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69話 ~練習~
しおりを挟む「……ぐぐぅ」
魔法武具の店、最奥。
4メートル四方ほどの狭い空間で、杖を持ったままうなだれる。
「まあ……こればかりは、練習を重ねるほかありませんからねぇ……」
グランチェスタも、若干哀れむような視線で、その様子を眺めている。
あれから約一時間。
例の杖を使いこなそうと練習をしているものの、まったくうまくいっていなかった。
端的に言うと、魔力が暴発するのだ。
つまり、ものすごく強い力になってしまう。
以前、たいまつに火をつけたあのちょっとの力が、この杖を使うと火球になり、さらに言うと、その火球が爆発する。
練習場所が、例の棟のさらに奥、専用の広い場所だったからよかった。
そうじゃなかったら、私はもちろん、グランチェスタもテルペロン鳥も丸焼きだっただろう。
魔物相手ならイチコロだろうが、日常生活じゃとても使える威力ではなかった。
「しかし、面白いですねぇ……あなたの魔力は、常人ではありえないほど強い。それなのに、力を操る能力がまったく育っていないとは……今まで、何百と魔導士を見てきましたが、こんな方は初めてですよ」
「えっとぉ……それは、私はとんでもなく才能がない、ってことですかね……?」
魔力ばかり強くて、操れない。
宝の持ち腐れ、豚に真珠、ということだろうか。
グランチェスタは、フフッと頬に手を当てると、ゆるゆると首を横に振った。
「才能というのは、見る角度によって変わるものですよ……本人が『自分はダメだ』と思ってしまったら、本当に終わりになってしまう」
彼女は、自らの杖を取り出すと、スッと目の前にかざした。
「例えば……あなたから見て、わたくしには才能があるように見えますか?」
「えっ、そりゃあもう……杖や魔法具を手作りされていて、お店まで構えて……その上こうして、私に教えてくださっていますし……」
「フフッ……ありがとうございます。故郷で、ごくつぶしとののしられていた幼い頃のわたくしが聞いたら、さぞ感激することでしょうね……」
「えっ……」
グランチェスタはヒュッと杖を一振りして、テーブルとお茶の缶、そして茶器を出現させた。
「わたくしの故郷では、魔力より体力……いかに畑を維持し、村を守り、子をはぐくんでいくかこそが正義であり、コミュニケーション能力こそが才能でした……わたくしのように、魔法に傾倒し、人との関わりを厭う者など異端」
目を細め、過去をなつかしむような表情をしている彼女。しかし、そのまなざしに恨みや苦しみといったものはなかった。
今はもう、何とも思っていないのか。それとも、すべてを諦めてしまっているのだろうか。
「……いろいろなキッカケがあって今ここに至れているだけで……杖を作るのも、こうして魔道具を作っているのも、わたくしには常人よりも魔力が少なく、維持できる間が少ないから。だから……今でも、わたくしには才能なんてものは、ないのかもしれません」
そう言って、彼女は笑った。
その笑顔は、嫌味も悲しみも憂いもない、芯からの微笑みだった。
才能がない人間が、才能をはなから諦めている。努力して今の地を得た人間の、悟りのような笑みだった。
「っ……それでも……グランチェスタさんの作ってくれたこの杖は、素晴らしいです。それに、入った時からずっと丁寧に対応して頂いて……私……ここのお店に来られて、本当によかった、って、思います」
最初の衣類の店では、変態だと追い出された。
今着ているローブだっていまだにキラキラゲーミングしているし、明らかに変人の姿だが、彼女はいっさいそこに触れることはない。
そればかりか、こうして親身になってくれているのだ。
他にどんなすばらしい店があったとしても、グランチェスタのような人はなかなかいない。
それは、才能よりも尊いことだ。
「ありがとうございます、ハナ様。でもそれは、あなたにも言えること……わたくしの説明を、キチンと聞き入れて実践する素直さは得がたいものですよ。それに……あなたには、そのあふれんばかりの魔力がある。わたくしや、他の魔導士の誰もが欲しがっても、決して手に入らないもの……どうか、大切にしてください」
「ハイ……どうして私がそんな力を得たのかはわかりませんが……がんばります。なにかの……誰かの役に、立てるように」
魔力。
この世界にやってきて、誰からも指摘され、そして羨ましがられる力。
でもこれは、自分の努力で身についたものじゃない。
むしろ、これのせいでロクな服が着られずに、むしろ迷惑している力でもある。
だからこそ、それを自分の管理下におけたら、きっとものすごい力を発揮できるだろう。
優しくしてくれたエアリスやヴィルクリフ、そしてテルペロン鳥や、このグランチェスタに、いつか報いられるように。
「グランチェスタさん、ホントにいろいろありがとうございます。……あとはもう……努力しか、ないですね」
いままでの、現状。
誰かが助けてくれたりだとか、この魔力とやらの暴走で、どうにか生き延びられてきた。
そこに、自分自身のがんばりなんてものはなくて、すべて成り行きまかせの旅でもあった。
しかし、物語というのは、主人公が自ら動いて、世界を救うものだろう。
私が主人公、なんておおげさなことは言えないまでも、ただ逃げているだけでは、物語のわき役にすらなれやしない。
「ええ……まずは、その杖を使いこなせるようになれば、きっといろいろなことができるようになりますよ。日々、練習してください」
グランチェスタは満足そうに微笑んだ後、ふむ、と唇に手を当てた。
「さて……そうだ。あなたにひとつ、お願いしたいことがございまして」
シュッと再び杖を振ると、置かれたテーブルの上で茶器がひとりでに動き、茶葉がセットされ、湧いた湯が注がれ、カップにお茶が注がれた。
おおすごい、全部自動だ。
感動している目の前に、コトン、とカップが置かれた。
「もしよろしければ……あなたの魔力を、少し頂けないかと思いまして」
「……魔力を? 杖も頂いちゃったし、こうして指導もして頂いてますし、全然かまいませんけれど」
カップに口をつける。
薄赤色のお茶は、紅茶とそっくりの味がした。
染みわたるような暖かさを堪能しつつ、杖をローブにしまい、右手を差しだす。
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