221 / 415
91.合宿所の夜④(怖さレベル:★★☆)
しおりを挟む
「ちょ……せ、狭いって……ゆ、ユッ……!」
なにか重いものに押しつぶされているような、
くぐもったなーちゃんの呻き声。
「もっ……ユキ……っ、ぐ、あ」
異常とも思えるほどの、むせぶような声。
固まっていた身体をハッと起こし、
私は声のする方へと近づこうとしました。
しかし。
「――うっ」
赤茶けた、なにか。
人の姿をかたどった、そのぼやけた煙のようなそれが、
布団を押しのけたなーちゃんの全身に、もやもやとまとわりついているのです。
「あ……! だ、だめ……っ!!」
私が上げた静止の声にその赤茶のモヤはなんの動揺もみせず、
じわじわと彼女の全身を包み込むように広がっています。
その上、煙はまるで腕のようにぐにゃりと伸びて、
彼女の首をぐいぐいと締め上げ始めました。
「だ……ダメ!」
「――ッ! ……う、ぐぇっ」
押しかかられているなーちゃんの顔は、
薄暗闇の中でも異常な程に目玉がとび出していて、
かなり危険な状態とわかりました。
振り乱される彼女の両手足が、パタ、パタ、と勢いを落とし、
ついにはビクン、と怪しい痙攣――、
「やっ……やめなさい!」
あまりの光景に大声を上げてそれに飛びかかろうとした、その時。
パチンッ
「もー、なにぃ?」
パッ、と一瞬で大広間に明かりが灯されました。
「り……リカ……!」
「どーしたのよ、ギャアキャア騒いで」
照明のスイッチをONにした彼女は半開きの目をしたまま、
だるそうに言い放ちました。
「あーあ、まだこんな時間じゃん。ほんと、どうし……な、なーちゃん!?」
と、リカがあの影に襲われていた彼女を見て、一歩後ずさります。
私も照明にとられていた気をなーちゃんの方へと戻すと、
「……あ……」
まるで、人が炎に焼かれているかのように。
逃れようのない痛みにのたうち回るかのように。
こうこうと照る明かりの下、全身を弛緩させた彼女の上で、
あの赤茶けた煙が、ぐるぐると身もだえしています。
「え、あ……あれ、何……?」
照明の電源に手を置いたままの姿で、リカはピシリと硬直しました。
私たちの視線の先で、それはグネグネと光を避けるように蠢き、暴れ――
いちばん手近な闇の中へ、身を潜めようと動きました。
そう、彼女の――なーちゃんの、口内へ。
「あ――」
ズルッ
瞬きの間に細長く形状を変化させたそれは、
目を剥いて気絶状態の彼女の薄く開いたその喉へ、
そのままヘビのように侵入して、そして。
「な……なーちゃん!?」
リカの絶叫すら届かずに。
彼女の喉が、ゾゾゾ、ゾゾゾ、とそれを飲み込むように振動しました。
「あ……あ……」
おどろおどろしい悪夢のごとき光景に、私は声を発することもできません。
ズロンッ
ハッ、と正気に戻るもすでに遅く。
その赤茶の煙は、なんの跡形も残すことなく、
彼女の体内の奥底へと消え去ってしまいました。
「なっ……なーちゃん……?」
こわごわとかけた声に、彼女はビクンと身体を跳ねさせます。
パンパンに腫れた顔に、白目となった眼球。
そんな異常な状態のまま、ギィ、と油のさされていない
ロボットのような不格好な動きで、なーちゃんは首をこちらに向けました。
そして、突如ぷくりと頬を膨らまして、
「あ……あァあぁぁァあああ」
身体の奥から染み出すような、おぞましい絶叫を発し始めたのです。
「がぁあ……あがががあぁぁあぁ」
だんだんと音量を増していくそれに、
私やリカが慌てて彼女を止めようと揺さぶっても、
まったく効果をなしません。
そうこうしているうちに、
「もー……なに!?」
「わっ……まぶし! ど、どうしたの!?」
眠っていた他のメンバーたちが、
異変に気づいて続々と起きだしてきました。
「なーちゃん!? ちょっ、大丈夫!?」
「目、覚まして! ねえ!」
何人かはいち早く彼女の異様さに気づいて、
布団をすっ飛ばしてパタパタと駆け寄ってきました。
「ヤバいよ、これ! 先生、先生よんできて!!」
他の皆に押しのけられた私は、
部屋の誰かに声をかけられ、慌てて部屋から駆け出そうとしました。
「ちょっと、リカ?!」
しかし、同じく押しやられた彼女は、ある一点を見つめて硬直しています。
「ほら、一緒に先生呼んでくるよ!」
「……ん、うん……」
「? なに、どしたの」
あまりにも普段の彼女とかけ離れた沈んだ態度に、
まさかリカまで変なものにとりつかれたんじゃ、と不安になった私は、
続いた彼女の台詞に心臓を貫かれた気持ちになりました。
「……壁の」
「壁……?」
リカは、唸るように低く呟いたのです。
「壁のシミ……消えてる」
と。
当然ながら、合宿はそこで終了。
救急車で連れていかれた彼女と、それに付き添った先生を残して、
私たち部員は皆、家へ強制送還となりました。
ちょうど夏休み中だったのでそれ以上詳細はわからず終い。
学期が始まってから入ったのは、
しばらく休む、という通達だけ。
なにもしらないクラスメイトたちは、
