涙の出なくなった少女は、異世界から死者を呼び戻す少年と出会う

ベロシティ

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思い出せないなにか

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 由羅を塾まで見送ったのち、雨村と詩音は公園へと戻った。
「悪いな愛咲。あいつちょっと変わった奴だから」

「うん。雨村君と同じくらい変わってるね」
「どうして俺がそこに入るんだ」

雨村はキョトンとした顔をしている。

「なんでもないよ」
「そうだよな、勘違いに違いない」

一人、納得したようだった。

「時間は大丈夫か?」

「うん。お父さんいつも遅いし、今日の晩は冷凍餃子をチンするだけだから」

「そうか、それならよかった」

雨村はさっきまで子供たちが使っていたブランコに座った。
目で詩音にも座るよう促す。

「なあ愛咲、『縞馬の剣』の一期の最後どう思った?」

一期の最後……

「正直、怖かった。もし自分があんな立場に置かれたら心がおかしくなってしまいそうだと思った」

詩音はあの場面を真剣に考えると恐ろしい気持ちになる。

東条真理は、この世からの「消失」を求める人間を斬り続けた。
縞馬の剣によって絶命した人間は、その亡骸も、血も同時に消滅する。東条真理には人を殺すことを快楽とする性は無い。剣のもたらす死は余りにあっけなく、伴うべきグロテスクも存在しなかったので、「殺す」という感覚が麻痺していたというのが真相に近い。
だがある時、彼女は死を求める人間を斬り損ねた。
首を刎ねる際、臆した男が体を逸らしたのだ。頸(けい)椎(つい)を外した刃は男の肩の肉を大きく抉った。血しぶきが舞い、白い骨が透けて見えた。男が獣のような悲鳴をあげる。
真理はわずかに動揺しつつも、口を結んで言った。

「待ってて。今楽にしてあげるから」

再び剣を振るおうとした真理を、男が掌で制した。

「痛い。お願いだ、止めてくれ」

何……。真理はその場で固まる。
男は泣いていた。

「許してください。もうやめます、もうやめます」

声を枯らして叫んでいる。つい先まで死を求めていた人間の姿とは思えなかった。
悪魔にとりつかれたのか。いや、こんな悲壮な姿の悪魔がいるだろうか。

「どうして……」

揺ぎなく彼女を動かしてきた信念が、何物かと相克し、渦巻いた。
その隙に、男は神聖なる処刑台から逃げるように帰った。

「大丈夫か愛咲?」

雨村が心配そうに尋ねた。

「お前辛そうなとき、本当にじっと辛そうにしているから怖いぞ」

「はは。大丈夫だよ」

つい感情移入し過ぎた。
詩音は耐えること以外に、悲しみから通り過ぎる方法を知らない。

「私……あ、詩音も真理ちゃんになりきってたから、あのシーンは見ててすごく辛かった」

「別に『私』でいいぞ」そう笑われる。

「やっぱりそうだね」 
一人称はなかなか慣れそうにない。

「初めて『縞馬の剣』っていうタイトルを聞いた時にはこんな話になるなんて想像もつかなかったよ。どうして作者は縞馬なんてポップな動物の名前にしたんだろうね」

すると雨村は遠い目をした。

「さあ、なんでだったかな。ガキの頃動物園に行ってその時だったと思うんだが、よく覚えていないな」

詩音は、本当に雨村は作成に携わっているのだろか、と考える。

「それはお父さんとお母さんと?」

「俺の両親は動物アレルギーなんだよな。だから誰だろう。思い出せない。友達か?」

雨村は首をひねっていた。なぜ思い出せないのか分からないといった様子だ。

「あ、そういえば一期の最後のこと、全然話せなくてごめんね」

詩音はいい答えが出来なかったことを謝る。

「いや、俺の方も嫌な事思い出させて、ごめんな」

雨村も気まずそうに言う。

「俺、愛咲を見て改めて思うんだ。子役はみんな泣いたり笑ったり演技して、時には子供らしくないくらい大人に気を使ったりするが、それは決してあくどいわけじゃなくて普通の子供より感受性が豊かな証拠なのだと。自分の気持ちや他人の気持ちが必要以上に分かってしまう繊細な精神の持ち主だって」

「あ、ありがとう」
詩音は恥ずかしくなった。そんなことは誰にも、ましては同世代の子供に言われたことなんて無かった。

「いや……俺も別に、そんな」

二人が照れ臭がっているうちに、公園の街灯がカチカチと光った。
太陽が地面に落ちたのだ。
それを見届けた雨村は、意を決したように言った。

「なあ、俺の話を聞いてくれないか。これまで誰にも言ってこなかった秘密の話なんだが」

声が少し震えていた。

「いいけど……」と詩音は言葉を濁す。

「どうした?」

「雨村君はどうしてそんなに私に構ってくれるの? だって今日まで私の事知らなかったんでしょ?」

すると雨村はこめかみを抑えた。

「そうなんだ。俺の家にはテレビがないから、ドラマが終わった後に愛咲の事を知る機会なんかなかった。でもなぜか、俺は愛咲をもっとずっと知っている気がするんだ。お前に隠し事はしたくないし、してはならないように思えるんだ」

「なんなのそれ」詩音は笑う。

雨村は何かを思い出そうとするように頭を抱えている。

「俺は時々大切なことを忘れているような感覚に陥る。だが愛咲といると、その歪(ひずみ)のようなものが解き放たれそうな感触がある。
だが学校が同じなのに気づかなかったのは不覚だな」

「それならしょうがないよ。学校では本名の木田詩音だから」

詩音の言葉に雨村は膝に手を叩いた。

「そうだったのか! だからか。ずっと間違えていてすまない」

「あ、でも愛咲でいいよ。愛咲はお母さんの旧姓だから。そっちの方が可愛いから、芸名に使おうってなったの」

「じゃあ愛咲でいくぞ愛咲」
謎に二回言った。

「おっけー。それで秘密って何なの?」

「よし。信じられないと思うが聞いて欲しい。だが、俺はこの秘密を振り返るだけで大きく心の平穏が乱れる。見苦しい顔を曝すかもしれない。それでも大丈夫か」 

「うん」

そして、大きく息を吐いた。
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