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84.風呂場の天井①(怖さレベル:★★☆)
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(怖さレベル:★★☆:ふつうに怖い話)
えぇ……あれは僕の心にトラウマとして深く刻まれた、忘れられないできごとです。
僕がまだ、高校生の頃。
ちょうど三年生の一学期が終わろうとする時期で、
成績がモロに進路に直結する、かなり大事なタイミング。
明後日の月曜日に控えた期末試験にそわそわした気分に陥りつつ、
夕食を済ませ、僕は風呂場へ向かいました。
髪を洗いながら日本史を脳内で復唱し、
身体に泡をまとわりつかせながら数学の公式を呟きながら、
どこか心ここにあらず状態で、ふわふわと湯を浴びていました。
「えぇと……あとは現代文と、英語と」
石鹸を肌に滑らせつつ、風呂桶で湯をすくいます。
パシャッ
白いタイルにはじける、水しぶき。
「あー……物理も……あ、あと古典……」
脳内で科目を羅列し、憂鬱な気分に浸りつつ、
気分を変えるつもりでさらに湯をかぶりました。
バシャッ
泡まじりのお湯が、もくもくと煙を立ち上らせます。
「ん……?」
と。
浴室の照明がさす浴槽の中に、妙な色が混じりました。
「ゴミ?」
それは一瞬、ホコリか虫のように見えました。
黒い、親指のさきほどの小さな固まり。
すくって流してしまおうと、ふたたび桶を湯の中に入れるも、
パシャッ
かいた湯にそれらしき汚れは見当たらず、ただゆらゆらと水面がたゆたうばかりです。
(……影?)
その黒い粒は、湯の流れにつられるようにして表面で揺らいでいます。
ということは、これは浴槽の中にあるわけではなく、
「……上?」
キョロ、となにげなく浴室の天井を見上げました。
「えっ?」
湯気を吸いこむ換気口。
網状となっている、その空気穴。
その手前――空中に、黒い目玉が浮いていました。
「……ッ!?」
声もなく、僕は全身を思い切りのけ反らせました。
宙にぽっかりと浮かぶそれは、
ジィーっと浴室全体を見下ろすようにして静止しています。
眼球の白目の部分まで真っ黒に染まり、光彩の部分のみわずかに赤く、
充血した血管がミキミキと浮き出つ様子は、非常になまなましく立体的でした。
(げっ……幻覚!?)
湯あたりか、疲労か、もしくは寝ぼけているのか。
しかし、いくら目をゴシゴシと強くこすっても、それは消えることなくその場に留まっています。
「……う」
今すぐに逃げ出したいのに、その得体のしれぬ眼球の射るような視線に、
足がガクガクと痙攣して動くことができません。
(なっ……何妙法連……? な、南無阿弥陀仏……?)
定かではない文言を必死に思い出そうとするも、
マジメに聞いていない分、曖昧にしか出てきません。
それに目前の黒い眼球は、そんな僕のお経にまったく反応せず、
天井付近で静止したままピクリとも動きません。
「……う」
さっさと浴室のドアを開けて、脱衣所に逃げてしまいたい。
でも、アレから目を離して、もし襲い掛かってきたら――?
