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161.友だちの傷心旅行③(怖さレベル:★★★)
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まるで、リング。
貞子が、テレビから出てきてくる時のよう、な。
ズッ、ズズッ
這いずるような音と共に、
押し入れの中から、女の白い顔が出てきました。
「……――ッ!!」
金縛りで、悲鳴が上がらなかったのが幸いでした。
現れた女も、完全な無表情。
ふと、その女を見つめ「あれ?」と思いました。
(なんか……見覚えが、あるような……?)
病人のように生白く、髪の毛はザンバラになり、
表情も抜け落ちた無表情。
誰だ。これは、誰だ。
(……あ! もしかして……)
思い当たる顔が浮かび、俺はヒッと悲鳴を噛み殺しました。
(こいつ……ナオヤの、元彼女じゃねぇか……!)
浮気して、ナオヤを振ったという女。
昔、ナオヤと一緒に、ホテルでお札を剥がしたという、彼女。
何度か見せてもらった写真と同じ顔が、そこに亡霊のような姿で、
――いや、まさしく幽霊そのものの姿で、押し入れから身を乗り出しています。
こっぴどく振られて、落ち込んでいたナオヤ。
彼女の方は未練なんてサッパリないらしく、
いくら連絡をしても、返事ひとつくれないと嘆いていたのに。
女は無表情のまま、首をぐいっと伸ばして、
のぞき込むようにして、眠るナオヤを見つめました。
恨み、怒り、憎しみ。
そういった感情すらもまったくないような、虚ろなまなざしで。
(なんだ……なにが起きてるんだ……?)
女の隣、生気のない高木の目がぼうっと俺とナオヤを見下ろしています。
そこに彼の意志がないかのように、まるきり、蝋人形のように。
そしてその横で、女の上半身がさらに押し入れから這い出してきました。
胴をくねらせ、両手をピタリと沿わせて、
まるで、ヘビがのたうつ仕草のよう。
あまりに人間とかけ離れた動きに、
おれは気持ち悪さと恐怖で胃がひっくり返りそうになりました。
「……ぅ、っ……」
微かに、えづくような声が喉から漏れて、
あ、と思った瞬間。
ギシッ……ギギッ
ナオヤの方を向いていた女の顔が、
ゆっくりとこっちを向いたんです。
(ヤバイ……!)
起きていることが、バレた!
俺はとっさに目をつぶりました。
心臓はドクドクと高速に脈打ち、
焦りと恐怖で指先の感覚がありません。
息を殺し、浅く呼吸をして、まるで眠っているかのように装うものの、
きっと体は震えているでしょうし、まぶたもピクピクしているしで、
ちっともごまかせている気がしません。
(塩とかお守りとか、持ってくりゃよかった……!)
今更考えても仕方ないことが、脳裏にいくつも浮かんできます。
体感、三十分。実際には、数分だったかもしれません。
なんの物音もしない空気に、俺は少しずつ、焦れてきました。
(もう、さすがに……俺から興味は失ったか? いや、物音もしないし……消えた? それとも、まだ、あのまま……?)
今どうなっているのか、気になる。
もう、大丈夫なのか。まだ、ダメなのか。
(目を開けて状況を確認したい……したい、けど……っ)
ここで目を開けて、もし、アレと目が合ったら?
その時の恐怖を考えると、緊張で体はガチガチに固まってしまい、
一刻も早く安心したくとも、まぶたが動きません。
……ギギッ……
無限とも思える時間が過ぎた頃、ふと、押し入れがきしむ音がしました。
ギギッ……ギシッ……パタン
戸が、閉まる音。
閉まったということは――あれはいなくなった、ということ?
さっきから、だいぶ時間が経ったように思います。
朝に時間が近づいたことで、幽霊が引っ込んだのかも。
おれは、このまま目を閉じているべきか、
それとも薄目を開けて状況確認するべきか、悩みました。
気になる。とても気になる。
(よし……少しだけ、外の様子を見てみるか)
俺が決心をして、体をわずかに身じろぎさせた、次の瞬間。
シュッ――シュルッ
耳元で、なにか。
衣擦れのような、音がしました。
「……え……?」
反射的に。
おれは、わずかに動かしたまぶたを、パッと開けてしまったんです。
――顔、が。
女の、死人のように生白く、なんの感情もない、
どこまでも無機質で冷たい顔が、
俺のほんのすぐ目の前、顔同士がくっつくほどそばに、ありました。
「……え……」
声が出ません。
脳は凍り付いて、言葉ひとつ吐き出せないほど。
女は、おれと重なるほど近くで、口を開きました。
「おまえ」
低く、冷たく、なんの感情もない、声が。
「おまえ、邪魔」
無感動なその顔が、ニタリ、とまるで死神のように頬を釣り上げて、
俺はもう、その時点で意識を失ってしまいました。
ああ……翌日、ですか?
