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30.カーブミラーと山頂の影④(怖さレベル:★★★)

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「ひっ……う、わ、コレ……」

受け取った河本もビクッと肩を揺らし、
たじたじと後ずさります。

「え、なになに? 心霊写真?」

興味をそそられたらしく、近くにいた小野里が、
ひょこひょこと河本の方へ向かいました。

「だ、だめ。小野里、これ……見ないほうがいいよ」
「えーっ? ずるいよ、ひがっちゃんと先輩だけなんて!
 せっかくの心霊写真、見たいじゃん!」
「いや、でもね……」

と、二人はなにやら問答を続けています。

あたしは隣で放心状態の先輩が気にかかり、
背中をポンっと叩きました。

「うわっ……ひ、東さん」
「せ、先輩? ……そんなヤバイ写真なんですか」

軽く触れただけで跳びあがらんばかりに驚かれ、
あたしはたじろぎつつ先輩の様子を伺いました。

「お、おお……最後の、カーブミラーの写真にさ……
 ちょっと、写り込んでたもんがな……」
「……最後のカーブミラー?」

あの、背を向けて立っている人物が一瞬見えた、あの。

「はは……いやぁ、やっぱ、
 冗談半分で来たのがダメだったかなぁ……」
「ええ、先輩。突然何言ってるんです」

いきなり後悔の台詞をつらつらと吐き始めた先輩に、
あたしがさらに言葉を続けようとした、その時。

「ひっ……わ、わぁあっ」

と、河本の怯えた悲鳴が響き渡りました。

「か、河本!?」

常軌を逸したそれに、あたしが慌てて彼女を見れば、
ガクガクと全身を震わせつつ、ある一点の方角を見つめています。

「く……くび、首……っ!」

首。――首?

あたしは、全身に浮かぶ鳥肌そのままに、
彼女の向いた方向を、見てしまいました。

誰もいない展望台。

星の瞬きと、森を見下ろす夜景の
ほのかな明かりで照らされている美しい風景。

それを、遮るように。

ぽっかりと、
宙に浮く黒い塊。

「あ……あ」

開いた口から、
意味もなく呼気が零れていきます。

その目前に浮かぶもの。

それは、頬を強ばらせ、
眉を憤怒の表情にゆがめた、
強烈な憎悪の感情を宿した、
男の首であったのです。

「あ……あ、わわ、わっ……」

両手を震わせてうろたえる先輩にも、
どうやらアレが見ているようでした。

ギョロリと見開かれた目は血走り、
寸断された首からはドポドポと黒い血液が滴って、
真っすぐにこちらを睨みつけています。

ヤバイ、逃げなくちゃ。

そう思うものの、
真っ向から憎悪を向けられた身体は怯えきっていて、
指一本すら動かすことができません。

「えっ? み、みんな……どうしたの?」

しかし、恐怖に竦む三人のさなか、
小野里の緊張感のない声が
あたしたちの金縛りを解きました。

「く、車へ……早く!!」

あたしは震えを抑えるようように、
大声を上げて自分の頬を叩きました。

「河本! 小野里を!」
「う、うん!」

状況を理解していない小野里を河本に任せ、
あたしは緊張が解けて尻餅をついてしまっている先輩を助け起こしました。

「先輩! 早く逃げましょう!」
「あ……あ、ああ……」
「先輩ッ!」

視線が定まらぬ彼の背を叩き、
半ば引きずるようにして車内へひっぱっていきました。

「あたしが運転する! 小野里は先輩見てて!」
「あ、う、うん……」

未だ正気を失ってグラグラと揺れている先輩を後部座席に押し込み、
あたしは車のハンドルをグッと握りしめました。

「東、大丈夫?」
「ん……目に入れないよう、ひたすら真っすぐ走る……!」

気遣う河本にヤセ我慢のサムズアップを送り、
あたしは慎重に車を走らせ始めました。

「……ひ、っ」

下りの曲がり角。

まず最初のカーブミラーに、
ひょろりと細い影が映り込みます。

「ッ……河本、見えた?」
「……見えた……」
「だよね……」

助手席で、真っ白な顔色でギュッと拳を握る彼女を確認しつつ、
奥歯を食いしばりながら、
二つ、三つとカーブミラーを通り過ぎていきます。

そのたびに、チラつく人影と、
妙に光を反射する光がチロチロと映ります。

「…………っ」

もはや会話すら消えた車内で、
祈るように両手を組んだ河本と、
呆然自失の先輩、おろおろする小野里。

それに決死の表情で運転を続けるあたしと、
まるきりカオスな雰囲気の中、
どうにか事故を起こすことなく、
キャンプ場へと戻ってくることができたのです。



それからは、大騒ぎになりました。

なんせ、肝試しを企画した先輩はいつもの明るさが露と消え、
ブツブツと独り言をひたすら呟きつづけていて、
一緒に付いて行った後輩三人は恐怖の表情でブルブル震えているのです。

散々仲間にいろいろ事情を聞かれ、
正直に一連の顛末を話すも、
信じてくれる部員は半分半分、といったところ。

結局、翌日、翌々日の登山はあたしたち四人は中止になり、
早帰りするという何人かと共に、
地元に帰ることになってしまいました。

そして――そして。

あたしは、
見ての通り元気でピンピンしています。

河本も先日、ここでお話をした通り。
小野里も、結婚して子どもを産んで、
元気に主婦をやっています。

ただ……先輩、は。

学校を卒業し、社会人となっての飲み会で、
急性アルコール中毒を発症し、
そのまま――亡くなりました。

関係ない、と言われれば、そうなんでしょう。

あの山登りをしたのは、先輩が卒業する半年以上前ですし、
ウワサでは、病死やら、事故にあうやら、という内容でした。

でも、あの霊山でのウワサ。

頂上でのみ幽霊を目撃した者は、死ぬ。

……あたしには、
先輩が連れていかれたのだとしか思えません。
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