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93.日々新教②(怖さレベル:★☆☆)

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なんといっても、私の祖父は敬虔なクリスチャン。
私本人はさほど熱心ではないにしても、すでに洗礼はすましている身。

話の流れ上、怪しそうな新興宗教。

おまけに、背後になにか不気味な影がまとわりついているところを見ると、
話に出ていた『手助け』の手法は、あまり良い手段ではないように思えます。

「日々新教で教わったことをぜーんぶやったら、めでたく離婚が成立したんですっ!」
「ひ……日々新、教」

案の定、一度として耳にしたことのない名前。

後でちょっと調べてみようと脳内に刻めば、興味を持ってもらえたと思ったのか、
洋川さんはぐいっと身を乗り出してきました。

「副店長! いっしょに教祖様のお話を聞きにいきませんか?」
「えっ、い、いや……ごめん。あたし、もう……その、別の宗教、入ってるから」
「えーっ……そう、だったんですか?」

彼女の声に、本当かどうか確かめるような疑念の声が混ざります。
これはキッパリ言わないと逃げられないな、と唇を噛みました。

「うん、そうなの。うち、代々キリスト教でね……洗礼もすませてるから」

知り合いに宗教勧誘を受けたときの常とう手段を使えば、
ようやく諦めたのか、シュン、と頭を垂れました。

しかし、まさかそんな勧誘を社内で受けるとは
思っていなかった私は、内心舌打ちしました。

「洋川さん。……社内でそれ、やめてね」
「えっ?」
「ここ、会社だから。そういうのはプライベートで、ね」
「あ……ハイ」

宗教勧誘をされたのは初めてではありません。

が、それは久々に連絡をとったかつての同級生だとか、
駅構内の見知らぬ他人から、くらい。

社内でこんなコトをされるのは、風紀的にかなりマズいことです。
会社によっては、問答無用で解雇、すらありえることでしょう。

(……店長に相談、しとかないとな)

タイミングが悪く、ここ数日の間はずっと入れ替わりシフトです。

オマケに店長は機械オンチなことがあり、
電話はともかくとして、メールやメッセージアプリの使用など論外レベルです。

休んでいるところを邪魔してまでも伝えるのもなんだし、次回あった時に伝えておこう。

そう考え、仕事の方へと意識を移しました。
……それがその後、どうなるかなんて考えもせずに。



「店長」

ようやく都合のあった、四日後の朝。

ひととおりのオープン準備も整い、開店前の時間が
空いたのを見計らい、店長へと声をかけました。

「どうしたの?」

キョトン、と首をかしげて伝票整理をする店長に、
控えめに例のことを伝えることにしました。

「あの……洋川さんのことで」
「洋川さんの?」
「ええ……その。離婚が成立したって話……聞いてます?」

どう話そうか迷って、まずは事実から伝えていくことにしました。

「ええ。本人から聞いているけど」
「その……様子、大丈夫でした?」

他になにか言われなかったか、という意味で尋ねたそれは、
どうやら別の意味合いで受け取られたらしく、

「様子? ええ、凹んでるかと思ったけれど、逆に元気になったみたいね」
「そう……ですか」

ここで、彼女が宗教のかんゆうを行ったことを
伝えてしまっていいか、少々迷いました。

「えぇと……ほ、他には?」
「他? そうねぇ……あ、そうだ」

パタン、と台帳を閉じた店長が、
ニコニコと上機嫌で手を叩きました。

「とっても幸せなことばかり起きるんだ、って嬉しそうに話していたわ」
「し……幸せな、こと」

先日聞いたのは離婚が成立した、ただそれだけであったけれど、
他にもなにかがあったのでしょうか。

私の疑問は表情で丸わかりだったのか、
店長は笑顔のまま続けました。

「ええ。なんでも、近所のイジワル爺さんがボケて施設行きになったのと、
 騒音がひどかった上の階の住人が、トラブルに巻き込まれてひっこした、って」
「……た、たて続けですね、確かに」

その二つは、以前から私も愚痴として聞かされていました。

それがいっぺんに解決した、というのは、
偶然にしてはたしかにでき過ぎているような気もします。

「なんでも、日々新教っていうのに入ってから、って言ってたわね」
「あ……店長も勧誘されたんですか?」

内心やはり、と思いつつ、慎重に尋ねました。

「あ、じゃあ宮下さんも?」
「ええ。うちは親兄弟みんなクリスチャンなんで断りましたけど……」
「そうよねぇ、いきなり誘われてもねぇ」

同意するように頷く店長も、
やはり勧誘を断ったようでした。

「本人がいいならやめろとは言えませんけど、困っちゃいますね」
「そうねぇ。私も声かけられたもの。気をつけるようにはよく言っておくわ」
「……お願いします」

まだ社員に誘いをかけるのは百歩譲っていいとしても、
もしお客さんにまで布教し始めたら大変なことになります。

幸い店長がすでに気を使ってくれているとのことで、
私もホッと一息ついたのでした。


「……はぁ」

それから、三日後のこと。
私は出社してそうそう、重いため息を吐き出しました。

実は、あの日の仕事を終えた後、
携帯に実家から急遽連絡が入ったのです。

齢九十をこえて長生きしていた祖母が亡くなった、と。

なにせ遠方に住んでいたもので、私は旦那とともに
すぐ休暇を申請して地元へ飛び、葬儀をすませて戻ってきた次第です。

いくら長生きして、十分すぎるほど生きた、と言われても
可愛がってもらった祖母が亡くなったショックは大きく、
本当なら一週間くらい休みたいところでしたが、仕事は仕事。

慶弔休暇は三日が規定ですし、
同僚たちにもあまり迷惑はかけられません。

「……よし」

パシン、と気を取り直すように頬を叩き、
表情を取り繕って、いつものように職場に顔を出しました。

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