病気にでもかかってしまったのか、などとウワサしていました。
しかし、私とリカ……あの、妙な煙が彼女の中に入りこむのを目撃してしまった二人は、
そんな皆の推測に、ただただ沈黙を守るばかりでした。
あの夜の、なーちゃんとユキとの会話。
そして前の日の夜の、私とリカとの会話。
なーちゃんがユキと思って話したなにか。
私がリカと思って話したなにか。
それらは……もしかして、同じものだったのでしょうか。
先生方の見回りで、私たちの会話が中断されなかったら。
もしかしたら、私自身が救急搬送された彼女のようになっていたのでしょうか。
壁のシミから出てきた、赤茶色の煙にまかれ、
殺されてしまっていたのでしょうか。
……彼女は未だ、私たちの学校には帰ってきていません。
なにか重いものに押しつぶされているような、
くぐもったなーちゃんの呻き声。
「もっ……ユキ……っ、ぐ、あ」
異常とも思えるほどの、むせぶような声。
固まっていた身体をハッと起こし、
私は声のする方へと近づこうとしました。
しかし。
「――うっ」
赤茶けた、なにか。
人の姿をかたどった、そのぼやけた煙のようなそれが、
布団を押しのけたなーちゃんの全身に、もやもやとまとわりついているのです。
「あ……! だ、だめ……っ!!」
私が上げた静止の声にその赤茶のモヤはなんの動揺もみせず、
じわじわと彼女の全身を包み込むように広がっています。
その上、煙はまるで腕のようにぐにゃりと伸びて、
彼女の首をぐいぐいと締め上げ始めました。
「だ……ダメ!」
「――ッ! ……う、ぐぇっ」
押しかかられているなーちゃんの顔は、
薄暗闇の中でも異常な程に目玉がとび出していて、
かなり危険な状態とわかりました。
振り乱される彼女の両手足が、パタ、パタ、と勢いを落とし、
ついにはビクン、と怪しい痙攣――、
「やっ……やめなさい!」
あまりの光景に大声を上げてそれに飛びかかろうとした、その時。
パチンッ
「もー、なにぃ?」
パッ、と一瞬で大広間に明かりが灯されました。
「り……リカ……!」
「どーしたのよ、ギャアキャア騒いで」
照明のスイッチをONにした彼女は半開きの目をしたまま、
だるそうに言い放ちました。
「あーあ、まだこんな時間じゃん。ほんと、どうし……な、なーちゃん!?」
と、リカがあの影に襲われていた彼女を見て、一歩後ずさります。
私も照明にとられていた気をなーちゃんの方へと戻すと、
「……あ……」
まるで、人が炎に焼かれているかのように。
逃れようのない痛みにのたうち回るかのように。
こうこうと照る明かりの下、全身を弛緩させた彼女の上で、
あの赤茶けた煙が、ぐるぐると身もだえしています。
「え、あ……あれ、何……?」
照明の電源に手を置いたままの姿で、リカはピシリと硬直しました。
私たちの視線の先で、それはグネグネと光を避けるように蠢き、暴れ――
いちばん手近な闇の中へ、身を潜めようと動きました。
そう、彼女の――なーちゃんの、口内へ。
「あ――」
ズルッ
瞬きの間に細長く形状を変化させたそれは、
目を剥いて気絶状態の彼女の薄く開いたその喉へ、
そのままヘビのように侵入して、そして。
「な……なーちゃん!?」
リカの絶叫すら届かずに。
彼女の喉が、ゾゾゾ、ゾゾゾ、とそれを飲み込むように振動しました。
「あ……あ……」
おどろおどろしい悪夢のごとき光景に、私は声を発することもできません。
ズロンッ
ハッ、と正気に戻るもすでに遅く。
その赤茶の煙は、なんの跡形も残すことなく、
彼女の体内の奥底へと消え去ってしまいました。
「なっ……なーちゃん……?」
こわごわとかけた声に、彼女はビクンと身体を跳ねさせます。
パンパンに腫れた顔に、白目となった眼球。
そんな異常な状態のまま、ギィ、と油のさされていない
ロボットのような不格好な動きで、なーちゃんは首をこちらに向けました。
そして、突如ぷくりと頬を膨らまして、
「あ……あァあぁぁァあああ」
身体の奥から染み出すような、おぞましい絶叫を発し始めたのです。
「がぁあ……あがががあぁぁあぁ」
だんだんと音量を増していくそれに、
私やリカが慌てて彼女を止めようと揺さぶっても、
まったく効果をなしません。
そうこうしているうちに、
「もー……なに!?」
「わっ……まぶし! ど、どうしたの!?」
眠っていた他のメンバーたちが、
異変に気づいて続々と起きだしてきました。
「なーちゃん!? ちょっ、大丈夫!?」
「目、覚まして! ねえ!」
何人かはいち早く彼女の異様さに気づいて、
布団をすっ飛ばしてパタパタと駆け寄ってきました。
「ヤバいよ、これ! 先生、先生よんできて!!」
他の皆に押しのけられた私は、
部屋の誰かに声をかけられ、慌てて部屋から駆け出そうとしました。
「ちょっと、リカ?!」
しかし、同じく押しやられた彼女は、ある一点を見つめて硬直しています。
「ほら、一緒に先生呼んでくるよ!」
「……ん、うん……」
「? なに、どしたの」
あまりにも普段の彼女とかけ離れた沈んだ態度に、
