世界平和を君に乞う

ベロシティ

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真矢の章

君は?

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『万引きとは何か』そう問われれば僕は迷うことなく人生と答える。僕は呼吸をするように万引きをする。働く気なんか毛頭ない。
そんなことしたら無駄に疲れてしまう。僕は自分の損になることはしたくない。そもそも自分の意思で生まれたわけではないのに生きる為の努力はしましょう、なんて勝手すぎると思う。うん、絶対そうに違いない。僕は何か間違ったことを言っているだろうか?世の人々は僕のことをクズ人間と罵倒するが、個人的にはクズで結構コケコッコーという感じだ。
だからこの日も僕は迷いなくスーパーを訪れた。
 ひどく暑い日であった。アスファルトや歩道に停められた車から、めらめらと陽炎が立ち上る。行きかう人々が半袖シャツに汗をにじませる中、僕は分厚い上着をまるで雪国から来た人のように羽織っていた。もちろん万引きのためである。恰好こそ不自然であるが、それを除けば僕は万引きをするとき常に自然体だ。おどおどして挙動がおかしくなることは一切ない。いつものようにスーパーに入って高価なものを手際よく上着の懐に隠し持ち、堂々と店をでる。
今日も見つからずに済んだ、そう思っていた。
「ちょっと、し、君何してんの?」
スーパーを出てすぐに後ろから肩を掴まれ、びっくりして振り返るときに体が力む。
「今、絶対万引きしてたでしょ。見てたから」
きめ細やかな白い肌に大きな瞳。少しウェーブがかかったブロンドの綺麗な髪の毛。その色味を引き立たせるような純白のワンピース。
ハッとする程の美少女が僕を見つめて立っていた。
「何だよ、あんたには関係ないだろ」
その台詞は声が裏返ったし、何よりいかにもモブっぽい。そう、どれだけ僕が気取った思想を持ったところで、所詮可愛い子には弱い。
「店に返しなさい、通報するよ?」
ロリ系の声かと思いきや意外とクールな声で、ギャップ萌え確定路線である。
だが僕も今は惚れている場合ではない。
「ごめんなさい。今すぐ返すので今回だけはお店に秘密にしておいてください」
すぐさまスーパーに戻ろうとして誠意を見せようとする。
すると美少女は僕の腕を強く掴んで、厳しい顔をした。
「駄目、許さない」
はい、まあそうでしょうね。
「だけどね、君が私のお願いを聞いてくれるなら特別に許してあげる」
よく見ると彼女の顔にはかすかな笑みが浮かんでいる。
「……」
んん??なんだそれは、おかしいぞ。この子は何を言っている?
漫画かアニメでしか聞いたことのない台詞に、僕は真意を測りかねて言葉に詰まった。しかし僕は彼女の話し方で何となく思う。どうやらこの子はわざとこんなことを言っているのだろうと。彼女からは圧倒的な顔面偏差値に裏打ちされた、したたかな自信を感じる。ここまで思考はわずか0.2秒。僕の明晰な頭脳は素早く回転する。
「何をすればいいんですか?」
美少女はしてやったりという顔をした。
「それじゃあちょっと一緒に来てよ」そう言って彼女は僕の手を握る。とても柔らかい。僕の明晰な頭脳は歓喜した。
眩しい太陽の中に日陰を探して、ひとまず僕と彼女は木々の影になった公園のベンチに腰掛けることにする。彼女は両手を膝に乗せ背筋をしゃんと伸ばして座った。セミがせわしなく鳴き、子供が数人鬼ごっこに興じて公園は賑やかだ。
「えっと、じゃあまず君の名前を教えてくれるかな」
彼女が改まって切り出した。 
「はい!加藤 真矢、16歳、趣味はカフェ巡りです!」
ここ最近で1番生きのいい声を出した自信がある。
「はい、ご丁寧にどうもありがとう。ていうか何なの、そのOLみたいな趣味は」
彼女は絵画の女神のように綺麗にほほえむ。
その童顔からこぼれる笑みは想像以上に可愛かった。僕は少し火照りながら、ホントは趣味じゃなくて時間潰しの為ね、と心中でぼやく。
「えっと、高校には行ってないの?」
「毎日スーパーに行って日々の糧を得る。仮にそれを教育と呼ぶのなら……」
「はい、つまり中卒ね」
おふざけがスルーされた僕は悲しんだ。
「それで、何なんですか?僕にして欲しいことっていうのは」
恥ずかしくなって慌てて話を戻す。
「君にね、頼みたいことがあるの」
彼女が至近距離に近づく。シャンプーのいい匂いがふわっと鼻腔に広がった。僕の心臓はオーバーヒート寸前だ。もちろん気温のせいだけではない。太陽との距離が今より近づいたら地球もきっとこんな感じになるんだろうな、と無駄なことを考えることで冷静さを保とうという高等戦術。
「今から私の家に来てくれない?」
失敗。核に異常が起こりマントルが噴出し、地球は無事に火の玉になる。
「どどど、どうしてですか?」
僕なんかが何のために、の意が含まれたインコ以下の日本語が辛うじて口をついて出る。全身が振り過ぎたカイロのように熱い。
動転している僕の前で、さらに大事なことを言うかのように、彼女はごくりと唾を呑んだ。
「急な話だけど私ね、今アキナリさんと一緒に住んでるの。彼はね、昔、幼女誘拐事件で捕まった人」 
「……」
セミが死滅する。地球は急激な氷河期に突入した。
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