狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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春風のアトリエ1

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 今日はとても強い風が吹いている。
春の嵐といったところかな。
吹いてくる風に花の匂いが混ざっているし、暖かだから、ピューっと風が吹いてきてもなんだか笑顔になる。
よく見ると花びらや小さな葉も舞っていて、余計心がなごむ。

僕は窓から手元に視線を戻し、文をもう一度読んだ。

それは、城下町の孤児院からだ。

新しい孤児院長は町で多くの商店を持つやり手の大商人と聞いている。
城下町では皆に慕われて、これまでも無償で多くの人に手を差し伸べてきた人だと、後から知った。
僕は葛貫さんが推薦するからそれでいいと単純に思っただけだったけど、葛貫さんはちゃんと町人達の暮らしを見ていたんだ……さすがだなと感じる。

新しい孤児院の館が出来たときには僕も会ったけど、貴族のほんわりした感じとも、文官のかしこまった感じでもなく、武官のキリっとした感じとも違って、「あぁ商人っぽい」と思わせる人だった。
自然体で、王族に対する態度も過度ではない。
そして愛想が良かった。

日本で普通に暮らしていた僕からしたら、どこか懐かしい感じすらする人。

「薫様、内容になにか?」

カジャルさんが羽ペンを置いて僕をじっと見た。

「いえ、考えてみたら……翠が来てから結構日が経つんだなと思ったんです」
「ん?」
「このお手紙に、孤児院にいる子らの就職先について書かれてあるんです」
「そうか……15になる子がそういえば一人いたな」
「ん……みんな小さく見えましたけど、やっぱり栄養の状態が良くなかった影響でしょうかね」
「それもあるんだろうな……」

カジャルさんもどこかしんみりして頷く。

「それで……城の兵になりたいと言うことなんですよ、もう、訓練に参加しているそうです……15になったら自分もと、そういう子が他にもいるということが書いてあって……」

僕はなんとも言えない気持ちになった。
彼らは進路を考える時期に僕や蘭紗様を見た……そのことがきっと影響を与えたんだろう。

「まあ……悪いことじゃないだろう。城付きになるかどうかは置いといて、兵士になるのに孤児かどうかは関係ない、自分の頑張り次第でどうにでもなる仕事だ。それに今は平和な世の中だから彼らが命を散らすようなことにもならないと思うし」
「そうですね、彼らにとって将来の仕事というのは選ぶほどないということでしょうかね」
「今はそうかもしれんな……しかし、涼鱗はそれをなんとかしたいと思っているようだぞ」
「涼鱗さんが?」
「ああ、孤児の子らには後ろ盾がないから、例えば優秀な子がいたとしてもそれを磨くだけの資金もない。そういうところを支援したいと思っているようだが」
「なるほど……」
「実は……一人とても頭のいい子がいるんだ。その子は翠紗様を助けられなかったことを後悔していて、医師になりたいとそう思っているようで、涼鱗は学費を出してあげるつもりのようだ」
「紗国で医師になるには、どこの学校へいくんです?」
「学び舎を出てから受験するんだが、港町に紗国の医学院があるんだ。紗国の殆どの医師はそこ出身だ、僑先生や波成様はアオアイ学園の医学部出身だが」
「つまり、そこを受験させようっていうんですね、学力はどうなのです?あの環境で勉強してこれたとは思わないけど、受験に間に合うのかな」
「その子は今10才だが、2、3年ぐらい遅れたって構わないと涼鱗は励ましていた。少し見たが、かなり猛勉強しているようだし、なかなか悪くないと思うぞ」
「そうですか……皆、真剣に自分のことを考えられるようになってるんですね……」
「ああ、いい方向に向かってると思う」

カジャルさんはフッと微笑んでから、侍女にお茶をお願いした。

僕も溜息をついてから広げたものを少し片付けた。
まもなくおいしそうな香りの緑茶が運ばれてきて、城下町の和菓子屋『郷さと』の羊羹もだされた。
阿羅国の緑茶は正式に輸入が決まって、郷でも販売されて売れ行き好調なのだ。

「あー……やっぱり落ち着くなぁ」
「薫様はお茶が好きだな」
「カジャルさんはお酒のほうが好きでしょ?」
「まあ、そうかな」

顔を見合わせてハハっと笑い合う。

「香夜葉はどうです?」

僕は涼鱗さんが港町から連れ帰ってきた子の様子を聞いた。
親の為に幼い頃から働いていた子で、どこか翠にも通じる……しかも、もう二度と会えない親の面影を求めて泣いていたあの姿は、自分とも重なった。

「なかなか翠紗様のようにすぐに元気になってというのは無理そうだ……なんせ母が亡くなったことからまだ立ち直れていないからな」
「それは……そうでしょうね……香夜葉が暮らしていた家はどうなってるんです?なにか思い出のものでも取ってきてあげたら?」
「なるほど……いや待てよ……あそこはすでに更地になってるかもしれないな」
「というと?」
「国営のカジノにするために求人をしているのだが、職員の寮を建てるという計画だったはずだ、香夜葉の住んでいた場所がちょうどそのあたりでは……」
「……じゃあ……落ち着いた頃に一度戻りたいと香夜葉が望んでも、もう家は潰されてないし、思い出の一つも取りにいけないってこと?」

僕の言葉にカジャルさんはグっと言葉を飲み込んだ。

「……建設担当に聞かなくては……確かに、そうだな。香夜葉の住んでいた場所なのに勝手に片付けていいはずがなかったんだ」
「間に合うといいですね……」
「ああ……薫様、途中ですまないが……」
「いいんです、この作業は僕が一人でできますから、さあ急いで」

カジャルさんは力強く頷いて部屋を出ていった。

僕は一人作業室に残されて「フウ」と溜息をついてから資料を整理しはじめる。
各地から送られてくる孤独な子どもたちの資料だ。
簡単な項目を埋めればいいだけの紙を作り、全国に配ったのだ。
孤児院に入っていない子が、幼い身の上で誰かにこき使われている場合もあるから、これで全部ではないはずだけど……

孤児を育成するものには補助金を出すと表明してからは、商人や農家などからもポツポツと「孤児を預かっている」と書類が提出されるようになった。
一歩前進というところか。


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