上 下
102 / 355

45.校舎裏の壁のシミ・裏③(怖さレベル:★★☆)

しおりを挟む
「あ……あ"、うわぁぁァあ!!」

絶叫。

わざわざ忍んで侵入した意味を無くすほどの、
断末魔のような悲鳴。

「なっ……し、ショウタ……?」

度肝を抜かれ、ボクはあのあふれんばかりの怒気すら消えうせ、
喉を枯らすかのように声を絞り続ける彼を見やりました。

「わかった……わかった……わかった……」

しかし、彼はフッと叫ぶのを止めたかと思うと、
今度はただひたすらに、その単語をくりかえし始めたのです。

「……は? おいショウタ、何がわかったんだよ」

ボクは少々怖気づきながらも、彼の傍に近づきました。

「わかった……わかった……わかった……」

しかし、ショウタは焦点を真っ暗な空の方へ向け、
ガリガリと爪を自らの耳に立てながら、
ひたすらに同じことを延々と繰り返しています。

「……っ」

あまりにも異質なその様子。

ボクはそれ以上彼に声をかけることも出来ず、
かといってその場から立ち去ることもできず、
半ば呆然自失状態で立ち尽くしていました。



その後、悲鳴の件で通報があったのか、
すぐさま警察が到着し、ボクら三人は連行されてしまいました。

ボクは迎えに来た両親に人生一番の鉄拳を食らい、
他の二人もまた、それぞれの親に連れていかれました。

ショウタは、警察が来ても両親が来ても、
相変わらずブツブツと独り言をつぶやきつづけていて、
タクミは正気こそ保ってはいたものの、
帰るときすらもずっと怯え続けていました。

翌日も校長室へ呼び出され、
ボクたちは先生たちにこっぴどく叱られました。

ショウタも教室には登校していませんでしたが、
やはり呼び出しを食らったらしく、
よろよろとおぼつかない足取りで校長室はやってきていました。

しかし、あの不気味な独り言こそなくなっていたものの、
なんの感情も浮かべず、なんの言葉も漏らさない彼は、
まるきり魂でも抜け去ってしまったかのような、惨々たる有様でした。

ボクとタクミは割と早く解放され、校長室を後にしたものの、
どうにも腑に落ちず、タクミに食って掛かりました。

「あの時の……ヨシロウの話、あれ、マジなのか」
「……マジだよ。あん時も今回みたく、ショウタが誘ったんだ。
 もちろん、半信半疑だったし……ヨシロウがビビったら、
 それをクラスの奴らに言いふらしてやる、ってそのつもりでさ……」

タクミは、非常に言いづらそうに俯きました。

「あの夜も、壁のトコに行ってさ。オレとショウタとヨシロウで、あの声を聞いて。
 うわ、ウワサがマジだった。ヤベェって……オレとショウタがビビってたら」

ガッ、と彼は頭を抱えました。

「ヨシロウのヤツ、突然叫びだして……」

当時を思い返しているのか、タクミは震えながら続けます。

「オレもショウタもパニクって、あいつのこと置き去りにしたんだ。
 ……あん時は、警察も来なくって。オレたちのことはバレなかった」
「お……置き去り、だって?」

ボクは、フツフツと怒りが腹の奥から湧いてくるのを感じました。

「ああ、そうだよ! 怖かったんだ! あいつ、あんな叫び声……っ。
 ……そ、それで……あいつ、学校に出て来なくなって。すぐ夏休みに入って」

そういえば、確かに彼は夏休みに入る直前、
何日か休んでいました。まさか、それが関係してるなんて。

「……で、ショウタが。なんだかわからねぇけど、思い通りになったって笑ってて」

グッ、と奥歯を噛みしめます。

クソ野郎、と呟きたいのをこらえ、
その最低な告白の続きを促しました。

「で、今回……お前のコトが目障りだってショウタが。
 前の時、オレもショウタも声は聞こえたけど、
 ぜんぜん何言ってるかわかんなかったし、
 今回だって大丈夫だろうって、行ったら……」

と、後半は罪悪感か気まずさか、尻すぼみに消えていきました。

「……なんて言ってるか、聞こえたのか」
「わ、わかんねぇよ。でも、前ん時より、声がすげぇデカくなってて。
 あれ以上あそこにいたら、オレ、オレも、ヨシロウとかショウタみたい、に……」

タクミは、頭を抱え込んだまま、
そのまま廊下にしゃがみこんでしまいました。



……これが、すべての顛末です。

ショウタは結局、彼自身がヨシロウに行ったことと同様、
まったく学校に来なくなり、夏休みが終わった頃には、
どこかへいなくなってしまっていました。

自業自得。

まさにその四字熟語通りの結末です。

ボクとて、彼に狂わされそうになった被害者として、
ザマアミロ、という思いがなくもありません。

しかし――人を廃人のようにしてしまう、なにか。

それが未だ消えることなく、ボクが卒業した今も、
校舎の片隅に存在し続けている。

そして、いつ再び、犠牲者が出てしまうとも限らない。

そんな災害のようなモノに魅入られてしまった彼が、
ほんの少し、哀れに思えてなりません。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

さて、このたびの離縁につきましては。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:20,966pt お気に入り:234

【完結】元婚約者は可愛いだけの妹に、もう飽きたらしい

恋愛 / 完結 24h.ポイント:447pt お気に入り:7,771

あなたならどう生きますか?両想いを確認した直後の「余命半年」宣告

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:994pt お気に入り:37

ドラゴン☆マドリガーレ

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:958pt お気に入り:669

極悪チャイルドマーケット殲滅戦!四人四様の催眠術のかかり方!

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:695pt お気に入り:35

転生先の異世界で温泉ブームを巻き起こせ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:305pt お気に入り:358

処理中です...