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29.かったんからり②(怖さレベル:★★☆)

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「どした?」
「ん、なんか……引っかかってるみたい……よい、しょっ」

ぐっ、と力強く引いても、
棚はガコガコと揺れるばかり。

「むー……失礼します、よっと」

ガン! 足を箪笥の表面に支柱にするように突っ張り、
勢いよく引き開けました。

「はー……あ、空だ」

あれだけ力を込めたというのに、
結局何も入っていません。

一気に脱力した気分に陥っていると、

「あ、ダメだった? 最後の棚、見てみるかぁ」

彼女が最後、といったのは、
今開けた箪笥の隣にある、
更に二回りほど小さな戸棚です。

「ていうか、めっちゃ古いわ……
 これかなぁ、なんか年季入ってるっぽいし」

とサクラちゃんがげんなりと言う通り、
倉庫の中にある棚としては、一番古ぼけています。

「あたし、こっち開けるからさ、
 いっちゃんはそっちの箪笥、ぜんぶ開けてみてー」
「オッケー」

他の引き出しを揺すり、
ガコガコと中身を探っていくものの、
箪笥の中にあるのは、煤けたホコリばかりです。

「うーん……ハズレかぁ」

パタパタと服についたホコリを払っていると、

「……あっ」

隣で小さな戸棚を検分していたサクラちゃんが、
不意に声を発しました。

「あ、あった?」

私は地図が見つかったか、
と彼女の方を振り向きました。

が。

「サクラちゃん?」

その戸棚の二段目。

パカリ、とそれを開け放った状態で、
彼女はピタリと静止しています。

「おーい。地図、あった?」

引き出しを覗きこんだまま微動だにしない彼女の横顔は、
その長い襟足の為に見ることはできません。

「……サクラ、ちゃん?」

まるきり固まったままの姿勢の彼女に、
うすら寒い不安が湧き上がり、
一歩近づこうとしたその時。

キィ、バタン!!

目にも止まらぬ速度で、
彼女は引き出しを叩きつけるようにしまいました。

「あ……ごめんごめん。なんか、ボーッとしてたみたい」

すさまじい勢いで扉を閉めた彼女は、

どこか青ざめた表情で笑いました。

「だ、大丈夫? ま……まさか」

私の脳裏に再び、
”かったんからり”の名前が浮かんだものの、

「ち、違うって。あたし、埃アレルギーでさ。
 ちょっと気分悪くなっただけだって。
 ……地図、無かったのは残念だけど、戻ろっか」
「え、あ、うん……」

疑問を投げることを禁じられたような、
有無を言わさぬ彼女の雰囲気に押され、
私たちは倉庫を後にしました。

「さっ、課題やろうか」
「う、うん……」

どこか空元気のような明るい声に頷いて、
再び彼女の部屋で課題に取りかかりました。



(……大丈夫かな、サクラちゃん)

あの後、二人揃って課題に取りかかったものの、
彼女の様子はやはりおかしなものでした。

なにか話しかけても上の空で、
それとなく倉庫のことを訊ねてもはぐらかされて。

結局深く聞くことも出来ぬまま別れ、
土日休みを挟んで月曜日の今日。

何度かメッセージを送り合いはしましたが、
リアクションはどこか簡素で、
いつも明るい彼女にしては妙な反応ばかりです。

そしてその変貌ぶりは、
先日の倉庫のできごとが
関わっているに違いありません。

しかし、本人に話すつもりがなければ、
いくら尋ねてもどうしようもないのです。

私は何か彼女の為にできないかと、
ボーッと大学構内のベンチで時計を眺めていると、
ピコン、とスマホの通知が入りました。

『ごめん。今日、あたし休む』
「え……?」

私は、そのメッセージにスマホを握りしめて
言葉を失いました。

彼女は、小中高と皆勤賞で、
こんなドタキャンのような勢いで
大学のコマを休んだこともありません。

私は動揺する気持ちを押さえつつ、
ゆっくり身体を休めてほしいという旨を送信したのです。

が、しかし。

彼女は、翌日になっても、
一週間たっても、大学に姿を見せません。

いくらなんでも、おかしい。

最近めっきり返事が来なくなった彼女へのメッセージに、
今日見舞いに行くという内容を一方的に送りつけ、
様子を見に行くことにしたのです。



「あらぁ、ごめんね、井野さん。
 わざわざ来てくれたのね」

サクラちゃんのうちへ伺うと、
彼女の祖母が出迎えてくれました。

居間へ招かれ、お茶を頂きながら
本題を切り出します。

「あの。……サクラちゃん、
 身体は大丈夫なんですか」

「風邪、って本人は言ってるんだけど……
 外に全然出ようとしないの。何度言っても、かたくなに」
「外に……」

先日の倉庫でのできごとを思い返すも、
それに繋がるような記憶はありません。

「でも、仲良しの井野さんが来てくれたから、
 顔くらい出すでしょう。ちょっと読んでくるね」
「あ、お願いします」

言うが早いか、
彼女の祖母は二階へと上がっていきました。

「……遅い、な」

しかし。

五分たっても戻ってくる様子がありません。

なにかあったのかと、
今から出て二階の階段へと近づくと、

「もう! いい加減出てきなさい。
 お友だちが来てるのよ!」

ダンダンと扉を叩く音と、
祖母がどなる激しい声が響いてきます。

あまりの様子に、
私はあわてて階段を駆け上がりました。

「あ、あの、どうしたんですか」
「あ……ごめんなさい。この子、いくら言っても、
 部屋から出てこようとしないのよ」

困り果てた表情で額を押さえる彼女に、

「ちょっと、声をかけてみます」

と言いおいて、
彼女の部屋の前に立ちました。

「サクラちゃん! 私、井野だよ。開けて良い?」

そう、声をかけると、

「……いっちゃん?」

確かに、サクラちゃんの声が聞こえました。

「うん。ねぇ、開けてくれる?」
「……ううん、開けていいよ」

私は許可が出たので、
しきりに心配する彼女の祖母に頭を下げてから、
カチャリと部屋の扉を開けました。

「……こんな姿でゴメン」

と、目前に現れた彼女の姿は変わり果てていました。

健康的であった肌色はくすみ、
目の下には濃い隈。

髪は艶を失ってバサバサで、
まるきり病人のようなありさまです。

「ど、どうしたの、サクラちゃん!」
「あ……あのさ、戸、閉めてくんないかな」

質問には答えず、真っ先に半開きのままのそれを指摘され、
私はわたわたとそれをきっちりと閉じてから、改めて尋ねました。

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