狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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はじめてのお出かけ1

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 景色がどんどん変わるのを、天馬がひく馬車の窓から嬉しそうに見ていた久利紗様は、横に座る翠に話しかけた。

「のう、翠紗……妾の膝の上に来ぬか?」
「え、久利紗様」
「だめか?」
「いえ、駄目などと……」
「はい!僕おすわりします」

翠は久利紗様のお膝にちょこんと座り、優しく抱きしめられて頬を染めて喜んだ。

「ふふ……かわいいのう……」
「久利紗様は、小さな子がお好きですか?」
「ああ、好きなのだな、自分でも驚きだが。はじめて会った幼子が留紗と翠紗だから余計そう思うのかもしれぬな、なんせ親戚なのだ」

そう言って面白そうに笑った。

「しかし……蘭紗ものう……妾と一緒に馬車に乗るのがそんなに嫌だったのであろうか?わざわざ先にゆくなど」

蘭紗様は今頃、先に港町へ到着して、貿易関係の取りまとめをしているところだ。
それに嘘はないとは思う。
だけど、やっと人前に出てきた姉をすぐさま他国へ嫁がせることになるのだ、少しは気にしているかもしれない。

だけど先日、偶然王墓でお会いした波成様は久利紗様を歓迎したいと微笑んでおられたから、僕はもう、このことには触れないでおこうと思っている。

波成様はその後、誰にも王墓にお参りにいらしたことを告げずにサッと飛翔して港町へ戻っていかれた。

さすが跳光家の出……そう思わせる身のこなしと技術で衛兵も気付いていないようだった。

だから、あのときのことは蘭紗様にも話していないし、相談もされていないのに僕が意見を言うことも控えようと思っている。

第一これは天からの啓示なのだ、僕の気持ちなど意味がないんだから。

「そんなことはありませんよ……蘭紗様は先に行って、春の花祭りの始まる前にお決めにならないといけないことがあったからですよ」
「……というと? 何を決めるのじゃ?」
「主に貿易関係のことですね。各国から賓客がお見えなのに併せて外交も行うのです」
「なるほどのう……妾はそのようなこと、知らなんだ」
「特に今年は、サヌ羅さんが引退されて、後継ぎのカジャルさんの義兄、葛貫かつらさんが外交を担う最高責任者として初お披露目なので、皆さん張り切っておられます」
「サヌ羅……なるほどあのじいだな……じいはもう引退か」
「はい、70を越えられましたからね、領地に戻り、奥様と静かに暮らしたいということでしたよ」
「そうか……妾は、知らないことばかりじゃな。文献を読み漁り、いらぬ知識のみはたくさんあるのだが……こういった生きていくのに必要なあれこれをまるで知らないのでは、阿羅国に行っても前途多難であろうな……」

久利紗様はしょんぼりして翠の頭をゆっくりと優しく撫でた。
その姿が幼い少女のようで可愛らしかった。

「いけませんよ、そんな風に卑下なさっては……久利紗様の博学なところはきっと、阿羅国の発展に役立つと僕は思います」
「そうかのぅ」
「はい!」

久利紗様は僕の言葉に安心したような表情になって目を細めた。
きっと心の中では不安が渦巻いているのだろう……
なんせ15年もひっそりと、家族にも会わずに森の深くに閉じこもっていたのだ。

「もうすぐ港町に到着ですよ、海が見えてきました」
「あぁ……本当じゃ……はじめて見る……ああ、あれが海か……そうか……」

じっと静かに海を見つめる久利紗様の横顔は真剣で、どこかさみしげにも見えた。

「美しいですね」
「ああ、ほんとうに……」

僕達は空を駆る馬車で港町に来た。
蘭紗様との二人デートの時もそうだったので、港町の人々は慣れたもので見上げて手を振ってくれる。
それに僕たち3人も応えて手を振り返し、自然と笑顔もこぼれた。

眼下に広がる森もすっかり若葉と花とで色づいて可愛らしい。
雪景色の森も港町も美しかったけれど、春は心が軽くなるようだ。

「おとうさま!」

翠は、窓の外を見て小さな手をブンブンと大きく振って港の船に手を振った。

「え?どこに?」
「あのお船の上におとうさまがいて、だれかとこっちを見ていますよ!」

港に停泊している船は大きな豪華客船なのでもちろん見えるのだが……それに乗っている人までもが見える距離ではない。

「そなたは……目がいいのだな」

久利紗様も驚いて瞠目した。

「目で見えるのではなく、大きな魔力を持っている人を遠くから察することができるようなのです。蘭紗様や僕、それからヴァヴェル王国の龍族の方々などは特によく見えるようですよ」
「なるほど……それも霊獣のなせる技なのだろうか……」

久利紗様はじっと翠を見つめ、そしてフッと微笑んだ。

「じゃが、蘭紗と薫様が見えるのは魔力が大きいからだけではあるまい……父と母が大好きだからなのであろう、な?」
「はい!」

元気よく答えた翠は嬉しそうに微笑んだ。

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