事をした。
ひざの上にいた翠も僕を心配そうに見上げたので、頭を撫でてやる。

今僕たちは馬車で揺られている。
ゆっくりと紗国を南下して、港に向かっているのだ。
急ぐ旅ではないので、せっかくならと景色を見ながら馬車に揺られていくことにしたのだ。
飛翔で行けば半日で行ける距離だが、馬車ならばたっぷりと2日はかかる。
わざわざそうしたのは、翠に見せたいからという気持ちだってあったけどね。

「まだまだ半分も来ていないが、慣れない馬車にずっと乗っているのは苦痛ではないか?」
「んー……まあ確かに慣れてはいないですけど、それほど苦痛でもないですよ。紗国の馬車は全然揺れないし」
「魔力で少し浮かせているから、衝撃は少ないだろうな」
「え?」

僕は初耳のその事実に驚いて言葉が出なかった。

「浮いているのですか?」

翠紗も驚いて窓の外に身を乗り出そうとするので、危ないと言いながら身体を引き寄せた。

「天馬に引かせて空からというのも良かったかもしれんが……ああ、帰りはそのように手配するのも良いな」
「うわ!お空!僕もそれがいい!」

翠紗が両手を上げて喜ぶので、僕と蘭紗様は目を細めて翠の笑顔に引き込まれる。

「ならばそうしよう。そなたは本当にかわいい子だな」

蘭紗様は僕の膝から翠を抱き上げて自分の膝の上に置いた。
翠は嬉しそうに蘭紗様の首に巻き付き、頬を寄せる。

「だけど本当に紗国は美しいですね。どこも丁寧に手が入っていて」

自然のなすがまま置いているのではこうはならない……僕は喜紗さんの講義でそう教えてもらった。
山も枝や葉を適度に手入れしているから、それぞれが日を浴びることができ、美しく生き生きと花を咲かせられるのだと。

なるほどと思った。
このあたりの山神様はきっと、そんなふうに慈しんでくれることを喜んでくださっているに違いないだろう。

……見守ってくださるふくよかな女神様の笑顔が見えた気がした。

そして、道すがら見える町や農村も、古くからあるだろう家は修繕の跡があった。
どこも歴史を感じさせる景色で、そして、丁寧に日々を暮らしていることが感じられた。

「あの大きな建物はなんですか?」

翠の質問に蘭紗様は笑顔で優しく答えていく。

「あれはカメラ工場だよ、ヴァヴェルの王はあそこで研究をされているのだ」
「え、あそこなんですか?」
「そうだ、最近はその近くにほどよい屋敷を見つけ買い上げ、そこに居を構えているようだ」

蘭紗様は少し呆れたような顔で小さな声で付け加えた。

「カメラ?」
「カメラは、あら?そうかまだ見てないかな?でもこれと同じだよ」

僕は袂からスマホを取り出しカメラを起動して蘭紗様と翠の二人を撮った。

「あ!写真!」
「そうそう、写真を取る機械をカメラというんだよ」
「じゃあ、それをあそこで作るんですか?」
「んとね……これはここでは作れないの、これは日本から持ってきたんだよ、紗国で作られているのは違う形なの、今度見せてあげるね」
「はい!」
「そういえばアイデン王の研究成果は素晴らしいですね……まさかあれを再現できるとは思いもしませんでした」
「そなたもそう思うか?」

僕は先週見せてもらったアイデン王の携帯電話の略図を見せてもらったところだったのだ。
早くも通信とカメラの2つの機能を持たせることに成功していた。

桜さんのガラケーを元にといっても……天才過ぎませんか?と言いたくなる。

龍族特有の魂の形が見えるという能力は、充電のやり方を編み出してくれただけでなく、携帯電話の中にあった電子回路なども理解できたというんだから……その天才ぶりにもはや驚きを通り越して呆れるほどだ。

小さなアンテナを介して、ほとんど魔力のない一般市民を使って実験を繰り返しているようだけど、少しでも魔力を流し込めれば通信を飛ばすことができるようになってきたらしい。

「あれが実現すれば、阿羅国などの行き来が難しい地域などとの通信が楽になりますね」
「だが、途中に立てなければならない基地局の問題があるから、遠距離はまた難しい課題ではあるな」
「そうか……そうですよね」