そんな葛藤と戦うこちらに焦れたのか、
「…………!」
例の目玉が、ビクリ、と脈打ちました。
「やっ……」
ヤバい。
そう口の中で呟いたのが、聞こえたのでしょうか。
今まで無音で宙に浮遊していたそれが、
ギョロリ、と回転し、僕を凝視しました。
「ッ?!」
黒い、黒いそれが。
奈落の底を彷彿とさせるよどんだ色をしたそれが、
充血するドス黒い血管ごと、ギュルギュルと蠢き始めました。
「え……っ」
ポコン。
その眼球の真上、換気口の穴の間から。
一つ、黒いなにかが這い出してきました。
ポコン、ポコン。
まるで、ウミガメの産卵さながらに。
網目の荒いそこから、続々と丸い物体――
目玉が湧き出してきます。
「わ……わわ、っ……」
僕はみっともないか細い悲鳴を上げながら、浴室の隅にうずくまりました。
なんだかわからない、妖怪のようなそれ。
あふれ出す眼球たちは、瞳を四方八方にギュルギュルと回転させながら、
互いに引っ付き合うようにして固まっていきます。
その、目玉の集合体。
カエルの卵を思わせる、その気色の悪い固まりは、
ぐにゅぐにゅと互いを押しつぶし合うようにして、体積を増していきました。
>>
えぇ……あれは僕の心にトラウマとして深く刻まれた、忘れられないできごとです。
僕がまだ、高校生の頃。
ちょうど三年生の一学期が終わろうとする時期で、
成績がモロに進路に直結する、かなり大事なタイミング。
明後日の月曜日に控えた期末試験にそわそわした気分に陥りつつ、
夕食を済ませ、僕は風呂場へ向かいました。
髪を洗いながら日本史を脳内で復唱し、
身体に泡をまとわりつかせながら数学の公式を呟きながら、
どこか心ここにあらず状態で、ふわふわと湯を浴びていました。
「えぇと……あとは現代文と、英語と」
石鹸を肌に滑らせつつ、風呂桶で湯をすくいます。
パシャッ
白いタイルにはじける、水しぶき。
「あー……物理も……あ、あと古典……」
脳内で科目を羅列し、憂鬱な気分に浸りつつ、
気分を変えるつもりでさらに湯をかぶりました。
バシャッ
泡まじりのお湯が、もくもくと煙を立ち上らせます。
「ん……?」
と。
浴室の照明がさす浴槽の中に、妙な色が混じりました。
「ゴミ?」
それは一瞬、ホコリか虫のように見えました。
黒い、親指のさきほどの小さな固まり。
すくって流してしまおうと、ふたたび桶を湯の中に入れるも、
パシャッ
かいた湯にそれらしき汚れは見当たらず、ただゆらゆらと水面がたゆたうばかりです。
(……影?)
その黒い粒は、湯の流れにつられるようにして表面で揺らいでいます。
ということは、これは浴槽の中にあるわけではなく、
「……上?」
キョロ、となにげなく浴室の天井を見上げました。
「えっ?」
湯気を吸いこむ換気口。
網状となっている、その空気穴。
その手前――空中に、黒い目玉が浮いていました。
「……ッ!?」
声もなく、僕は全身を思い切りのけ反らせました。
宙にぽっかりと浮かぶそれは、
ジィーっと浴室全体を見下ろすようにして静止しています。
眼球の白目の部分まで真っ黒に染まり、光彩の部分のみわずかに赤く、
充血した血管がミキミキと浮き出つ様子は、非常になまなましく立体的でした。
(げっ……幻覚!?)
湯あたりか、疲労か、もしくは寝ぼけているのか。
しかし、いくら目をゴシゴシと強くこすっても、それは消えることなくその場に留まっています。
「……う」
今すぐに逃げ出したいのに、その得体のしれぬ眼球の射るような視線に、
足がガクガクと痙攣して動くことができません。
(なっ……何妙法連……? な、南無阿弥陀仏……?)
定かではない文言を必死に思い出そうとするも、
マジメに聞いていない分、曖昧にしか出てきません。
それに目前の黒い眼球は、そんな僕のお経にまったく反応せず、
天井付近で静止したままピクリとも動きません。
「……う」
さっさと浴室のドアを開けて、脱衣所に逃げてしまいたい。
でも、アレから目を離して、もし襲い掛かってきたら――?
そんな葛藤と戦うこちらに焦れたのか、
「…………!」
例の目玉が、ビクリ、と脈打ちました。
「やっ……」
ヤバい。
そう口の中で呟いたのが、聞こえたのでしょうか。
今まで無音で宙に浮遊していたそれが、
ギョロリ、と回転し、僕を凝視しました。
「ッ?!」
黒い、黒いそれが。
奈落の底を彷彿とさせるよどんだ色をしたそれが、
充血するドス黒い血管ごと、ギュルギュルと蠢き始めました。
「え……っ」
ポコン。
その眼球の真上、換気口の穴の間から。
一つ、黒いなにかが這い出してきました。
ポコン、ポコン。
まるで、ウミガメの産卵さながらに。
網目の荒いそこから、続々と丸い物体――
目玉が湧き出してきます。
「わ……わわ、っ……」
僕はみっともないか細い悲鳴を上げながら、浴室の隅にうずくまりました。
なんだかわからない、妖怪のようなそれ。
あふれ出す眼球たちは、瞳を四方八方にギュルギュルと回転させながら、
互いに引っ付き合うようにして固まっていきます。
その、目玉の集合体。
カエルの卵を思わせる、その気色の悪い固まりは、
ぐにゅぐにゅと互いを押しつぶし合うようにして、体積を増していきました。
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