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20.望みを叶える本・裏①(怖さレベル:★☆☆)

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(怖さレベル:★☆☆:微ホラー・ほんのり程度)
『20代女性 鈴木さん(仮名)』

……ええと、こんにちは。
私、鈴木チエコと言います。

昔から、勉強……特に、
地質や地理と、それに関わる民俗学などが好きで、
幼い頃から、よく親にはそういう本をねだっていました。

社会人になってもその興味は衰えず、
OLとして働く傍ら、
そういう方面の勉強会や同好会にも、
頻繁に参加していたんです。

そして、もう一つ。

あの、突拍子もない発言だと思いますが……

私、その……見えるんですよ、昔から。

……その、オーラ、
っていうんでしょうか。

幽霊とか、そういうモノとはまた違う、
その人自身がまとう気、みたいモノ。

その人の性質を表す色のほかに、
運気や気分を表すのがオーラの量や形で、
私は例えば、その人を一目みるだけで、
その人の性格や体調などを当てることができました。

そして、話は戻りますが、
社会人の民話同好会に参加した時のコトです。

その日のメンバーは七人で、
いつもSNS上でやり取りしている気心の知れた人たちの集まり。

オーラが見えるとはいえ、
さすがにSNS上での透視までは私はできないので、
こういったオフ会でいろいろな人の気の変化を見るのを、
ちょっとした楽しみにしていたのです、が。

「……え」

その日。

いつものメンバーの中に一人、
異彩を放っている人がいたのです。

その同好会でよく見る坂本という四十代の女性は、
いつもおだやかな黄色のオーラに包まれているのですが、
今日に限っては――妙なものが見えるのです。

それは……
ドス黒い、渦。

それが、彼女の黄色いオーラのまわりに、
いくつもいくつもいくつも存在しているのです。

「……なに、アレ」

あんなもの、今まで生きてきた中で、
一度としてみたことがありません。

あっけにとられている私を置き去りに、
彼女は同好会のリーダーであるニッシーと何やら談笑しながら、
資料用だという本を卓上に取り出していきました。

「今日も気合入れてきてるねぇ、サカモトさん」
「ええ、つい張り切っちゃいまして」
「いやぁ、いいことだよ。ねえ、チョコちゃん」

ニッシーは、
不意にこちらに話を振ってきました。

チョコというのは、チエコという本名をもじった、
SNS上で使っていたHNです。

「……そーですね」

私は内心の動揺を押し殺しつつ、
返事をしました。

ドロドロと渦巻く黒いそれに苛まれつつ、
坂本は気にならぬのか、ほがらかに笑っています。

その渦は、見た目通りにどこかまがまがしい雰囲気を放っていて、
私は、もしかしてこの人は死期が近くて、
それでこんなモノを身にまとってしまっているのではないか、
と悪い予感に身震いしていると、

「あれ? ……この本」

この会の主催であるニッシー。

その彼が、積み上げられた本のうちの一冊を
ひょいっと手に取ったのです。

「……あっ」

その途端。

ニッシーの、
おだやかな緑のオーラの上に、
ポン、と黒い渦が浮かんだのです。

「……ま、さか」

私はハッとして、
彼の手のうちにある黒い本を見つめました。

『望みを叶える本』と書かかれたそれは、
タイトルに反してやたら重厚感があります。

表紙に描かれた、真っ赤なルージュのひかれた唇が、
妙に生々しく見えて、私はゾッと目をそらしました。

別の人に呼ばれ、その場を離れた坂本さんをしり目に、
ニッシーは何気ない風でペラペラと本のページを捲っています。

「へぇ……」

なにごとか頷きつつ、
彼はドンドンと本を読み進めています。

そして――そのたびに、
彼のまとう緑の光がみるみるうちに弱く、
あの黒い渦に侵食されていくのです。

「に、ニッシーさん!」
「……ん、チョコちゃん。どうしたんだい?」

思わず声をかけて読むのを中断させれば、
風前のともしびのごとく薄まっていた緑の光が、
いくらか息を吹き返しました。

「あ、あの……ど、同好会、始めませんか」
「あ、ああ! そうだったね……
 せっかくみんなに集まってもらったんだから、そろそろ始めようか」

パタン、と閉じられた本は卓上に置かれ、
坂本さんたちのいる方へ彼は声をかけに向かいました。

私は、あの奇妙な本の置かれた場所に近寄り、
ジッとそれを見下ろしました。

「あれ? ……この本」

その表紙。

真っ赤な唇が描かれていた部分。

その唇の合間に――なにやら、
黒い汚れのようなものがあるのです。

私は無意識に、
その汚れを落とそうと、
スッと指を表紙に伸ばし――、

バチン!!

「わっ……!」

ビリッと触れた右手が弾かれ、
ハッと目の覚めるような心地で飛びのきました。

「な……何……?」

私は、
どうしてアレに触れようとしたのだろう。

どう考えても、ニッシーがアレに触れた瞬間、
渦に取り込まれそうになったのを、
確かに見ていたはずなのに。

引き込まれそうになったことにゾッとして、
私は慌ててその場から皆のいる机の方へ逃げ去ったのです。



そして、同窓会が終わり、
いつもよりも数倍疲れた気分でトボトボと駅から自宅への
道のりを歩いている途中でした。

ピッ

「ん?」

メッセージの通知でした。

相手は――坂本さん。

私は胸騒ぎがしつつ、内容に目を通して、
愕然としました。

あの本が、無くなった?

あの、触れた人のオーラすらも取り込んでしまう、
危険な本が?

私は今まで、何人もの人のオーラを見てきましたが、
オーラの色がドス黒く変色している人というのは、
軒並み命に危険があるような人ばかり。

それも、あんな渦に取り込まれるようなものではなく、
もっと足元からぼんやりと燻っている
程度でしか見たことがありません。

それなのに、あの本に触れた二人は、
まるで食われでもしているかのようにオーラが減って、
あげくに、
それを見ていた私すらも取り込まれそうになってしまった。

あの時弾かれたのは、
本当に運が良かったとしか言えません。

そんな――
そんな危険なモノが、行方不明に?

私はゾワゾワとした悪寒に苛まれる身体を抱きしめながら、
慌てて自宅へと逃げこみました。

もう、関わりたくない。
ただただ、その一心であったのです。



しかし、その夜のことでした。

昼間のできごとが否応なく脳内に思い浮かび、
私は眠れぬ身体をゴロゴロと布団の上で転がしていました。

夜も更け、時計の針が十二時を回ったころ、
ようやく私はウトウトと眠りの世界に入ったのです。



ハッ、と意識が戻ったのは、
どこかのアパートの一室でした。

「……ここは」

自宅とは違う間取りの、
一人暮らし用の寝室、
といった部屋。

キョロキョロ、と周囲を見回していれば、
不意に”それ”が目に入ってしまったのです。

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