そりゃあもう……ひどいもんでしたよ。
俺と、いつの間にか布団に戻っていた、高木。
二人そろって、朝から高熱を出しまして。
ひとり元気なナオヤはオロオロしていたものの、
早めに宿をチェックアウトすることになり、
結局、ナオヤの運転で地元に戻り、医者にかかりました。
診断では、インフルエンザ。
四月も半ばの、季節外れの病気でした。
昨日の夜のアレを経験したおれにとっちゃ、
祟りか呪いで発熱したんじゃ、と気が気じゃなかったんですが、
インフルのクスリ飲んだらクスリ飲んだら回復したし、本当によかったですよ。
ただ……ナオヤの方が、ねぇ。
俺たちがインフルになってる間に、元彼女とよりを戻しちまって。
俺と高木は、止めた方がいい、
早く別れろって言ってるんですが、聞かないんですよね。
しかも、あいつ――いや、あいつの彼女。
なんでも、ナオヤを振ってから付き合った相手が裏社会のヤツだったらしくて、
そのせいでちょっと精神を病んじまってるらしいんです。
あいつ、それでも付き合ってやってるんだから、
ほんと盲目的っつーか、病的というか……。
『おまえ、邪魔』のあの言葉は、
ひょっとしたら、ナオヤの彼女への気持ちを無くそうとしていた俺たちを疎んだ、彼女の執念だったのかもしれません。
そうなっちまったのが、アイツらがホテルでお札を剥がしたせいなのか、
元からおかしかったのか……今となっては、わかりませんけどね。
ええ、おれの話は以上です。
聞いてくださってありがとうございました。
貞子が、テレビから出てきてくる時のよう、な。
ズッ、ズズッ
這いずるような音と共に、
押し入れの中から、女の白い顔が出てきました。
「……――ッ!!」
金縛りで、悲鳴が上がらなかったのが幸いでした。
現れた女も、完全な無表情。
ふと、その女を見つめ「あれ?」と思いました。
(なんか……見覚えが、あるような……?)
病人のように生白く、髪の毛はザンバラになり、
表情も抜け落ちた無表情。
誰だ。これは、誰だ。
(……あ! もしかして……)
思い当たる顔が浮かび、俺はヒッと悲鳴を噛み殺しました。
(こいつ……ナオヤの、元彼女じゃねぇか……!)
浮気して、ナオヤを振ったという女。
昔、ナオヤと一緒に、ホテルでお札を剥がしたという、彼女。
何度か見せてもらった写真と同じ顔が、そこに亡霊のような姿で、
――いや、まさしく幽霊そのものの姿で、押し入れから身を乗り出しています。
こっぴどく振られて、落ち込んでいたナオヤ。
彼女の方は未練なんてサッパリないらしく、
いくら連絡をしても、返事ひとつくれないと嘆いていたのに。
女は無表情のまま、首をぐいっと伸ばして、
のぞき込むようにして、眠るナオヤを見つめました。
恨み、怒り、憎しみ。
そういった感情すらもまったくないような、虚ろなまなざしで。
(なんだ……なにが起きてるんだ……?)
女の隣、生気のない高木の目がぼうっと俺とナオヤを見下ろしています。
そこに彼の意志がないかのように、まるきり、蝋人形のように。
そしてその横で、女の上半身がさらに押し入れから這い出してきました。
胴をくねらせ、両手をピタリと沿わせて、
まるで、ヘビがのたうつ仕草のよう。
あまりに人間とかけ離れた動きに、
おれは気持ち悪さと恐怖で胃がひっくり返りそうになりました。
「……ぅ、っ……」
微かに、えづくような声が喉から漏れて、
あ、と思った瞬間。
ギシッ……ギギッ
ナオヤの方を向いていた女の顔が、
ゆっくりとこっちを向いたんです。
(ヤバイ……!)
