世界平和を君に乞う

ベロシティ

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エピローグ

島根雪

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 降りしきる雪が若葉色のトレンチコートを白く染めあげる。
私が自分の実家を訪れたのは、実に十数年ぶりだった。
「まあ……桜」
玄関の外に立つ桜を見た母は、心の底から驚いた顔をした。
「10年でこんなに綺麗になって。母さん嬉しいよ」
私はわざとつっけんどんに答えた。
「お母さん、久しぶりに会ったふりしなくてもいいよ。お母さんが私の結婚式をのぞきに来てたこと知ってるから」
「ああ、そうなのかい」
母は決まりの悪そうな顔をした。
それから言いにくそうに口を開く。
「桜、子供のころは本当にごめんよ。母さんどうかしてたよ。お金が無いってことは人を狂わせるのよ」
「もういいんだよそれは」
母の言い訳はあまり聞きたくなかった。
「あんたがどこで何してんだかちっとも分からなくて、母さんは心配で仕方なかったのよ」
「心配してくれてどうもありがとう」
言葉通りの意味が半分、皮肉が残り半分。
「そんなことより今日はお母さんが再婚するって聞いたから祝いにきたのよ」
母はしみじみとため息をついた。
「悪いわねえ。でもね、今度の相手は本当に素晴らしい男の人だから」
「うん、全然知らないけど私もそう祈るね」
母は私の言葉に嬉しそうな顔を見せた。
「桜も会ってみるといいわ、きっと仲良くできるはずよ」
自分の娘がかつて元パートナーに酷いことをされたと大体わかっているはずなのに、再び平然と会わせようとするこの無神経さである。
「それはやめとくわ」
言葉に呆れが少し混ざる。
「そう……。また気が向いたら桜の旦那さんも一緒に遊びに来てね。母さんいつでも待ってるから」
「一応考えとくよ」
そろそろ寒いから家に帰りたい。
「服が真っ白になってるわよ。部屋に上がらないでいいのかい?」
母が心配そうに尋ねてくる。
「うん、今日は用事があるからもう帰るね」
「そうかい、残念ね。雪に気をつけて」
「雪は大好きだから、大丈夫」
何にも染まらない、真っ白なところが特に。
私は母に手を振って、来た道を戻ろうとした。
「待って桜」母が名残惜しそうに呼び止める。
「何?」母の意図が分からない。
「桜、旦那さんと助け合って、幸せな家庭を築きなさいよ」
母は一音一音を噛みしめるように言った。
‶幸せな家庭を築きなさいよ〟
母の眼差しは見たことが無いほどに真剣だ。
男に積年翻弄される母の姿は見飽きるほどにみてきた。私はその言葉が母の心からの願いであることを知っている。
「うん、わかった」
私は瞳を閉じて大きくうなずく。
「お願いよ、母さんの一生のお願い」
母は右手を桜に突き出した。温かい家に居たはずの母の手が痙攣している。
私は何も言わずに母の骨ばった細い小指を、自分の小指と固く結んだ。
重なった母娘の手の上に、真っ白な雪が舞い降りた。しかし凍えるはずの2人の手は、僅かに桜色に火照っている。

TURE END
 
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