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29.かったんからり①(怖さレベル:★★☆)

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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
『20代 井野さん(仮)』

あの……こういう話、
聞いたことがありますか?

ほら、戸棚ってあるじゃないですか。

戸棚でなくても、洋服ダンスとか、
ああいう、引き戸タイプの物入れ。

特に、倉庫とかに置かれている、
何年も長いこと開けていない引き出しとか、
中身の見えない棚。

そういうのを、
なにか用があって開けなければならない時。

開ける前に三回ノックをして、
「失礼します」と言って開けなければならない。

そうしないと――
”かったんからり”と出会ってしまう、と。

……うーん、
聞いたことがないでしょうか。

私は、幼い頃から両親、
祖父母にそう言い聞かされて育ってきたんです。

やっぱり、
うちの地方だけ……でしょうか。

戸棚を開ける前にノックする、というのは、
聞いたことがあるという知り合いもいたんですが。

”かったんからり”のことを、
他の地域の人は知らないんですよね。

いわゆる、夜口笛を吹くとヘビが来る、
に似た類のモノなのだろう、
とある程度の年になってからは
思っていたのですが、

うちの地方から、大学進学の為に都会に出れば、
周囲の人たちはまるでその話のことを知らなくて、
驚いたものでした。

私の住んでいた地方から同じ大学に行ったのはもう一人いて。

幼馴染である、
サクラちゃんという女の子です。

彼女は、母方の祖父母の家がこっちにあるということで、
そこから通いで大学へ行くことにしたそうです。

私はといえば、念願であった一人暮らしの為に、
学生用の安いアパートを借りて、
互いに課題を見せ合ったり、それぞれのうちに泊まったりして、
大学でも高校の時から代わらぬ付き合いが続いていました。



その日。

いつものように彼女の祖父母のお宅へお邪魔して、
二人で課題をこなしていた時でした。

課題の内容が、この辺りの地理に関する研究であったのですが、
私たちは地元がここではないので、進捗が難航していました。

「うーん……図書館行って、
 地図でもあさってこようか」

ネットの情報も限界があり、
あまり進んでいないレポートを前にして彼女に声をかければ、

「あー……あ、そうだ! うちの倉庫に、この辺りの
 古い地図がしまってあるってじいちゃんが言ってたんだ」
「え、そうだったの?」
「うん。こないだ、そういう内容をやってるって言ったら、
 好きに見て良いって言われてて……忘れてたー」

と、俄然やる気を出した彼女はグイっと身体を起き上がらせ、
外履きに靴を履き替えました。

「いっちゃんも行く?」
「うん、手伝うよ」

彼女だけを行かせるのも悪いと、
私もサクラちゃんの後に続いて倉庫へと向かいました。

「これがまた、しばらく入ってないらしくてね……
 ホコリがすごいんだ」

倉庫というよりは蔵、
という方がしっくりくるような立派な建造物のカギを
ガチャガチャと開けつつ、彼女は苦笑しました。

サクラちゃんの言った通り、
長い間開かれていなかったというソコは、
どこかカビたような臭いと、
砂ぼこりにススけた雰囲気が漂っていました。

「すごいね……年季入ってて」
「ねー。まぁ、お宝みたいなもんはないらしいんだけど」

と、少々残念そうにつぶやいた彼女は、
倉庫の奥にズラリと並んだ棚を眺めました。

「あ、かったんからりの儀式、やんなきゃね」

私はふと、地元では当たり前であったあの手順を思い出し、
ポン、と両手を叩きました。

「あぁ、例の? ……うーん、やんなくていいんじゃない?
 あれ、ネズミ避けみたいなもんでしょ。
 それに、こっちじゃみんな、知らないって言ってるし」

とはいっても、習慣づいたそれをやらない、
というのもどうにも気持ち悪いものです。

「まあ……そうなんだけど……」
「大丈夫だって! だってここ、地元じゃないし!
 かったんからりは、田舎に生息してるんだよ」

まるで動物か虫のように言う友人に、
私は思わず笑ってしまいました。

確かに、大学の友人で昔からこの辺りに住んでいるという人も、
そんな話は聞いたことない、と断言しています。

であれば、出現するはずもなく、
それに、ただ倉庫の中を探すだけだというのに、
なにをそんなに意固地になっているのだろう、
と自分自身が恥ずかしくなってきました。

「そうだよね。あんなの、只の言い伝えみたいなモンだし」
「そうそう。せっかくこっちに出てきたんだし、
 都会色に染まっていかないとね」

と、サクラちゃんも意気揚々と笑います。

気を取り直した私たちは、目的とする地図を探しに、
更に倉庫の奥の方へと足を踏み入れていきます。

「いっぱいモノがあるね……」

もう使えぬような古い冷蔵庫。

ネジや太いパイプなどの謎の部品。

半分に分断されている農機具など、
グチャグチャに潰れてドロで汚れたビニールシートを挟んで、
幾重にも重ねられていました。

「じいちゃん、昔、畑やってたからねー。
 ……あ、あった。ココだ」

機材の合間をぬってたどり着いた一番奥。

照明の届きにくい、奥まった場所に、
その戸棚たちは置かれていました。

「えっと……棚の、上から二番目の引き出し、
 ってばぁちゃんが言ってたなぁ」

サクラちゃんが、低い身長を必死で伸ばして、
一番手近にある棚の取っ手に手をかけました。

「あ……サクラちゃん、やっぱり」

私はさっきあんなことを言ったもの、
それを目前にするとどうしても身についた例のクセが顔を出し、
つい彼女を伺いました。

「もー、平気だって! さっさと地図見つけて戻ろ?」
「う、うん……」

彼女は何でもないことのように朗らかに笑い、
なんの予備動作もなく、ガラッと戸を開けてしまいました。

「ほーら。……何もないでしょ?」

彼女の開け放った戸棚の中は、
ただただ空洞の引き出しの内部があるだけです。

「そ、そうだよね……って、アレ?
 ……地図、ないけど」
「えっ? ……あれ、ほんとだ」

そう、棚の中には何も中身がありません。

「おっかしいなぁ。
 二つ目の引き出しって言ってたのに……
 いや、三つ目の引き出しだったっけな……」

などとブツブツと呟きつつ、
ガラッと三段目の引き出しを開きました。

「……んー……違うなぁ」

中に入っていたのは、
まるで関係のない着物関係の書物だったようで、
ポンポンと彼女はそれのホコリをはたいています。

「あ、私、こっちの棚を開けてみるね」

彼女にばかり任せっきりなのは悪いと、
隣に立つ、一回り小ぶりの箪笥の二段目の引き出しに手をかけます。

(ん? 引っかかってる)

引こうとした瞬間、くっ、
とつっかえるような感触に阻まれました。

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