狐の国のお嫁様 ~紗国の愛の物語~

真白 桐羽

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前夜祭3

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 阿羅国の楽団は花に囲まれた美しいステージに立って、演奏を始めた。
こちらの世界では珍しい弦楽合奏だ。
バイオリン、ヴィオラ、チェロ、そしてコントラバスの4つの楽器から奏でられるのは『小夜曲』
華やかでドラマチックで花祭りの前夜祭にぴったりだと思った。

演奏の前に、いくつか曲の候補を見せられて僕がこれを選んだ時、楽団の団長は嬉しそうに頷いた。

「私……実は、アオアイの演奏会では客席から薫様のバイオリンを拝聴させていただいておりました……あのような素晴らしい演奏をされる薫様にお会い出来る日が来ましたことを、心から感謝していおります。そして今私はとても幸せです」
「え、あの時に客席に?」
「はい、王侯貴族だけしか入場できませんので、楽団からは私だけが参りました」
「あなたは貴族なのですね」

団長の顔を見ると、黒髪に黒い瞳、かすかに黄色みがかった肌。
目元は波羽彦さんにうっすら似ている、血の繋がりが濃いのかもしれない。
そして波羽彦さんも団長も普通の日本の平均よりはかなり上背がある。
新人君が高身長だったためなのかな……うらやましいよね。

「はい、阿羅国にはっきりとした爵位はありませんが、代々音楽やその他文化のことを統括する家柄です、私は音楽方面を全面的に任されております」
「そうなんだね、どうかあまり気負わないで伸びやかな演奏になるようにね。楽しみにしています」
「はい!」

はじけるような笑顔を見せた団長は、今指揮者としてタクトを振っている。

美しい阿羅国の演奏は会場中に荘厳に響き渡り、その場にいる者の心を鷲掴みにした。
この世界の人々が初めて聞く弦楽合奏なのだ。
地球でうまれた音楽は、この世界でも人々を魅了している……この場に立ち会えた喜びが全身を巡った。

それにしてもお嫁様として渡ってきたバイオリニスト『タカシ・ハーラ・エルノー』の能力の高さに驚く。
全部のパートの譜面を覚えていたなんて、いくらなんでも……すごすぎるよね。
天才と言われていたのは知ってはいたけれど。

知られていなかっただけで、彼は地球にいたころからカメラアイの能力を持っていたということなんだろう。
見たまま全てを記憶する能力……それはもう、異能に近いよね。

30分ほどの演奏が終わり、鳴り止まぬ拍手の中で紅潮した頬の楽団員たちは皆で達成感に浸っているようだった。

「薫……バイオリンの演奏をと各国から要望があるのだが……無理はせずともよいが、もしそなたさえ良ければ」
「……ふふ……なんだかそうなる気がしたんですよね」

僕は遠慮がちに僕にリクエストしてくる蘭紗様をいたずらっぽく見上げた。

「ちゃんと調弦は済んでますから、弾けますよ」
「そうか」

蘭紗様の誇らしげな表情が僕の心をくすぐった。

仙が恭しく差し出すバイオリンの『ハーラ』を受け取り、ステージに向かう。
拍手をしていた賓客らは僕に道を開け、期待に満ちた顔を向けた。

「団長、一度も合わせないままなんて、無謀ですけど、いいですか?」
「もちろんですよ……皆感動に打ち震えております」

楽団員達は目を見開いて僕を凝視している。
予定になかったことなので、驚かせてしまったよね、ごめん……

「簡単な曲にしましょう……僕はこれを生業としているわけではありませんから、皆様の腕頼りです。よろしく頼みます」

僕は楽団が用意したリストの中にあった曲で、一番短い曲をそっと団長に告げた。
それはアンコールなどによく奏でられる曲で2分ちょっとの曲だ。
初合わせの僕たちにはそれぐらいがちょうどいいかなと思ったのだ。

「了解いたしました……薫様ほどの腕がおありなら大丈夫です。私の指揮もありますし」
「胸をお借りします」

楽団員は曲名がアナウンスされるとスッと顔を引き締めた。

そして僕が音を出すと追いかけるようにそれぞれのパートから音が出てくる。
追いかけっこをするような楽しく気軽な曲で自然と笑顔が溢れた。

いつしか現れたクーちゃんが、天井からぶら下がる花と葉の間を縫うように優雅に舞い飛び、その様子の美しさに皆息を飲んでいる。

あっという間に終わった曲だったが、達成感があって僕は涙が出そうになってしまった。
拍手の大きさや人々の歓声がうなるように僕を包み込んでくる。
練習不足だったし演奏そのもののクオリティーは低かったと思うけど、こんな風に心に残る演奏体験が出来てよかった。

僕は大きな冠を付けているためか、多少疲れを感じてフッとめまいを感じたが、なんとか耐え、そしてそのまま退席することにした。

会場を出るまではなんとか笑顔を維持して、蘭紗様のエスコートで退場したのだ。
皆笑顔でお見送りしてくれて気がついてなかったみたいで、良かった……

部屋までは異変を感じ取った蘭紗様が付き添ってくれ、そして感謝の言葉と優しいキスをたくさんくれた。
ほぼ同時に波成様が部屋に尋ねてこられ、「顔色が悪いですよ」と言いながら診察をしてくれた。
遠くから観客として見ているだけで僕の体調の悪さを察するとか、天才医師ですよね!

とりあえず、特に何の異常もなく「おつかれでしょう」ということで、波成様の煎じた体力回復の薬湯が処方された。

一人になってからなんとかお風呂に入ったまでは覚えているが、その後の記憶がない……寝てしまったようだ。
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