起きていることが、バレた!
俺はとっさに目をつぶりました。
心臓はドクドクと高速に脈打ち、
焦りと恐怖で指先の感覚がありません。
息を殺し、浅く呼吸をして、まるで眠っているかのように装うものの、
きっと体は震えているでしょうし、まぶたもピクピクしているしで、
ちっともごまかせている気がしません。
(塩とかお守りとか、持ってくりゃよかった……!)
今更考えても仕方ないことが、脳裏にいくつも浮かんできます。
体感、三十分。実際には、数分だったかもしれません。
なんの物音もしない空気に、俺は少しずつ、焦れてきました。
(もう、さすがに……俺から興味は失ったか? いや、物音もしないし……消えた? それとも、まだ、あのまま……?)
今どうなっているのか、気になる。
もう、大丈夫なのか。まだ、ダメなのか。
(目を開けて状況を確認したい……したい、けど……っ)
ここで目を開けて、もし、アレと目が合ったら?
その時の恐怖を考えると、緊張で体はガチガチに固まってしまい、
一刻も早く安心したくとも、まぶたが動きません。
……ギギッ……
無限とも思える時間が過ぎた頃、ふと、押し入れがきしむ音がしました。
ギギッ……ギシッ……パタン
戸が、閉まる音。
閉まったということは――あれはいなくなった、ということ?
さっきから、だいぶ時間が経ったように思います。
朝に時間が近づいたことで、幽霊が引っ込んだのかも。
おれは、このまま目を閉じているべきか、
それとも薄目を開けて状況確認するべきか、悩みました。
気になる。とても気になる。
(よし……少しだけ、外の様子を見てみるか)
俺が決心をして、体をわずかに身じろぎさせた、次の瞬間。
シュッ――シュルッ
耳元で、なにか。
衣擦れのような、音がしました。
「……え……?」
反射的に。
おれは、わずかに動かしたまぶたを、パッと開けてしまったんです。
――顔、が。
女の、死人のように生白く、なんの感情もない、
どこまでも無機質で冷たい顔が、
俺のほんのすぐ目の前、顔同士がくっつくほどそばに、ありました。
「……え……」
声が出ません。
脳は凍り付いて、言葉ひとつ吐き出せないほど。
女は、おれと重なるほど近くで、口を開きました。
「おまえ」
低く、冷たく、なんの感情もない、声が。
「おまえ、邪魔」
無感動なその顔が、ニタリ、とまるで死神のように頬を釣り上げて、
俺はもう、その時点で意識を失ってしまいました。
ああ……翌日、ですか?
そりゃあもう……ひどいもんでしたよ。
俺と、いつの間にか布団に戻っていた、高木。
二人そろって、朝から高熱を出しまして。
ひとり元気なナオヤはオロオロしていたものの、
早めに宿をチェックアウトすることになり、
結局、ナオヤの運転で地元に戻り、医者にかかりました。
診断では、インフルエンザ。
四月も半ばの、季節外れの病気でした。
昨日の夜のアレを経験したおれにとっちゃ、
祟りか呪いで発熱したんじゃ、と気が気じゃなかったんですが、
インフルのクスリ飲んだらクスリ飲んだら回復したし、本当によかったですよ。
ただ……ナオヤの方が、ねぇ。
俺たちがインフルになってる間に、元彼女とよりを戻しちまって。
俺と高木は、止めた方がいい、
早く別れろって言ってるんですが、聞かないんですよね。
しかも、あいつ――いや、あいつの彼女。
なんでも、ナオヤを振ってから付き合った相手が裏社会のヤツだったらしくて、
そのせいでちょっと精神を病んじまってるらしいんです。
あいつ、それでも付き合ってやってるんだから、
ほんと盲目的っつーか、病的というか……。
『おまえ、邪魔』のあの言葉は、
ひょっとしたら、ナオヤの彼女への気持ちを無くそうとしていた俺たちを疎んだ、彼女の執念だったのかもしれません。
そうなっちまったのが、アイツらがホテルでお札を剥がしたせいなのか、
元からおかしかったのか……今となっては、わかりませんけどね。
ええ、おれの話は以上です。
聞いてくださってありがとうございました。
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