蘭紗様は完璧にこのことを理解できているようで、日本から来た僕のほうが色々と教えられてしまうほどだ。
そうか……電波を送るには基地局が必要だったっけ……

「だが……これは各国の間者などの仕事を助けることにも成り得るのでな……まあこのまま研究を進み完成してしまったら、軍事利用はもう止められぬだろうと思うのだよ」
「そうですか……」
「しかし、それがあっても戦争になどならないよう、我々は努力するしかない。戦争は人が起こすのだ、物ではないからな」
「そうですね」

僕は何気なく窓の外の景色を眺める。
この美しい世界で、かつて戦争があったなんて、にわかには信じられない。
日本という平和な国から来た僕は、本当に甘ちゃんなのだ。

「心配するな」

蘭紗様は僕の手を取り、優しく握った。

「そなたが責任を感じたりせずとも良い」

僕は静かに笑うしかできなかった。

やがて、馬車がキュッと静かにとまり、僕たちは休憩所に選ばれた大豪邸の前に降りた。
頭をさげて礼をしている人たちはこの豪邸を管理している繭良家の人たちなのだという。

繭良家……翠がいたあの孤児院の院長を代々出していた貴族だ。
あの孤児院での事が明るみになった後、院長が一生を塔で繋がれると決まった上に、勘定方の佐佐さんによって更に他の使い込みや収めるべき税の抜けを指摘されて、繭良家は厳罰を処された。

そして、ほとんどの財産が取り上げられ、孤児院長の兄であった前当主も10年の刑を受け、塔に繋がれている……

しかし、この豪邸のみは残された、それは住まうためではなく、こうやって王族が通る時などの足休めに使う為に管理を任されたらしい。

彼らは市井の民と同じ様にここに通って屋敷を維持するのだ。
つまりただの管理人だ。

もう貴族とは言えない彼らだが、挨拶の為にあげた顔を見てハッとした。
あの塔に繋がれている元孤児院長とは全く違う凛とした佇まい。
この人達には自分達が繭良の人間だというプライドがあるのだろうと感じた。

「ようこそお出でくださいました。ご不自由のないようお支度いたしましたが、なにかご要望がございましたら、なんなりおっしゃってくださいませ」

蘭紗様は現在の当主である年若い男に短くねぎらいの言葉を伝えた。
この年若い男は、どう見てもまだ10代だ。
自分の家が隠し金を持ち国に背いていたことを知らなかったに違いない。

奥に案内された。
玄関を入ると大勢の使用人らが頭を下げていて、迎えられる。
手の中に握った翠の手がちょっと強ばるのを感じて、僕はすぐに抱き上げた。
大人たちに傅かれるのに慣れていても、知らない大人達がただ頭を下げ続けているのは異様な光景だと感じたのだろう。

僕は抱きついてくる翠の頭をそっと撫でて、そのまま翠の顔を隠すように廊下を歩き出した。

蘭紗様はその様子の翠を心配気に見て、次に僕の顔を見た。
僕は安心させるように小さく微笑んで頷いた。

「お部屋はここから先をお使いくださいませ、最奥に岩風呂がございます。お食事はすぐにでもご用意できますが、どうされますか?」
「そうだな……まだ食事には早いので、先に湯を使おう」
「かしこまりました、お湯はすでに良い加減でございますので、いつでもどうぞ」

年若い当主はきれいな作法で僕たちに接してくれた。
しかし決して目を合わせてくれなかった。
表情は固く、そして緊張している。
僕はかける言葉が見つけられずに、唇を噛んだ。

静かに退室していった年若い当主は、何を思っているのだろうか。

自分らの身に起こった突然の不幸を受け止めて、そして与えられた仕事を精一杯している。

かわいそう……などという言葉は失礼だろう。

日本にいればまだ庇護されているはずの年齢で、すでに一家を背負っているのだ。
彼自身が悪かったわけではないけれど、これも運命なんだろう。

居場所が与えられ、一家が路頭に迷うことなくいられる。
見方によってはそれは幸せかもしれない。
あんな風につらそうに生きていてほしくはない……若者らしく前を向いて生きてほしいな。

閉められた障子を見つめ、僕はそう思った。

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