涙の出なくなった少女は、異世界から死者を呼び戻す少年と出会う

ベロシティ

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雨村の超自然

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「俺には東条真理と同じような力がある。迷える人の魂をこの世に呼び戻すことが出来る」

「え?」

静寂から突然放たれた言葉の意味に詩音は戸惑った。コンタクトの時のような冗談だろうか、とも思ったが、雨村の顔はいたって真剣だった。

「五歳の時だ。母の誕生日祝いに、家族三人で旅行をした。綺麗な海のある所で、俺たちは小型のボートに他の客も合わせて二十人くらいで乗っていた。だがその日、海がことのほか荒れだした。強風が吹きすさび、船は右へ左へとふらついた。そして船は転覆したんだ。俺たちは海に投げ出され、溺れた。一人だけ子供で体が軽かった俺は、みんなよりも遠くへ放り出されていた。海水を飲み、意識が朦朧とした。あの時は肺腑から死を感じたよ。抗えない強大な力がそこにあった」

詩音は手に汗をにじませた。

「時間が経てば俺は間違いなく死んでいたが、幸いそこは遠瀬ではなかった。すぐに救援がきて全員が助かった。だが一番損傷を受けていた俺は、三日間生死の境を彷徨うことになった」

「そんな」

「それでも俺は奇跡的に後遺症一つ残らずこの世に舞い戻ったかに見えた。だが実のところ、俺には強烈な後遺症が遺っていた。
死者と接触し、彼らを再生する能力が身についていたのだ」

「縞馬の剣のモデル」詩音はつぶやく。

「そうだ。この能力は俺だけに宿った不幸だった。誰もが持てるような力ではない。俺の叔父は霊媒師をやっていたから、そういった血の関係もあるのかもしれない。非科学的と思うだろうが、実際に超自然的なことが俺の身に起きてしまったんだ」

雨村は大きなため息をついた。その姿は哀愁にあふれていて、とてもさっきまでの傍若無人な彼とは同じ人物に見えなかった。

「不幸な死に方をした魂は数日間、まだこの世に漂っていることがある。俺が心を通わすことが出来るのはそんな魂だ。例えばやすらぎの橋などに行けば、俺は造作もなく彼らと接触することができる。あそこは自死に好都合な場所で、自殺者が後を絶たない。魂に姿形はないが、その存在が俺には分かる。真夏のアスファルトに見える陽炎のように、時空が歪んで見える所に彼らはいる」

「雨村君は、魂と話ができるの?」

「話す、とは少し異なる。彼らに触れると、俺の中に彼らの人生、記憶、感情が洪水のように流れ込んでくるんだ。初めはそのあまりの情報量に困惑するより無かった。しかし、脳がそれらを咀嚼していく中で、困惑は徐々に深い悲しみへと変わっていった。彼らのこの世に残した未練、消化できなかった無念が、俺にはありありと見える。そして、少し手を伸ばせば彼らを救うことが出来た」

「救うことが出来た」詩音は繰り返してみる。

「そうだ。魂を掴み、物理的に引き出すだけでいい。プロの格闘家が相手の鳩尾を見極めるように、俺は彼らに生を与える方法を感覚として理解していた。だが残念なことに、問題はそこにあったんだ」

言葉を切った雨村は腕時計を見る。時刻は七時十五分。雨村は遠慮したように詩音に目をやったが、詩音は「大丈夫」と頷いた。それで、雨村は話を続けた。

「俺はこれまでに二人の人間をこの世に蘇らせた。最初に生き返らせたのは自殺したライターだった。彼の魂と繋がったのは、小学二年生の時だ。その頃、俺は小説に傾倒していた。自分の身に起こっていることが信じられなくて、何かに逃避したかったのだと思う。普段は他人の強烈な記憶で心が潰れてしまうことを恐れて、魂と接触することを避けていた。しかし当時の俺は、ライターという職業にひどく興味を持っていた。だから俺は自殺した家のすぐそばで彼の記憶と繋がり、感情に巻き込まれた。
……衝撃だったよ。物語を書き続けても実らぬ日々。ゴミ屑と化した原稿だけがパソコンの容量を満たしてゆく。男はアルバイトの傍ら応募をし続け、ある時には最終選考まで残った。でもそこまでだった。はた目から見ればよいこともあった。文章力の高さに目を付けた出版社が、彼を編集者として雇ったんだ。男はそこで、一流作家たちの作品の編集、推敲に携わることになった。驚くべきことに、男が関与している作品には俺が知っているものも数多くあり、軒並みに面白い作品だった。男は発想力では他クリエイターに引けを取ったが、構成力、表現のうまさでは間違いなく他人にはない才能があった。彼が手を加えなければ駄作に終わっていたはずの作品だってたくさんある。それでも男の苦悩が晴れることは無かった。『お前は一から自分で作品を生み出すことができない奴だ』、そう頭にこびり付いた自己否定の悪魔は囁いて、肥大化し続けた。そしてついには男を押しつぶしてしまった」

雨村は悲痛な表情を浮かべる。詩音は彼を苦しめる記憶の数々を推し量られないことに対して、申しわけない気持ちになる。

「もちろん全てをその一瞬で知れたわけじゃない。俺の能力はそんなに器用なものではなかった。流れ込んできたのはただの感情の渦で、今話したのは後に増田さんから話を聞いて補完したものだ。だがそれでも俺の心を動かすには十分だった。涙を流した幼い俺は、彼の魂の中枢を掴みこの世に引っ張り上げた。
男がまさに生を受ける時、その瞬間のことは忘れられない。絡みつくような死の気配、とでも言えばいいのか。自分が溺死しかけた時のことがフラッシュバックした。あれと全く同じ、濃度で言えばさらに強烈な死がこの世に迸(ほとばし)るのを俺は見た。もちろんすぐに逃げたよ。魂のあった場所はぽっかりと空いていて、死の存在をそこに必要としているようで恐ろしかった。少し話はそれるが『縞馬の剣』の、人が存在しなかったことになるという設定はここからきている。あの穴に飛び込めば、きっと俺の存在は消えて無くなるんだと、この時も、そして次に人を生き返らせた時も俺はひしひしと肌で感じた。空いた時空はそれほどまでに生とは全く異なるものだった。
その穴からついに逃げ切った俺は、ライター増田洋一の死が全くなかったことになっているのに気づいた。関係者以外立ち入り禁止になっていたはずの家は、普通の一軒家に戻っていた。彼は苦悩しながらも、この世で生きていた。俺は自らが巻き起こした奇跡を知って舞い上がったよ。増田さんと沢山話そう。悩みを聞いて、仲良くなって、俺が考えた物語について意見を聞いてみよう、と浮足立った。
けど違ったんだ。俺は何も救っていなかった。増田洋一の姉が、彼と全く同じ日に死んでいたんだ」

雨村の声は掠れていた。呼吸が荒くなっている。

詩音は彼の隣に歩み寄って背中をさすった。聞きたいことは山ほどあったが、それよりも雨村の体調が心配だった。

「大丈夫? 今日はもう帰ろう」

「こんなことになるはずじゃなかったんだ」

雨村は力なく立ち上がった。空になったブランコが揺れている。
暫しの沈黙の後、ふと思い出したように独りごちた。

「結局、俺は誰と動物園に行ったんだっけ?」
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