まさかリカまで変なものにとりつかれたんじゃ、と不安になった私は、
続いた彼女の台詞に心臓を貫かれた気持ちになりました。
「……壁の」
「壁……?」
リカは、唸るように低く呟いたのです。
「壁のシミ……消えてる」
と。
当然ながら、合宿はそこで終了。
救急車で連れていかれた彼女と、それに付き添った先生を残して、
私たち部員は皆、家へ強制送還となりました。
ちょうど夏休み中だったのでそれ以上詳細はわからず終い。
学期が始まってから入ったのは、
しばらく休む、という通達だけ。
なにもしらないクラスメイトたちは、
病気にでもかかってしまったのか、などとウワサしていました。
しかし、私とリカ……あの、妙な煙が彼女の中に入りこむのを目撃してしまった二人は、
そんな皆の推測に、ただただ沈黙を守るばかりでした。
あの夜の、なーちゃんとユキとの会話。
そして前の日の夜の、私とリカとの会話。
なーちゃんがユキと思って話したなにか。
私がリカと思って話したなにか。
それらは……もしかして、同じものだったのでしょうか。
先生方の見回りで、私たちの会話が中断されなかったら。
もしかしたら、私自身が救急搬送された彼女のようになっていたのでしょうか。
壁のシミから出てきた、赤茶色の煙にまかれ、
殺されてしまっていたのでしょうか。
……彼女は未だ、私たちの学校には帰ってきていません。
0
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
百の話を語り終えたなら
コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」
これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。
誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。
日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。
そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき——
あなたは、もう後戻りできない。
■1話完結の百物語形式
■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ
■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感
最後の一話を読んだとき、
霊和怪異譚 野花と野薔薇
野花マリオ
ホラー
その“語り”が始まったとき、世界に異変が芽吹く。
静かな町、ふとした日常、どこにでもあるはずの風景に咲きはじめる、奇妙な花々――。
『霊和怪異譚 野花と野薔薇』は、不思議な力を持つ語り部・八木楓と鐘技友紀以下彼女達が語る怪異を描く、短編連作形式の怪異譚シリーズ。
一話ごとに異なる舞台、異なる登場人物、異なる恐怖。それでも、語りが始まるたび、必ず“何か”が咲く――。
語られる怪談はただの物語ではない。
それを「聞いた者」に忍び寄る異変、染みわたる不安。
やがて読者自身の身にも、“あの花”が咲くかもしれない。
日常にひっそりと紛れ込む、静かで妖しいホラー。
あなたも一席、語りを聞いてみませんか?
完結いたしました。
タイトル変更しました。
旧 彼女の怪異談は不思議な野花を咲かせる
※この物語はフィクションです。実在する人物、企業、団体、名称などは一切関係ありません。
エブリスタにも公開してますがアルファポリス の方がボリュームあります。
表紙イラストは生成AI
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/1/2:『そうしき』の章を追加。2026/1/9の朝4時頃より公開開始予定。
2026/1/1:『いえい』の章を追加。2026/1/8の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/31:『たこあげ』の章を追加。2026/1/7の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/30:『ねんがじょう』の章を追加。2026/1/6の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/29:『ふるいゆうじん』の章を追加。2026/1/5の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/28:『ふゆやすみ』の章を追加。2026/1/4の朝4時頃より公開開始予定。
2025/12/27:『ことしのえと』の章を追加。2026/1/3の朝8時頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる