涙の出なくなった少女は、異世界から死者を呼び戻す少年と出会う

ベロシティ

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由羅の余すことなき敵意

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 公園に小さな子供たちが群がって入ってきた。四人が一つのブランコに危なっかしくぶら下がり、二人が前後から押している。
まだただの子供だった頃はよくやっていたなあ、と詩音は懐かしい気持ちになる。

「さて、」  

雨村はそんな光景など気にも留めず、ポケットから小さな透明の箱を取り出した。

「なにそれ?」

「俺が付けているのと同じ青いコンタクトレンズだ。これを愛咲が目に入れれば、痛くてたちどころに涙が溢れるだろう」

「わかった、やってみるね」

詩音は彼の手から箱をひょいと奪い、その中を開けようとした。
そこを雨村が慌てて取り返す。

「おいおい。冗談だよ、冗談! お前は馬鹿か」

「どうして?涙は出てくると思うけど」

「愛咲って見かけによらずヤバいな」

「雨村君が私に泣いて欲しいっていうから……」

「ああもういいよ、やりにくいなあ」

目が点になっている詩音の前で雨村は頭をかいた。

「今から真面目にやる。まず愛咲、涙を流すのは意味のないことじゃない。必要だから流れるんだ」

「どういうこと?」

「例えばな、」雨村は自信満々に言う。

「俺はドライアイだから生まれつき目の乾燥がひどい。涙に含まれるはずのムチン層が遺伝的に少ないのだ。だが俺は人並み以上に涙が出る。なんでだと思う?」

「さあなんでだろう」
詩音は首を傾げる。
ムチン層なんて単語は初めて聞いた。

「必要だからだ。ムチン層には涙が流れ落ちないように安定を保つ役割がある。俺の涙はムチン層が少ないから目が潤い不足を認知して大量の涙を流すのだ」

「そうなんだ。むちんそうってすごいんだね」 

「確かに凄いが俺が言いたいのはそんなことではなく、泣くことは悪い行為ではないということだ」 

「それは分かってるけどさ」

無邪気に遊ぶ子供たちの姿が、なんだかとても悲しい。

「私、涙が出そうになったら、潮が引いていくように感情が無くなるの。トラウマっていうのかな。私が泣いたらまた誰かが死んじゃう気がして」

詩音は俯いた。まただ。感情が押しつぶされるようなこの気持ち。

雨村もその様子を感じ取ったのか。

「今だ! 泣け、泣け!」

無茶苦茶なことを言ってくる。

「そんなので泣けるわけないでしょ」 

詩音は思わず笑った。

すると雨村は言葉を切った。意外な様子で詩音を見つめている。

「愛咲ってそんな笑い方、できるんだな」

「え、どういうこと?」 

「テレビで見る時はなんというか、すごい無理した笑い方だっただろ。今の方が、なんかこう、えっと」

急に雨村の歯切れが悪くなった。詩音は真っ直ぐに彼を見つめる。  

「今の方がなんて?」

「じ、人類にとって有益であるということだ。優良な遺伝子は、のちの世に優良な子孫を育むことができる。つまり……」

「つまり?」

「要するに可愛かったということだ」

雨村は目を逸らした。

「そんな事言われたの久しぶりだよ。ありがとう」 

詩音は微笑んだ。雨村は後ろを向いたが、心なしか耳が赤い。

「雨村君、どこ見てんの?」

雨村は振り向かず、微動だにしない。

「……北極星」

「昼だよ」

「俺は昼の星が好きなんだ」

詩音は、この人は何を言っているのだろうと見守った。その時。

「おい、変な顔して何やってんだよ」

高い声と共に、公園に一人の女の子が入ってきた。
茶色のショートヘアに肩まで見える奇抜な服、さらに太ももが完全に見えるくらい短いパンツをはいている。だが、その脚は魅惑的というよりかなり華奢な感じだ。
彼女はもう少しごはんを食べたほうがいい、と詩音は思った。 

