裸の天女様~すっ裸で異世界に飛ばされた災難ファンタジーコメディ~

榊シロ

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73話 ~火事~

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「マズイ……あれは、かなりマズイぞ」

 テルペロンが、慌てた口調で体を揺らした。

「ど、ど、どうしたらいいですかね!?」
「あの様子では、かなり炎が進んでいる。もう少し近づかねば、ハッキリわからんが……」
「わかりました! じゃあ行きましょう!!」

 屋敷の炎に町の人たちも気づき始めたらしく、野次馬たちがワラワラと集い始めている。

 今の位置からあの屋敷まで、徒歩十分といったところか。
 全力疾走すれば、すぐにたどり着くだろう。

(エリアスさん、ヴィルクリフさん……もう、逃げ出してるよね……?)

 ヴィルクリフは、呪いで死ぬところから蘇生している。
 エリアスも、毒で仮死になったところから生き返った。

 しかし、完全に死に飲み込まれてしまったら、助けられるかわからない。

(いや、ダメだ。テルペ様が言ってた。魔法は、思いや想像力が作用するんだって。私が諦めたら、使える魔法も使えなくなる)

 助けられない。

 チラリとでも考えてしまったら、きっとこの世界に馴染みのない自分では、魔法の効果は発揮されない。

 絶対に、助ける。
 必ず助けると、そう、思っていなければ!

 裸足のまま、全力で屋敷に向かって走りながら、心の中で何度も『助ける』、そう、くり返した。



「う、っ……!」

 バタバタと、屋敷前までノンストップで駆けつけて、思わずうめいた。

 あふれかえる、人、人、人の波だ。

 バタバタと窓や扉から飛び出してくる人、わたわたと慌てふためく人、かけつけた野次馬。まったく収集がついていない。

「に、逃げろ! 町の方まで早く!」
「水は、水はどうした! このままじゃ屋敷が燃えちまう!!」

 慌ただしく駆け回る人たちをザッと見回しても、エリアスもヴィルクリフもいない。

 忙しそうな人をどうにか捕まえて、

「す、すみません! この屋敷の人たちは全部逃げ出せたんですか!?」
「この状況でわかるわけないだろ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 ごもっともなセリフに、それ以上追及できずにすごすご引き下がる。

 どうしよう、どうしたらいい?

 人の邪魔にならないよう端に避けつつ、オロオロと戸惑っていると。

「はぁっ……はぁ、ま、待て、ハナ」
「あっ、て、テルペ様! ど、どうしましょう……!!」

 後から追いついてきたテルペロンが、息を切らしつつ、隣で息を整える。

「これは……火の回りが異常に早いぞ。もしかしたら……魔法の炎かもしれん」
「ま……魔法の炎? ふつうのとなにが違うんです?」
「魔法の炎は魔力が源ゆえ、ふつうの水では利きが悪いんじゃ。つまりこれは、作為的に放火されたかもしれん。しかし今は……その真偽を確認しておる場合ではないな」

 テルペロンはひとしきり説明した後、汗に濡れた顔を屋敷へと向けた。

「く……今のわしの力が、どの程度通じるか……っ」
「て、テルペ様?」

 彼はスッと姿勢を正したかと思うと、両手を屋敷へと向けた。そして、目を閉じて、小さくなにかをつぶやく。

「わ、そ、空が……!?」

 すーっと空の色が暗くなる。いったいなんだ、と視線を空へ向けたのと、ほぼ同時に。

 ザァーーッ

「あっ……雨だ!」

 冷たい雨粒が、降り注ぎ始める。
 ザアザアと水の勢いは強くなり、またたく間に炎に巻かれた屋敷へと降りかかり、その威力をそいでいく。

「わぁ……ホントに神鳥だったんですねぇ……!」
「ぐ、ぅ」
「え、ちょ……て、テルペ様!?」

 手を空へかざしていたテルペロンが、ふいにガクリとひざを曲げた。

「大丈夫ですか!? この雨は、やっぱりテルペ様が!?」
「そ……そうじゃ。しかし……やはり、ダメじゃな……力が、足りん……」

 そう彼がつぶやいて土にひざをついた途端、強く降っていた雨が勢いを弱め――パッ、と消えてしまった。

「ほ、炎は……」

 一度勢いを弱めた火は、プスプスとにわかにくすぶっている。

 先ほどまでの燃え盛る勢いはなりをひそめ、建物延焼速度は弱まったように見えた。

「て、テルペ様、やりましたよ……! 火、弱くなってます……!」
「そ、そうか……ぐ、ぅ」
「て、テルペ様……!?」

 よほど力を使ったのだろう。小さな体は立ち上がることなく、そのまま目蓋が閉じられた。

「す、少し、眠る……お主は、あの二人を、早く……」
「わ、わかりました……!」

 すぅ、とそのまま寝息を立てて目を閉じてしまった彼を、ひと気のない木の陰に横たわらせて、くるりと屋敷に向き直った。

 だいぶ炎は弱まり、濃くなった黒い煙があちこち上っている。

 動ける使用人たちはおおよそ避難したのか、もう中から飛び出してくる人はいなかった。

「……行くか」

 ごくり、とひとつ息を飲む。

 この体は、今まで幾多の困難に陥っても、キズ一つ追わなかった。

 事実、火災現場の真正面にいるというのに、わずかな熱のような圧は感じるものの、火傷するような熱波を感じることはない。

 火傷や炎からも、この魔力の層とやらが守ってくる。そう、信じよう。

 裸足の足を、スッと崩れた建物へと向ける。

 ひとつ息を吸って、吐きだした。
 もう一度息を吸って、さらに足を踏み出す。駆け出す。

「え、ちょ……そこの人! なにを!」

 周囲の人が、こちらの異常を感じ取って声をかけてくる。それを振り切るように声を張り上げた。

「中に、知り合いがいるんです! 救出しないと!!」
「え、いや、む、無茶だ、まだ火は残って」
「ご忠告ありがとうございます! でも!!」

 窓ガラスが割れて、開いた窓に向かって、ひとっとび。

「私、めっちゃ頑丈なんで!!」

 バリーン!!

 砕けたガラスの上に難なく着地して、そのまま駆け出したのだった。
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