「うわ、戸坂か。なんだよ」 

「はー? 聖が呼んだんだろ。ここで人間ボウリングしようって」

詩音は人間ボウリングとは何だろうと考える。その様子を見た雨村はやや恥ずかしそうに言った。 

「俺の自作ゲームだ。深く気にしないでくれ」

「そのゲーム由羅が友達になるまでずっと一人でやってたんでしょ」

「違うわ。友達か誰かと試行錯誤してやってたんだ」  

「友達って誰よ」

そう聞かれた雨村は眉にしわを寄せた。 

「それがなぜか思い出せないんだ」
「嘘つけ。聖に友達なんていないだろ」

「お前にだけは言われたくないね」 

「うわっ。ウザ」彼女は吐き捨てるように言った。 

「てかなんで由羅をほって別のことしてんの」 

「遅いだろ。とっくにもう来ないと思ってた」

「由羅は行かないなんて言ってない」  

彼女はそうわめいてから、詩音に鋭く目をやった。   

「誰?」

「俺の同級生だ。偶然会って今ここで話をしていた」

「ふーん」

彼女の目に敵意が籠っていることに詩音は気づいた。

「戸坂由(ゆ)羅(ら)さんっていうの?」

詩音はややぎこちなく尋ねる。

「そう」

「えっと、私と同じ北中?」
「由羅は西中だよ」

「そうなんだ、じゃあ初めましてだね」

「そう」由羅の表情は硬い。 

「おいおい、お前もうちょっと愛想よく話せよ」 

雨村が呆れたように口をはさみ、それから詩音の方を向く。

「だが愛咲も愛咲だぞ」

え、私も? 詩音は驚く。

「愛咲の『私』って言い方がやや固いんだよ。私、という一人称自体はいいのだが、愛咲はこう、ワタクシっていうニュアンスが強いっていうか、音節を区切り過ぎのように思える。それに会話の節々が子供っぽくなくて変な感じだ」

そうか、子役の頃、話し方に気を使い過ぎたからだ。と詩音は思う。

「もう少しこう、柔らかい言い方がいいと思うぞ」 

「わかった、ありがとう」

「聖が言える話じゃないだろ」
由羅がヒッヒッと爆笑した。

「言っとくけど聖が一番変な話し方だからね」

「そんなことはない! これが本来人間のあるべき姿だ」

「すぐに話を人間に広げるな」

「俺たちは紛れもなく人間だろ」

「だからその『紛れもなく』が変だっつってんだよ」 

二人が夫婦漫才のように掛け合いをしている。これはそっとしておくべきだろうか。

詩音はその場から離れようと二人に手を振った。

「遊ぶ約束してたのに急に入ってごめん。私帰るね」

しかし、「待てよ」とその手を掴まれる。

「まだ愛咲を泣かせてないだろ」 

「そんなこと言われても……」

「は? なんの話?」
由羅が間に割って入ってきた。

「戸坂には関係ない」
雨村は口酸っぱく言う。

「由羅だけ除け者にするつもりなの!」

にこやかにしていた由羅が突然大きな声を出した。詩音は思わず一歩後ずさる。反して雨村は少しも動揺していない。

「分かった分かった。じゃあ三人で何か面白い遊びでも考えるか」

「でもごめんねー聖。由羅、六時から塾だから」

「どっちなんだよお前は!」
雨村は呆れて言った。

「お前まだ行っているのか。やる気スイッチを押そう、とか言う塾に」

「そう。今から二時間寝てくるね」

「それは大層な金の無駄だぞ戸坂。そもそもやる気スイッチなんてものは幻想で、子供が勉強をしないのはスイッチが押せないせいではなく、スイッチを押して稼働する回路が構築されていないからだ。スイッチが押されるタイミングなんて実はいたるところにある。例えば良い成績を取って自慢したいとき、課題を早く終わらせられたらいいなと思ったとき、好きな人に振り向いてもらいたいとき。誰しもに勉強しようと思う瞬間がある。だから子供に足りないのはきっかけではなく、具体的な勉強方策なのだ。考えなければならないのはどうすればやる気が出るのかではなく、どうすれば勉強をしたいと思ったときに……」

「ああもう、うるさい! きしょい! ワンターンの話が長い!」

由羅が雨村の顔に腕を伸ばして話を遮った。

同感、と詩音は思ったが彼は不服そうにしている。 

「いいから由羅の塾まで付いてきて」

「やるかたなし」、と変な返答をした雨村は、由羅と一緒に歩き出す。そして詩音の方を振り返った。

「愛咲も来てくれ。まだ話したいことがある」

由羅がキッと雨村をにらんだ気がした。
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